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王女になりました
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目を覚ましたら、慣れないベッドの上にいた。
辺りを見渡すと、やたら部屋が広い。というか、広すぎる。
「ここ、どこ……?」
いつもと声も違う。風邪を引いたのだろうか。
だんだん目が暗闇に慣れて来た。
ベッドサイドにナイトテーブルがあり、その上に置かれたライトをつけた。
一冊の本が目に入る。表紙に『引継書』と書かれている。
前書きには「アリシア・ベルモントに転生した人へ」と書かれている。
「えっと、『スムーズにアリシアの人生を送れるよう、記録を残す』……?」
読み進めると、どうやら著者は、私の前にアリシアとして生きた人らしい。
「『必ず読め。命がいくつあっても足りないし、死亡ルート多すぎるから』!?」
その先には業務日誌のように、引き継ぎ事項がびっちりと記載されていた。
どうやら私は「アリシア・ベルモント」に転生したらしい。
有名な暗殺一家、ベルモント家の長女、つまり悪役令嬢。
アリシアの実力は「魔法を無限に使える、マジ強い、国で最強」と書かれている。
「ふーん。でも私は普通のOLだったし、人を殺したことなんてないんだけどなー」
引継書を眺めているうちに、なんだか面倒臭くなってきた。
「とりあえず、寝よう」
そうすれば、あのワンルームマンションに戻れるだろう。みじめで狭い部屋に。
しかし、それは叶わなかった。
コンコン、と控えめなノック音に、低いテノールの声が続いたからだった。
「アリシア様。エリオット様がお部屋に来るようにとのことです」
「えー?もう、寝たいんだけど」
扉の奥で、執事は黙り込んだ。
「死亡ルート」という言葉を思い出し、ベッドから飛び起きて、引継書をめくる。
「『エリオット・ベルモント。5人兄弟の長男。呼び方は「お兄様」、敬語で話すこと。彼の命令は絶対。逆らうと拷問される。言い訳も通じない』!?」
私は扉へ向かって叫んだ。
「今の嘘!やっぱり行く!」
広い部屋を手探りで進み、扉へ近付いた時。壁にかけてある鏡が目に入った。
「え?これが私……?」
艶やかな黒髪。真っ白な肌。深紅のドレス。絶世の美女だ。少し顔がきついけど。
思わず見とれていると、扉の向こうから、申し訳なさそうに執事が言った。
「アリシア様、あまりエリオット様を待たせない方が……」
「やば!すぐ行く!」
☆
飾り気のない部屋に、いかにも高そうな家具が配置されている。
シンプルで座り心地の良さそうなソファに、エリオットは腰かけていた。
豊かな栗色の長髪。端正で、完璧な容姿。手足は長く、モデルみたいだ。
ポンポン、と隣を叩かれる。来い、という意味だろうか。
兄の隣に腰かけると、優しく頭を撫でられた。
「アリシア、おめでとう。お前は暗殺者ランキング十位に入った」
「あ、ありがとうございます。お兄様」
素直に喜べない私に、エリオットは微かに眉をひそめた。
「どうしたの?すごいことじゃないか。もっと喜ぶかと思ったけど」
「あの、私は何名程、人を殺してたのでしょうか?」
「さあ。十歳で暗殺デビューして、今、二十歳だろ?だから……数えきれないな」
お前は今まで食べたパンの数を覚えてないだろ、と言うわけだ。
「……で、もう充分に暗殺者としての力が備わったから、お前に新たな依頼だよ」
「何でしょうか」
「王子の暗殺だ」
私は息を呑んだ。引継書によると、この国は絶対王政だ。
絶大な権力を持つ王の息子、王子の暗殺なんてできるわけがない。
不安な顔をしていたのだろうか。エリオットは子供をあやすように優しく言った。
「そんな顔しないでよ。俺も、かわいい妹を死なせるつもりはないからさ。まず、王子と結婚してもらうことにした」
「え!?」
「王女なら隙をつけるだろうし。すぐには難しいから、一年の猶予をやるよ」
「……」
「どうする?嫌なら弟にやらせるよ。他の依頼も来てるしね」
このまま家にいると、暗殺をしなくてはならない。人を殺すのは嫌だ。
まだ一年は手を汚さずに済む、王女の方が良い。
「分かりました」
「さすがだ。ベルモント家の長女として、やるべきことを分かってるね」
前祝いだよ、と兄が言うと、いつの間にいたのか、執事がシャンパンを開けた。
そのシャンパンは、今までに飲んだどれよりも美味しかった。
OL時代の安月給では、一生かかっても味わえなかったかもしれない。
テーブルには、チーズやパン、ナッツなどのおつまみも並んでいる。
どれも驚くほど美味しい。今まで食べていたものは何だったのだろう。
夢中で食べていると、エリオットから見つめられていることに気付いた。
「何でしょうか?」
「別に。かわいいな、と思っただけだよ」
淡々と無表情で言う兄に、調子が狂う。
他の兄弟もおかしいに決まっている。人を殺してるんだから。
早く城へ逃げよう。そう思い、私は兄に言った。
「いつ城へ行くんですか?なるべく早く行きたいです」
「本当に?えらいじゃないか。今までは縁談も全部断って『家が居心地いいから、絶対に出て行かない!』って言い張ってたのに」
それは引継書に書いていなかったな、と思った。
「かわいかったよ。『将来はお兄様と結婚する!』って言ってね」
それも引継書に書いていなかった。
兄は執事と「明日挨拶に行くよう、王子に伝えて」と話している。
それを聞きながら、シャンパングラスに手を伸ばした矢先、
「はい、おしまい」と、兄にグラスを取り上げられた。
