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6.ため息
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鳳がもう一度、時計を見ていたことに気づく。終電の時間を確認していたのだろうか。確かまだあったような気がするし、終電が出ていても気にせずタクシーを使うやつなのにと音無は違和感を感じた。
口元に手をやり、鳳は何かを考え込んでいた。
「どうした?」
「…いやなんでもない」
鳳の長い指が、後ろをかき混ぜる。粘膜の音がさらに期待を煽って、自分のそれがどんどん膨張していく。音無はゆるゆるとそれに手を触れようとすると、鳳がその手を止めた。
『なに勝手に扱こうとしているんだ。お前は後ろに集中してろ』
聞こえないはずの鳳の声。音無は自分の部屋で身を捩っていた。鳳は隣にいない。頭の中の鳳が攻める。音無はひとり、自分の熱を処理していた。
「う…んん…っ」
はっきり言って、自分だけでは全く満足できない。だからと言ってバーの帰り道に、『今日はホテルに寄りたい』など言えるわけもなくて、結局自慰で火照りを覚ますしかない。
『お前のいいとこ、ここだよな』
再び、頭の中でリフレインされた鳳の言葉に、音無は眉を顰めた。
「はっ…んあ…っ、あ…」
本当は触れてほしい。以前のように体だけでもいいから。そう思いながらも、きっと体を重ねてしまったら、じわじわと虚しさが湧いてくるのだろう。
二人はセフレだから。少なくとも、鳳はそう思っているはずだと音無は思っていた。
「…ッ!」
頂点に達し、べっとりと自分の白濁したものが床に付着する。はあ、と大きく息をつくと音無はごろんと床に寝転んだ。
セフレのままで居たいのか、それとも…
そんなことを考えているうちに、いつの間にかそのまま眠ってしまった。
翌週の早朝。いつもの駅のロータリーで鳳の車は音無を拾い漁港まで走らせた。
今年最後になるであろう船釣り。いつもより気温が低いので着込んできた音無の姿を見て、鳳が北海道にでも行くのか、と苦笑いしていた。
「こんな寒い時期にアウトドアなんてしなかったから、わかんねえんだよ」
「まあ風邪ひくよりはいいだろう」
そんな話をしながら船に乗り込むと、田中船長が『今朝は冷えるね』と言いながら二人を出迎えてくれた。
冬の釣りはなかなか釣れない、とは聞いていたがまだこの時期なら大丈夫かと思っていた。しかし今日は思いのほか水温も下がっているのか、二人もだが他の客も当たりがない。竿を垂らしたままふと隣を見ると、鳳も海を見つめていた。こっちの視線に気づいていないのをいいことに音無はその横顔を見る。
バーで見る横顔よりかなり幼く見える。髪を下ろしたときはいつも後頭部が寝癖がついていて、オールバックのきっちりしたイメージとは大違いだ。
魚嫌いの肉好き。血が滴るくらいのレアが好み。しっかり焼かないと気持ち悪くなる音無とは正反対。趣味はこの釣りと酒を嗜むこと。いっときはバーテンダーを志したこともあるらしい。シェーカーを振るバーテンダー姿の鳳が安易に想像できて、音無は苦笑いした。
恋人はもう長いこといない。ひどい恋をしてしまったことがあるようで、もう懲り懲りなんだと一度だけ言っていた。その恋がどんなものだったか、音無には聞くことはできなかった。
セフレで体の疼きを解消するのがいいんだ、とホテルのベッドの中で聞いた時は、まさか鳳に惹かれるなんて思っていなかったから『お前みたいなやつに恋人なんてできねえよ』と音無は言っていた。
それを聞いた鳳は『お前みたいなロマンチストは苦労するだろうな、相手がいなくて』と言い返す。実は男にしては夢見がちな音無は、運命の出会いを未だに信じている。
特にそれを人の前で言ったことはないのに、何故か鳳は見抜いていたのだ。
「にいちゃん、引いてるよ」
後ろを通りがかった他の客に声をかけられて、我に返った。手にしている竿に当たりの感触があった。
「わ、ありがとう」
慌てて竿に力を入れて自分の方に引き寄せると、フッと引っ張られる感触が急になくなって釣り糸が垂れてしまった。
「あーあ、持っていかれちまったなあ。貴重な当たりをもったいない」
どうやら魚は餌を食いちぎり、針を飲み込むことなく逃げてしまったようだ。客が苦笑いしながら去っていく。あああ、と頭を抱えていると鳳も苦笑していた。
健闘すること三時間。船は寄港し、下船する。一緒に下船したお客たちと同様、二人も冴えない顔をしていた。
「今日は釣れなかったなあ」
音無は全く釣れず、いつもなら五匹くらい釣れる鳳も鯵が一匹だけ。いつものように魚は譲り、クーラーボックスを洗って帰り支度をしていた。
