雑貨屋店主は王子様

ななこ

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変化

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 レイはさわやかな顔で朝食をとっていたが、ヴィンは寝不足で欠伸をしている。

「昨夜は寝かせてあげられなくてごめんね」

「〇×△!!」

「ヴィンセント、後で説明してほしい」

「兄貴、これには深い深いわけが…」

「頭が痛い。食べ終わったら執務室に来てくれ」

 ヘンリーは食べずに出ていった。

 レイとヴィンが執務室に入るとヘンリーが人払いして3人だけになったが、念をいれ筆談を交わす。無言では怪しまれるので、レイがヴィンとの惚気話をしながら。

「(母上達はどこだ?)」

「(わからない)」

 妻と母が買い物にでかけたまま、行方がわからないという。家臣に探させても見つからず、もう5日も眠れない日を過ごしていた。次兄のジェームスは国境警備で不在。誰にも相談できず困っていたという。

「(5日前だと、ヘンリーから手紙を受け取った後に行方知れずか。統治の事を誰かに話した?)」

 レイが関係あるのかもと言い出した。

「(父の側近だった男に知られたかもしれません)」

 常に見張られている。

「(アーサー派の者が冤罪だと王宮に手紙を幾度も送りつけている。アガサを探しているのがアーサー派なら見つからないな)」

「(俺らが探るよ。兄貴はここで待っていてくれ)」

 廊下に出るとレイがヴィンに甘えだした。

「お兄様に認めていただけて良かった。ヴィン、バーデット領を案内してよ」

「そうだな。騎士団や厩舎、街にも案内しよう」

 ヴィンが棒読みだったが気にしない。

「レイモンド様、もう勘弁してやってください」

 執務室に入る前からずっと指をからめたままで、ヴィンがもう茹たこになっている。アーサー派の目をごまかすためとはいえ、ヴィンには赤面ものだ。

 騎士団に着くと、トーマスとミアに合流できた。首を横に振っている。ここには不審なものは見つからなかったようだ。

 次に厩舎、出荷前の馬が並ぶ。

「壮観だね。僕も1頭欲しいくらいだよ」

 アリアンに騎乗することはなくなったが、その後特定の馬を決めていない。レイにとってアリアン以上の馬は存在しない。

「こちら騎乗されますか? この中で1番たくましく足が速い」

「おい、どういうつもりだ」

 ヴィンが声を荒げる。

「我が国最強の騎士のレイモンド様だ。何も問題ないでしょう。まさか気後れなさいますか」

 厩舎を案内している騎士が薄笑いを浮かべ、厩務員たちも見世物でもみるかのような態度だ。

「ご令嬢のように細い身体だ。無理なさらずとも、誰も何も言いません」

「問題ないよ。騎乗しよう」

 レイの前に連れて来られたのは裸馬。手綱のみだ。危なげなく、ひょいと手綱を持ち自身の体を引っ張り上げる。

「いい子だね。少し歩こうか」

 騎士がふんと鼻を鳴らし、これくらいできて当たり前と面白くなさそうだ。

 見目で判断してはいけない。レイは野生児時代、裸馬も乗りこなしてきた。落馬しそうになって、その後は禁止された。

「(ここも不審な動きはなさそうだな)」

 ***

「ヴィン、記念に何か買ってよ」

「母の行きつけの店に入るか」

「きゃー本物よ! 神々しくて目がつぶれる」

 若い女性たちに騒がれる。

「まさか!  嘘だろう」

 名ばかりだか当主に甘えるレイに、バーデットの騎士たちは驚きを隠せない。2人が愛人関係だとの噂は本当だったのか。

 レイモンドが来ると聞きつけた、イザベルの愛読者が街を張っていた。その女性達から話を聞いた騎士たちは半信半疑だったが、目の前の光景に信じるしかなかった。

