シャーロキアンの事件簿

書記係K君

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■第一部 R大学時代の友人「ワトスン君」の回想録より復刻

07.

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■07.シャーロキアン達の儀式 -The Sherlockian Ritual-


   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


「えぇー……ここまできて“シャーロキアンの落とし物”とは違うんですか?」

 俺が困惑した表情をにじませると、ほむら先生は慰めるように苦笑した。
「そう落ち込むことはないよ。実際、ワトスン君の“ペルシャ風スリッパ”の足裏サイズを起点とした”推理”は、実に良かった。たしかにその“ペルシャ風スリッパ”の持ち主は、成人女性である可能性が高いだろう。ただし、それが――”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”――とは異なるという事も、また事実だろうね」

「つまりほむら先生は、この“ペルシャ風スリッパ”の爪先部分に入っていた“布袋”の中身が…――とお考えですか?」

 俺の問いかけた質問に答えるように…――ほむら先生はニヤリと口角を上げる。
「そもそも、名探偵ホームズが『ペルシャ風スリッパの爪先に刻み煙草を詰め込む -”His tobacco in tha toe end of a Persian Slipper”-』という行為は、どうして”悪癖”と言われているのだと思う?」

「え、そりゃあ……室内履きの”スリッパ”の用途は“履くこと”であって、煙草を保管するシロモノじゃないですから」

「いやワトスン君、それだと”半分”だよ。
 ”刻み煙草”に限らず、紙巻き煙草も葉巻も……あらゆる煙草は”乾燥”を嫌うんだ。乾燥してしまった”煙草”は、燃焼速度が早まるから”辛味”が増してしまい、いがらっぽく、良い”香り”も飛んでしまうからね。煙草の保管環境は”湿度七○%”ぐらいが理想的だとされている」

 ほむら先生は紫煙をくゆらせながら、優雅に俺の近くへ歩み寄ると――、
 オーバーコートのポケットから”煙草入れ-パイプポーチ-”を取り出し、中身を見せてくれた。
 ふむ。たしかに先生の”パイプ煙草の刻み葉”は少し湿気しけっていて、ほんのり甘い良い香りがする。

「なるほど。刻み煙草を爪先部分に詰め込んだ”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”は、室内履きの”スリッパ”としての”使用方法が云々…”というだけでなく、”煙草の保管方法”という意味でも悪癖だったんですね」

「うむ。ちなみにこの”名探偵ホームズの奇癖”には、面白い解釈がたくさんあるぞ。
 名探偵ホームズはかなりの”愛煙家-ヘビースモーカー-”だったから…――
 煙草の葉を容器から毎度取り出すのが面倒になり、あらかじめ一日に吸う分だけの”煙草の葉”を取り出しやすい”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”に入れていた――とか。その仮説を起点にして、ホームズの一日あたりの”喫煙量”を考察したりね。
 あとは九作目の短編『技師の親指-The Adventure of the Engineer's Thumb-』の冒頭だと、名探偵ホームズが英国新聞”タイムズ”の尋ね人欄を読みながら、朝食前のパイプを吹かし、居間をウロウロ歩く…――という朝の習慣が紹介されている。この時のパイプは――“前日に吸い残した煙草を丁寧に集めたもの”――らしいのだが、前日の吸い残しを再度吸っても苦いだけで、まったく美味しくないのさ。このことから「実はホームズは味オンチ」で、刻み煙草を”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”に収納していたのも、単純に”煙草の風味が落ちる”ことに無頓着だっただけ――とかね」

 ほむら先生は流暢にそう説明を続けながら…――
 俺が手に持っていた”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”の爪先部分から――“布袋”を摘み上げた。

 ほむら先生が“布袋”を軽く握ると――”クシャッ”と音が鳴る。
 そして先生は“布袋”に鼻を近づけると――何かを得心したのか、ほむら先生は勝ち誇るように小さく何度か頷いた。

「しかし”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”とは厄介だったね。
 このシロモノは、有名な傑作短編『マスグレーヴ家の儀式-The Musgrave Ritual-』のほかにも『海軍条約文書-The Naval Treaty-』や『空き家の冒険-The Adventure of the Empty House-』など数々の作品に、名探偵ホームズの”日用品”として幾度も登場している。われわれ”愛好家-シャーロキアン-”にとっては、まさに”お馴染み”のシロモノだ。
 それが故に、これが”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”だと認識できる”愛好家-シャーロキアン-”であればあるほど……”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”の中身は”刻み煙草”だと……淡い期待も込めてね」

 ほむら先生は、少し残念そうに微笑んだ。
「まずこれは”刻み煙草”ではないよ。これほどに乾燥していながら”香り”がまったく飛んでいない。おそらく“布袋”の中身は――アロマオイルを数滴染み込ませた”ドライハーブ”の類だろうね」

「えっ、それじゃあ……この”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”の正体は…――」

「ふむ。第二作の短編作品『赤毛連盟-The Red-Headed League-』にて、
 名探偵ホームズが曰く…――『概して、奇怪な事件に見えれば見えるほど、その真相は単純なものだよ。-”As a rule, The more bizarre a thing is the less mysterious it proves to be.”-』――まさにその通りさ。
 ワトスン君は、最初に”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”を見た時に…――『まるで”道化師-ピエロ-”の履き物だ』と評したね。まさにその通りだよ。おそらくこれは”道化師-ピエロ-”の履き物として用意された”衣装道具”さ。そして”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”の爪先部分に詰め込んであった“布袋”の正体は…――防臭・除湿用に手作りした、ただの普通の“シューキーパー”だよ」


 ほむら先生が、その”真相”を解き明かすと同時に…――その”答え”はやって来た。
 あの”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”が落ちていた”礼拝堂-チャペル-”会館の軒下の通路を…――たくさんの荷物を運び出す、数名の学生達が通りすぎて行ったのだ。

「あれは”チャペ団”演劇部の学生……。
 そうかっ、明日”芸劇広場”で開催される”演劇会”用の衣装道具を…――学生が運搬中に落としたのか!」

 ほむら先生が小さく微笑む。すでに”パイプ煙草”は片付け終えていた。
「さて、そろそろ時間だな。私は先に研究室へ行くから、ワトスン君はその”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”を、彼らに返しに行ってあげたまえ」

 ほむら先生にそう言われて、俺は慌てて携帯電話に表示された時刻を確認する。
 げっ、もうゼミが始まる時間じゃねーか。
 俺は、ジト目でほむら先生を見ながら「とっくに”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”の落とし主に気づいていたのなら、早く言ってくれりゃ良かったのに……」とこっそり小声で独りごちた。

 ほむら先生は悪戯っぽく微笑むと、モコモコの赤マフラーを首に巻き直しながらサッと翻した。
「ふふっ。名探偵が求めるのは”報酬”でも”名誉”でもなく…――君のような“良き理解者-ワトソン君-からの賞賛”だと、私は思うのさ。それではワトスン君、遅刻するなよ?」

 ひらりひらりと手を振りながら、ほむら先生が喫煙所を去って行く。
 俺はその後ろ姿を呆然と眺めながら、やれやれと大きく溜息をついた。


   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


 この物語は、異国情緒の漂う池袋R大学にて
 徒然なるままに”シャーロキアン”達の語らいを記録したものである…――。

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