シャーロキアンの事件簿

書記係K君

文字の大きさ
7 / 34
■第一部 R大学時代の友人「ワトスン君」の回想録より復刻

06.

しおりを挟む
 


■06.シャーロキアン達の儀式 -The Sherlockian Ritual-


   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇



「さて-”Well”-、ワトスン君はこれをどう思う?―”my boy, what do you make of this lot?”―」
 ほむら先生は、不思議そうな顔をする俺に向けて微笑みながら尋ねた。

 俺は“誰かの落とし物”をいろんな角度から観察しながら答えた。
「ううむ。正直に言うと、俺は本物の“ペルシャ風スリッパ”を見たことがありませんからねぇ……。
 ただ、英国グラナダテレビが製作した実写ドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』に登場した”小道具”とは、よく似ていると思います。日本人が想像する”室内用スリッパ(つっかけ履き)”とは違って、バレリーナが履く”トゥーシューズ”のように踵部分が覆われていて、尖がっている爪先部分は軽く上に反っている……。
 まるで”道化師-ピエロ-”の履き物ですね。
 俺が今まで想像してきた“ペルシャ風スリッパ”の特徴と一致します」

 俺の言葉を聞きながら、ほむら先生はフムフムッと同意するように頷いてくれた。
 ちなみに、英国グラナダテレビ版『シャーロック・ホームズの冒険』は、数多くある映像作品の中でも最高傑作と誉れ高い。俳優ジェレミー・ブレット達の好演も光るが、部屋の小道具ひとつに至るまで、かなりの原作設定が忠実に再現されており、製作陣の誠意と愛情が伝わってくる作品なのだ。過去には日本語吹き替え版がNHKで放送された事もあるので、興味を持たれた方は是非ご視聴いただきたい。
 また、本場英国ロンドンのベイカー街にある『シャーロック・ホームズ博物館』や、兵庫県神戸市の”北野異人館街”にある『英国館』では、ホームズ達が下宿していた”ベーカー街の部屋”を忠実に再現して展示しており、こちらも個人的に超オススメだ。以上、余談である。いやむしろ宣伝である。


 さてさて…――
 俺はもう少しだけ――“ペルシャ風スリッパ”――をいろんな角度から観察してみる。

「……ふむ。おそらく“持ち主”は成人の女性、または年頃が中学生ぐらいの子供ですかね?」

「ほう、どうしてそう思うのかな?―”Why so?”―」ほむら先生が質問する。

「このタイプの”履き物”は、踵部分が覆われているから…――“持ち主”の足裏サイズが推測できるかな、と。
 見たところ、この”履き物”は足裏サイズにして――”約二十三センチメートル程”――になりますから、おそらくこの“持ち主”が、成人男性である可能性はかなり低いかと思いました。
 あ、いや待てよ……。新品でもないのに日常的に履き潰した”くたびれ”感が見られないな……。
 購入後、すぐに片方を失くしてしまい、履かなくなったのか?
 あるいは……最初から”使”を想定して購入したモノだとか…――」

 ほむら先生が言うように…――
 もしもこれが最初から――名探偵ホームズの“ペルシャ風スリッパ”――を再現するために、誰かが”趣味”で購入した品物だとしたら…――足裏サイズは“持ち主”を推理する”手がかり”にはならないのかもしれない。

 だが逆に言えば、この”忘れ物”には少しだけ履いた形跡もあるんだよなぁ……。
 本当はそのことを証左に――「熱狂的なシャーロキアンが、名探偵ホームズの奇癖である“ペルシャ風スリッパ”を再現した装飾品オブジェ」――という可能性を除外しても良いのだが……。いや、人間は好奇心の塊だからね。装飾品オブジェとして購入したシロモノであっても、日本では物珍しい“ペルシャ風スリッパ”となれば、少しぐらい履くかもしれないな。俺ならきっと間違いなく一度は履くだろう。