冬の漁港は寒々としていて日が昇ってもどこか寂しそうに思えた。船長にお礼を言った後、自販機で暖かいコーヒーを買い、休憩所のベンチに向かう。いつもの流れでベンチに座ろうとしたら、今日は年配の先客がいて、仕方ないなあ、と港の堤防まで歩き、そこに座った。
口元に手をやり、鳳は何かを考え込んでいた。
「どうした?」
「…いやなんでもない」
鳳の長い指が、後ろをかき混ぜる。粘膜の音がさらに期待を煽って、自分のそれがどんどん膨張していく。音無はゆるゆるとそれに手を触れようとすると、鳳がその手を止めた。
『なに勝手に扱こうとしているんだ。お前は後ろに集中してろ』
聞こえないはずの鳳の声。音無は自分の部屋で身を捩っていた。鳳は隣にいない。頭の中の鳳が攻める。音無はひとり、自分の熱を処理していた。
「う…んん…っ」
はっきり言って、自分だけでは全く満足できない。だからと言ってバーの帰り道に、『今日はホテルに寄りたい』など言えるわけもなくて、結局自慰で火照りを覚ますしかない。
『お前のいいとこ、ここだよな』
再び、頭の中でリフレインされた鳳の言葉に、音無は眉を顰めた。
「はっ…んあ…っ、あ…」
本当は触れてほしい。以前のように体だけでもいいから。そう思いながらも、きっと体を重ねてしまったら、じわじわと虚しさが湧いてくるのだろう。
二人はセフレだから。少なくとも、鳳はそう思っているはずだと音無は思っていた。
「…ッ!」
頂点に達し、べっとりと自分の白濁したものが床に付着する。はあ、と大きく息をつくと音無はごろんと床に寝転んだ。
セフレのままで居たいのか、それとも…
そんなことを考えているうちに、いつの間にかそのまま眠ってしまった。
翌週の早朝。いつもの駅のロータリーで鳳の車は音無を拾い漁港まで走らせた。
今年最後になるであろう船釣り。いつもより気温が低いので着込んできた音無の姿を見て、鳳が北海道にでも行くのか、と苦笑いしていた。
「こんな寒い時期にアウトドアなんてしなかったから、わかんねえんだよ」
「まあ風邪ひくよりはいいだろう」
そんな話をしながら船に乗り込むと、田中船長が『今朝は冷えるね』と言いながら二人を出迎えてくれた。
冬の釣りはなかなか釣れない、とは聞いていたがまだこの時期なら大丈夫かと思っていた。しかし今日は思いのほか水温も下がっているのか、二人もだが他の客も当たりがない。竿を垂らしたままふと隣を見ると、鳳も海を見つめていた。こっちの視線に気づいていないのをいいことに音無はその横顔を見る。
バーで見る横顔よりかなり幼く見える。髪を下ろしたときはいつも後頭部が寝癖がついていて、オールバックのきっちりしたイメージとは大違いだ。
魚嫌いの肉好き。血が滴るくらいのレアが好み。しっかり焼かないと気持ち悪くなる音無とは正反対。趣味はこの釣りと酒を嗜むこと。いっときはバーテンダーを志したこともあるらしい。シェーカーを振るバーテンダー姿の鳳が安易に想像できて、音無は苦笑いした。
恋人はもう長いこといない。ひどい恋をしてしまったことがあるようで、もう懲り懲りなんだと一度だけ言っていた。その恋がどんなものだったか、音無には聞くことはできなかった。
セフレで体の疼きを解消するのがいいんだ、とホテルのベッドの中で聞いた時は、まさか鳳に惹かれるなんて思っていなかったから『お前みたいなやつに恋人なんてできねえよ』と音無は言っていた。
それを聞いた鳳は『お前みたいなロマンチストは苦労するだろうな、相手がいなくて』と言い返す。実は男にしては夢見がちな音無は、運命の出会いを未だに信じている。
特にそれを人の前で言ったことはないのに、何故か鳳は見抜いていたのだ。
「にいちゃん、引いてるよ」
後ろを通りがかった他の客に声をかけられて、我に返った。手にしている竿に当たりの感触があった。
「わ、ありがとう」
慌てて竿に力を入れて自分の方に引き寄せると、フッと引っ張られる感触が急になくなって釣り糸が垂れてしまった。
「あーあ、持っていかれちまったなあ。貴重な当たりをもったいない」
どうやら魚は餌を食いちぎり、針を飲み込むことなく逃げてしまったようだ。客が苦笑いしながら去っていく。あああ、と頭を抱えていると鳳も苦笑していた。
健闘すること三時間。船は寄港し、下船する。一緒に下船したお客たちと同様、二人も冴えない顔をしていた。
「今日は釣れなかったなあ」
音無は全く釣れず、いつもなら五匹くらい釣れる鳳も鯵が一匹だけ。いつものように魚は譲り、クーラーボックスを洗って帰り支度をしていた。
冬の漁港は寒々としていて日が昇ってもどこか寂しそうに思えた。船長にお礼を言った後、自販機で暖かいコーヒーを買い、休憩所のベンチに向かう。いつもの流れでベンチに座ろうとしたら、今日は年配の先客がいて、仕方ないなあ、と港の堤防まで歩き、そこに座った。
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