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第1章 歓迎! 戦慄の高天原

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■■レオン=アインホルン ’s View■■

 大剣ツヴァイハンダーを打ち合わせる。
 1合、2合、3合。
 ばぁん、ばぁん、ばぁん、と木を穿つ音が響く。


「ははは! やはりレオンの一撃は重くて良いな!」

「先輩も良い一撃だ!」


 俺と打ち合う先輩は大撃部の主将。
 先日、歓迎会で具現化リアライズ対決をしたばかり。
 だが俺たちは相変わらず物理武器で模擬戦をしていた。


「こうしている時間が! 大撃部の真骨頂!」

「同意するぞ!」


 俺たちは息を弾ませながら続けて打ち合う。
 全身の筋力を限界まで使って振り回すこの時間。
 通常の筋力トレーニングには無い、瞬発力や持久力をも鍛えてくれる。
 具現化で実力を発揮するための下地として必要な訓練だ。


「うおおおおぉぉぉぉ!」

「はああああぁぁぁぁ!」


 打ち合う速度が上がっていく。
 互いに限界まで振り回すことで、より筋力を鍛えるという目的があるからだ。
 息が切れ、無酸素状態で苦しくなっていく。
 その頂点に達する頃。
 ばがん、と破裂音が大きく鳴り響く。


「おお、折れたか」


 先輩の丸太を大剣が切断した。
 これが終了の合図となる。俺たちは手に持った武器を降ろした。
 軽く礼をして模擬戦を終えた。

 身体が激しく酸素を求める。短い呼吸を重ねて調子を整える。
 楽になってきた頃に気持ちの良い汗が吹き出てくる。
 そうしてタオルで汗を拭おうとしたところで鈴鳴りの声をかけられた。


「さすがですわね、見応えがありますわ」

「む、ソフィアか」


 珍しい。武と一緒でもないのに俺を訪ねてくるとは。
 ・・・そうか、例の件か。


「何か進展があったか?」

「はい、調べがつきましたわ。のちほど、お部屋にお邪魔したく」

「ああ。17時に居るようにする」

「承知しました。ごめんあそばせ」


 要件だけ伝えると、金の縦ロールをかきあげてソフィアは去っていった。
 あの貴族然とした華麗な態度が様になるのは高天原では彼女くらいのものだろう。
 ふと、国にいた頃に出席させられた社交界のことを思い出してしまう。
 あの偏屈な空間は想像するだけで虫酸が走る。
 権謀術数など裏暗い世界に足を踏み入れるくらいなら世界戦線のほうがマシだ。


「ふむ。戻るか」


 息が整ってから改めて時計を見ると思ったよりも時間がなかった。
 俺はすぐにシャワーを浴びて部屋に戻ることにした。


 ◇


 寮の部屋に誰かを入れるのはこれが2度目だ。
 他の部屋も似たような構造のようだが、こうも狭い部屋では窮屈だ。
 俺の身体が大きいこともあるだろうがそもそもが狭い。
 きっとソフィアも似たように感じているだろう。


「それで、あいつの様子はどうだ?」

「ここ数日は大人しくしていらっしゃいます。今日はリアム様とご一緒に武様についておいでですわ」

「そうか。そのほうが都合が良い」


 俺は腕を組み考える。
 対処療法は後手であるし手遅れにもなる。
 病巣を取り除く手段があるならば根本から根絶やしにしてしまえば良い。
 多少の痛みを伴おうとも予後は確実に良くなるのだから。
 あとはそう決断するに足る要素があるかどうか、だ。


「こいつは・・・例の選民思想を標榜する経済集団の幹部か」

「よくご存知で。アルバート=エリオットとの接触が記録されていましたわ」

「なるほど。世界政府を嫌厭する者、か」

「それで入学前から手の込んだ仕込みをしていたようですの」

「ではここは必須の一手だな」

「わたくしもそう考えますわ」


 ふたりが隣り合い座って話ができる場所はベッドくらいしかない。
 俺とソフィアは少し離れてベッドに腰掛け、間に資料を並べていた。
 ソフィアはレポート形式で纏められた中に掲載された写真を指した。


