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歌舞伎町で出会い系喫茶を見つけて奥のベッドルームで三人で寝ているとカラオケの音が聞こえる。うるさくて眠れない。

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あらすじ
 歌舞伎町で出会い系喫茶を見つけて奥のベッドルームで三人で寝ているとカラオケの音が聞こえる。うるさくて眠れない。歌ってるのはロボットの良一君。

 門をくぐってしばらく大通りを歩いていくと「ラブエンジェル」という看板が目に入った。
 書いてある文字には見覚えがある。
 さっき学校の図書館に掲示してあったチアリーダーのクラブの「ラブエンジェルズ」と文字の書き方がそっくり同じだ。
 看板には「喫茶店、女の子は飲み物無料」と書いてある。
 もしかしたら何か飲み物が置いてあるのかもしれない。
 このロボット実験場に来てから何も食べてないので、飲み物があるならとっても助かる話しだ。
 さきに彩香ちゃんが店に入ってみると、正面の受付には誰もいない。
 階段を上がって店の奥に入ると、細長い店の中央にテーブルがあって銀色のパックに入った飲み物らしい物が置いてある。
 彩香ちゃんが駆け寄って確かめてみると、研究所で渡されたのと同じ飲み物みたいだ。
 さっそく彩香ちゃんが試しに飲んでみると大丈夫らしい。
 研究所で所長に渡されたのと同じ「たこ焼きのケチャップ味」だと彩香ちゃんが言うので有紀も飲んでみた。
 たっぷりと濃い味は、栄養剤らしくてお腹に入ると気持ちがすっと楽になった。
 少しずつ口に入れながら全部飲み終わると、飲み物の容器に書いてある文字を読んでみた。
 銀色の四角いパックには真っ赤な文字で「ラブエネルギー」と書いてある。
 誰かがイタズラで書いたのかと思ったけど、どの容器にも同じ文字が印刷してある。
 ソファに座って一息休んでから部屋の中を見回してみた。
 細長い部屋は片側がコミックの本棚になっていて、反対側の壁は全部が鏡ばり。
 本棚はさっきの図書館と同じに、本の絵が描いてあるポスターが貼ってあるだけ。
 鏡の前に細長いカウンターがあってその前に丸椅子がずっと並んでる。
 この店いつか来たことがあるような気がして有紀は店の中を眺め回した。
 原宿で間違ってスカウトされたとき連れてこられたビデオチャットの店によく似てる。
 カウンターの上にはパソコンが並んでいて、パソコンの画面には何かが映ってる。
 パソコンからは小さな声がずっと聞こえてくるのも何だか変な気がした。
 彩香ちゃんがパソコンに近づいてみると「ねえ、これビデオチャットよね、さっき百合ちゃんがやってたやつ」と有紀に聞いた。
 確かにさっき百合ちゃんが勉強机のパソコンでやってたのと同じ画面で、女の子が一人で喋ってる。
 話してる相手はまた誰か別の人らしい。
 画面には他にも何人かの顔が小さく映っていて、女の子の顔や男の子の顔が見えるけどどれもグラフィックで描いた絵だ。
 チャットの相手は好きな人を画面から選ぶ仕組みらしい。
 これってきっとチャットのシミュレーターで、パソコンが勝手におしゃべりをする仕組みに違いない。
 コンピュータの中で仮想空間を作ってアバターで遊ぶゲームとよく似てると有紀は思った。
 彩香ちゃんがパソコンのスピーカーのボリュームを上げてみた。
 大きな声で「私ですか、彼氏ですか、いま居ません」と女の子の声が部屋に響いた。
 すると今度は男の声で「じゃあ、さみしいだろう、彼氏がいないとさみしくてしょうがないよね」となだめるような声で女の子に話しかけてる。
 普通の男の子と女の子がこんな会話をするわけ無い。
 これって出会い系のチャットのシミュレータらしいと判って彩香ちゃんは呆れた顔。
 これもあの研究所の所長が作らせたソフトに違いない。
 まったく何の研究をしてるんだか、ふざけた話しで腹が立ってくる。
 こんな所にいつまでも居たら何が起きるか判らない。
 有紀はテーブルの上から銀色のラブエネルギーのパックを何個か取るとポケットに入れた。
 彩香ちゃんと江実矢君もポケットに入るだけさっきのラブエネルギーを詰め込むと、店から出ようと階段を降りた。
