神話体系RPG

桜川シヤ

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一話

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「いらっしゃいませ」

空調によってほんのりと暖められた店内は、よく知りもしない洋楽によって、まったりとした雰囲気に彩られていた。
午後にふさわしい気だるげな面持ちを携えた数名の客は、まばらに、各々目当ての棚に陣取っている。

本日の彼は、妙ということが出来る。
取り立てて気にしたつもりもない書店に入り、取り立てて気にしたつもりもない書籍の表紙を眺めている。

『異世界の-』

『異世界による-』

『異世界の為の-』

(…異世界…)

最近、よく耳にする創作物の標題について思いを馳せる。
つい先日、ネットの掲示板で目にした書き込みをふと思い出した。

-死んで異世界に転生したいわー

軽い。

…が、少なからずその気持ちの一端は理解できなくもない。
自分で考え得る将来の予定とその路を進む為の筋道。
それらをすべて捨て去るなど思いも寄らないつもりでいるが、仮に、今のままの自分が異世界とやらに転生した暁には、即座に捨て去っても悔いはなかろうと、彼は思い至るのだ。事ほど左様に、意識しない鬱屈したなにものかが蓄積されているのは、自分だけではなかろうと。

と、ここに到り、思考に歯止めを掛ける。

-死んで異世界に転生したいわー

-死んで

(いじめで自殺してしまった子にこそ、異世界で新たに進む道が与えられて良いんじゃないか)

追い詰められ、「自殺」という選択しか残されていないと考える心境は、自らが歩んだきた世界すべての拒絶に他ならない。

友人や恩人、親でさえも…。

(…いかん。沈んでくるな)

軽く目をしばたたかせると、持っていた本を所定の位置へ戻す。



(…なるほど)



(……俺…)



(腹、減ってる)





彼、檜月ヒミトは、食事を終えた後に、川沿いの土手をとぼとぼと歩んでいた。砂利を踏み歩く靴音に合わせ、片手にぶら下げた買い物袋がしゃらしゃらと鳴っている。辺りはすっかり暗んでおり、見上げると月が雲に隠れることもなく、堂々と太陽光を反射していた。
本来ならば、多少の趣を感じているところではあるが、今日に限っては、ただ不思議な落ち着きのなさを、彼は内に感じていた。まるで、楽しみにしていた学校行事を翌日に控えた前夜のような、ざわめいた気分を抱えたまま、風切り音に囲まれた帰路につく。

(………?)

ふと、視界の端に、何かを捕らえたような感覚を覚える。
周囲に頭を巡らしてみるが、特に変った様子は見られない。

そして、再び視界の中にあるわずかな違和感に気づく。

(……まただ)

不明ななにかをはっきりさせないと気が済まない程に意識の高まった彼は、その場に立ち尽くし、自らの所作を一つ一つ確認しながら、意識を集中させる。

違和感の正体。それは、ほんのわずかな光点にも似た色合い。恐らくそれは深緑。
わずかに上空を見上げたヒミトの視界には、暗闇にゆっくりと明滅する深緑色があった。

(……未知と遭遇してしまったのか?)

まっさきに浮かんだのはそのようなことだが、不明な輝きは相手の反応を確かめることもなく、一条尾を描きながら、一足飛びに彼の瞳に飛び込んだ。急激な光量に瞳孔反射を見せるも、ヒミトは特に慌てることもしなかった。

自らの状態を確かめることも出来ずに、彼の意識はすでに暗転していたのだから。





………

………スノーノイズが見える。

………と思っていたら次第に霽れてきて、なんらかの光景が視界に映る。
どこかしらの風景のようだが、ちょうど森林を見下ろしている状態であることがわかった。顔や首を動かしている感覚はないので、おそらく映像のようなものを見せられているのだろう。
カメラアングルの中心部分に木々の開けたところがあり、何人かの人物が集まっているのが見えた。なにかの神殿跡らしく、元が柱と思われる部分は根元から破壊されており、辺りの石畳には所々に雑草が茂っている。

