秘書は蜜愛に濡れる

吉良龍美

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秘書は蜜愛に濡れる

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「ああ…可愛い僕の奈緒。はるばるイタリアから会いに来たよ」
 金髪を風に靡かせて、紅いバラの花束を手に、ディオ・ランバ‐ト・ヴィルテアはスクランブル交差点のど真ん中で、うっとりと囁いた。
「ママ~変なオイチャンいるよ?」
「見るんじゃありません…かっこいいのに残念ねぇ」
 園児を連れた親子が、そそくさと駆け出す。
 それを眺めた老紳士が、コホンと咳払いをした。
 白髪の見事なイタリア人だ。
「若旦那様。奈緒様は会社にいらっしゃると、龍之介様が仰っておいででしたよ? このまま行かれますか?」
 なんでしたら、待たせている車を寄越しますかと訊くが、ディオはとある団体を指差した。
「ハリスあれはなんだ」
 ハリスと呼ばれた紳士は、白い手袋を瞼の上に翳した。
「何か撮影のようです」
 信号が赤に変わり掛けたので、二人は団体の方へ急いだ。若い女性達が見守る先に、ひとりの青年がドラマの演技だろう、カメラの前でひとりの女性を前に涙を一滴零していた。
 青年はすらりと伸びた長身、茶髪に滑らかな頬。まだあどけなさが残る愛らしさ。
「やっぱり柏木陽斗素敵~!」
「弟にしたいぐらいだよね?」
 傍ではしゃぐ女子高生が、ふと隣に立つディオに気付いて息を呑んだ。「す・て・き」
 女性達がディオに振り返り、皆が頬を染める。 休憩を入れた監督が、華やかなディオに双眸を見開く。
「どっかで雑誌の撮影でもあったか?」
 傍に居た助監督を、丸めた台本で腕を叩いた。
「さあ」
 ディオは先程の青年の許へ歩み寄ると、青年にニコリと微笑。
「なんだよあんた」
 バラを抱えたディオを見て紅くなる。
「何処に行ってもファンって居るんだよね。ま、そのバラは…勿体ないから貰ってやっても良いけど」
 ディオはバラと陽斗を見比べて首を傾げた。
「このバラは愛しい奈緒にあげるんだよ。君、細川製薬会社って知ってるかい?」
 青年はキョトンとして、さも嫌そうに呟いた。
「奈緒だあ~?」
 高平奈緒は一階受付に呼ばれてやって来ると、軽い目眩に襲われた。
「こんにちは高平さん」
「こんにちは草壁さん」
 柏木陽斗のマネージャー、草壁が汗を拭きながらお辞儀をする。
 何故か陽斗は仏頂面だ。
「奈緒! 会いたかったよ!! 元気だったかい?」
 ディオからバラを手渡された奈緒は、苦笑してハリスへお辞儀をした。
「ハリスさんもお久しぶりですね」
「奈緒様もお変わり無いようでよう御座いました」
「ってかさ、こいつ誰」
 陽斗がディオを一瞥してそっぽを向いた。
「ちょっと陽斗」
 慌てて草壁が陽斗を宥めたが、奈緒の発せられた言葉に度肝を抜いた。「ディオはイタリアの伯爵家嫡男です。今は社会貢献で福祉のボランティアをしていますが。私の従兄弟にあたります」
「「………伯爵?」」
「此処では何ですから、上に行きましょう。草壁さんと陽斗君は、一緒って事は今日はOFFではないのですよね? 大丈夫ですか?」
「だいじょ…「ぶじゃない! 陽斗! 撮影!」
 陽斗の返事に被さるように、草壁が真っ青になって叫び、陽斗の腕を掴む。「え―!? 俺社長に会いたくて抜け出して来たのに~!」
 あの、頬を膨らませている姿は、まるでハムスターかリスだ。
 擦れ違う社員達は、アイドル出現に目を丸くして騒ぐ。
「ほら行くぞ!!」
「い~や~っ」
 首根っこ掴まれて、待たせていたタクシーに乗り込んだ。
「それでは高平さん失礼しました!」
「はあ…」
 ギャアギャア騒ぐ陽斗をよそに、タクシーが走り去った。奈緒は内心ホッとして、何時の間にか奈緒の手を握り締めるディオを見上げた。
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