千賀くんと刈田くん(BLオムニバス)

雑多のべる子

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多田さんと今井くん~タラシな若手エリート×中年平社員~

大人だというだけで許されるなら、きっとその方が楽だから

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 ――彼は男が好きなのだろうか。

 そんな疑問が多田の頭の中に浮かんだのは、今井が熱烈な攻勢を掛け始めてから随分経った後の事である。
 鈍いと言われるかもしれないし、実際に多田はその手の事に関してはとかく鈍いに違いないのだが、それでも基本的に女性を好むと見られる今井が自分のような男に愛を囁くからにはそういう趣味なのだろうと、思いついただけでも褒められたい。

 しかしそう思ったからといって、多田は誰にもそれを聞けずにいた。

 恋愛にはとんと疎い自覚症状のある自分が気付くくらいだから、彼の行動はあまりにもあからさまなはずで、他の同僚達が気付いていないわけもないのだろうが、ここで万が一「気にしすぎだよ」とかなんとか言われてしまったら、それはそれで自分の自意識過剰が恥ずかしい。
 逆に「そうだよ」とあっさり肯定されても、ではこれから彼にどう接するべきなのかとか、こんな時に悩むべきではないところで悩んでしまいそうで、たたらを踏んでしまう。

 だから多田は、考えることをやめた。

  今まで通り、気安い男同士、ただの同僚として意識する方が、自分が楽だからだ。そしてそれが彼の為でもあると、自分に言い聞かせる。 ――今井はそれに気付いていただろうか。

「なぁ」

 ある夜、今井に声を投げられて、多田はぴくりと身を震わせた。
 この時間、フロアに残っているのは彼と多田だけだ。パソコンの画面を見詰めたままの今井の顔は、多田の角度からでは表情が読めない。

「なぁ……そろそろ返事、してくれないか」
「なんの?」

 そ知らぬ声音を繕って、多田は笑い顔を浮かべる。言われている意味が解らないでもなかったが、気付かない振りをした。
 今井は苛立たしげに舌打ちをして、ばりばりと頭を掻く。

「……誤魔化すなよ。あんただって子供じゃないんだ」
「君に何を答えるべきなのか、君がどういう答えを望んでいるのか、私には解らないよ」
「解らないわけがない。それとも、それは暗に俺を拒絶してるのか?」
「解らないから解らないと言っているんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「YESでもNOでもないって?……汚いな。そういうのは、汚い大人の答えだ」
「残念ながら、私も世にいう大人の仲間でね」

 くそ、と吐き捨てるように言って、今井は多田から目を逸らした。そういう仕草は、彼がまだ若干24歳の青年であることを、多田に思い出させる。
 好きだ、と。
 言われたことは記憶に新しかった。答えを求められた覚えも無いわけでもない。
 それを覚えている自分は、忘れた振りをすることで彼の真っ直ぐな情熱から逃げているに過ぎなかった。それを汚いとなじられれば、その通りである。

「今、君が言った通りだよ。私は汚い大人で、君はまだ若い。君が知りたいのは、そういう事なんじゃないか?」
「違う。見損なうなよ。俺がそんなお為ごかしを聞きたがると思うなんて、侮辱だ」
「侮辱したつもりはない。そう思ったのなら、謝るが」
「謝ってどうする。……謝って、それで、あんたはどうするんだ」

 どうすると言われても、多田にはそれに答える言葉が無い。仕方なく苦笑いを浮かべて、どうすればいいのか解らないと言うように首を振った。
 今井は大きく息を吐いて、それから暫し、沈黙する。

「……ごめん。多田さん」
「何故、君が謝るんだ」
「……違うんだ。あんたを困らせたいわけじゃないんだ」
「そんな事は……知っているよ」

 ただ君が若いという事も、私は知っているだけなんだよ。
 そう口にはせず、多田は細い息を吐く。空気を揺らすだけで、2人の間に漂うこの張り詰めた緊張の糸を、やたらに刺激してしまう……そんな気がして。

「――解ったよ。もう、言わない」

 やがて今井がそう言って立ち上がるまで、多田は何も言わなかった。そして、フロアを出ていく彼の背中を見送りもしなかった。


***


 好きだといってしまったら。
 彼に応えてしまったら。
 その瞬間に彼の心は離れて行くような気がして、多田は曖昧に逃げ続ける道を選ぶ。
 言葉は口にするほど嘘になる。
 想いは口にするほど浅くなる。
 だから、彼の言葉は信じない。いつか彼も、浮かれた自分の恋の愚かさに気付くだろう。その時に傷付くのは、彼自身だ。
 その時まで、自分はじっと息を潜めていよう――多田はそう思った。
 せめて彼の傷口が取り返しの付かぬものにならぬように。
 そして自分自身の傷口が、彼によって開かれぬように……と。

(だって私は大人なのだから)

 そんな言い訳を、胸に抱きながら。
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