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一缶「一ノ瀬愛良は友達が欲しい」

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 今日も視線を感じる。

 俺の気のせいではなく、絶対に誰かに後をつけられている。今回こそは正体を見てやるという強い意志で昼休みになると購買でいつものパンを買い、死角のない真っ直ぐな廊下に誘った。

「誰だっ!」

 振り向くと柱の陰にスッと何かが隠れた。俺の身長よりも高くて女子制服を着ている。

 最近は一ノ瀬さんとも知り合えて、その上、女子に後をつけられるなんて。ついに俺にもモテ期が来たのかもしれない。なんて冗談を考えながら見ると、見慣れた青っぽい黒髪のおさげがゆらゆらと揺れていた。

「…って、なんだ七海かよ」

 幼馴染の雨宮七海。七海は昔から頭一つ分くらい身長が高い。俺だって男の平均身長くらいはあるのに、俺よりも身長が高いのだ。

 髪は肩から左右に垂らして髪留めで結んでいる。まあ、編むのが面倒みたいで緩く結んでいて厳密にはおさげではないが。俺に見つかって開き直ったようで、七海が柱から顔を出した。

「すばるん、ちょっといい?」

 俺が今、「すばるん」と呼ばれているように、親しい友達には変なニックネームをつける癖もある。いつもならへらへらと笑っている七海が今日はやけに真剣だ。

「そんな真剣な顔でどうしたんだ?」

「一ノ瀬さんって、知ってるよね?」

「ああ、同じクラスだからな」

 七海の質問に、つい首を傾げる。一ノ瀬さんと七海は接点がないはず。クラスも違うし教室や廊下で話している姿を見たことがない。もしかして俺が他の女子と仲良くするのが嫌で七海が嫉妬…なわけないか。

「えっとその、仲良くしすぎないほうがいいよ」

 えっ? もしかして本当に七海が嫉妬なんてものを…

 俺が気づいていないだけで、七海は俺のことをそんな目で見ていたのかもしれない。返事はどうしよう。俺にとっては七海はやっぱり幼馴染。でも知りすぎているため家族のような存在だ。今更異性とは思えないしどう返事をするべきか。

「この前なんて、すばるんの家で一緒にいたでしょ」

 げっ。一ノ瀬さんを家に連れて行った時、七海に見られていたのかよ。家が隣の幼馴染だしたまたま見えたのかもしれない。いきなりラブコメ主人公によくある修羅場のような展開になり咄嗟に嘘をついた。

「み、見間違えたんじゃないか?」

 七海が「ううん」と首を横に振る。

「あれは絶対に一ノ瀬さま…じゃなくて一ノ瀬さん! だったよ!」

 は? 一ノ瀬…さま?

 その言い間違いが妙に気になる。そこで一気に冷静になった。うん、今の七海の目はどう見ても恋する乙女のような目じゃない。今の七海の目は純粋な疑いの目だ。少女漫画を読んでいる時のほうがよっぽど恋する乙女の目をしている。

「母さんを見間違えたんじゃないか? 七海、最近会ってないだろ」

「すばるんのお母さんなら見れば分かるもん!」

「そういえば最近、七海が夕飯を食べに来てくれないって母さんがボヤいていたなあ」

 話を逸らすために話題を変える。その一言が七海には効いたらしく、真剣な顔から一変していつもの調子に戻った。わたわたと動揺している。

「だってだって部活が忙しいし、それに高校生になって男の子の家で晩ご飯なんて普通食べないし…」

 …あっ。そういえば母さんにはこの前七海が来たと言ったのに、こんなことを言ってしまうと七海に頼んで口裏を合わせられない。まあ、この調子なら俺の家に七海が来ることなんてないだろうし大丈夫か。

 七海と別れた後、第二美術室で一ノ瀬さんと一緒にトラ猫ワルツの協力プレイを始めた。元々遊んでいた俺とは違い一ノ瀬さんは始めたばかり。レベル差がありすぎたのだ。

「あっ、一回だけ攻撃できた!」

「あ、あはは…」

 一ノ瀬さんの遊べるクエストを始めると、俺TUEEE系のウェブ小説のように俺のキャラが進むだけで敵がバッサバッサと倒れていく。これじゃあ一ノ瀬さんがつまらないよな。

「…よし、リセットして俺も最初から始める!」

「え? せっかく進めたのにリセットしちゃうの?」

 思い立ったが吉日。俺は頷くと協力プレイをやめてセーブデータをリセットした。チュートリアルも改善したからテストプレイするのにもちょうどいい。

「名前かあ…」

 面倒だし今回もニャンタでもいいか。そう思ってスマホに入力していると、一ノ瀬さんに手をツンツンと触られた。

「ねえねえ。私のアカウント、ルカなんだ~」

「え? いや、知ってるけど?」

「夜空くんにあげたぬいぐるみ、ルカの弟なんだよ。名前って覚えてる?」

 いや、教えてもらったから知ってるけど。今それを聞かれて俺はどう反応すればいいんだ。そう考えながら文字を入力しているとやっと理解した。つまりこういうことか。

 俺は「ニャンタ」と途中まで入力した文字を消して、アカウント名を「テト」に決めた。

「これでいい?」

「うん、ありがと。これでお揃いだね、夜空くん」

 まあ、悪い気はしない。どうせスマホ版のテストプレイ用のアカウントだし。俺がチュートリアルを終えた後、一ノ瀬さんと一緒に協力プレイを楽しんだ。土日のアドバンテージもあり、一ノ瀬さんの方が高レベルでさっきとは立場が逆転していた。

 家に帰るとパソコン版のトラ猫ワルツを起動した。すると、既にレフィーニャさんがログインしていて、すぐにチャットが飛んできた。

 レフィーニャ:こんばんにゃー

 ニャンタ:こんこん

 レフィーニャ:最近、ログインしてないね。勉強が忙しいのかにゃ?

 そういえば最近は一ノ瀬さんが家に来たり、七海に後をつけられたり。色々あってレフィーニャさんとあまり遊べていなかった。久しぶりに夕飯を食べたらレフィーニャさんと一緒に遊ぼう。そうチャットすると、レフィーニャさんからチャットが返ってきた。

 レフィーニャ:それじゃあ高難易度クエストに行くにゃ

 ニャンタ:おけおけ

 レフィーニャ:今夜は寝かせないにゃ♪

 まあ、実際そうなるかもしれない。レフィーニャさんと一緒に一度クリアして以降、高難易度クエストなんて最近は行っていない。いくらゲーム製作者とは言っても所詮は人間。時が経てば内容は忘れてしまうのだ。

 深夜クリアも覚悟して眠気覚ましのコーヒーでも入れたほうがいいかもしれない。そんなことを考えながら階段を降りると、リビングからいつもより賑やかな声が漏れていた。

 不思議に思いつつもドアを開けると…

「あ、すばるん遅いよー! 早く座って!」

「…なんで七海がいるんだ?」

 我が家の食卓の椅子に、なぜか七海が座っていた。
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