「じゃ、教養のおさらいね。まずは、この国の歴史から……」
「え?」
「相手は王子だよ。身分は偽装したけど、挨拶で婚約破棄されたら嫌だろ」
こうして夜通し、歴史や政治や魔法など『異世界の常識』を叩きこまれた。
☆
世間には様々な女性がいる。
目下のところ異世界のアリシアは、完徹で婚約者の元へ向かっていた。
城へ向かう馬車の中で、兄にぺちぺちと頬を叩かれる。
「うう。眠い……」
「遅くまで頑張ったね。でも驚いたな。ほとんど忘れてたから」
確かに兄のお陰で、この世界のことはだいたい理解できた。
寝ようとすると、ほっぺをつねられた。
「ほら、今から復習。この大陸の地理は?」
「金の国、水の国、木の国、火の国、土の国。五つの国で成り立っています」
「そう。どこにも属さない『風の民』もいる。今、俺たちがいるのは?」
「水の国です。国王と王女には、五人の王子がいます」
「辺境の貴族令嬢ってことになってる、アリシアが嫁ぐのは?」
「第三王子、水の使い手。暗殺一家だとばれないように、能力は隠します」
「うん、魔法も使わない方が良いね。よくできました。着くまで寝て良いよ」
兄が肩を貸してくれ、私はもたれかかった。
さわやかな香水の、良い匂いがする。
生前は彼氏がいなかったから、男の人の匂いを嗅ぐのは久々だった。
まどろみ、瞳を閉じかける。眠りに落ちる直前、兄の視線を感じた。
それは私の腕の中にある、引継書に注がれていた。
☆
「あー、もう。いつまで歩けばいいの……」
城の庭が広すぎて、入口の扉へたどり着けない。
門をくぐった直後は、美しい花や、豪華な噴水に心を躍らせた。
しかし今となっては早く着いて、挨拶を終えて、家に戻って寝たい。
「お兄様も仕事があるって、門の前で帰っちゃったしなー」
兄と言えば、と、彼に言われたことを思い出した。
「そういえば、アリシアは魔法が使えるんだっけ……」
この世界では金、水、木、火、土、いずれかに属する魔法が使える。
属性は生まれた時から一つ決まっていて、変えることができない。
皆は自分の属する魔法しか使えないが、アリシアは全属性の魔法が使える。
引継書にも書かれていた。それこそが、彼女が最強と呼ばれる理由だと。
辺りを見渡した。誰もいない。
「城なら1人くらいいても良いはずだけどね。ま、ちょうど良いか」
能力を隠すには好都合だ。私は引継書の、魔法のページを開いた。
そこには魔法の使い方が書かれている。ご丁寧に、属性別で、超詳細に。
前任者の細かい性格に感謝だ。絶対に上司にしたくないタイプだけど。
書かれている通り、地面を触った。
「『土を感じ、完成系をイメージして叫ぶ』ね。出でよ、ゴーレム!」
ゴゴゴゴゴゴゴ、という音と共に、一気に上に押し上げられた。
「やばい、落ちる!助けて!」
すると、何かが私をそっと掴み、上に引き上げてくれた。
それは、四メートルはあるであろう、石の巨人。
ゴーレムが肩に乗せてくれたのだった。
「ありがとう。このまま入口まで乗せて行ってくれる?」
ゴーレムは茶色い目を光らせて、うなずいた。
歩き始めて、また振り落とされそうになる。私は慌てて叫んだ。
「ゴ、ゴーレム、私を落ちないように支えて!」
大きな岩の手が、私を肩に固定してくれた。
命令は聞くけど、他のことは指示を出さないといけないらしい。
城へ急いだ方が良さそうだ。そう思い、私は言った。
「ゴーレム、走れる?一目散に、城を目指して!」
指示に忠実なゴーレムは、猛スピードで走り出した。
しかし―――
「ぎゃああああ!」「何だ、この化け物!」「やめてくれ!」
次々と聞こえてくる悲鳴に、気が付いた。
「下にいる人間を踏みつぶしてはいけない」と言い忘れたことを。
あっという間に、城の前に到着した。
恐る恐る、振り返る。そこではゴーレムに踏みつぶされた人達が、のびていた。
☆
ゴーレムに消えてもらい、私は頭を抱えていた。
「ど、どうしよう。誰かいないのかな」
そこで門をくぐった時から感じていた、違和感の正体に気が付いた。
城には見張りがいるはずだ。1人もいないのは、何かが変だ。
家に帰ろうかどうしようか考えていると、背後から声をかけられた。
「すみません。もしかして、あなたがアリシア様ですか?」
彼は庭師だった。
美しい水色の髪。はっとするほど青い目。端正な顔立ち。
思わず見とれていると、彼は言葉を続けた。
「命を救っていただき、ありがとうございます」
「え?」
「突然の襲撃で、兵士も全員倒されて……僕も殺される直前だったんです」
「あの、あなたは?」
「あぁ、申し遅れました。僕はユーリ。第三王子です」
☆
王子なのに庭師の服装をしている。コスプレ好きなのだろうか。
彼は気まずそうに顔を伏せた。
「こんな格好ですみません。噴水の手入れをしていたんです」
長いまつ毛が影を作る。透き通るような声で、彼は続けた。
「そうしたら、植木に潜んでいた暗殺者たちに襲われてしまって……」
ぱっと明るい顔になり、私の手を取った。
「でも貴女のお陰で助かりました。土の属性なんですね、知りませんでした」
「は、はい。土の属性なんです」
とっさに、でまかせが口から出た。魔法を使えない設定よ、さようなら。
「挨拶だけと仰っていましたが、お礼をさせてください。どうぞ、城の中へ」
「いや、挨拶だけで帰ろうかと……」
彼が手をかざすと、扉が大きな音を立てて開いた。
中には、感じの良い空間が広がっていた。装飾は派手すぎず、品が良い。
せっかくだから、見てみたくなった。
どうせ偽装結婚だ。暗殺を終えれば、二度と城へは来ないだろう。
