上 下
16 / 20
(16)

ガイコツ船員

しおりを挟む

 それから数日後、霧の深い夜があった。ヒララは久し振りにミシガン号を動かすことにした。先生達の話では、保護者もいないまま一人でいると行政に干渉されるらしい。
「人間はめんどくさいのだ。少し北の方にある岩場に移動するのだ。」
大事にしまってあった"船長の帽子"を取り出して頭に冠った。すると、船内のあちこちからたくさんの骨がカラコロと転がりながら集まって来た。鎖骨、肋骨、大腿骨、それに頭蓋骨もある。瓦礫の中に埋もれていたそれらの骨は、ミシガン号の乗組員たちの骨だった。ヒララの前で組み合わさり、人の形になって整列する。20人はいるだろうか。
「えっへん」
ヒララは咳ばらいを一つしてから、
「出航して欲しいのだ。よろしくなのだ。」
と指示を出した。でも船員たちは動かない。
「ギシ?おかしいのだ。」
"船長の帽子"の取扱説明書をもう一度見るが間違っていない。ガイコツ船員の一人が、二人のガイコツ船員に左右から支えられてヒララの所へやって来た。そして右足の甲を指さして首を振る。見ると一本骨が足りない。
「ギシィ、探してやるのだ。世話が焼けるのだ。」
船内を探しに行こうとするヒララをガイコツが止めて船の外を指さす。
「船外ギシか?カラスがくわえて飛んで行ったギシかなぁ。」
骨の一部を残してこの地を去る事は出来ないとガイコツ船員は言いたいらしい。
「ギシィ困ったのだ。」
 その頃、リンコ先生が持ち帰った骨が資料入れから転がり出て、ミシガン号に向かってカラコロ転がっていた。転がっていく骨を見かけた野良犬のシロは、犬の習性で骨を追い掛けた。
ワオッワオッ
骨を追い掛けて走りながら、なんだか楽しくなってきた。犬の習性だろう。シロの楽しそうなワオッを聞いたユルミが家から出てきて一緒に走り出した。走っているうちになんだか楽しくなってきた。これはユルミの習性だ。骨のスピードがちょっと上がった。シロはユルミをくわえてぽいっと背中に乗せた。ビワ湖に近付くにつれ霧が少しずつ濃くなっていく。
 霧の中、砂利道の脇で鍋の準備をしている犬の夫婦がいた。灯しているランタンの明かりが霧に滲んでオレンジ色のドームを作っている。その中心にコンロを置き、鍋を掛けてダシをとる。転がってきた骨が鍋の中に飛び込んだ。
カラコロとっぷん
骨は一煮立ちした後、気が済んだのか鍋を飛び出してまた転がり始めた。その間にシロたちが追い付いて来て、霧の中で骨を見失わずに済んだ。犬の夫婦によると、骨は古すぎてダシは出なかったそうだ。それより少しカビ臭くなったのでダシを取り直したという。
「わーいミシガン号だー」
船に着いた時にはすっかり霧が濃くなり、船全体を見渡すことも出来なくなっていた。シロはユルミを乗せたまま、骨を追って乗船口から走り込んでいく。骨はヒララのいる部屋を目指しているのだった。シロも一度来た事があるだけに、暗い廊下もなんのその、骨を見失わないようについて行く。部屋の中ではヒララが骨の足りないガイコツ船員をどうしたものかと考えているところだった。そこへ転がり込んで来た骨は、ぴょんとジャンプしてガイコツの有るべき部分にピッタリはまった。ガイコツはその場でとんとん足踏みをし、無事を確かめるとヒララの方を見た。ガイコツだけどニッと笑ったのが何となく分かる。続いて入って来たシロがうなった。
ワオワゥー?!
ユルミも、
「なにこれー?!」
と、同じことを言ってシロの背中を降りた。
「ギシッ、なぜここに、なのだ。」
「骨を追って来たんだよー。このガイコツの人たちはなに?」
「乗組員なのだ。この"船長の帽子"を冠ってお願いすると操縦とかやってくれるのだ。ガイコツ、怖くないギシか?」
「えー?全然怖くないよ、楽しいよー」
「ギシッ?」
ヒララが振り返るとガイコツたちは骨でジャグリングしたり、頭蓋骨を転がしてボウリングしたりして、まるで大道芸人かパフォーマンス集団のようだった。もともと遊覧船だった頃に、ステージでショウを演じていたメンバーはガイコツになっても芸達者なのだ。骨でテーブルやバケツを叩いて盛り上げるガイコツもいる。
どんドドどんドド・・・
ユルミはガイコツから骨を借りるとクルクル回してバトントワリングを始めた。シロも鼻の上に骨を立ててバランスを取りながら2本足でヨロヨロおどけだす。
「ギシィッ、ストーーーップ!」
ヒララがみんなを止めた。止めないとキリがないし、うっかり自分まで参加してしまいそうである。
「ユルミがいると調子狂うのだ。ガイコツ船員がこんなに浮かれるのは初めて見たのだ。あたしまでつい乗せられそうになるなんてヘンなのだ。」
「あははー、ヘンかなぁー」
「何か妙な魔法でも使ってるんじゃないギシな?」
「そんなわけないよーあははー」
笑うユルミだったが、実はユルミは"浮かれポンチ病"という伝染病に罹っていた。たとえば誰かが笑っていると、それを見た人も思わず笑ってしまう事がある。笑いが伝染する日常現象である。それの浮かれポンチ版であり、伝染の仕方が病的にまで高まったのがこの"浮かれポンチ病"なのだ。ユルミが一定距離内に近付くと、多くの人は感染して浮かれポンチになってしまう。とはいえ、これまで見てきたように感染しても短時間で自然治癒していくので問題は無い。ただしごくまれに重症化し、浮かれポンチ病から"イカれポンチ病"にまで病状が悪化してしまう事がある。こうなると「あの人イカレてる」と言われるようになるので注意が必要だ。
 ヒララは"船長の帽子"をしっかり冠り直して大きな声で宣言した。
「ギシッ、乗組員諸君、ミシガン号は今夜再び出航するのだ!」
ガチャガチャガチャガチャ
ガイコツなので拍手の音はそんな感じ。
「目指すは…」
ヒララが目的地を言う前に、ユルミが"船長の帽子"をサッと取って自分が冠り、勢いよく告げた。
「ルマニア島ーっ!」
カチャッ!
ガイコツ船員たちはユルミ船長に敬礼するとそれぞれの持ち場に散って行った。
しおりを挟む

処理中です...