天竜と狐の嫁入り

西ノ仁

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天竜 狐の嫁入りとおたか淵 (晴れているのに雨が降る)

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          天竜、おたか淵とキッネの嫁入り
                    (晴れているのに雨が降る)
               

 天竜川に沿って二両連結の電車が、山間を走っている。中部天竜飯田線である。この路線は、愛知県豊橋駅から終点の辰野駅を経て上諏訪駅まで運行、愛知、静岡、長野県の山岳地帯を貫き天竜川の険しい渓谷を縫う様に走ている。しかしながら現在では、無人駅が点在するローカル線であり一部鉄道フアンにとっては、人気の路線でもある。その二両連結の先頭車両で、私は腕を組み4人掛けの対座シートに一人、列車のゴトゴトとゆう振動に揺られながら窓側に寄り掛りうたた寝をしていた。列車の窓には夏の光を避けるためカーテンを下している。
「切符を拝見します」突然の声で私は目を覚ました。目の前に車掌が立っている、私は慌てて棚の上の旅行鞄を下し切符を取り出してその車掌に手渡した。
「どちらまでですか?」
私からキップを受取りながら車掌は、ニコニコと話しかけてきた。白の半袖のワイシャツに黒いズボンで腕に車掌と書てある腕章を付けていて、細長い顔に黒縁のメガネが印象的である。何処かで会った様なそんな気がしたので私は笑顔で。
「浦川です」そう答え、先程渡した切符を受け取った。
「東京からですか?今日は里帰りか何かですか」車掌が話を続けた。
私もつい話したく。
「ええ、五十年振りになるかな」
「そうですか、次の駅ですね浦川駅は」と言って笑顔で会釈をすると次の車両に向かてたち去った。
私も立ち上がりながら車内を見渡すがこの車両には、もう私一人になっていた。
「さて」
網棚から東京みやげの袋を下した。
その時だった、電車がトンネルに入り外の光が消えると同時に目の前の車窓が車内を映しだした。
「おや?」
先ほどの車掌が次の車両に入って行く様子がとなりの窓に映しだされた。何故かその車掌のお尻から、白く大きなシッポが見えた様な気がした。
そう思った瞬間電車は、トンネルを抜け再び夏の光が車内に差込むと、同時に車内アナウンスが聞こえた。
 (次は、浦川、浦川です。)女性の録音した声である。そのアナウンスが終ると暫くして、電車は速度を落として無人の駅に止まった。
8月の日刺しはやけに強く感じたが、私がホームに降りた途端に雨が降りだした。
空が晴れているのに雨が降るとゆう山間部独特の天気である。私は急いで無人の駅舎に飛びこんだ。私を運んだ二両の車両は私を降ろすとボーと出発の合図を鳴らし駅から離れて行く、それを横目で見ながら急ぎ木造の駅舎の中へ私は滑り込んだ。 そして、ベージュ色のサマージャケットの水滴を手ではらいながら。              
(まあいいか)そう小さく呟きながら駅の出口に近づき空を見上げた。雨は少し強くなっていた。    (すこし待とうか)
私は諦めて旅行鞄からハンカチを取り出し、白髪交じりの頭を拭き乍ら、駅舎の中の備え付けの木製のベンチにどっかりと座り込んだ。
そして、自分のメガネを拭き始めた。その時ホームから慌てて男女二人が駅舎に飛び込んできた。メガネを外していたので二人の顔がボンヤリしか見えない。どうやら、同じ電車で後ろの車両だったのだろう。二人は私に軽く会釈をするとやはり入口で私と同じ様に空をみあげた。
「なんで、晴れているのに雨なんだ。」
男性の声が聞こえた。
私は拭いたメガネを掛け、声のする方を見たが二人の横顔しか見る事が出来なかった。年齢は二十代後半に見える。男性は紺色の夏用のズボンにワイシャツ姿できっちりとした身なりの様子。