一名と三名が向かい合うようにして立っている。

一名側の方は、目に見えて女性のようだとわかる。背中まである黒みを帯びたブラウンの髪が彼女の動きに合わせて揺らめいている。両のこめかみ辺りに簡素な髪飾りをつけており、装飾がわずかな光を反射している。ブラウスに胴衣、スカート、前掛けが一体となった、ディアンドルのような服飾に、革製の防具部分が当てはめられている。

対峙する側の三名は、皆一様に暗い色の頭巾付き外套を羽織っているため、顔は見えない。外套全体に刻まれた紋様が、多少の禍々しさを感じさせる。

どうやら言い争いをしているようだ。端から見ても険悪な空気が漂っている。
三名側の中心的人物と思われる一人が口を開く。

「ようやく、お目にかかれましたな、賢者アーテ殿。……いや本来はアヤ…」
「あなた…凶神と繋がりを持ちましたね」

相手側の女性が突き放すように発言する。

「私の教義には必要でしたもので。そもそも善や悪などというものは相対的なもので、もとより定義など存在し得ないとは思われませんか」

外套の人物は穏やかには応対してはいるが、言葉の端々に自己への絶対的な自信と、他者への蔑みを感じさせる。まるで口八丁手八丁な煽動家のようだ。

「思いません。他者を不当に征服し、支配し、強いることは人の営みとして正しくはないと、あなたには定義できないのでしょうか?」
「結果的に受け入れられるなら、仮定などになんの意味もないと理解しております」
「そもそも論として、あなたの目的は教義を広めることではなく、凶神を利用して己が力とすること自体にあるのでしょう。そのための準備段階として、すでに王国の中枢部にもお仲間を入り込ませているようですね」
「ふむ……それにつきましては多少の誤解があるようです。正確には目的ではありませんね。……今の目的ではね」
「……っ!」

外套の人物が手を前にかざすと、女性の足場がわずかに鈍く輝く。するとどうしたことか、彼女の足が石に変っていくではないか。いわゆる「石化」というやつだろうか。当然といえば当然だが、初めて見た。

『解除』

女性がなにやら唱え、手を足下へ向けて振り抜く。足下がわずかに淡い光に包まれたが、それはわずか一瞬のことであった。

「……」
「幻獣による状態の変質ではないぞ。高位の存在により確定されたものだ。運命は変えられぬ」

頭巾の人物が、女性(アーテ)の所作に対し、諭すような口調で話しかけるが、女性は動じることなく胸元から何かを取り出した。

「アーテ・レーゼの名において、我が命数の全てを捧げ、ウルミラに願い奉る」

アーテという人が、深緑の輝きを放つ石を胸に掲げると、その輝きが明滅を始める。

「賢者の石か…」

すると、抱く石が一際輝き、次の瞬間、いくつかの欠片に砕ける。そのまま足下に落ちた破片は、その輝きを失っており、見た目にはただの石片にしか見えない。

失敗だろうか。
彼女の表情に動揺はなく、包むようにしたその手には残光。
やがて、光が完全に消え去るころには、石化状態は胸にまで達していた。

(…ちょっと待て…おい…)

俺は状況に急かされたように、眼前の人物達に思わず手を伸ばす。伸ばした自分の手は見えない。目の前で展開する光景を、映画で鑑賞しているように、自分の身体自体が視野に入らない。その世界を追体験していながら、自分という存在だけは完全なる部外者だということを、俺は認識していた。

だのに、彼女と視線が合った。
偶然かとも思ったが、間違いなくこちらを見ている。藍色がかった綺麗な瞳だ。彼女はこちらを見ながら少し驚いたような顔をした後、泣き顔とも笑顔ともとれるように自らを破顔させた。そして、目に溜めた涙が頬を伝う前に、彼女は完全に動かなくなった。

それは、はっきりとわかる笑顔だった。

外套の人物はそれを眺め、おあつらえ向きだとつぶやく。
「憂えることはない。あなたは、言葉通り希望の象徴としてこの地を発展させ、永劫に我が信徒を導く役目を担うのだ」