「もうひとつ。こちらをご覧になってくださいまし」

「うん? ・・・なるほど。そういう出自なのか」

「ええ。その支援と引き換えに指示に従っていた様子ですの」

無辜むこの兄弟姉妹。見捨てられるはずもない」

「これでノブレス・オブリージュとは、とても言えませんわ」


 ソフィアは目を閉じ首を振る。
 同じ貴族として許せない所業だということだ。
 俺も同意見だ。肯首しておく。


「・・・確かこの地域の政治家と我がアインホルンは縁があったな」

「ではそちらはお任せしたく存じます」

「承知した。では件の幹部はクロフォードから手を回せるか?」

「はい。問題なく」

「よし。ではその線で動くぞ」


 決定の意思を下すとソフィアも頷いた。
 彼女であれば貴族同士の裏話や政治的なことも任せられる。
 この場で俺たちが出会ったのも神の配剤だろう。


「恐らく、2、3日中には良いお話ができるかと」

「俺もそのくらいの見込みだ。週末には皆に報告できるな」

「ふふ。わたくしの狩り場を穢す者は容赦しませんことよ」

「ほう、奇遇だな。俺もこの学びを邪魔する者には退場願うつもりだ」


 彼女の笑み。俺はその挑発的な表情に高揚感を得る。
 腹の読み合いではなく、息を合わせるタイミングを図るような信頼。
 きっと互いに隣り合って戦ったからだろう。
 思わず握手のための手を差し出していた。
 ソフィアは少し驚いた様子をしたが、すぐに元の笑みを浮かべて手を重ねてきた。


「では。わたくしとレオン様の栄達のために」

「我が友との躍進のために」


 交わされた手は望外に固く結ばれた。
 この握手は俺の学園生活の礎となる。
 そう予感をさせてくれるものだった。


 ◇


 その週の金曜日。
 夜、各自が手の空く時間帯にSS協定のメンバーと武に招集をかけた。
 ソフィアを除く皆は何事という雰囲気で食堂に集まった。
 俺が声をかけるなど初めてなのだから。


「急にすまない、報告したいことがある。が、その前に」


 俺はジャンヌに目を合わせた。
 あの覇気に満ちた紅い瞳は歓迎会の後からすっかり消沈していた。
 俺の視線から逃れてしまうあたり彼女の意識はそのままということだろう。


「ジャンヌ、あの時は手加減できず済まなかった。もう痛みは無いか?」


 そう問いかけると皆の視線が彼女に集まる。
 ジャンヌは驚いた様に目を丸くし、それから肩を縮こませて頷いた。


「手加減?」

「武さんは凛花先輩のお相手で手一杯でしたから。レオンさんとジャンヌさんが舞台で戦っていらしたのです」

「は!?」


 さくらの説明に武が驚いている。
 こちら側の話は伝えていなかったので初耳のようだ。

 いつも驚かしてくるお前を出し抜くのは新鮮だ。
 俺とジャンヌを交互に見て慌てている。


「今日の報告はその件だ。ジャンヌ、突然だが自分から事情を話せるか?」

「・・・レオン、あんたは怒ってないの?」

「お前が悪くないことを知っていると言っただろう」


 怯えた表情で俺を見るジャンヌに微笑みかける。
 少し気を許したのかジャンヌは強張った雰囲気を緩めた。


「あたしは・・・命令されて、皆のことを生徒会に報告していた」


 ジャンヌは顔を下向けたまま、言葉を紡いだ。


「あたしの家族を養う代わりに、あたしより強い奴がいたら知らせるようにって」


 小柄な身体が消えてしまいそうなくらい縮こませている。


「強い奴がいたら歓迎会で潰すって言われた。それで武に喧嘩を吹っかけていたの」

「は!? え!?」

「実力がありそうな奴の力量を測れって命令されていたから」


 結弦もリアムも驚いているが、破天荒なはずの武がいちばん驚いている。
 ・・・お前が慌てている姿は少し可笑しいな。


「皆、ごめん! 生徒会に目をつけられたのはあたしのせいだ!」


 ジャンヌが立ち上がり頭を下げた。
 肩が、声が震えていた。
 裏切りに等しい行為だと、良心の呵責もあるのだろう。


「ほんとに、ごめん・・・なさい。あたし、どうしたら、良いか・・・」


 ぽたりぽたりと、床面を濡らす音がする。
 ジャンヌ、その姿を見れば見るほどお前が真っ直ぐだということが理解できるぞ。


「あたし・・・あたし・・・もうここに居られない!」


 耐えきれなくなったのか、彼女は踵を返して走り出そうとした。
 が、その目の前にソフィアが立ちはだかった。


「ど、どいて!!」

「いいえ、わたくしは動きませんわ。ジャンヌ様、まだわたくしたちからのお話がありますのよ」


 にこりと微笑むソフィア。
 逃げも許されず糾弾されるのかと、ジャンヌは絶望した様に顔を歪ませた。
 そうして叫び声をあげそうになったところを、ソフィアが頭を抱えて抱擁した。
 彼女の豊かな胸にジャンヌの顔が埋もれる。


