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みんなちょっとバンパイア
しおりを挟むみんなは自分たちの前で起きている事の次第が上手く呑み込めなかった。リンコ先生やクラリ、萩知、久野先生がそれぞれヒララに質問をぶつける。
「小森さん、これはつまり、どういう事なのかしら?」
「ヒララ、あの自称貴族はあんたのパパじゃなかったの?」
「小森さん、お父様の目が真っ赤なのは寝不足だからでしょうか?寝たきりだったのに。」
「小森、先生もう帰っていいかな?」
萩知トオルは動揺して的外れな事を言い、久野先生はやる気を使い果たしていつも通り斜めに見えた。ヒララは思い切って話すことにした。
「あの男は父上じゃないのだ。」
「じゃあ誰なのよ?」
「分からないギシ。砂浜に箱が置いてあって、どなたかもらって下さい。と書いてあったのだ。開けてみると弱った吸血鬼が寂しそうに震えていたのだ、それで…」
「我輩、捨て犬ではないわ。」
ユラノスケが文句を言った。
「我輩、杭を打たれていたから自分でも分からぬゆえ聞かせてもらおうぞ。」
ヒララはあの朝のことを話した。日傘を試そうと出歩いていたこと。ユルミが転んで怪我をし、棺を残したまま帰って行くのを見かけたこと。
「吸血鬼の棺なら価値があるし気に入ったから拾って帰ったのだ。中の吸血鬼っぽいのは気持ち悪いからいずれビワ湖に捨てようと思っていたのだギシ。」
「さっさと捨てちゃえば良かったのよ!」
とクラリ。
「しかしどう見ても外来種なので放流禁止なのです。」
と萩知トオル。
「我輩はミドリガメかっ」
と自称貴族。
「カメさんほど可愛くありませんわね。」
とリンコ先生。
「もう帰りたい。」
と久野先生。
「・・・・・・」
と柿田イシオ。無言のイシオを見るヒララ。
「ギシッ!忘れていたのだ。」
イシオの首筋にある刺し傷がまだ生々しく痛々しい。
「すぐ手当してやるのだギシ。」
クラリがリンコ先生の後ろから言った。
「ヒララ、あんたに手当なんかできるの?吸血鬼に噛まれたのよ?」
「そもそも小森さんが、吸われるように柿田君を仕向けたように見えたのですが…」
と、萩知トオルが言った。
「あんたやっぱり普通じゃないわよ。」
これまでのみんなの様子から、ヒララは正体を明かしてもそんなにひどい事にはならない気がした。
「ギシ、実はあたしは吸血コウモリなのだ。今まで黙っていてゴメンナサイなのだ。」
ヒララが打ち明けるとみんな驚いた。確かに心の6割くらい驚いたが、4割くらいはなるほどな、と思った。クラスの担任、久野先生も驚きながら納得した。
「普通の女の子と言われるよりそのほうが腑に落ちる気はするな、うん。小森ヒララなんてコウモリが飛んでるみたいな偽名からして怪しかったしな。」
「本名なのだ。」
先生は、自分の名前が久野サトオであることは気にしていない。もっとも先生は斜めに見えるだけで傾いて立っている訳ではないので、あの塔よりはちゃんとしている。たぶん。違うかも。(ところで、みんなの名前がカタカナなのは、法律で決まっているからです。西暦2500年頃に第3次キラキラネームブームが起こり、読み方が分からない名前だらけになりました。公的な手続きは機械的に番号で処理されたのですが、普段の日常生活に支障が出ました。それで名前はカタカナだけに統一されたのです。)
「イシオの嚙まれた傷はあたしがちゃんと手当するのだ。」
ヒララはうずくまったままのイシオをひょいと担いで棺へ運んだ。イシオが弱々しくうめいた。
「こ、これ棺桶じゃねえか。お、俺はまだ、死んじゃいねえ。」
「ギシギシまあまあ、意外と寝心地良くて治療向きなのだ。」
そっと寝かせてやった。
「治療?」
イシオはその言葉に反応し、体の自由が利かないので目だけ動かして室内をうかがった。そして気が付いた。
(あいつがいる!)
