3つの惑星を旅する俺が巡り合う11の恋の話

雑多のべる子

文字の大きさ
10 / 16
第二幕 惑星アルメラードにて

└9-2【カーナルート】1日目:夜

しおりを挟む
 その夜、レイレンはひとり寝床を抜け出した。
 強かに酒を飲んだ仲間たちは慣れない干し草に布を被せたベッドでもぐっすり眠り込んでいるが、アルコールを摂取したのが久しぶりのせいか妙に神経が高ぶってしまって落ち着かない。
 水を一杯もらえないかと辺りを見回したが、蛇口を捻ればそのまま飲める水がいくらでも出てくる船内と違い、どこに飲料水があるのか解らない。もしかして煮沸消毒からしなくてはいけないのだろうか、今から火を起こすのは流石に面倒だなと考え込んでいると、カタリとと小さな音が聞こえてきた。

「レイレン様……?どうかなさいましたか?」
「あ、カーナさん、すみません。起こしてしまいましたか?」

 小声で問いかけられて、同じように声を潜める。薄い寝間着を纏った少女は警戒もなくレイレンに近付くと、にこりと柔らかく微笑みかけた。

「私も眠れずにいたので、お気になさらないでください。……酔い覚ましに何かあたたかいものをお出ししましょうか?」
「それじゃあ、お言葉に甘えていただきます」

 こちらへどうぞと促され、外に出る。
 カーナは夕食の時に使った焚火の跡にもう一度薪をくべ、種火から手際よく火を着けた。オレンジ色の炎が鮮やかに立ち上り、透き通るような少女のかんばせを照らし出す。
 兄であるリビオと違いあまり体が強くないという彼女には、どこか儚げで匂い立つような色香があった。日中、チェリッシュが事あるごとに「可愛い」「持って帰りたい」と繰り返していたが、正直なところレイレンにもその気持ちは少し、わかる。イルジニアでもこれほどの美少女にはなかなかお目にかかれない。華やかな衣装も化粧品もない今ですらこれほど愛らしいのだ。イルジニアの技術を尽くして磨き上げたらどれほどの輝きを見せるだろう。

「あの……そんなに見詰められると……照れてしまいます」
「え……あ、ああっ、ご、ごめんなさいっ、つい……!」

 ぼんやりと随分長い間その顔に見惚れていたことに気付いて、レイレンは慌てて視線を逸らした。年頃の少女にあまりにも不躾だったと反省し、思い切り顔を背けるようにして座り直す。
 その大仰な反応が面白かったのか、カーナは楽し気に体を揺らして笑った。

「ふふ、そこまでしていただかなくても。どうか、普通になさっていてくださいな」
「いやあ、面目ない……」

 どうぞ、と手渡されたカップを受け取り口に運ぶ。口当たりの柔らかなミルクにスパイスを入れて煮立てたもののようだ。体が芯からじわりとあたたまり、これならばよく眠れそうな気がする。
 レイレンの向かいに腰を下ろし、カーナも同じ飲み物を口に運んだ。そうして、ほ、と息を吐く。

「それにしても不思議な心地です……私がこんな風に空から来たお客様とお話しするだなんて」
「ああ、そうだよね。君達にとっては、空から人が来るなんて、思ってもみないことだったろうし……」

 するとカーナはゆっくりと首を振った。

「いいえ。そうではないのです。いつかこんな日が来ることはわかっていました。けれど、私……ずっと、空の向こうから来る方は、もっと怖い方なのかと思っていましたから」
「怖い?どういうこと?」

 意味が解らず困惑を浮かべるレイレン。
 その彼に言い聞かせるように、カーナは薄紅の唇を開くと歌うように言葉を紡いだ。

「8の年、8の月
 天より翼なき鳥来たれり
 其は破壊の御使いにして
 新しき調和の導き手なり
 満ちたる月が欠ける時
 紅き血に穢れし大地は
 欠けたる月が満ちる時
 白き涙で清められるであろう」

「……それは?」
「部族に伝わる古い予言の歌です。今年は私達の暦で獅子の8の年。そして、今は8の月……今宵は満月」

 思いがけない符合にレイレンは眉根を寄せた。
 破壊の御使い――自分たちがこれから行おうとしていることは確かに、争いを助長し彼らに血を流させるに違いなかった。それが予言だとしたら、この星の予言者はあまりにも有能だと言わざるを得ない。
 その自覚があるからこそ、レイレンはぎこちなく笑い、すぐにそれを消した。きっとこれは自分が笑っていいことではない。

「カーナさんは、予言が成就してしまうのが怖いんだね?」

 少女はカップの水面を見詰めたまま頷く。

「ええ……この予言が示すのは、新たな戦が起きるということ。その先にどんな調和が訪れようとも、争えば血が流れる。それだけは確かです。私のことは……どうなっても構いません。ただ、お兄様が……お兄様さえ無事でいてくださるなら、それだけで」

 絞り出すような、祈るような、その切実な声音にレイレンはまるで責められているような気持ちになる。きっと彼女はそんなつもりは微塵もないのだろうけれど。

「私達は父も母も、愚かな争いによって失いました。今戦が起こればきっと、お兄様も……私がもっと健康で強ければ、お兄様を守って差し上げられるのに……私はこの体が恨めしい」
「そんな、自分を責めるようなことを言わないで。大丈夫、もしもこれから戦が起ったとしても、俺達がここにいる限りは、きっとリビオは俺達が守るよ」

 彼女の手が震えているのに気付いて、レイレンは思わず手を伸ばした。その手に自分の手を重ね、握る。
 カーナはそれを振り払うことはせず、ただ困ったように微笑んでレイレンを見た。

「……ありがとうございます。その優しさに感謝いたします。けれど、レイレン様も決して無理はなさらないでくださいね」

 その夜のことは、それ以上でもそれ以下でもなく、ただそれだけの話。
 けれどレイレンはカーナとの心の距離が、ほんの少し縮まった気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。 死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。 死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。 どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……? ※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

俺の婚約者は小さな王子さま?!

大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」 そう言い放ったのはこの国の王子さま?! パミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。 今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。 「年の差12歳なんてありえない!」 初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。 ※不定期更新です

処理中です...