女性も白いワンピース姿でオシャレな麦わら帽を被り、手には小さな白いハンドバックを抱えていた。
「狐の嫁入りて言うのよ」
連れの女性の明るい声が聞こえる。
「キツネの嫁入り何それ」
男性の声は軽く笑っているようだ。
その声で、私はその男性が東京の人だと感じた。
若い娘もそれに答えるように笑いながら
「昔から、空が晴れて雨が降っているときは狐のお嫁さんが行列を作って歩くそうよだから、こんな日は地元の人たちはそう言うの、どうロマンチックでしょう」
二人の会話は楽しそうだ。
「そうだ、お母さんに電話入れるね」
そう言うと白いハンドバックから携帯電話を取りだそうとした。その瞬間強い閃光と雷鳴が駅舎を包んだ。
  (そうだ、あの時も)
私はこの生まれ故郷で子供の頃体験した刹那く悲し物語を思いだした。
                  昭和 三十一年 夏
ディーゼルの列車が、客車を引いて、駅に止まっている。
改札口には、ぞろぞろと行列が、モンペ姿の叔母さんや、作業服のおじさん、麦わら帽子の子供が降りて来ている、ワイシャツ姿の駅員は忙しそうにキップを集めている。この年には佐久間ダムの建築が完成に近づき町全体が活気に満ちていた。その中に、母に連れられてネズミ色の半ズボンと半袖のワイシャツ姿の私が降りてきた。私が小学六年生の夏休みの時である。
私は改札の前で同じ年の少年を見つけて手を振る。その少年はクリクリ坊主の頭とランニング姿で、顔は日焼けして黒く、私の顔を見つけると白い歯を向けた。
「秀夫君、久しぶり」
私はそう言って彼に駆け寄る。
「うん」
迎えに来ていたのは、親戚の秀夫君。
私は田舎に来るとこのいとこの彼といつも遊んでいた。
後ろから母が「早く帰るのよ、おばさん
の家にいるから」
その言葉が終わるか終わらないうちに二人は、並んで歩き出していた。
田舎での遊びは自然が相手である。
もう二人は、川で釣りを始めていた。
川の中の虫を取り竹竿で釣りをする。二人は並んで天竜川に釣り糸をたらしていた。
少し先の鉄橋からジィーゼルの列車がピーとゆう音を鳴らしそのままトンネルの中に吸い込まれて行く。
一週間もいると私も地元の子と変わらない程黒く日焼けしていた。
母と私は毎年夏になると母の妹、つまり
叔母の家でひと月あまりを過ごす。
その間は、いとこの秀夫君と何時も一緒である。
この日は、母の三歳上の兄も加わり夕食を囲みながら話をしていた。ラジオからは、三橋美智也の哀愁列車の歌が流れてる。伯父はいつになく機嫌がいい、傍には祖母がみんなの話を嬉しいそうに聞いている
「そうだ、そうだ」
伯父は何かを思い出した様に、ビールを飲み干して少し低い声で話し出した。
「そうだ、今日隣町に行て来たんじゃが、また出たそうな」
「何が」母は、団扇を扇ぎながらおじの顔を覗き込んだ。
おじは枝豆を一つ口に放り込んでまた、話はじめた。
「おまえは、東京に住んでいるから知らんだが、実は上町に行く途中の山道におたか淵とゆう淵がある」
「おたか淵のう」
母が、真剣に伯父の話に耳を傾け始めけた。叔母は、ラジオのボリュームを少し落した。
「その山道を、おとつい東京から来た電気技師と役場の人二人が歩いて、この村まで来ようとしたのや隣の村だからひと駅歩こうとゆう話になってのう、天気も良く川に沿って周りくねった山道を歩き始めたそうな。三十分程歩くとその淵の近くに来た時だった、空が急に曇り始めたかと思うとカミナリの音と光、そして激し雨が二人を追いかけてあっとゆう間に山道は闇に包まれてのう、その闇の中からかすかに女の声が聞こえて来たそうな。役場の人は霧に包まれて前にいるはずの電気技師の姿を見失てしまったそうな。技師の方は、林の中で立どまり身動きが出来ずにいた、処にその女の声が近ずいて」そう言うと、伯父はコップのビールを一口飲むと話を止めた。
