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第1章 歓迎! 戦慄の高天原

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 昼食は凛花先輩も聖女様もご一緒だ。
 何度か会っているけどもこのふたりと食事をするのは初めて。
 何を食べるのかと見ていたら凛花先輩は焼肉定食の大盛り。
 運動するし食べるよね。でもあんぱんじゃねぇのか。
 聖女様は四川麻婆豆腐。しかも辛さ増し増しっぽく表面が赤い。
 辛いものが嫌いなさくらがそれを見てひくついていた。


「なぁ、凛花先輩は聖女様とどういう関係だったんだ?」

「あ~、1年のとき偶然に出会ってな。強くなりたいって言ったら訓練と称して遠征に同行させられた」

「え? 1年生の時から?」


 2年生後半になると実技演習として学外にパーティーを組んで出ていく。
 だけど具現化もままならない1年生のうちから外へ連れ出されているとは。
 そりゃ強くなるよね、凛花先輩。


「そんとき聖女様は3年生だよな。下級生を連れていけるもんなの?」


 口にしてから、すっかり敬語が抜け落ちてる自分に気付く。
 なんかもういいや。この聖女様に敬語を使う必要性を感じなくなってきた。


「ええ。凛花は十分に才能があったから。ちょうど武さんのように」

「凛花先輩は武術やってたからお目に適ったんだろ。俺は単に魔力が多いだけじゃん」

「武様。それは謙遜ですの?」


 ソフィア嬢が眉根に皺を寄せ訝しげな表情で突っ込んでくる。


「え? いやだって。俺、そんな強くねぇだろ」

「・・・はぁ」


 え? そこで額に手を当てて首を振らなくても。
 レオンも同じ仕草で同調しないでくれよ。
 事実だろう。


「俺の話はいい。んで、凛花先輩は才能を見出されてその遠征に連れられて具現化リアライズの訓練をしたと?」

「実戦形式でね。いきなり魔物とご対面しながら訓練したのさ」

「げっ!」

「澪が身体再生ヒーリングを使えるからって怪我もお構いなしだ」

「・・・マジか」


 それは壮絶だ。
 今日の俺どころの話じゃねぇ。
 そんなスパルタすりゃ、聖女様も嫌われるわけだよ。


「実地で凛花も武さんも素早く具現化を身につけられた。間違っていない」

「いや、そうなんだけどさ!」


 否定したいけど否定できないこの悲しさよ。
 もう少しやり方に配慮してくれても良いんじゃないかと思うわけだ。
 ・・・聖女様は上級生だったから凛花先輩が逆らえなかったのもあんだろな。


「ところでよ。聖女様と凛花先輩に聞きたい」

「なぁに?」

「歓迎会の舞闘会で行われる宣誓の儀。あれで下級生を従わせてるって本当か?」

「そこまで調べたか。そのとおりだよ」

「うん。毎年、生徒会がトップに立つための儀式」


 やはり認知されていることなのか。
 だというのに止めようという気運が起きないのか、この学園は。


「凛花先輩。一昨年、あんたがそこで代表になっていた。違うか」

「さてね。言っただろう、主席の話はアタイの言う通り頑張ってからと」

「・・・つまり今日の指導を終えたら?」

「ああ。最後の課題をクリアしたら教えてあげよう」


 もうソフィア嬢のおかげで裏は掴めているのだけれども。
 先輩は最後まで話す気はないらしい。


「わかった。クリアしてみせる」

「言ったな? いちばんキツイ課題だぞ」


 凛花先輩はふっと口角をあげて俺を見据えた。
 セリフは俺を試しているというのに、その表情は優しかった。


「もうひとつ教えてくれ。どうして主席だけで舞闘会に参加することになるんだ?」

「あ~。参加できないからだね」

「参加できない? だって自分たちの意思が槍玉にあげられてんだろ。ひとりやふたり、飛び入りで参加しそうなもんだけどな」

「歓迎会の最初に、参加しない生徒たちは先輩たちから偏縛マインドベンドを受けるからよ」

偏縛マインドベンド?」

「特定の行動ができなくなる魔法。具現化の使えない1年生は抵抗レジストできない」

「・・・用意周到なんだな」


 聖女様の解説に納得。
 そういう状況になるよう仕組んでるわけか。
 そして今年は俺がずぶの素人だと事前情報で知ってるってか?
 それを逆手にとって凛花先輩は俺を仕込んでるんだよな。