この調子だと、彼が殺されるのは時間の問題だ。私が手を下すまでもない。
「やっぱり、お邪魔します」
「そうこなくてはね」
ユーリの微笑みに、体の力が抜けていく。
第三王子が癒し系だとは、引継書に書かれていなかった。
この後しばらく城の外に出れないことも、引継書に書かれていなかった。
☆
謁見の間に入ると、国王と王妃が出迎えてくれた。
「おお、君がアリシアか!」
「息子の命を救っていただき、感謝するわ」
二人とも美男美女。そして、すごく歓迎してくれている。
何だかやりにくい。偽装結婚と聞いていたから、塩対応を覚悟していたから。
「食堂で、ささやかな祝いの席を用意した。良ければご一緒しよう」
王とユーリが先に向かい、王妃と私だけが残った。
ブロンド美女の彼女は、そっと声をかけてきた。
「今回の話、貴女は本当に良いの?見たところ、まだ若いから」
偽装結婚の話だろうか。答えあぐねていると、彼女は言葉を続けた。
「ユーリと結婚して、早々に子供を産むなんて……」
「え!?」
王女の話では、こうだ。
唯一の正妻の子であるユーリは、他の王妃たちから命を狙われている。
ユーリの王位継承は確実だからだ。
しかも彼が子供、つまり王にとっての孫を作れば、直ちに王位は継承される。
彼が早く子供を作れば良いのだが、その気がない。王位継承にも興味がない。
「ユーリ王子に王位継承権を破棄させれば良いじゃないですか」
「他の王子が王になると、彼の扱いがどうなるか分からないわ。最悪、処刑ね」
王妃は彼が命を狙われないように、早く結婚して子供を作って欲しいのだろう。
「今までは私があの子を守ってた。王女も守るつもりでいたけど、もう私は長くないの」
よく見ると、王妃の顔色は色白を通り越して、青白い。まさに薄幸の美女だ。
あらゆる気苦労を経験した者が見せる、人生への疲労感も漂っていた。
「そんな……」
王妃の絶望は、生前の会社のパワハラ先輩やクソ上司を思い出させた。
自分の出世のためには、他人を駒のように使い、何とも思わない奴ら。
それで潰れた同僚や後輩を、何人も見て来た。私の親友も、今まさに王妃も―――
「大丈夫です。安心してください」
無意識に口から出た言葉は、自分でも驚くほど大きかった。
「ユーリ王子と王妃は、殺させません。私も死にません」
「ありがとう。アリシアが来てくれて良かった。頼りにしてるわ、小さな王女様」
王妃は微笑んだ。笑い方がユーリに似ている。周りの人を癒す、不思議な力だ。
この微笑みを守るためなら、何だってできる。
でも王女でいるには、力を隠さなくてはならない。
暗殺一家の悪役令嬢なんてバレたら、おしまいだ。能力を隠しながら行こう。
ふと、王妃からの視線を感じた。
心を読まれたと思ってどきりとしたが、彼女は言った。
「アリシア、着替えて行かない?ゴーレムを作った偉業が、残ってるわよ」
そこで私は、ドレスが土まみれであることに気が付いた。
☆
食堂に行くと、国王とユーリ王子が歓声を上げた。
「わあ、ドレスを着替えたのですね。アリシア!」
「先程の深紅のドレスも似合っていたが、白も素敵だな」
テーブルの上には、ご馳走が並んでいる。
それらを見つめていると、もう1人、男性がいることに気が付いた。
「お前がアリシアか!俺はイオ。よろしくな!」
彼は赤毛の好青年だった。完璧な身体で、恐ろしいくらい健康な印象を受けた。
「彼は兄の第一王子です。アリシアにどうしても会いたいと言って……」
「良いじゃないか、ユーリ。大事な弟の婚約者だろ?」
二人は仲が良さそうだ。もっと兄弟同士で、ぎすぎすしていると思っていた。
案外、親同士が争っているだけで、弟思いなのかもしれない。
和やかな気持ちで席につきかけると、ユーリは言った。
「すみません。少し、席を外さなくてはならなくて。すぐ戻りますね」
そうして家来に連れられて、足早に去って行った。
ユーリが去ると、待ってましたとばかりにイオが言った。
「なあ、アリシア。バトルしようぜ!」
「え?」
「刺客をゴーレムでぶちのめしたらしいじゃねえか!すげえよ!」
王たちから、尊敬の視線を感じる。非常にまずい。
「い、いえ。あれは偶然で……」
「謙遜するなよ。ますます燃えるな。ほら、戦おう、ぜっ!」
彼が剣を抜くと、先から炎が出てきた。
それは私が座ろうとしていた椅子に命中し、私は慌てて席を立った。
「っ、あぶな!」
「俺の剣を手から落としたら勝ちな!弟の妻として、認めてやるよ!」
剣から炎が出てきて、私は逃げ続けた。
食卓に座る王妃は心配そうに見つめている。
先程、王妃に誓ったばかりだ。「王子を守る」と。
それに、テーブルの上のご馳走が気になる。
私は空腹だった。朝は眠気と緊張で、ほとんど食事が喉を通らなかった。
「全く、どいつもこいつも……」
早く終わらせよう。そう決意して、床に手をついた。
幸いユーリはいないから、ゴーレムくらい良いだろうし。
大理石で出来た床は、ひんやりと冷たい。土の力を感じながら、私は叫んだ。
「出てきて、ゴーレム!」
地響きが起きた。先程とは違う、大理石でできたゴーレムが地中から現れた。
食卓から王たちの歓声が上がる。
「いや、感心してないで助けて欲しいんだけど……」
「さすがだな!こんなデカいの、すぐ作るなんて!」
「ゴーレム、イオ王子の剣を奪って!」
ゴーレムはイオの元へ突撃した。しかし、彼は余裕の笑みを浮かべている。
「ほら、これが欲しいんだろ?奪ってみろよ!」
イオは剣をゴーレムへ差し出した。次の瞬間、炎がゴーレムを焼き尽くした。
ゴーレムは消え、代わりに膨大な灰が、バラバラと食堂に降り注いでいた。
