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天使は甘いキスが好き
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「…何だって?」
恵の怒りの眼が伊吹を見下ろす。
「じょ、じょーだんにきまってるじゃんっけいにいちゃんいってらっしゃいっ」
「…くれぐれもあの小僧には近付くなよ」
恵は伊吹の耳元で囁いた。伊吹はフルフルと顔を縦に振る。
「恵?」
龍之介が恵を呼び、恵は立ち上がって龍之介に微笑むと伊吹を振り返った。
「お土産買って来るからな?」
「…はい」
伊吹はビクビクしてコクコクと頷いた。
「先生、恵を宜しくお願いします」
「こちらこそ。お預かりします」
龍之介は恵の荷物を受け取り、トランクに入れる。どうして恵は英治を嫌うのか伊吹には不思議だ。龍之介の運転する車は行き、伊吹はホッとする。仏間から双子の鳴き声が聞こえた。
「伊吹寒いからドア閉めて。夕方には鈴と裕太君が来るから、伊吹はお祖母ちゃんのお手伝いね?」
「は~い…サンタさんくるかなぁ~」
「伊吹はおりこうさんだから、素敵なプレゼントをくれるかもよ?」
伊吹は頬を染めて「おぉ」と唸る。伊吹は空を見上げ、白い雪を頬に受け止めながら、慌てて玄関のドアを閉めた。
鈴は白いセーターの上に茶色いロングコート、白いマフラーと茶色いスラックス姿で、北千住ルミネの店内に居た。平片へのクリスマスプレゼントを探しているのだ。
「恵はジャンバー、伊吹は誕生日に猫のぬいぐるみだったから…猫の抱き枕? 裕太は…何が喜ぶんだ…?」
外は雪だ。鈴は内緒で、短時間での上野のコンビニでアルバイトをし、溜めたお金だ。勿論、学校にも家にも秘密だ。近場でバイトなどしたら、誰に見られるか解らない。ましてや、バイト禁止の学校だ。スラックスのポケットから、携帯が鳴る。着信を見れば恵の名前が表示されていた。
『これから那須高原! 今夜会えなくて残念だけど、お土産楽しみにしててね?』
鈴は気を付けて行っておいでと打つと、メール送信した。昨日終業式を迎えて、鈴は恵と近くのコンビニで落ち合い、南川という家庭教師と勉強を兼ねて合宿だと聞かされた。
『二人だけの合宿? 怪しいな』
鈴が意地悪に訊くと、恵は頬を染めてそうだと云った。多分、初めての恋なのだろう。学校での話は聞くが、今までに無かったひとりの名前を、ちょくちょく出して来るのだから、いい加減気付くだろう。
「…鈴じゃないか?」
声を掛けられて、不意に顔を上げた。生徒会長の松井と、副会長の竹元だ。
「おはよう御座います。会長お二人でどうしたんですか?」
「俺達はこれからパーティの買い出し。お前もどうだ? 役員連中の皆が集まるぞ?」
「竹元、私も鈴を誘ったけど今日は親戚の家に呼ばれてるんだってさ」
「そうなんです。先輩すみません。お二人とも愉しんで下さい。確か場所は会長のお宅でしたっけ?」
松井は頷いて、それから雪で濡れた鈴の髪を、ハンカチで拭ってくれた。
「あ、有り難う御座います」
鈴は頬をほんのりと染める。
「風邪には気を付けて、喘息が再発したら苦しいのは君だからね?」
三年生になる上級生は、試験勉強に向けて役員は生徒会卒業だ。その為、成績優秀で責任感があり、統一性があると見られる生徒を、現生徒会長が推薦し、その他の希望者と選挙させる。男女問わず人気がある鈴は、松井の予感通り選挙に大多数で勝ったのだ。来年の春には鈴は生徒会長になる。
「しかし大きな荷物だな。何買ったんだ? 彼女にクリスマスプレゼントか?」
「竹元…」
松井が竹元の横っ腹を突く。鈴がふふっと笑った。
「従兄弟にプレゼントですよ。僕はこれでも恋人募集中なんです」
「そっか。じゃ、俺が立候補しようかな?」
松井が鈴の頬を撫でる。いつものスキンシップだ。が。
「松井っ」
「いってぇぇぇっ!」
竹元は今度こそ怒って、松井の右耳を摘んで鈴から引き離す。
「ごめんね、いつもこいつ悪乗りで」
「いえいえ。松井先輩の本心は充分伝わってますから、夫婦喧嘩は止めて下さい」
松井は真っ赤になって、誰がこんな奴とピースカ否定する。鈴はクスクス笑いながら、二人と別れて時間潰しに近くの喫茶店へ向かった。鈴はクラシックの流れる、静かな窓辺に腰を落ち着かせた。外の雪は粉雪から牡丹雪に変わって行く。傘を差す人達が、足許を恐る恐る滑らない様に歩いていた。