「せっかくのデートなのに。2人きりになりたいな」

「そうだな。騒がれたら店にも迷惑だ。お前達は店に誰も入らないよう見張っておけ」

 レイ達はアガサ達が最後に立ち寄った店に入り、馬車の走り去った方角を聞き出した。屋敷とは反対方向だった。

 郊外の屋敷に店からの遣いだと名乗る女性が訪れる。忘れ物が見つかり届けに来たのだと。

「品物を受け取ろう」

「それは無理ですわ。直接渡すように大旦那様から言われています。それに〇〇〇、あなた預かれますの?」

「疑わしいな。見せろ」

 中身を確認した騎士は顔を赤らめた。

「さっさと渡してこい」

 女装したミアがアガサの部屋へ通された。

「奥様こちらを。店にお忘れ物です」

 騎士には下着と言ったが、袋の中にはウィステリア刺繍のハンカチが入っていた。ぱっと見ではわからない。

「ありがとう。お駄賃に何かあげたいけど、クッキーが8枚くらいしか残っていないわ」

「いえ、また店にいらしてくださいませ」

 そういうとミアは屋敷をすぐに立ち去った。

「ビンゴです。見張り役と思われるのは8名」

「あとは救出だけだ」

 レイは密かに、ウィステリア騎士をバーデットに連れてきていた。救出をトーマスとミア、騎士達に任せ、館に戻る。

「兄貴、もう大丈夫だ」

 執務室に入るとヘンリーとアーサー派筆頭の古参家臣がいた。

「ヴィンセント様、どうかなされましたか」

「母とエイダ姉さんが見つかったと言ったまでだ」

「それは良かった! 見つけた者にヘンリー様から褒美を出していただきましょう」

「嘘臭い演技は要らないよ」

「レイモンド様まで一体何を言っているのか」

「お前も密輸に深く関わっていたな。金が入らず困ったのか? それとも戦争がしたい?」

「何を証拠に」

「あるさ。セオ」

 大量の書類が渡された。

「アーサーが捕まった後は君が主導していたのか。日付から受け渡し場所まで丁寧に記録してるなんて、後でアーサーに報告するつもりだった?」

「違う。私じゃない」

「この筆跡、照合させようか。どうする?」

 もう逃れようがない。古参家臣が剣を抜くが遅い。ヴィンによってあっという間に拘束された。

 ***

「ヘンリー、ヴィンセント!!」

「母さん無事でよかった」

「あなた!」

 ヘンリーは妻エイダを抱きしめる。無事に2人は解放された。

「レイモンド様、本当にありがとうございました」

 ヘンリーが深々と頭を下げる。

「もう本当に呆れたわ。まだ隣国とつながる者がいたなんて。もう1度全員検めます」

「母さんも冷静に見張りの数まで伝えてくれて、さすがだな」

「留守がちな旦那様の代わりに色々学びましたからね」

 ヴィンは人の話を聞かない母が、よくあの刺繍だけで分かったものだと感心していた。

 ヘンリーがレイに願い出る。

「1度は継ぐと決めたのですが、やはりバーデット家はもう必要ない。レイモンド様に統治していただきたい」

「それは国王陛下がお決めになることだ。ヴィンセントと共に王宮へお伺いをたてに行ってはどうだろうか」

「はい、そのように。母さんもそれでいいね」

「私はもう当主夫人ではないわ。あなた方が決めなさい」

「兄貴に継いで欲しかったが従うよ。俺は主の側から離れられないからな」

 ヘンリーは堅物だった弟の変わりように驚く。変えたのはあの方だろう。

 口数が少なくぶっきらぼうな態度で、馬以外に関心がなかった弟。

 それが自分の出した1通の手紙だけで心配して来てくれたばかりか、様子がおかしいと気付き、助けてくれたのだ。

 あの方に出会い忠誠を誓ったと誇らしげに語る弟。あの方の側でお仕えするなど自分にはできそうにないが、心の底から羨ましいと思った。
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