「その偏縛マインドベンド祝福ブレス抵抗レジストできんの?」

「あら? そのために祝福を練習しているのかと思っていたわ」

「え?」

「え?」


 なんとまぁ。
 使い所はわからねぇけども少しでも前に進めておきたいという俺の努力の成果か。
 偶然とはいえ状況を改善する意味で、できるようになってて良かったよ。


「その、武さんに祝福をかけてもらえば、わたしたちも舞闘会に参加できるのですか?」

「ええ、偏縛マインドベンドは無効にできる。ただし参加して負けるなら同じ贄、つまり生徒会の下僕になると思うのだけれど」

「臨むところだ。唯々諾々と理不尽な命令を受けるつもりはない」


 レオンが身を乗り出して宣言する。


「認めていない方からの命令など唾棄すべきものですわ。わたくしも武様の横に並ばせてくださいませ」

「僕もやるよ!」

「武さん。オレも微力ながらご一緒に・・・」

「待て! お前らちょっと待て!!」


 ソフィア嬢もジャンヌも結弦も。
 参加できるとわかると血気にはやりやがって。


「具現化使う先輩たちとやり合うんだぞ!? 普通の武器じゃ駄目だ! ジャンヌもリアムも、俺がお前らの斧槍ハルベルトやM40の銃弾を簡単に弾いたのわかってんだろう!」

「でも見てるだけなんて我慢できないわよ!」

「意識を逸らすくらいの役には立ちます」

「馬鹿! それで負けたら学園にいる間、生徒会の下僕で同級生からは針の筵だぞ!」

「武さんおひとりに背負わせるわけにはいきません。わたしも一緒です」

「そういう同情で参加しようとするんじゃねぇ!」


 駄目だろこいつら! 自分の実力の位置をわかっちゃいねぇ。
 お前らはもっと先のことを見据えて自分を大事にしないといかん!
 主人公気質の勧善懲悪をここぞとばかりに発揮しやがって。


「そういう意味では俺は構わんだろう」

「待て。だからちょっと待て。状況を整理する」


 落ち着け俺。
 レオンだけはカリバーンを使えるからまだ良いとは思うけれども。
 他5人は本当に戦力になんのか?

 そもそもラリクエにおけるこの歓迎会のイベントの位置づけを考える。
 レオン以外の主人公では舞闘会を見学してそのまま終わるはずだ。
 だから宣誓の儀が行われ、先輩に命令される状況になったとしてもゲームの進行上影響はない。
 要するに魔王討伐に影響はないはずだ。だってクリアできるもん。

 今回はイレギュラーで俺が参加する。
 レオン以外が主人公のときと状況は同じはず。
 俺はモブだから、仮に負けて下僕になってもそれだけで済む。
 主人公連中に何ら影響しないはずだ。俺は嫌だけど!
 でも本来、下僕にならない主人公たちが下僕になっちゃ困るんだ。
 ゲーム的に詰む可能性が出てくる。


「・・・やっぱり駄目だ、お前らは傍観しててもらう。俺ひとりで参加する」

「賢明ね。無駄な犠牲を増やさないほうがいい」

「だからって俺が負ける前提で話さないで!」


 聖女様も応援したいのか見下したいのかはっきりしてよ!