 これだと“シャーロキアンの落とし物”である可能性は否定できないか……。
 首を傾げる俺の様子を、ほむら先生が楽しそうに眺めている。ぐぬぬ。

 俺は気を取り直すと、今度は“ペルシャ風スリッパ”の爪先部分に詰め込まれている“布袋”を指先で突っついてみた。
 ”カサリ…ッ”――と小さく音がする。
 俺は“ペルシャ風スリッパ”を逆さにすると、爪先のつっかけ部分から“布袋”を取り出した。手のひらで包むように持つと、再び”カサッ”と音が鳴った。袋の中身は――”乾燥した葉っぱ”だろうか?
 パステルな淡い水色の“布袋”には、口の部分がリボンでキツく結ばれていて…――中身を覗き見ることはできない。鼻を近づけて少し匂いを嗅ぐと、独特な良い香りがした。これが“刻み煙草”の香りなのだろうか?
 ううむ、“刻み煙草”の匂いを嗅いだことがないから正直わからん。
 ただ、感じの匂いに思える…――たぶんな。

 俺は、やれやれと諦めたように溜息をこぼす。
「わかりました。とりあえずこれが名探偵ホームズの奇癖のひとつ…――刻み煙草を爪先部分に詰め込んだ“ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”を模した…――“シャーロキアンの落とし物”だと仮定しましょう。
 次の謎は、なぜそんなシロモノがこんな大学の構内に落ちていたのか……ですね。
 例えば、R大学の学生か職員のなかに”シャーロキアン”がいて、”荷物入れ”とか”携帯電話”とかに…――“ペルシャ風スリッパ”を吊り下げて持ち歩いていたら……偶然、あそこを通った時に落としてしまったとか?」

 俺がそう言うやいなや…――
 ほむら先生にひとしきり笑われてしまった。そりゃそうだわな……。

 俺は、あらためて“ペルシャ風スリッパ”が落ちていた”礼拝堂-チャペル-”会館の軒下を見やる。
 よくよく見ると、落ちていた場所はちょうど”礼拝堂-チャペル-”会館の”出窓”の真下になるようだ。あそこはたしか…――”聖職者-チャプレン-”達の事務所の窓だったと記憶している。

「ひょっとしてこの“シャーロキアンの落とし物”は…――”礼拝堂-チャペル-”会館で働いている”聖職者-チャプレン-”の物ではないでしょうか」

「ほほう!」ほむら先生が興味深げに紫煙をくすらせる。

「俺の推理はこうです…――
 ここ『R大学』の”聖職者-チャプレン-”の中には、熱狂的な”シャーロキアン”の人物がいて、その人物が――刻み煙草を爪先部分に詰め込んだ”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”――を模して製作したんです。ところが、原作中の名探偵ホームズは“ペルシャ風スリッパ”を暖炉装飾のマントルピースに吊るしていたのに、この”礼拝堂-チャペル-”会館には暖炉がなかった…――いや実際の詳しい間取りは知りませんが、少なくとも屋根に煙突がありませんから多分そうでしょう。
 で、その人物はせっかく“ペルシャ風スリッパ”を製作したに、暖炉を置き場所にすることができなかったため…――とりあえず“ペーパーウェイト”として、この”礼拝堂-チャペル-”会館の二階・事務所内で使うことにした……」

 俺は“ペルシャ風スリッパ”が落ちていた場所の真上にある”礼拝堂-チャペル-”会館の”窓”を指差した。
 その窓辺には、何やら書類の山が見えている。

「その人物が在籍する事務所が、あの”窓”が見せる二階の部屋です。そしてその人物は、あの窓際に置いていた”書類の山”が風で飛ばされないように、“ペルシャ風スリッパ”を書類の重し――”ペーパーウェイト”――として使ったんです。ちょうど手頃ですからね。
 そして何かの拍子に、あの二階の”窓”から…――“ペルシャ風スリッパ”が軒下に落ちてしまったのではないでしょうか」

 ほむら先生は、俺の”推理”を味わうように聴くと、フフッと楽しそうに微笑んだ。
「うむ、なかなかに面白かったよ。けどね、どうも私の推理だと……それは“シャーロキアンの落とし物”ではないようだ」


   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...