母は続きを早く聞きたくて「ほんで」と伯父のコップにビールを注いだ。
僕達は将棋を傍でしていたが手を止めてその話に耳を傾けていた。僕はおじさんの言った「ぶち」と言う言葉が気になり秀夫くんにきいた。
「天竜の川は蛇行しとるで、川が曲がると深くえぐられてそこだけが深くなっとるで、しかも川底は流れが違うで決して泳いじゃあかんと父ちゃんが言うてたぞ、ほかにも村の近くの淵には名前がついとる淵があるで」
「ふうん」と僕は相槌をうった。
おじさんの話が続いていた。
「雨とカミナリが止むとだんだんと女の声が技師に近づく、技師は恐ろしゅうなってその場にへたり込んでしまい身動きが取れなくなつたそうな」
母と叔母の動きも止まった、僕達も次の言葉をまった。
(おしえて、おしえて、どこにいるの)
「そうハッキリと聞こえてきたと,技師の頭上に
スーと白い着物をきて髪を振り見出した、この世とは思われない亡霊が降りてきたそうな。亡霊はしきりに、(教えて、教えて、新一さんはどこにいるの教えて)と繰リかえした。しかし、技師はあまりの恐怖に声も出なかったと.するとその声はすごさを増した。
(教えろ、教えろ)
技師は「わー」と叫ぶと、ドボンと次の
瞬間川に落ちたそうな。」
伯父はそこまで話すとビールを飲み一息入れた。
 「そんで、その人は助かったんかい」妹の勝江叔母さんが聞く。
「ああ、役場の人が川に落ちる音を聞いた時は、もう、霧が消えていたので慌てて川の淵に降りて行き技師を見つけ助けたそうじゃ、しかし、その技師は三日三晩うなされたそうじゃ、」
「あー、くわばら、くわばら、」
勝江叔母さんの声である。
「兄さん、その淵がおたか淵と言う所かえ」母が訪ねる。
「そうじゃ、」
「またなんで、おたか淵と、ゆうのかえ」
母は団扇を仰ぎながら訪ねる。
「それはだな、そうばあちゃんの方がよう知ってるでのうばあちゃん」
兄はそばに居る祖母の方に話しかけた。
この祖母はハ十歳を過ぎているが記憶力が良く昔の話をその時を懐かしむ様に語りはじめた。
「あれは数年前の話じゃてこの町も天竜川にダムができるとの話がもち上がっていたその頃、村外ずれに仲の良い親子が住んでいたで、娘の名はたか子と言うて年は十八の娘盛りでそりゃもう別嬪さんじゃった。母は私と同じ年でよう知ってるでのう。父親を早う亡くしていたが母とだるま屋とゆう小さな食べもの屋をやっていたがじゃ、そこの五平餅はもう、うもうて、うもうて、ここらじゃ評判の店じゃった、娘と親子二人、たえこさん自慢の娘じゃた。のう、だがのう。あの日、この村に不幸が襲ったが。
台風じゃ、それも大きな台風でこの天竜川が氾濫しての、こん川はその名の通り暴れ川でその日も大雨が降り続き村に半鐘が鳴り響いたよう覚えているが」
 
              昭和二十八年 夏
駅から少し離れた木造の家に親子は暮らしていた、娘のたか子が夜明け近くに激しい雨と風の音に寝付かれず最初に半鐘の小さい音に気がついた。
「お母さん、お母さん、起きてねえ起きて半鐘がなっているよ」
その声で母親のたえ子が起きる。
「まあ大変、たか子身支度をしなさい」
「はい」二人は、慌ててモンペの上に雨合羽を着た。その間にも玄関の戸口から濁流がなだれ込んできた。土間は水が入り下駄や草履が水に浮いている。
「母さん早く早く」たか子は母の手を握ると外に飛びだしたが外の風と雨の激しいさと、あまりの水の流れに二人とも、身動きが取れずその場の木製の電柱に捕まるのが精一杯である。
「誰か、助けて下さい母が。」
 たか子の声は激しい風と雨音に消されていた。そしてだんだんとたか子の声が薄れていく。