保健室での一件以来、イシオは度々悪夢にうなされた。夢の中で、あの日のようにリンコ先生に薬をかけられ、この世の終わりみたいに絶叫して目が覚めるのだ。この悪夢を見るたびにリンコ先生への拒絶感が強まるのだった。
「た、頼む小森、あいつを、あの白衣の悪魔を俺に近付けないでくれっ。俺のこの世を終わらせないでくれっ。」
「ギシ?よく分からないギシが、こんなのはチョイとツバ付けとけば治るのだ。」
ヒララは人差し指をぴちょっと舐めてからイシオの首の刺し傷に塗り付けた。ヒララの口の中の寄生虫が出す分泌物の効果で、傷口はじわ~っと塞がっていく。明日になれば完治してほとんど痕も残らないだろう。分泌物には麻酔効果もあって痛みが消え、イシオはほんわか夢見心地の気分になった。同じ治療でもリンコ先生のトラウマ級の激痛を伴う秘薬とは天と地だ。
「小森、お前が天使に見えるぜ。」
「気持ち悪いギシよ~。麻酔効果が強すぎたのか酔ってるみたいなのだ。」
ツバを塗り付けるとき、たまたま傷口から入り込んだ一匹の寄生虫が、うにょうにょしながらイシオの脳に達したせいで視覚に影響が出た。その副作用のせいで、イシオにはヒララの実像の上に可愛らしい天使の虚像が重なって見えているのだった。
「やっと見付けたぜ、俺の可愛い天…」
ガタコンッ
ヒララは棺にしっかり蓋をした。
「と、とにかくイシオはこれで大丈夫ギシ。」
さて次はユルミの手当をしようと思ったその時だった。
「うが~っ」
ユルミがやにわにベッドから立ち上がり、ぼんやり立っていた久野先生に襲い掛かった。ユルミの顔色は相変わらず蠟人形のようだったが、目が赤く牙がある。
「しまったギシ。あれだけ吸われたのに動き出すのが思ったより早いギシ!」
ユラノスケに噛まれて"吸血鬼"に感染したユルミは、バンパイア・ユルミとなって血を求めた。
「うが~っ」
と唸り声をあげて久野先生の首に掴み掛った。が、すいっと空振りに終わった。先生は真っ直ぐ立っていても斜めに見える。周りの空間をゆがませる程のやる気のなさが目の錯覚を起こすのだ。もう一度ユルミは首を掴もうと狙いをつけたが、目の錯覚のせいで掴んだのは手首だった。ええい、首も手首も首のうち、とばかりにユルミは先生の手首の血管に嚙みついた。
ちゅる~
吸われる久野サトオ先生。常日頃脱力している先生は何事にも抵抗力が無い。即座に感染し、バンパイア・サトオになった。
「うが~っ」
バンパイア・サトオはリンコ先生に飛び掛かる、と言うより、すがりつくように近付いた。
「お手を拝借。」
リンコ先生の手を取り、伯爵が貴婦人に挨拶のキスをするかのごとく口元に寄せた。
チックリ
久野先生は片手をユルミに噛まれたまま、リンコ先生の手首に嚙みついた。リンコ先生は興味本位な気持ちからたちまち感染した。
「うが~、ですわっ、ウフフ」
微笑みつつ萩知トオルを引き寄せた。動揺収まらぬトオルはますますドギマギし、心臓がばくばく忙しい。
「お脈を拝見。」
リンコ先生はトオルの手首を手に取り
カプリ、チュ~
片手を久野先生に噛まれながら、萩知トオルの手首を噛んで吸い始めた。萩知トオルはどうしていいか分からないまま感染。助けを求めるように学級委員長のクラリの手を取った。
「うが~、委員長何とかして欲しいのです。」
サクリ、チュウ~
萩知トオルは片手をリンコ先生に噛まれながらクラリ委員長の手首に嚙みついて吸った。委員長は少々せっかちで、何事もテキパキ進める性格なのでテキパキと感染した。
「うが~っ」
と、うなり声をあげて口を開けた。そこへピヨン・メチがぴょんぴょんやって来て、クラリに生えた牙を突っついた。
「牙りとんとん」
ザクッ
クラリは牙の刺さったメチの手をくわえてちゅうちゅう吸った。いつの間にか居たメチはいつの間にか感染した。
「うが~り、うがうが」
メチは片手をクラリに吸われつつ、ニコニコしながらユルミの手首に噛みついて血を吸った。ユルミから始まって、5人がつながり輪になった。噛んで噛まれてバンパイアの輪が出来た。皆それぞれ吸っているのだが、同時に吸われてもいるので吸ったという満足感がわいて来ない。そこへ誰かやって来た。
「ユルミはおるかのぉ~?」
ワオォンオン
シロを連れたシメゾウ爺さんだった。夜になっても帰らないユルミを心配したシメゾウ爺さんを、シロがユルミの匂いをクンクンたどり、ワンワン引っ張ってやって来たのだっだ。シメゾウ爺さんはシロに引っ張られるのが急だったので、修理が完了したばかりのユルミの目覚ましを持ったまま出てきていた。
「おーい、もうこんな時間じゃぞーい。」
シメゾウ爺さんは部屋に入って驚いた。
「これは皆さんお揃いで。それにしても一体全体何がどうしてこうなっとるんじゃ?」
とかなんとか言っているうちに輪の中に引き込まれてしまった。
ウワォッ?!