「武さん、それは納得いきません」

「そうだ。手段があるのに使わない選択肢などないぞ」

「聖女様も止めとけって言ってんだろ」

「それでも参加したいのです」

「武くん、仲間外れは良くないよ!」

「自分の意思でやるって言ってるのよ!」


 ああもう、水掛け論になってきた。
 どう収拾つけりゃいいのよこれ。


「あ~、君たち。それならこうしたらどうだい」


 凛花先輩が騒いでいる中に割り込んだ。


「午後は実戦で武を鍛えるつもりだ。ついでと言っちゃなんだが順に武と勝負して勝ったら参加できるとしようか」

「ちょ、凛花先輩!」


 また勝手に条件を作ってんじゃねぇ!


「付け焼き刃ながら戦闘技術を身にした武に勝てるくらいじゃないと、具現化を使う連中には歯が立たないからね」

「わかった。俺はそれでいい」

「おい!」


 俺が止める間もなくレオンが賛同する。


「それがよろしいですわ、武様。わたくし達をみくびっていらっしゃるようですから」

「お前らが強ぇのは知ってる! だけど具現化を使う先輩相手だと違ぇだろ!」

「武、それをみくびっているというのじゃないか?」

「え?」


 凛花先輩が俺の肩を叩いた。
 俺は先輩の顔を見た。
 先輩は何故か笑っていた。


「お前はこれだけの仲間がいる。それもお前の力だろう」

「え・・・いや、そうじゃなくて! 仲間だから、こいつらを危険に晒したくねぇんだよ!」

「武さん!」


 さくらが強い口調で俺を呼びつける。
 今度はさくらの顔を見た。
 彼女も優しく笑っていた。


「ありがとうございます、それは貴方の優しさです。そのお気遣いはとても嬉しいです」

「ああ、だから・・・」

「ですが! わたしの想いも感じてください。貴方のお役に立ちたい。一緒に強くなるのですから!」

「・・・!」


 さくらの意思は強かった。
 銀色の睫毛の下から覗く、銀の瞳。
 俺はその瞳が伝える意志の力に射抜かれた。
 そして見ればレオンもソフィア嬢も結弦もジャンヌもリアム君も。
 皆、同じ瞳で俺を見ていた。

 俺はどきりとした。
 背筋が冷えてぞくりともした。
 俺は俺の意思で、俺の思う通りに進めるつもりでいた。
 だから強硬に主張しているのだ。
 だが実際はどうだ。
 こと、この場面で主人公たちは自分の意思を強く主張している。
 俺の意思で彼らの意思を捻じ曲げることなどできるのだろうか。
 ひとりの人間の意思を他人が操作するなんて。
 それこそ、生徒会の連中がやろうとしているようなことじゃないのか。 

 その彼らの意思。
 俺だけに背負わせないぞという共に戦う気概だ。
 凛花先輩の言うとおり俺はひとりじゃない。
 否応にもそれを感じさせられてしまう。


「・・・わかったよ。ただし、勝負で勝ったらな。手は抜かねぇぞ」

「はい! お願いします」


 結局、俺は折れた。
 負けなければ良いかという打算もあったかもしれない。
 だというのに、溜息をついたはずの俺の口角は自然と上がっていた。


「決まりね。安心して、即死しなければ回復できるから」

「物騒なこと言ってんじゃねぇ!」


 聖女様のサポート宣言に有り難みを感じながらも俺は気付いた。
 こいつらとやり合うってことは、俺か彼らが傷つくってことだ。
 はぁ、殴って傷つけるのは嫌なんだよなぁ。好きな連中だから尚更。
 やるしかねぇのか・・・これ。


「武、彼ら彼女らと、それぞれ6試合してから最後の課題だ」

「その最後の課題って何やんの?」

「その時に説明する。舞闘会に参加するやつには受けてもらいたいからな」

「?」


 凛花先輩も何を考えているのやら。
 ってちょっと待て。
 俺、6連戦してからその課題受けるんだよね?
 明日が本番なのに大丈夫なのかよ・・・。

 不安を感じつつ、俺は冷えてしまった食べかけの昼食をかきこんだのだった。



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