丁度その時、一人の青年が運よくこの二人を見つけた、嵐の中二人に近ずき軽々と母親を背中に乗せると娘の手を引き無事高台へ避難する事が出来た。青年の名前は田所新一郎、ダム建築の調査に東京から来ていて偶然にも、目の前の旅館にその日泊まっていたそうな。そうして二人は知り合ったでのう、しかも、若い二人が、恋に落ちるに時間は,あまり掛からなくてのう。父親がいない、たか子にとって新一郎は憧れじゃった、彼も若くて純粋な青年じゃった。だがのう母親のたえさんはその事がとても心配じゃとようワシに話しておった。そして、青年が東京に帰らなければならない日が近づくいた、たか子は悲しかったが青年が直ぐ戻って来ると言う言葉だけが救いだったのかこの村で母と待つ事にしたんじゃて。しかしのう。」そう言うと祖母は一息っいた。
「もしかして、その青年は、それきりかえ」母が、祖母に尋ねた。
「そうじゃて、連絡がないまま一年が過ぎようとしてたが」
祖母はお茶を飲むとまた思い出すかのように話を続けた。
「おたかちゃんは、次第にやせ細り
母親のたえさんも心配でその青年の居所を色々尋ねたがその当時の宿張も台風で流され役場の人も何も分からないとの事じゃった。可哀そうにおたかちゃんは、いつも仕事が終わると駅に来ては、機関車から降りてくる人を見ていたと、可哀そうじゃとよう駅員さんが話していた。まして、狭い村じ、こん話は村じゅうが知っていたがや、
そして、二年目の夏が過ぎようとしていた頃、村長さんが、たえさんを訪ねてきたが。
「ごめんよ、たえさんはおるんかえ」
「はい、」たえは、台所からその声を聞いて玄関の入口まで出てきた。
「あらまあ、村長さん、わざわざ、何の用かいね」たえは滅多にこない村長に首をかしげた。
「実は、例の東京から来た、青年のことなんじゃけんどよう」「わざわざ村長まで気に掛けくださつてまあ、ありがたいことで、何か分かりましたかいな?」
たえは村長の顔色からあまり良い話しではないように感じていた。
「そうじゃな、ところで、おたかちゃんはいるのかな」村長は家の中をみながらたえさんに小声でたずねた。
「いえ、たか子はやはり駅にいっとりますが」
「そうか、そうか、それは良かった」
村長は少し安堵の顔をして、話を続けた。
「昨日、中部電力の知り合いからダムの話がきたんで、前から頼んでいた、あの青年の話をなんとなくきいたんじや、そしたら、建設相のエリートで、もと伯爵の家柄だと、しかも悪い事にどうも
のうなって(亡くなる)いたらしい東京に帰るとすぐに流行り病にかかって病院でなくなったようや」と村長が話終えたとき、裏口でガタと音がした。たえが慌てた「たか子か」裏口に行くと、裏の扉が開いていた。どうもたか子がさきほどの村長の話を聞いていたようだ。村長は罰が悪そうにたえに軽く会釈して立ち去った。その日たか子が帰らないのでたえは村の人達とたか子をさがした、たか子は誰も居ない駅の隅で泣きじゃくて居るところを駐在所の人に保護されたが母親のたえは、何度も諦める様にたか子を説得したが。
「母さんも、村長さんも嘘つきや、身分が違うからうちを諦めさせるために死んだなんて嘘をついて、皆んな嘘つきだ」とかたくなまでにその話を拒んだ。「それから、おたかちゃんが少しづつ気がおかしくなりはじめたでのう」
「そうかい可哀そうに、のうなっていたんかいのう」伯父が頷く、祖母が話しを続ける。
「そして、一月が過ぎたころじゃった、台風が再び天竜川を襲ってあん時と同じように半鐘が鳴り響てのう。
おたかちゃんは、もうその頃ご飯も喉に通らない程痩せて床に臥せることが多く、その日も、母親が心配しておつたんじゃが目を離した隙に嵐の中に飛び出した。