「灰?そういえば、引継書に書いてあったな」
属性には相性がある。火と土の相性は良い。燃え尽きた火は灰=土になる。
「ほらほら、逃げてるだけか?!」
イオの炎から逃げながら、私は引継書の土のページを思い出していた。
「相性が良い属性が交わると、新たな力を生む……そうだ!」
灰が最も多く集まっている場所を探す。先程、ゴーレムが消えたところだ。
そこへ向かって走り、灰の山に飛び込んだ。
「はっ、ヤケでも起こしたか?灰ごと燃やし尽くしてやる!」
イオが叫ぶと、灰に向かって炎が勢いよく発射される。
暑さに耐えながら、私は灰まみれになって、小さく呪文を唱えた。
「土と火より蘇れ。汝の名は……」
一瞬の沈黙が訪れ、炎は消えていった。
灰にまみれて座り込む私の元に、イオが近付いてきた。
「勝負あったな、アリシア。怪我はないか?一応、火傷しない炎にしたんだけど」
彼は私に手を差し伸べた。私は手を取らず、無言で見上げた。
「ごめんな。強い奴に会えて、嬉しくて。つい熱くなっちゃってさ」
「いえ、お気になさらず。勝負は私の勝ちなので」
「は?何を言ってるんだ?剣は俺の手に……」
突然、彼の背後から全長2メートルほどの鳥が飛んできた。
そして瞬く間に、彼の手から剣を奪って行った。
金色の冠毛を持ち、身体は真紅だが尾は青く、何本か薔薇色の羽毛もある。
「ありがとう、フェニックス」
不死鳥は、私の元へ舞い戻ってきた。くちばしでつまんだ剣を、そっと差し出す。
黄金色に輝く午後。まるで王女に、宝物を献上するかのように。
☆
お祝いの席は場所を変え、庭で行われることになった。
夢にまで見た、アフタヌーンティー。生前には高くて行けなかったのだ。
美しいケーキや香ばしいスコーンは、まるで小さな宝石のようだ。
お腹を幸せで満たしていたら左隣から、イオの大きな声が響いた。
「だーかーらー。アリシアは俺と結婚するの!」
あのバトルによって、どうやらイオ王子に気に入られてしまったらしい。
右隣のユーリ王子は、優雅に紅茶を飲みながら平然と言い返した。
「いいえ、兄さん。彼女は僕の妻として城に来たんですよ」
「こんなすごい女、お前にもったいないから!長男の言うこと聞けよ!」
「はは。お母さんが違いますからね?」
「ユーリ、てめえ!」
ユーリは黒い笑みを浮かべている。何気なく、すごいこと言ってるし。
彼は柔和な笑みを崩さず、しかし冷たい声で言い放った。
「僕のアリシアを傷つけようとしたこと、許してませんからね」
「いや、あいつ超強いぞ。かわいい顔してるけど……」
二人の視線が、私に集まる。紅茶の茶葉を選んでいたが、中断した。
「はい、何のことでしょう?」
「しらばっくれんなよ!もう一回バトルだ!俺が勝ったら、俺の嫁になれ!」
「絶対に嫌です。て言うか、食べさせてください!」
彼らと私を眺めながら、王妃は王に向かって微笑んだ。
「こんなに賑やかなお茶会、久しぶりね」
「ああ。アリシアは、うまく城でやっていけそうだな」
王の言葉が耳に入って来て、昨晩の兄の言葉が蘇った。
―――「挨拶で婚約破棄されたら嫌だろ」
私は不安になった。婚約破棄されないだろうか。
口を開きかけた瞬間、庭の中央にある噴水から、勢いよく水が吹き出てきた。
水はくねくねと、リズミカルに形を変える。まるで求愛のダンスのようだ。
全員が見とれている。私はユーリが噴水の手入れをしていたことを思い出した。
「あれ、ユーリ王子がやったんですか?」
「ええ。僕がアリシアのために、ちょっと細工をしました」
やがて水は花火のように打ちあがり、大きなハートマークとなった。
「ようこそ、お城へ。僕の妻として、歓迎します」
彼は微笑み、私の手を優しく取った。
「もう敬語はいりませんよ。ユーリと呼んでください」
「ユーリは敬語のままなの?」
「ええ、僕は癖なので。たまに本心が出ると、敬語を忘れますが。はは」
いつか本心も聞いてみたい気もするが、聞かない方が良いかもしれない。
私はユーリの手を握り返した。
そんな私の灰まみれのドレスを見ながら、イオはつぶやいた。
「あれ?フェニックスって、土と火の属性、両方ないと使えないはずじゃ?」
「に、庭でたまたま見つけたの」
「ふーん?ま、2つの属性が使えるわけないもんな」
何とか騙せた。そんな安心感から、眠気が押し寄せて来た。
お腹もいっぱいになってきた。婚約もうまくいった。
家に戻り、温かいお風呂に入ろう。やっとゆっくりできそうだ。
そんな期待は、王の一言によって裏切られた。
「みんな。今夜、他の王子達もアリシアのことを見に来るらしいぞ!」
場が一気に湧いて、歓声が上がった。
「ゴーレムを作って、フェニックスを召喚したこと、みんなに言わなきゃな!」
「全く、ライバルが増えそうですね……」
「あらあら。みんなアリシアが大好きなのね」
喜びに沸く皆の横で、私は頭を抱えた。
「これなら家にいた方が楽だったのか……でも暗殺は嫌だし……」
ぶつぶつと独り言を呟く私を、ユーリは抱き寄せた。
「もう家には戻らせませんよ。部屋を用意してあります」
「えぇ……」
この際、誰でも良い。助けを求めて、イオの方を見た。
すると、彼はやれやれと言った様子で首を振った。
「あー。ユーリは兄弟の中で一番、執着するタイプだからな」
「愛情深いタイプと呼んで欲しいですね、兄さん」
「お、素敵な響きだな」
「二人とも、こんな時だけ意気投合しないでくれる?」
城の庭に、笑い声が響いた。
穏やかな昼下がり。太陽は真上で輝き、ぽかぽかと温かい。
大丈夫。きっと、うまくやっていける。
