天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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 新年を迎えて第二月曜日。
 十和子と約束した平片が、朝早く恵を自転車で迎えに来た。恵の左腕の骨折は、ギブスが取れるのに全治二か月だと医者から云われ、紹介状を書いて貰ってから近くの整形外科に通っていた。その他にも、心療内科も受けている。
「ごめんね? 無理にお祖母ちゃんが頼んだから」
「良いって。どうせ家近いし、学校もクラスも同じだからな」
「ありがとう」
 恵は平片に感謝した。
「裕太君お願いね?」
「十和子さん、大丈夫だよ。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 恵は十和子と伊吹に手を振って歩き出す。
「結局、四か月分の勉強と冬休みの宿題、完璧にこなしたよな恵は」
「うん。そういえば、鈴四月から生徒会長だって? 凄いな」
「…らしいな」
 平片は上村の顔を思い出した。
「平片は高校行ったら、部活どうするの?」
「う~ん。やっぱ野球かな。鈴は専門学校だっけ?」
「うん。中卒でも入れる専門学校在るけど、やっぱり高等課程取った方が良いみたい。本で調べたら飲食店で二年以上の実務経験を積んで、国家試験か厚生労働大臣指定の専門学校を卒業して、調理師免許を取得するんだって」
「なんか…すげえな。恵の家喫茶店だろ?」
「うん、でも。いずれレストランで出すみたいな、料理を作ってみたいんだ。生き残り作戦ってやつ?」
「…意外としっかりした奴だったんだな。感激だぞ」
 しみじみと云われて恵はムッとする。
「裕太のアホ、ボケ、ナス、スケベ!!」
 恵が絶叫。近所のゴミ捨てに出ていた主婦達が、何事かと振り返る。
「わーっ変な事云うなっ、俺が悪かったっ、恵君君は偉いっ素晴しいっ!」
「解れば宜しい」
 恵が踏ん反り返る。
 ーーーやっぱり鈴の従兄弟だな。
 平片は渋々自転車を押した。
 二人の姿を、遠くで見ていた男が居た。咥えていたタバコを地面に吐き捨て、シューズの底で潰す。後方から美加が男に声を掛けた。
「龍君きっと怒るだろうなぁ」
 楽しそうな声に、男が嘲笑い振り返る。
「あの男のせいで、俺は親戚一同から離縁。財産分与からも消されたんだ。あいつには仕返ししてやるさ」
 俊彦が冷たい眼で恵の後姿を見詰めていた。

「恵君どうしたの!?」
 教室に入るなり、女生徒達が恵の周りに集まる。
「ちょっとドジっちゃって。でも卒業までにはギブスが取れるってさ」
「可哀想っ痛かったでしょう?」
 平片が先に鞄を恵の机の上に置く。恵が四か月の記憶後退の中で、席替えをしていたからだ。担任には、家族から事故で怪我と記憶後退の話は云っている。生徒達には、只の怪我としか説明はしていない。そこまで説明する必要が無いからだ。
「何かあったら云ってね? 皆居るからさ」
「ありがとう、皆」
 恵は微笑んで礼を云うと、平片の待つ席へと向かった。
「…席替えしたんだ?」
「あぁ。窓辺で良いのか悪いのか。晴れるとポカポカして眠くなるんだよな」
「ハハ。云えてる」
 恵は空を見上げた。天気予報ではまた雪が降ると云っていた。
「雪…」
「え?」
「振りそうだなってさ…云ったの」
「あぁ、そうだな」
 平片が頷く。恵達の使う教室は三階に在る。何気に見下ろせば、片隅に汚れて残った雪の塊が、日陰の隅で存在を主張していた。
 その時恵の脳裏に、何かが黒い影となってフラッシュバックする。
「…っ」
 眩暈を起こして、恵は椅子に座る。動機が激しく鳴る。
 ーーーこれは何?
 瞼の裏に蘇えるのは、黒い泥で汚された靴跡。
「恵? どうした」
 平片が恵の席の前に座る。
「……なんでも…」
「そんな訳が無いだろう? 顔が蒼いぞ?」
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