もちろんシロもである。これで6人と1匹の輪になった。吸って吸われるバンパイアの輪の中を、グルグルぐるぐる血がめぐり、もう誰が誰の血を吸っているのやら分からない。皆さんは、虎が何頭か輪になってグルグル回るうちにバターになったという話をご存じだろうか。虎の色の黄色がグルグル回ってバター化したそうである。6人と1匹の赤い血は、グルグル回るうちにトマトジュースになった。みんなリコピン的で抗酸化っぽい顔つきになった。給食でトマトを残す萩知トオルだけは体を少しムズムズさせていた。更に回るうちにトマトジュースは赤ワインになった。みんなほろ酔い気分でふわふわした。それから更に回るうち、ワインは元の血液になったのだった。ユラノスケから伝染したバンパイア成分は、人数分に分散してすっかり薄まっていた。インチキ居酒屋の水割りくらい薄かったので、ほとんど吸血鬼の後遺症を残さずに済んだ。嚙み合っていた口を緩め、互いに離れて輪が解けた。みんなは泣ける映画を見た後くらいに目が赤く、犬歯がわずかに鋭くなったが、他人が見ても気付かない程度である。犬のシロは犬歯の変化なんて全然分からなかった。
ユラノスケはこの成り行きに目を見張った。
「我輩の長い吸血人生でも、こんなのは見たことがない。おいコウモリ娘、貴様のお友だちはなかなかに変であるな。」
「友だちじゃないギシ。」
「仲良さげだったのである。」
「ギシィ」
否定のギシィだったがまんざら嫌そうでもなかった。ヒララはみんなの傷口にちょいと舐めた指先でぬりぬり手当をした。ユラノスケが話しかける。
「我ら吸血貴族は、吸血コウモリと違って血を吸う以外に物を食べたりできないのである。」
「知ってるのだ。」
「というわけで我輩これから街へいって存分に血を吸うつもりである。貴様も一緒にどうであるか?同じ吸う者同士、ヨロシクしようではないか。」
「お断りなのだ。そこらじゅうにバンパイアを感染させて回るお前と一緒にされたくないギシ。やっつけてやるのだ。」
「フハハハハ、良かろう。次に会うのが楽しみなのである!」
フワッとマントで体を覆うと大きなコウモリに変身した。外へ飛び去るべくイシオが破った窓へ向かう。それを見てヒララが笑った。
「ケッケッケッ、お前に次は無いのだお間抜けめ。」
と、例の笛を思い切り吹いた。笛の超音波がユラノスケのコウモリを直撃し、方向感覚を狂わせる。
「うわやめろ!どっちが上でどっちが下だ?!」
壁や天井に激突し、床に墜落して変身が解けた。すかさずヒララがマントを投げる。ユラノスケはマントに巻かれて動けなくなった。
「い、痛いのである。こんなに痛いのは棺桶の角に足の小指をぶつけた時以来なのである。」
「胸に杭を打たれた時も痛かったんじゃないギシか?」
「打たれた瞬間に仮死状態になるゆえ、痛がる暇もないのである。」
「そうギシか。勉強になるのだ。」
「そう言いながら木を削るのはやめるのである。」
「気にしなくていいのだ。杭を作ってるだけなのだ。」
「貴様・・・」
「冗談なのだ。」
みんなはヒララの手当で傷口は塞がったが、まだ動けるまでには回復していなかった。血がトマトジュースやワインになるなど、体内の変化にショック症状を起こしたからだ。二十一世紀の人間ならもちろん耐えられる変化ではない。5億年後の人類の体は、地殻変動を生き抜くなど様々な点で耐性を得ていたが、それでも今回の不条理な変化をやり過ごすのには時間が掛かっていた。そんな中、いち早く動き始めたのがピヨン・メチだった。何を思ったか、メチはおやつテーブルにあったベビーカステラを取ると破られた窓へ向かい、どこからか拾って来た竿で釣りを始めた。餌はベビーカステラである。
「釣りり、ひょーい」
とっぷり日が落ちて暗いビワ湖に、ひょーいと竿を振ってベビーカステラを飛ばすメチ。すぐに変な魚が釣れた。黒くて50センチ位、コルネパンにヒレを付けたような姿。太い方の頭に触覚があってその先に真珠みたいな玉が付いている。口をゆがめて釣り針をペッと吐き出して言った。
「なんてこった。釣り上げられるなんて何億年振りだろう。」
何だ何だとみんなが寄ってきた。まだ力が入らないので動きはゆっくりだ。ユラノスケはマントに巻かれているので芋虫みたいに這って来た。そしてみんな一斉に声をそろえて言った。
「うわ、なんだこれ。」」」」」
「そのセリフも何億年振りかに聞いた気がするな。俺はビワ湖の主の提灯ナマズだ。神様みたいなもんだ。俺を怒らせると大地震を起こすぜ。」
変な魚は自分を囲んでしゃがむみんなを見回しながら触覚を揺らして言った。
「まぁとにかく人間に姿を見られるべき存在じゃないんだ。全員俺の触覚の玉を見ろ。眠くなって夢を見て、目覚めた時には今の事は忘れている。」
みんなは光りだした玉から目が離せなくなっていた。すぐにその場にだらりと横たわって眠ってしまった。メチは変な魚を抱え上げて窓から外へ放り投げた。
どっぼーん
そして自分も横になった。窓の外、暗いビワ湖から変な魚が叫んだ。
「おーい、ベビーカステラまだあるだろう?こっちへ投げてくれーっ」
聞いている者は誰もいない。
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