ここは、アリシアを溺愛してくれる人ばかりだから。
きらきらと輝く水しぶきの名残は、そんな予感を抱かせた。
辺りを見渡すと、やたら部屋が広い。というか、広すぎる。
「ここ、どこ……?」
いつもと声も違う。風邪を引いたのだろうか。
だんだん目が暗闇に慣れて来た。
ベッドサイドにナイトテーブルがあり、その上に置かれたライトをつけた。
一冊の本が目に入る。表紙に『引継書』と書かれている。
前書きには「アリシア・ベルモントに転生した人へ」と書かれている。
「えっと、『スムーズにアリシアの人生を送れるよう、記録を残す』……?」
読み進めると、どうやら著者は、私の前にアリシアとして生きた人らしい。
「『必ず読め。命がいくつあっても足りないし、死亡ルート多すぎるから』!?」
その先には業務日誌のように、引き継ぎ事項がびっちりと記載されていた。
どうやら私は「アリシア・ベルモント」に転生したらしい。
有名な暗殺一家、ベルモント家の長女、つまり悪役令嬢。
アリシアの実力は「魔法を無限に使える、マジ強い、国で最強」と書かれている。
「ふーん。でも私は普通のOLだったし、人を殺したことなんてないんだけどなー」
引継書を眺めているうちに、なんだか面倒臭くなってきた。
「とりあえず、寝よう」
そうすれば、あのワンルームマンションに戻れるだろう。みじめで狭い部屋に。
しかし、それは叶わなかった。
コンコン、と控えめなノック音に、低いテノールの声が続いたからだった。
「アリシア様。エリオット様がお部屋に来るようにとのことです」
「えー?もう、寝たいんだけど」
扉の奥で、執事は黙り込んだ。
「死亡ルート」という言葉を思い出し、ベッドから飛び起きて、引継書をめくる。
「『エリオット・ベルモント。5人兄弟の長男。呼び方は「お兄様」、敬語で話すこと。彼の命令は絶対。逆らうと拷問される。言い訳も通じない』!?」
私は扉へ向かって叫んだ。
「今の嘘!やっぱり行く!」
広い部屋を手探りで進み、扉へ近付いた時。壁にかけてある鏡が目に入った。
「え?これが私……?」
艶やかな黒髪。真っ白な肌。深紅のドレス。絶世の美女だ。少し顔がきついけど。
思わず見とれていると、扉の向こうから、申し訳なさそうに執事が言った。
「アリシア様、あまりエリオット様を待たせない方が……」
「やば!すぐ行く!」
☆
飾り気のない部屋に、いかにも高そうな家具が配置されている。
シンプルで座り心地の良さそうなソファに、エリオットは腰かけていた。
豊かな栗色の長髪。端正で、完璧な容姿。手足は長く、モデルみたいだ。
ポンポン、と隣を叩かれる。来い、という意味だろうか。
兄の隣に腰かけると、優しく頭を撫でられた。
「アリシア、おめでとう。お前は暗殺者ランキング十位に入った」
「あ、ありがとうございます。お兄様」
素直に喜べない私に、エリオットは微かに眉をひそめた。
「どうしたの?すごいことじゃないか。もっと喜ぶかと思ったけど」
「あの、私は何名程、人を殺してたのでしょうか?」
「さあ。十歳で暗殺デビューして、今、二十歳だろ?だから……数えきれないな」
お前は今まで食べたパンの数を覚えてないだろ、と言うわけだ。
「……で、もう充分に暗殺者としての力が備わったから、お前に新たな依頼だよ」
「何でしょうか」
「王子の暗殺だ」
私は息を呑んだ。引継書によると、この国は絶対王政だ。
絶大な権力を持つ王の息子、王子の暗殺なんてできるわけがない。
不安な顔をしていたのだろうか。エリオットは子供をあやすように優しく言った。
「そんな顔しないでよ。俺も、かわいい妹を死なせるつもりはないからさ。まず、王子と結婚してもらうことにした」
「え!?」
「王女なら隙をつけるだろうし。すぐには難しいから、一年の猶予をやるよ」
「……」
「どうする?嫌なら弟にやらせるよ。他の依頼も来てるしね」
このまま家にいると、暗殺をしなくてはならない。人を殺すのは嫌だ。
まだ一年は手を汚さずに済む、王女の方が良い。
「分かりました」
「さすがだ。ベルモント家の長女として、やるべきことを分かってるね」
前祝いだよ、と兄が言うと、いつの間にいたのか、執事がシャンパンを開けた。
そのシャンパンは、今までに飲んだどれよりも美味しかった。
OL時代の安月給では、一生かかっても味わえなかったかもしれない。
テーブルには、チーズやパン、ナッツなどのおつまみも並んでいる。
どれも驚くほど美味しい。今まで食べていたものは何だったのだろう。
夢中で食べていると、エリオットから見つめられていることに気付いた。
「何でしょうか?」
「別に。かわいいな、と思っただけだよ」
淡々と無表情で言う兄に、調子が狂う。
他の兄弟もおかしいに決まっている。人を殺してるんだから。
早く城へ逃げよう。そう思い、私は兄に言った。
「いつ城へ行くんですか?なるべく早く行きたいです」
「本当に?えらいじゃないか。今までは縁談も全部断って『家が居心地いいから、絶対に出て行かない!』って言い張ってたのに」
それは引継書に書いていなかったな、と思った。
「かわいかったよ。『将来はお兄様と結婚する!』って言ってね」
それも引継書に書いていなかった。
兄は執事と「明日挨拶に行くよう、王子に伝えて」と話している。
それを聞きながら、シャンパングラスに手を伸ばした矢先、
「はい、おしまい」と、兄にグラスを取り上げられた。
「じゃ、教養のおさらいね。まずは、この国の歴史から……」
「え?」
「相手は王子だよ。身分は偽装したけど、挨拶で婚約破棄されたら嫌だろ」
こうして夜通し、歴史や政治や魔法など『異世界の常識』を叩きこまれた。