 母親のたえさんが村人達と必死に探してのあの淵にさしかかった時、たえさんの、目の前で飛び込んでしもうた、天竜の水は荒々しくおたかちゃんを呑込んでしもうたままでのう、しかも幾ら探してもおたかちゃんの亡骸は見つからなんだ、その後、たえさんもこの世を去った」そう言うと祖母は、ため息を付いた。「それからじゃ、この村の衆は、あそこを、おたか淵と呼ぶようになつたじゃ、」祖母の話を、皆静かに聞いていた。
「そしてじゃ、暫くすると、あの淵を東京もんが通ると亡霊が出ると噂になり始めた。地元の者が通っても何も起こらんのにのう」祖母は話終えると、またため息をついた。
「くわばら、くわばら」
叔母がそういうと一同は黙り込んだ。
僕と秀夫くんも、黙って将棋を差し始めた
ラジオからは三橋美智也のリンゴ村からの唄がながれていた。
 三日もたつとこの話を忘れて僕達は遊びに夢中だ、スイカや南蛮きびや五平餅を食べては花火や虫取り、魚釣りと子供達にとっては毎日が忙しく、この日も叔母に稲荷ずしと海苔巻きを作ってもらいそれを小さなリックに詰めて、二人で釣りにでかけた。秀夫くんがおじさんからいい釣り場があると聞いたので、村から少し離れた釣り場に出かける事にした。午前中二人とも一匹も釣れないので秀夫君がもう少し上流に行こうといいだした。二人は河原でお昼を食べた。叔母が大量に稲荷ずしを作ったので食べきれずに残ってしまい後で食べようと笹でできたお弁当ばこに戻した。
 山の天気は、変わりやすい。
「あれ、あめかな」空は、晴れているが、ぽっり、ぽっりと、雨が降ってきた。
「等くん、狐の嫁入りじゃて、本降りになるまえに、雨宿り出来そうな場所さがさんと」
「うん」そう返事して二人は支度をし始めた。まだ日差しは強く感じたが、遠くから黒い雲が追いかけてきた。山道に出ると雨音と稲光が直ぐ近くまで迫ってきた。
「だめだ等君走ろう」「うん」
「この先に村がある。」二人は急いだ。
山間の雷は恐ろしい程激しく、まるで二人を追い立てているかの様にその閃光と音が追いかけてくる。雨が激しく山道は、徐々に暗くなる。
「秀夫君、林の中に祠があるぞ」
僕が先にその祠に走り込む秀夫君も慌てて入り込む。祠の高さは1メートル位の小さな木造で屋根が付いている。二人はその祠の左右に張り付くようにしゃがみ込んだ。不思議な事に激しい雨は急に小降りになり雷はなりやんだ。そして、薄暗い山道に靄がかかり始めていた。
「あー、怖かった秀夫君大丈夫」そう言い僕が彼を見ると、彼は祠に寄りかかり眠っている。僕は、小さなリックから水筒とお昼に残したお稲荷を取り出し、食べようと水筒のお茶を一口飲み始めた。彼は、気持ち良さそうに時折鼾を掻いて寝ている。
そのとき、どこからか女の人の声が聞こえた。
「新一さんはどこ」
「何だろう」声のする方を見るが誰もいない。だが、また聞こえた今度は先程よりはっきりと聞こえる。
「新一さんは、帰って来ましたか、新一さんは」
僕は、怖くなり秀夫君を、起こしたが何度揺り起こしても彼は起きない。そのうち声がだんだんと近づき、上から聞こえて来るようだ。僕は恐る恐る上を見上げる。薄暗い靄の中から白い着物を着た女性がゆっくりと上空から降りて来た。やせこけた顔が徐々にハッキリと見えてきた。僕は身体が固まった様に動かない、ただその顔を見上げていた。
「坊や教えて私の愛しい新一さんは、何時帰って来るの教えて」
その声は、若々しいが低い声で苦しそうだった。僕は口をあけたまま返事が出来ないがなぜか怖くはない。亡霊の声が呪文の様に同じ言葉を繰返す、「教えて、教えろ、教えろなぜ答えぬ」目は赤く光り怒りの声に変わる。稲妻が光る。いつの間にか僕の足にツタがまるで生きているかの様に絡みつくそして徐々に僕の体を林の奥に引きずり込むこの先はあのおたか淵だ。僕は必死に木にしがみつく。「もうだめだぁ」そう思ったとき。山道の靄が引き日差しが差し込む。
その日刺しの中から行列が現れた。