「……様」

背後に控えていた二人の内、一人が恭しげに声を掛ける。

「位相転移の法だ。時期は不明だが、いずれウルミラの手駒が現れることだろう。急がねばな。」
「はっ」





ここまでで、再び目の前が暗転。
鑑賞会は終了だろうか。
もはや、成り行きを見守る心持ちでいるので、我ながら実に落ち着いたものだ。

『どうだったかね、あなたが導かれるまでに到る経緯は』

唐突に頭に声が響いてきた。何者であるか、はここまでの流れから容易に察することが出来る。

「……ウルミラさん?」
『如何にも。さんはいらない』

見ると、微笑を湛えた少女然とした風体の人物(?)が目の前に立っている。なぜだか口元以外の表情が認識できない。女神というくらいだから、もっと……大人っぽい印象を想像していたのだけど。

「説明はいただけるんでしょうね」
『無論』

まずは、俺が見た光景の中の出来事。
アーテと呼ばれた女性は、世界有数である賢者の称号を保有し、諸人に尊敬を受けている著名な人なのだそう。
世界に現存する四柱の神、ウルミラ、シリューゼン、レガト、ノインララト、四神からの恩恵により、多種多様な魔法を行使出来る。

つづいて彼女と争っていた外套の人物。凶神と呼称される存在と繋がりを持ち、(俺が見たとおり)たとえ相手が賢者といわれる存在であっても、容易く他者を害する強大な力を行使できる。
目的は、四神に取って代わる存在として、自らの信ずる神を押し上げるために、策動しているとのこと。建前上は。
便宜上、今後は凶神官と呼ぶことにする。

ただ一つ留意すべきことは、時間軸上過去の出来事であるらしいから、現在においては、情勢がさらに推移しているという点。したがって、凶神の影響もあり、凶神官についての詳細が不明であるとのこと。

最後に、俺については、アーテ女史の位相転移の法によって、ウルミラの力により導かれたものであり、四神により要請されたものではない。したがって、具体的な目的、および、行動指針については、俺の自由意志に委ねられるとのこと。

えぇ……。

「勢力争いには、巻き込まれたくないのですが…」

『それをしているのは連中のみ。ワタクシどもは、歴史に根付いた神話体系の保護と、必要であればそれを信ずる者達へ等しく恩恵を与えること。それだけのものです』

説得力はある。ただし、印象操作をしているのでなければ。
しかし一方で、先ほどからの違和感の正体を、俺はようやく理解した。

「もう一つ、あの場面が本当のことだとしたら、四神は、彼の賢者になんらかの力を貸してやれなかったのだろうか」
『…前述のとおり、ワタクシどもに出来うることは、等しき恩恵の範疇を超えません。その上で、自らを取り巻く事情については、信ずる子らがすべからく対応すべきことです』

一見まともな事を述べているようでいて、すべてにおいて事務的で他人事なのだ。目元が全く認識できないことも拍車を掛けていた。

「失礼ながら、あなた方は御身の保身にのみ、傾注しているようにも見受けられます。歴史が今現在も綴られているとするなら、凶神と呼称される存在も、神話に組み込まれる未来が、存在出来るのではないでしょうか」

言ってしまった。
危険視されてしまったかもしれないな。
だけど、言わないより言った方がましだ。
だから、続ける。

「現状を見すぎて、足下が見えなくなっていることのないように願いたいですね」

なんの抑揚もなく、こちらの言を聞いていた(と思われる)ウルミラは、俺の発言が終わったことを、確認しているようにも見えた。

『それで、どういたしますか? 納得できないようであれば、別の者を導かなければなりませんね』

顔を少しだけ傾けながら、こちらを伺うように訪ねてくる女神様。

イラ…。

「…そうですね。出来れば別の方にお願いして…」
少しばかり思案して、次第に荷が重いように思えてきたため、辞退しかけたのだが……。

脳裏に浮かぶ……最後の笑顔。


『やはり、あなたを導いて正解であった』


熟考をはじめかけた俺は、目を見開いた。
彼女の凛とした声は、実に今、眼前の彼女に相応しいものであったから。
目の前の女神は、深緑色の瞳で、俺を見つめていた。口元は楽しげににんまりと。
俺は思わず瞬いてみるが、再び、認識の出来ない表情が目の前にあるだけだった。


……こうして、俺の異世界行が決定されたのだ。
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