☆
世間には様々な女性がいる。
目下のところ異世界のアリシアは、完徹で婚約者の元へ向かっていた。
城へ向かう馬車の中で、兄にぺちぺちと頬を叩かれる。
「うう。眠い……」
「遅くまで頑張ったね。でも驚いたな。ほとんど忘れてたから」
確かに兄のお陰で、この世界のことはだいたい理解できた。
寝ようとすると、ほっぺをつねられた。
「ほら、今から復習。この大陸の地理は?」
「金の国、水の国、木の国、火の国、土の国。五つの国で成り立っています」
「そう。どこにも属さない『風の民』もいる。今、俺たちがいるのは?」
「水の国です。国王と王女には、五人の王子がいます」
「辺境の貴族令嬢ってことになってる、アリシアが嫁ぐのは?」
「第三王子、水の使い手。暗殺一家だとばれないように、能力は隠します」
「うん、魔法も使わない方が良いね。よくできました。着くまで寝て良いよ」
兄が肩を貸してくれ、私はもたれかかった。
さわやかな香水の、良い匂いがする。
生前は彼氏がいなかったから、男の人の匂いを嗅ぐのは久々だった。
まどろみ、瞳を閉じかける。眠りに落ちる直前、兄の視線を感じた。
それは私の腕の中にある、引継書に注がれていた。
☆
「あー、もう。いつまで歩けばいいの……」
城の庭が広すぎて、入口の扉へたどり着けない。
門をくぐった直後は、美しい花や、豪華な噴水に心を躍らせた。
しかし今となっては早く着いて、挨拶を終えて、家に戻って寝たい。
「お兄様も仕事があるって、門の前で帰っちゃったしなー」
兄と言えば、と、彼に言われたことを思い出した。
「そういえば、アリシアは魔法が使えるんだっけ……」
この世界では金、水、木、火、土、いずれかに属する魔法が使える。
属性は生まれた時から一つ決まっていて、変えることができない。
皆は自分の属する魔法しか使えないが、アリシアは全属性の魔法が使える。
引継書にも書かれていた。それこそが、彼女が最強と呼ばれる理由だと。
辺りを見渡した。誰もいない。
「城なら1人くらいいても良いはずだけどね。ま、ちょうど良いか」
能力を隠すには好都合だ。私は引継書の、魔法のページを開いた。
そこには魔法の使い方が書かれている。ご丁寧に、属性別で、超詳細に。
前任者の細かい性格に感謝だ。絶対に上司にしたくないタイプだけど。
書かれている通り、地面を触った。
「『土を感じ、完成系をイメージして叫ぶ』ね。出でよ、ゴーレム!」
ゴゴゴゴゴゴゴ、という音と共に、一気に上に押し上げられた。
「やばい、落ちる!助けて!」
すると、何かが私をそっと掴み、上に引き上げてくれた。
それは、四メートルはあるであろう、石の巨人。
ゴーレムが肩に乗せてくれたのだった。
「ありがとう。このまま入口まで乗せて行ってくれる?」
ゴーレムは茶色い目を光らせて、うなずいた。
歩き始めて、また振り落とされそうになる。私は慌てて叫んだ。
「ゴ、ゴーレム、私を落ちないように支えて!」
大きな岩の手が、私を肩に固定してくれた。
命令は聞くけど、他のことは指示を出さないといけないらしい。
城へ急いだ方が良さそうだ。そう思い、私は言った。
「ゴーレム、走れる?一目散に、城を目指して!」
指示に忠実なゴーレムは、猛スピードで走り出した。
しかし―――
「ぎゃああああ!」「何だ、この化け物!」「やめてくれ!」
次々と聞こえてくる悲鳴に、気が付いた。
「下にいる人間を踏みつぶしてはいけない」と言い忘れたことを。
あっという間に、城の前に到着した。
恐る恐る、振り返る。そこではゴーレムに踏みつぶされた人達が、のびていた。
☆
ゴーレムに消えてもらい、私は頭を抱えていた。
「ど、どうしよう。誰かいないのかな」
そこで門をくぐった時から感じていた、違和感の正体に気が付いた。
城には見張りがいるはずだ。1人もいないのは、何かが変だ。
家に帰ろうかどうしようか考えていると、背後から声をかけられた。
「すみません。もしかして、あなたがアリシア様ですか?」
彼は庭師だった。
美しい水色の髪。はっとするほど青い目。端正な顔立ち。
思わず見とれていると、彼は言葉を続けた。
「命を救っていただき、ありがとうございます」
「え?」
「突然の襲撃で、兵士も全員倒されて……僕も殺される直前だったんです」
「あの、あなたは?」
「あぁ、申し遅れました。僕はユーリ。第三王子です」
☆
王子なのに庭師の服装をしている。コスプレ好きなのだろうか。
彼は気まずそうに顔を伏せた。
「こんな格好ですみません。噴水の手入れをしていたんです」
長いまつ毛が影を作る。透き通るような声で、彼は続けた。
「そうしたら、植木に潜んでいた暗殺者たちに襲われてしまって……」
ぱっと明るい顔になり、私の手を取った。
「でも貴女のお陰で助かりました。土の属性なんですね、知りませんでした」
「は、はい。土の属性なんです」
とっさに、でまかせが口から出た。魔法を使えない設定よ、さようなら。
「挨拶だけと仰っていましたが、お礼をさせてください。どうぞ、城の中へ」
「いや、挨拶だけで帰ろうかと……」
彼が手をかざすと、扉が大きな音を立てて開いた。
中には、感じの良い空間が広がっていた。装飾は派手すぎず、品が良い。
せっかくだから、見てみたくなった。
どうせ偽装結婚だ。暗殺を終えれば、二度と城へは来ないだろう。
この調子だと、彼が殺されるのは時間の問題だ。私が手を下すまでもない。
「やっぱり、お邪魔します」
「そうこなくてはね」
ユーリの微笑みに、体の力が抜けていく。
第三王子が癒し系だとは、引継書に書かれていなかった。