ジャラン、ジャランと音が聞こえる。僕はその先頭を見て驚いた人ではない狐である、目突きが鋭くフワフワの真っ白な毛並で大きな白い尻尾がついてい、身長も他の狐よりひと回り大きくみえる。その後ろについている者達も二本脚で歩いている狐である。先頭は、山伏姿の狐で手に長い錫杖を持っている。そして後の狐達全員が紋付袴を着て一歩前にでては口上を言う。「通るぞ、通るぞ、コンコン、三国一の花嫁がコンコン、嫁入りじゃ嫁入りじゃ、三つ山超えお稲荷さんへめでたいめでたい、コーンコーン」甲高い声が山道に響く口上が終わると錫杖を打ち下す(ジャラン)後ろの行列もコーンコーンとあいずちをうちながら先頭の狐と同じ速度で歩く。さしずめ二十人ぐらいか、いや狐なので二十匹と呼ぶべきであろう。縦に二列にならぶと先頭の二匹が神楽鈴をならす、行列の中央に四匹の狐が前と後ろに二匹ずつで黄金色に輝く台座を担いでいる。さらにその台座の後ろの狐たちはたくさんの行李を担いでいた、台座には白無垢姿の花嫁狐が角隠しから長いみみを出して鎮座している。行列は左足を斜め前に出すと次に右足を斜め前に出し一度とまる。そして、すべての動作が先頭の山伏姿の狐に合わせ見事だ。
行列がいつの間にか僕と亡霊の前で止まる。
「とまれ」先頭の狐が合図をして錫杖をならす。行列がピタリととまる。
山伏狐が口を開く。
「ほう、これは、これは人間の亡者とは誠に珍しい」と亡霊を見上げながら落ち着いた声である。そして、次に僕をみおろすと。「これ人間の子供よ何をしているのじゃ」僕はどう答えてよいか分からない。
「あのー」と言うのが精一杯である。
その狐がじろっと僕を見るので僕は後退りしてしまう。
「これは、美味しそうな食ってくれようか」
狐はそう言うと長い舌をだし唾を飲みこむ。
そして、再び宙に浮かぶ亡霊を見上げ。
「これ、人の亡者よ本日は千年に一度のめでたい嫁入りの行列じゃ、邪魔をするなら地獄へ突き落とすぞ立ち去れ、立ち去れ」ジャランと錫杖を振り下ろし一括した。
亡霊は怒りをあらわにする。
「そっちこそ、私の邪魔をするな」
そう言うと両手を広げて暗黒の雲から稲妻を列に投げつけた。
しかし、閃光と音は列の前で消えた。
「ふん」狐はそう言うと再び錫杖を振り下ろすと亡霊の背後の黒雲が消えうせた。
「なんの、こちらの花嫁はこれより豊川稲荷様に嫁ぎ神に仕える身これ以上邪魔するものなら地獄に消えてしまえ」狐が錫杖を持ち上げて下ろそうとしたまさにそのとき。
「待つて下さい。待って」
僕は叫んでいた。
狐は、錫杖を上げたままジロリと僕を見た。僕は一瞬どきとしたが、祖母の言葉を思いだした。
「この、お姉さんは可哀そうだっておばあちゃんが言っていた地獄なんて駄目だよ」
僕は叫んでいた。
「人の子よ、何が可哀そうなんじゃ」
狐が不思議そうに尋ねた。
「おばあちゃんが言ってた、このお姉さんは好きな人を探してさまよっているだけだって、その好きな人はもう天国へ行ってしまているんだって、だから地獄は可哀そうだよ」「ふん、何が可哀そうじゃ、これより神様に仕えるお狐様の行列を邪魔した亡者をこのままにしておけぬ。この地より消して地獄に落としてしまうのがこの亡者の為じゃ」狐は、亡霊を見上げると錫杖を再び振りあげる。「だめだよ、かんべんしてあげて」
ぼくも、叫んでいた。
その時、「まて、恋の亡者か」そう言ったのは、行列の輿に乗ってる花嫁姿の狐である。
「これは、これは恋に狂った亡者とはこれより神に仕える者して千年の花嫁に会ったのも何かの縁、法力でこの亡者をこの子供の願いとして天国へいざなってあげようぞ」
「あげようぞ」他の狐も一同声を上げた。そして、花嫁姿の狐はこれまた大きな白い尾を振りながら、天に向かって(コーン)と一声啼いた。すると、天空から金色に輝く光が降りて来るとその光は亡霊を包みゆっくりと上空にあがつていく。