 受付の前まで来ると彩香ちゃんが「ねえ、私この店って知ってる」と言い出した。
 有紀はすぐには彩香ちゃんの言ってる事がわからなくてきょとんとして彩香ちゃんの顔を見つめた。
「テレビでみたことあるの、これって出会い系喫茶よ。きっとそうよ確かめて見れば判るから」と言うと彩香ちゃんは受付の横のドアを開けた。
 薄暗い廊下みたいな部屋は、さっきの部屋より床が一段低くなっている。
 壁際は全部鏡になっていて、さっきの女の子の部屋と向かい合わせになってるらしい。
 女の子が座ってる椅子のちょうど目の前に男の子が座れる椅子がある。
 これがあの女子高生の間でも噂になってる出会い系喫茶だと有紀にもピンときた。
 女の子のスカートの中をマジックミラーで覗き見できる仕掛けになってるとテレビでやってたけどやっぱりその通りだ。
 出会い系喫茶がなんでこんな変な街にあるのか判らないけど、きっとそれはそれでなにか目的があるに違いない。
「もしかして、誰か居るかもしれないわよね。私達誰かに覗き見されてたのかもしれないわよ」と彩香ちゃんが言い出した。
 確かにそれもそうだ。
 江実矢君がひとまず一番前になって、ゆっくりと様子を確かめながら廊下を奥まで進んでみた。
 ちょうど女の子の部屋をぐるりと一回りする配置で、男の子用の部屋が作ってある。
 女の子との部屋の境は全部マジックミラーで、女の子のしてることは全部丸見えだ。
 一回りして一番奥まで行くと、突き当たりの壁にはカーテンが掛かってる。
 何だか変だと思ってカーテンを開けてみると、小さなドアがある。
 彩香ちゃんがドアを開けてみると、細長い通路が続いてる。
「私、これ知ってる」と急に彩香ちゃんがまた思い出したように声を上げた。
「きっとそうよ、行ってみれば判るわ」と彩香ちゃんが言うので、また江実矢君を先頭にしてドアの先の通路を進んだ。
 少し先で左手に曲がると、廊下にそってドアがいくつも並んでる。
 彩香ちゃんがドアの取っ手を廻して、ドアを開けてみた。
 薄暗い部屋の中には誰もいないみたい。
 彩香ちゃんが先に部屋に入ったので有紀は「彩香ちゃん大丈夫?」と声を掛けて後から続いた。
 部屋の中にはベッドがあって、その横にはソファーもある。
 薄暗い部屋の電気を付けてみると、中はホテルの部屋みたいな作りで結構広い。
 出会い系喫茶でナンパした女の子を連れ込むための部屋らしい。
 一通り部屋の中を確かめてみたが、正面に大きな鏡がある他には特に怪しい感じもない。
「ねえ、今夜はここで休みましょう」と彩香ちゃんが言い出した。
 確かにこの部屋は、ベッドもあるしドアを閉めれば誰も入ってこない。
 それにこのロボット実験場にはロボットしか居ないんだから、危ない事なんか起きるはずはない。
 一休みするにはもってこいだ。
「そうね、それしかないわよね」と有紀も答えた。
「ねえ、有紀ちゃんは私とベッドで寝ようね、江実矢君はそこのソファでいいわよね」と彩香ちゃんに言われて江実矢君もソファに寝そべった。
 有紀が先にベッドに横になると、彩香ちゃんも電気を消してすぐ有紀の隣に寝ころんだ。
 ふかふかのベッドに身体を沈めると、急に疲れが出てすぐに半分眠り込んで気が遠くなった。
 今日一日の出来事が頭に浮かんできて、次から次へと思い出した。
 いったい何が起きたのか、なんでこんな事になっちゃったのかさっぱり訳が分からない。
 次第に頭が重くなると、彩香ちゃんの寝息がすぐ耳の横で聞こえてきた。
 すこし離れたソファからも江実矢君が微かな寝息を立てているのがぼんやりと聞こえた。
 ともかく眠ろう、そうすれば明日の朝起きたときは、きっと自分の部屋の自分のベッドの中で目を覚ますはず。
 そうよ私は今夢の中にいるのよ、今日の出来事は全部夢なのよと思うとな気分がすっと楽になった。
 気が遠くなって眠りに入りかけた時、急に大きな音が有紀の耳に飛び込んできた。
 がんがんと耳に響く大きな音は誰かが近くでカラオケをやってるらしい。
 彩香ちゃんもベッドから身体を起こすと、とても寝ていられない様子で有紀の顔をみた。
 この近くに誰かいるらしい。
 そうなるととても安心して寝てなんか居られない。
 耳を澄ませて大きな音をよく確かめてみると、やっぱりカラオケで誰かが大声で歌ってる音に間違いなさそう。