この後しばらく城の外に出れないことも、引継書に書かれていなかった。
☆
謁見の間に入ると、国王と王妃が出迎えてくれた。
「おお、君がアリシアか!」
「息子の命を救っていただき、感謝するわ」
二人とも美男美女。そして、すごく歓迎してくれている。
何だかやりにくい。偽装結婚と聞いていたから、塩対応を覚悟していたから。
「食堂で、ささやかな祝いの席を用意した。良ければご一緒しよう」
王とユーリが先に向かい、王妃と私だけが残った。
ブロンド美女の彼女は、そっと声をかけてきた。
「今回の話、貴女は本当に良いの?見たところ、まだ若いから」
偽装結婚の話だろうか。答えあぐねていると、彼女は言葉を続けた。
「ユーリと結婚して、早々に子供を産むなんて……」
「え!?」
王女の話では、こうだ。
唯一の正妻の子であるユーリは、他の王妃たちから命を狙われている。
ユーリの王位継承は確実だからだ。
しかも彼が子供、つまり王にとっての孫を作れば、直ちに王位は継承される。
彼が早く子供を作れば良いのだが、その気がない。王位継承にも興味がない。
「ユーリ王子に王位継承権を破棄させれば良いじゃないですか」
「他の王子が王になると、彼の扱いがどうなるか分からないわ。最悪、処刑ね」
王妃は彼が命を狙われないように、早く結婚して子供を作って欲しいのだろう。
「今までは私があの子を守ってた。王女も守るつもりでいたけど、もう私は長くないの」
よく見ると、王妃の顔色は色白を通り越して、青白い。まさに薄幸の美女だ。
あらゆる気苦労を経験した者が見せる、人生への疲労感も漂っていた。
「そんな……」
王妃の絶望は、生前の会社のパワハラ先輩やクソ上司を思い出させた。
自分の出世のためには、他人を駒のように使い、何とも思わない奴ら。
それで潰れた同僚や後輩を、何人も見て来た。私の親友も、今まさに王妃も―――
「大丈夫です。安心してください」
無意識に口から出た言葉は、自分でも驚くほど大きかった。
「ユーリ王子と王妃は、殺させません。私も死にません」
「ありがとう。アリシアが来てくれて良かった。頼りにしてるわ、小さな王女様」
王妃は微笑んだ。笑い方がユーリに似ている。周りの人を癒す、不思議な力だ。
この微笑みを守るためなら、何だってできる。
でも王女でいるには、力を隠さなくてはならない。
暗殺一家の悪役令嬢なんてバレたら、おしまいだ。能力を隠しながら行こう。
ふと、王妃からの視線を感じた。
心を読まれたと思ってどきりとしたが、彼女は言った。
「アリシア、着替えて行かない?ゴーレムを作った偉業が、残ってるわよ」
そこで私は、ドレスが土まみれであることに気が付いた。
☆
食堂に行くと、国王とユーリ王子が歓声を上げた。
「わあ、ドレスを着替えたのですね。アリシア!」
「先程の深紅のドレスも似合っていたが、白も素敵だな」
テーブルの上には、ご馳走が並んでいる。
それらを見つめていると、もう1人、男性がいることに気が付いた。
「お前がアリシアか!俺はイオ。よろしくな!」
彼は赤毛の好青年だった。完璧な身体で、恐ろしいくらい健康な印象を受けた。
「彼は兄の第一王子です。アリシアにどうしても会いたいと言って……」
「良いじゃないか、ユーリ。大事な弟の婚約者だろ?」
二人は仲が良さそうだ。もっと兄弟同士で、ぎすぎすしていると思っていた。
案外、親同士が争っているだけで、弟思いなのかもしれない。
和やかな気持ちで席につきかけると、ユーリは言った。
「すみません。少し、席を外さなくてはならなくて。すぐ戻りますね」
そうして家来に連れられて、足早に去って行った。
ユーリが去ると、待ってましたとばかりにイオが言った。
「なあ、アリシア。バトルしようぜ!」
「え?」
「刺客をゴーレムでぶちのめしたらしいじゃねえか!すげえよ!」
王たちから、尊敬の視線を感じる。非常にまずい。
「い、いえ。あれは偶然で……」
「謙遜するなよ。ますます燃えるな。ほら、戦おう、ぜっ!」
彼が剣を抜くと、先から炎が出てきた。
それは私が座ろうとしていた椅子に命中し、私は慌てて席を立った。
「っ、あぶな!」
「俺の剣を手から落としたら勝ちな!弟の妻として、認めてやるよ!」
剣から炎が出てきて、私は逃げ続けた。
食卓に座る王妃は心配そうに見つめている。
先程、王妃に誓ったばかりだ。「王子を守る」と。
それに、テーブルの上のご馳走が気になる。
私は空腹だった。朝は眠気と緊張で、ほとんど食事が喉を通らなかった。
「全く、どいつもこいつも……」
早く終わらせよう。そう決意して、床に手をついた。
幸いユーリはいないから、ゴーレムくらい良いだろうし。
大理石で出来た床は、ひんやりと冷たい。土の力を感じながら、私は叫んだ。
「出てきて、ゴーレム!」
地響きが起きた。先程とは違う、大理石でできたゴーレムが地中から現れた。
食卓から王たちの歓声が上がる。
「いや、感心してないで助けて欲しいんだけど……」
「さすがだな!こんなデカいの、すぐ作るなんて!」
「ゴーレム、イオ王子の剣を奪って!」
ゴーレムはイオの元へ突撃した。しかし、彼は余裕の笑みを浮かべている。
「ほら、これが欲しいんだろ?奪ってみろよ!」
イオは剣をゴーレムへ差し出した。次の瞬間、炎がゴーレムを焼き尽くした。
ゴーレムは消え、代わりに膨大な灰が、バラバラと食堂に降り注いでいた。
「灰?そういえば、引継書に書いてあったな」
属性には相性がある。火と土の相性は良い。燃え尽きた火は灰=土になる。
「ほらほら、逃げてるだけか?!」
イオの炎から逃げながら、私は引継書の土のページを思い出していた。