亡者の顔は、昔の綺麗な姿に変わりほほ笑みながら何かをつぶやいていた。その声は僕にはきこえなかった。そして、そのまま光の輪とともに消えた。
「どうじゃ、人の子よこれで良いか」
花嫁狐がそう言う。
「うん、ありがとう」ぼくは満足な顔で返事をした。
「恋に、狂うた亡者とは、人の世も、儚いのう、彼奴も最後はありがとうとゆうとったでのう」
そうゆうと、錫杖を振り下ろす。
  ジャラン、
狐が声を上げる。
「出発じゃあ」
「おう」他の狐もそう叫ぶとゆっくり歩き始めた。先頭の狐は僕の前で列が進むのをみている。そして、隊列が終わりかけた時、僕に話しかけて来た。
「のう、坊主一つ相談じゃが」
「なに、お狐さん」
「実は、食べたいのじゃが」
「だめだよ、僕を食べないでおくれよ」
僕はちょっと怖くなる。
「いや、お前さんを食べてもしょうがない。ほれ、そこにころがつているやつじゃ」
そう言うと狐は僕の横を指さした。
そこには、弁当の残りのお稲荷さんが三つばかり残っていた。狐はそれを見ながらお腹を鳴らした。
「ああ、これか、うん、いいよ」僕が差し出すと狐はそれを一度に口の中に入れ嬉しそうに一口でたいらげた。そして、満足そうな顔で隊列の後を錫杖を鳴らしながら声をはりあげる。
「通ぞ、通る、三国一の花嫁じゃ、通ぞ、通るコンコン」他の狐も声を合わす。「通ぞ、通るコンコン」そして、列が徐々に山道の光の中へ消えていく。
「等君起きてよ、等君」
秀夫君に起こされ僕は目を開けた。辺りは夏の日差しに戻っていた、セミの声がうるさい。
「あれ、どうしたんだろう」
彼が僕の顔を覗きこむ。
「まったく、ここに着いた途端眠り始めるんじゃから、まあ、雨も止んだ事だで帰るとしよか。」「雨、嵐でしょ」僕がそう言うと「嵐じゃあないよただの雨、それも天気雨が続いていて、ここで雨宿り、等君直ぐに寝ちゃて起きないだから、さあ帰ろう」
そう言と彼は立ち上がり帰ろうとゆう仕草である
「おかしいな」僕は先程の事が頭から離れない、秀夫君がさっさと歩き始めた。
「待ってよ」僕はそばの空になったお弁当を拾うと後を追った。
 家に帰ると祖母にこの事を話した。
祖母は、ひどく喜んで「良かった、良かった、お前は、良い事をしたんじゃ」と褒めてくれた。祖母の話しでは、御狐様は豊川稲荷の神様の使いで、たいそうな力を持っておるそうな。また、祖母はあの祠の事を教えてくれた祠は、可哀想な親子の魂を鎮めるために村人達が建てたと言う事を。
秀夫君はこの話を信じ無いし僕も何時しか夢を見ていたと思う様になっていた。
 天竜川に精霊流の灯があちらこちらに、
煌めきながらながれている。
夏も、終わりに近づいていた。

チャリンと鈴の音が聞こえた。若い娘さんがハンドバックから携帯電話を取り出した時にその鈴が飛び出したようだ。鈴は綺麗な音色を鳴らしながら、私の足元にころがりこんで来た、私は慌ててその鈴を拾い上げた。
「え、豊川稲荷」鈴に付いていたお札にそう書いてある。
「ありがとう御座います」娘が慌てて私をみた。私はその娘の面影をどこかで見た顔だと思ったが思い出せない。
娘さんは満面の笑みを浮かべながら。
「これは、私の大事なお守りなのです」
と言いながら軽く頭を下げた、娘がその鈴をバックの中にしまうとまたチャリンと心良い音色が聞こえた。若い青年も娘の後ろから笑顔で頭を下げている。その時、軽自動車が駅に近っいて来た。娘が手を振る、車から降りてきたのは娘の母親だろう、二人が母親の前に並ぶと青年がハッキリした声で「始めまして、しんいちです」と会釈をする。
「あら、遠い所にようきたが、さあ、たか子乗りなさい」
その言葉が聞こえた時、私は娘の顔を思いだした。そして、どこかで(コーン)と狐の啼く声が聞こえた。






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