鈴は読み掛けの小説をデイバッグから出すと、頼んだコーヒーを飲みながら読み始める。暫くすると、鈴の読む本に人影が重なった。
恵の怒りの眼が伊吹を見下ろす。
「じょ、じょーだんにきまってるじゃんっけいにいちゃんいってらっしゃいっ」
「…くれぐれもあの小僧には近付くなよ」
恵は伊吹の耳元で囁いた。伊吹はフルフルと顔を縦に振る。
「恵?」
龍之介が恵を呼び、恵は立ち上がって龍之介に微笑むと伊吹を振り返った。
「お土産買って来るからな?」
「…はい」
伊吹はビクビクしてコクコクと頷いた。
「先生、恵を宜しくお願いします」
「こちらこそ。お預かりします」
龍之介は恵の荷物を受け取り、トランクに入れる。どうして恵は英治を嫌うのか伊吹には不思議だ。龍之介の運転する車は行き、伊吹はホッとする。仏間から双子の鳴き声が聞こえた。
「伊吹寒いからドア閉めて。夕方には鈴と裕太君が来るから、伊吹はお祖母ちゃんのお手伝いね?」
「は~い…サンタさんくるかなぁ~」
「伊吹はおりこうさんだから、素敵なプレゼントをくれるかもよ?」
伊吹は頬を染めて「おぉ」と唸る。伊吹は空を見上げ、白い雪を頬に受け止めながら、慌てて玄関のドアを閉めた。
鈴は白いセーターの上に茶色いロングコート、白いマフラーと茶色いスラックス姿で、北千住ルミネの店内に居た。平片へのクリスマスプレゼントを探しているのだ。
「恵はジャンバー、伊吹は誕生日に猫のぬいぐるみだったから…猫の抱き枕? 裕太は…何が喜ぶんだ…?」
外は雪だ。鈴は内緒で、短時間での上野のコンビニでアルバイトをし、溜めたお金だ。勿論、学校にも家にも秘密だ。近場でバイトなどしたら、誰に見られるか解らない。ましてや、バイト禁止の学校だ。スラックスのポケットから、携帯が鳴る。着信を見れば恵の名前が表示されていた。
『これから那須高原! 今夜会えなくて残念だけど、お土産楽しみにしててね?』
鈴は気を付けて行っておいでと打つと、メール送信した。昨日終業式を迎えて、鈴は恵と近くのコンビニで落ち合い、南川という家庭教師と勉強を兼ねて合宿だと聞かされた。
『二人だけの合宿? 怪しいな』
鈴が意地悪に訊くと、恵は頬を染めてそうだと云った。多分、初めての恋なのだろう。学校での話は聞くが、今までに無かったひとりの名前を、ちょくちょく出して来るのだから、いい加減気付くだろう。
「…鈴じゃないか?」
声を掛けられて、不意に顔を上げた。生徒会長の松井と、副会長の竹元だ。
「おはよう御座います。会長お二人でどうしたんですか?」
「俺達はこれからパーティの買い出し。お前もどうだ? 役員連中の皆が集まるぞ?」
「竹元、私も鈴を誘ったけど今日は親戚の家に呼ばれてるんだってさ」
「そうなんです。先輩すみません。お二人とも愉しんで下さい。確か場所は会長のお宅でしたっけ?」
松井は頷いて、それから雪で濡れた鈴の髪を、ハンカチで拭ってくれた。
「あ、有り難う御座います」
鈴は頬をほんのりと染める。
「風邪には気を付けて、喘息が再発したら苦しいのは君だからね?」
三年生になる上級生は、試験勉強に向けて役員は生徒会卒業だ。その為、成績優秀で責任感があり、統一性があると見られる生徒を、現生徒会長が推薦し、その他の希望者と選挙させる。男女問わず人気がある鈴は、松井の予感通り選挙に大多数で勝ったのだ。来年の春には鈴は生徒会長になる。
「しかし大きな荷物だな。何買ったんだ? 彼女にクリスマスプレゼントか?」
「竹元…」
松井が竹元の横っ腹を突く。鈴がふふっと笑った。
「従兄弟にプレゼントですよ。僕はこれでも恋人募集中なんです」
「そっか。じゃ、俺が立候補しようかな?」
松井が鈴の頬を撫でる。いつものスキンシップだ。が。
「松井っ」
「いってぇぇぇっ!」
竹元は今度こそ怒って、松井の右耳を摘んで鈴から引き離す。
「ごめんね、いつもこいつ悪乗りで」
「いえいえ。松井先輩の本心は充分伝わってますから、夫婦喧嘩は止めて下さい」
松井は真っ赤になって、誰がこんな奴とピースカ否定する。鈴はクスクス笑いながら、二人と別れて時間潰しに近くの喫茶店へ向かった。鈴はクラシックの流れる、静かな窓辺に腰を落ち着かせた。外の雪は粉雪から牡丹雪に変わって行く。傘を差す人達が、足許を恐る恐る滑らない様に歩いていた。
鈴は読み掛けの小説をデイバッグから出すと、頼んだコーヒーを飲みながら読み始める。暫くすると、鈴の読む本に人影が重なった。
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