「相性が良い属性が交わると、新たな力を生む……そうだ!」
灰が最も多く集まっている場所を探す。先程、ゴーレムが消えたところだ。
そこへ向かって走り、灰の山に飛び込んだ。
「はっ、ヤケでも起こしたか?灰ごと燃やし尽くしてやる!」
イオが叫ぶと、灰に向かって炎が勢いよく発射される。
暑さに耐えながら、私は灰まみれになって、小さく呪文を唱えた。
「土と火より蘇れ。汝の名は……」
一瞬の沈黙が訪れ、炎は消えていった。
灰にまみれて座り込む私の元に、イオが近付いてきた。
「勝負あったな、アリシア。怪我はないか?一応、火傷しない炎にしたんだけど」
彼は私に手を差し伸べた。私は手を取らず、無言で見上げた。
「ごめんな。強い奴に会えて、嬉しくて。つい熱くなっちゃってさ」
「いえ、お気になさらず。勝負は私の勝ちなので」
「は?何を言ってるんだ?剣は俺の手に……」
突然、彼の背後から全長2メートルほどの鳥が飛んできた。
そして瞬く間に、彼の手から剣を奪って行った。
金色の冠毛を持ち、身体は真紅だが尾は青く、何本か薔薇色の羽毛もある。
「ありがとう、フェニックス」
不死鳥は、私の元へ舞い戻ってきた。くちばしでつまんだ剣を、そっと差し出す。
黄金色に輝く午後。まるで王女に、宝物を献上するかのように。
☆
お祝いの席は場所を変え、庭で行われることになった。
夢にまで見た、アフタヌーンティー。生前には高くて行けなかったのだ。
美しいケーキや香ばしいスコーンは、まるで小さな宝石のようだ。
お腹を幸せで満たしていたら左隣から、イオの大きな声が響いた。
「だーかーらー。アリシアは俺と結婚するの!」
あのバトルによって、どうやらイオ王子に気に入られてしまったらしい。
右隣のユーリ王子は、優雅に紅茶を飲みながら平然と言い返した。
「いいえ、兄さん。彼女は僕の妻として城に来たんですよ」
「こんなすごい女、お前にもったいないから!長男の言うこと聞けよ!」
「はは。お母さんが違いますからね?」
「ユーリ、てめえ!」
ユーリは黒い笑みを浮かべている。何気なく、すごいこと言ってるし。
彼は柔和な笑みを崩さず、しかし冷たい声で言い放った。
「僕のアリシアを傷つけようとしたこと、許してませんからね」
「いや、あいつ超強いぞ。かわいい顔してるけど……」
二人の視線が、私に集まる。紅茶の茶葉を選んでいたが、中断した。
「はい、何のことでしょう?」
「しらばっくれんなよ!もう一回バトルだ!俺が勝ったら、俺の嫁になれ!」
「絶対に嫌です。て言うか、食べさせてください!」
彼らと私を眺めながら、王妃は王に向かって微笑んだ。
「こんなに賑やかなお茶会、久しぶりね」
「ああ。アリシアは、うまく城でやっていけそうだな」
王の言葉が耳に入って来て、昨晩の兄の言葉が蘇った。
―――「挨拶で婚約破棄されたら嫌だろ」
私は不安になった。婚約破棄されないだろうか。
口を開きかけた瞬間、庭の中央にある噴水から、勢いよく水が吹き出てきた。
水はくねくねと、リズミカルに形を変える。まるで求愛のダンスのようだ。
全員が見とれている。私はユーリが噴水の手入れをしていたことを思い出した。
「あれ、ユーリ王子がやったんですか?」
「ええ。僕がアリシアのために、ちょっと細工をしました」
やがて水は花火のように打ちあがり、大きなハートマークとなった。
「ようこそ、お城へ。僕の妻として、歓迎します」
彼は微笑み、私の手を優しく取った。
「もう敬語はいりませんよ。ユーリと呼んでください」
「ユーリは敬語のままなの?」
「ええ、僕は癖なので。たまに本心が出ると、敬語を忘れますが。はは」
いつか本心も聞いてみたい気もするが、聞かない方が良いかもしれない。
私はユーリの手を握り返した。
そんな私の灰まみれのドレスを見ながら、イオはつぶやいた。
「あれ?フェニックスって、土と火の属性、両方ないと使えないはずじゃ?」
「に、庭でたまたま見つけたの」
「ふーん?ま、2つの属性が使えるわけないもんな」
何とか騙せた。そんな安心感から、眠気が押し寄せて来た。
お腹もいっぱいになってきた。婚約もうまくいった。
家に戻り、温かいお風呂に入ろう。やっとゆっくりできそうだ。
そんな期待は、王の一言によって裏切られた。
「みんな。今夜、他の王子達もアリシアのことを見に来るらしいぞ!」
場が一気に湧いて、歓声が上がった。
「ゴーレムを作って、フェニックスを召喚したこと、みんなに言わなきゃな!」
「全く、ライバルが増えそうですね……」
「あらあら。みんなアリシアが大好きなのね」
喜びに沸く皆の横で、私は頭を抱えた。
「これなら家にいた方が楽だったのか……でも暗殺は嫌だし……」
ぶつぶつと独り言を呟く私を、ユーリは抱き寄せた。
「もう家には戻らせませんよ。部屋を用意してあります」
「えぇ……」
この際、誰でも良い。助けを求めて、イオの方を見た。
すると、彼はやれやれと言った様子で首を振った。
「あー。ユーリは兄弟の中で一番、執着するタイプだからな」
「愛情深いタイプと呼んで欲しいですね、兄さん」
「お、素敵な響きだな」
「二人とも、こんな時だけ意気投合しないでくれる?」
城の庭に、笑い声が響いた。
穏やかな昼下がり。太陽は真上で輝き、ぽかぽかと温かい。
大丈夫。きっと、うまくやっていける。
ここは、アリシアを溺愛してくれる人ばかりだから。
きらきらと輝く水しぶきの名残は、そんな予感を抱かせた。
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