千賀くんと刈田くん(BLオムニバス)

雑多のべる子

文字の大きさ
10 / 23
橘社長とりっくん~元極道なボディガード×奇抜でビッチな社長~

君は負け犬、俺の手の中に堕ちてきた眩い月

しおりを挟む
 出会ったばかりの頃の藤堂は、確かに傷付いてぼろぼろで、野生の狼のように鋭利だったが、真直ぐだった。
 間違いを間違いと憎み、穢れを穢れと祓い、暗闇には真っ向から挑む果敢さを橘は気に入った。
 無鉄砲さはそのまま若さと直結する。
 まだ二十歳そこそこだった彼に落ち着きや先見性を要求するのは無謀で、橘はそれを補ってやるのが自分の役目と心得ていた。
 ――何時からだろう。その事に後悔を覚えたのは。

「りっくん、それは……なに?」

 いつも通りのスーツに袖を通していた藤堂の胸元に、ふと目に映った銀の首飾り。
 可愛らしい桃色の石が嵌め込まれたそれは、厳つい藤堂には随分と不釣合いに見えた。
 手を伸ばして触れようとする橘をさり気無くかわして、それを胸元にしまいながら、藤堂は口元に苦い笑みを浮かべる。

「形見だ」
「ははぁ、お母さんとか?」
「……いや」

 そう否定されて初めて、橘は藤堂にも恋人がいただろう事に思い当たった。
 藤堂は極道の世界でも有数の大親分の血筋なのだ。20歳といえば、縁談の一つや二つはあっただろう。笑える事に、橘は今の今まで、そんな事を露ほども想像してみなかったのだが。
 なるほど、と橘は頷く。

「後生大事にそんなものを持っているところを見ると、政略結婚じゃなかったんだねぇ。そっちの世界じゃ珍しい」
「政略結婚だ。表向きはな……幼馴染だった」
「で、体の関係は?」

 明け透けにそう問われて藤堂は一度瞬くと、苦虫を噛み潰したような顔をして見せた。

「……遠慮の無い男だ」
「俺と君の間で、今更隠すことでもないじゃない。ただの好奇心だよ」
「ふん。……勝手に想像しろ」

 答える事無く藤堂は橘から視線を逸らし、ベルトを締め直す。詰まらなそうに口をへの字に曲げて、橘は自分もジャケットに袖を通した。
 とはいえ、藤堂がその女性と肉体関係を持っていた事は明白だった。それはベッドでの所作を見ればわかる。女遊びに慣れた様子は無かったし、かと言って経験が無いわけではなかったようだし、常にどこか相手を労わる体運びは、決まった女性……それも随分と大切に思う女性としか関わって来なかった証拠だろう。逆に遊び慣れた橘に、その違いは歴然と感じられた。
 だが、そんな藤堂も今ではすっかりと橘に躾けられ、橘が求めるままにどんな乱暴な行為にでも順応するようになっていた。自分色に染め上げられてしまった男をちらりと見て、橘は複雑な笑みを零す。そして、彼が掴むはずだった決して訪れぬ未来を思った。

「りっくん、俺を恨んでも良いんだよ」

 何の脈絡も無く唐突にそう言われて、藤堂は訝しげに橘を見た。
 振り返りもせずに身支度を続ける橘がどんな顔をしているのかは解らない。どうせ顔を付き合わせていても、彼の本当の気持ちなど解りはしないのだが。

「……何の話だ?」
「君を変えたのは俺だ」

 その言葉に藤堂は、は、と息を吐いた。

「何を今更。大体、これはあんたの所為じゃない」

 確かに、今更だった。
 藤堂は橘の言葉が立場や名前の変化のみを示していると思っている。
 橘は、どんなに自分が捻くれた問い掛けや謎掛けを与えても、それに真直ぐに反応する藤堂を可愛らしい男だと思う。

「まぁ、そうなんだけどね」

 そして、橘だけが悪いのではない、という言葉はこの場合、間違いでは無いのだった。藤堂はなんだかんだと言ってその変化を拒まず、受け入れたのだから。
 でも、恨まれた方が、憎まれていた方が楽かもしれない、とも橘は思った。彼を歪めた自分の責任を問われた方が、彼を突き放せるような気がする。

(……なら、そうじゃない今はなんだって言うんだ)

 いつの間にか止まっていた橘の手を、不意に藤堂が握った。
 驚いて顔を上げると、無意識に自分は爪を噛もうとしていたらしい。噛み過ぎてぼろぼろになった爪をこれ以上剥がせばどんなことになるやら、そんな事にも気が付かないほど考え込んでしまっていたのかと思うと、橘は自分を笑いたくなる。

「大丈夫……ちょっと、ぼうっとしていただけ」
「そうか」

 ゆっくりと藤堂の手が離れ、代わりにその両腕が後ろから橘の腰を抱いた。その意図が解らず、橘は顔を上げて彼を見る。何か問い掛けようかと思ったが、そうして背後から抱き締められるのは嫌いではなかったから、敢えて何も言わなかった。
 下から見える藤堂の額から頬、顎にかけての細い線が橘は好きだ。
 何かに似ている、と思って、それから先程までの己の思考がちらついて――ああ、これは三日月だ、と思った。突き刺さるようでいて、夜の暗晦を照らすもの。撓った曲線は歪んでいるようでいて、結局は張り詰めた一本の線でしかない。

「……橘?」

 何も言わない橘の名を、藤堂が呼ぶ。ゆっくりと俯いて、目を閉じると、橘は独り言のように。

(いつか、君を手放すかもしれない)

 唇だけで言った。
 声は発しなかった。だから、伝わる事は無かった。

(いつか、俺は君を失うかもしれない)

 でもそれで良い。それが良い。
 負け犬の君よ、今はまだ。

「……陸、もっと強く」

 抱き締める腕に力が篭められて、橘は唇を笑みの形に歪める。笑う事さえ歪む。己を嘲笑いながら。

「陸……どうか俺を……俺を恨んで」

 いつか。いつか。きっと。
 享受するように、拒絶するように、藤堂はただ橘を抱いて。
 ――今宵、空には満月が輝いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

壁乳

リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。 最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。 俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 じれじれラブコメディー。 4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。 (挿絵byリリーブルー)

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。 彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!? 
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない! 恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!? 
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする 愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ! 月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...