 部屋を見回してみると確かにカラオケのセットと、それに大きなプラズマテレビも置いてある。
 他の部屋に誰か男の人がいて、カラオケをやってるって事しらい。
 彩香ちゃんが先に部屋を出ると、音のしてる方向を頼りに廊下を進んでみた。
 少し先のドアから明かりが漏れるのが見えた。
 中からはうるさいカラオケの音ががんがん響いてくる。
 ドアをそっと開けて中を覗いてみると、さっき三人がいた部屋よりもかなり広い部屋だ。
 部屋の中央で男がカラオケのマイクをもって踊りながら歌ってる。
 とんでもなく下手な歌なので、聞いているだけで頭が痛くなっちゃう。
 どっかで見覚えのある男だとおもったら、最初にこの歌舞伎町に来たとき話しかけられたロボットの良一君だ。
 このロボットはどこか調子が悪いらしくて、最初に会った時もまともに会話が通じなかった。
 今度もやっぱりどっかの具合が悪くて、カラオケをやり出して止まらなくなったみたいだ。
 どうせどっか壊れたロボットなんだから、話しかけてもたいした事にはならないと彩香ちゃんは思ったみたい。
「あの、静かにしてくれませんか」とへんてこな格好で踊ってる良一君に声を掛けた。
 良一君は急に踊りを止めてこちらに振り返ると「いやあ、一緒に歌おうじゃないか、いや楽しいな」と相変わらず歌を止めない。
「あの、眠れないんです、眠れないの、カラオケ止めてくれませんか」と彩香ちゃんは大声で良一君に怒鳴った。
「眠れない、眠れないんだ。あ、じゃあここで一緒に寝ようね」と良一君が大きなベッドを指さした。
 部屋の奥に大きなベッドがあるのが見えて彩香ちゃんはちょっとびびったみたい。
「あの、一緒じゃなくても良いでしょう、別にその」と今度は小声でささやくような声で良一君に言い返した。
「女は、良一君と一緒に寝るんだよ、決まってるだろ、女三人に男一人、いやこりゃサイコーだぜ」と良一君が言うので、これは不味いことになりそうだと有紀は思った。
「まず有紀ちゃんが一番奥に寝て、次が恵美ちゃん、そして次が彩香ちゃんの順で寝るんだ」と良一君が言い出した。
 なんで私達の名前をしってるんだろうと有紀は思ったけど、ロボットのコンピュータにデータが入ってるらしい。
「俺は、好きな所に順に寝られるだろ、いやサイコーだ」と良一君が言うと有紀の手を引っ張った。
 下手に逆らうとどうなるか判らない。
 有紀が大きなベッドの奥に横になると、次に江実矢君が寝かされた。
 最後に残った彩香ちゃんの手を取って良一君がベッドに引き寄せようとしたとき、彩香ちゃんが良一君に背を向けた。
「私、いや」と甘えた声で彩香ちゃんは良一君にささやかな抵抗の仕草をしてみせた。
 大声で彩香ちゃんが「嫌」と叫んだりすれば、無理矢理ベッドに押し倒されるのは判ってる。
 だけど女の子に甘えた仕草で拗ねられたら普通の男だったら、優しくしてくれるはず。
 ロボットの良一君がどうするのかと思って有紀が見ていると、さすがにロボットにはどうしていいのか判らないらしい。
 ロボットの動きがしばらく止まった後、ロボットの手が左右から彩香ちゃんを抱きしめようとして巻き付いてきた。
 不意に彩香ちゃんの身体が目の前から消えた。
 彩香ちゃんがすばやい動きでしゃがみ込んだのだ。
 彩香ちゃんの得意技だ。
 後から抱きつかれたとき、しゃがみ込んで後ろ手に相手の両足を掴んでそのまま後ろ向きに倒れ込むという大技。
 そのあとすぐに彩香ちゃんの得意技の彩香スペシャルに持ち込む連続技だ。
 小学校の時は、彩香ちゃんのこの大技に恐れをなして彩香ちゃんに逆らう男の子は一人もいなかった。
 彩香ちゃんが良一君の両足を掴んで、立ち上がりながら後に反り返った。
 はじき飛ばされたように良一君の身体が後に飛んだ。
 良一君は床に仰向けに寝ころんだまま、上半身を起こそうとして身体を持ち上げるけどすぐにまた元の姿勢に戻ってしまうだけ。
 ロボットには仰向けに起きあがる動作が難しいらしい。
 何度も繰り返して身体を起こそうとしては元に戻る動作を繰り返すと次第に動きが弱くなってとうとう動かなくなった。
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