「むー!!?」

「落ち着いてお聞きなさいまし。貴女を縛る鎖はもうございませんわ」


 ジャンヌはしばらく暴れていたようだが、本気でソフィアから逃れようと思わないのか次第に大人しくなった。
 頃合いを見計らって俺は説明することにした。
 ソフィアと目を合わせ、互いに頷き合った。


「ジャンヌ、よく聞け。お前の家族はアインホルンの息がかかった修道院へ招くことになった」

「・・・え?」

「もう彼らが食うに困ったり、寝る場所を追われたりすることもない。学校へも通える。安心しろ」

「ええ!?」


 ジャンヌではなく武が驚きの声をあげた。
 何故お前が驚く、武。
 意図せぬ声をあげたことに気付いたのか、ヤツは肩をすくめて首を振った。
 当のジャンヌはソフィアの抱擁から逃れたものの、驚きすぎたのか声も出ないようだ。


「ジャンヌ様、わたくしからも。貴女をここへ送り込んだ身を喰らう蛇ウロボロスのオルレアン伯とは話をつけましたの」

「・・・!?」


 彼女はソフィアに振り返り、またも声にならない驚きに包まれている。


「金輪際、貴女とは関わり合いにならないと言質を得ておりますの。ご安心なさい、クロフォードの名に於いて貴女の卒業まで生活を保障いたしますわ」

「・・・え・・・」


 ジャンヌは驚きすぎたのか、呆然としたままでその場にへたり込んだ。
 そうして顔を大きく歪めた。


「ど、どうしてあたしを・・・」

「何を言う。SS協定の仲間だろう」

「そのとおりですわ。助け合うという武様のご意向ですのよ」

「はぁ!?」


 またも武が驚いている。
 どうしたのだ武。お前の望み通りではないのか。


「あ、あたし、あたし・・・うわあああぁぁぁぁ!!」


 ジャンヌはその場で皆の視線も気にせず泣き崩れた。
 驚きなのか、嬉しさなのか、安心なのか。
 大声でわんわんと泣き叫んだ。
 さくらと結弦とリアムが顔を見合わせ、彼女の傍にしゃがみ込み優しく肩を抱き合っていた。
 
 これで良い。
 もう大丈夫だろう。

 俺はソフィアと目を合わせた。
 澄まし顔に優しい笑みを浮かべた彼女は、誰よりも高貴という言葉が似合う様に思えた。
 その笑顔に俺は目を奪われた。
 どくどくと心臓の鼓動が煩い。
 微笑み返した俺の頬は少し赤かったかもしれない。

 その少し離れた場所で。
 顔を青くしてこっそり抜け出して行く武を俺は見逃さなかった。
 ソフィアとふたりで横目で確認し、再度、頷き合った。


「俺が行こう」

「お願いしますわ。この場はお任せを」


 ◇

■■京極 武 ’s View■■

 何、何、何があった!?
 おい、俺の知らねぇところで話が進んでんぞ!
 どうしてジャンヌ攻略イベントが終わってんだ!?

 混乱の極みにあった俺は思わず叫びそうになった。
 だからこっそり部屋に戻ったのだ。
 あのままではボロが出そうだったから。


【いくら何でも同時進行はおかしいだろ!?】


 部屋に入ったと同時に日本語で叫ぶ。
 ジャンヌの攻略イベント。
 本来なら1年生の終わり頃に起こるものだ。
 解決法はレオンの救済か、ソフィアの謀略か。
 他の主人公ならば寄り添い事情を掴み、2年生のどこかで家族を救いに行く話になる。

 時期もそうだが、問題はレオンとソフィアの攻略が同時に起こったことだ。
 歓迎会もイベントが入り乱れていた。
 現時点で俺が直面した事実から推測するに・・・。
 序列崩壊はもとより、並行世界のイベントが重なり合っている!?

 なんかバグってるって言われた方が納得しそうな状況だよ!
 でもシナリオ自体が消滅したわけではなさそう。
 それに内容自体は元のイベントの体をなしている。
 どういうことだってばよ!?


【あああああ! おかしい! 何がどうなってんだよ!!】


 布団に飛び込んで暴れる俺。
 やばいやばいやばい!!
 攻略どころじゃない!!
 これじゃコントロールなんて無理だよ!!


【どうすりゃ良いんだよ・・・!!】


 攻略ノートのチャート、ほぼ無意味じゃんよ・・・。
 苦労して準備したことを否定されたようで。
 だんだんと泣きそうになってきた。
 というか声が震えてんぞ、俺。


【う゛あ゛ーーー・・・】


 顔を布団に押し付けて不安を放出する。
 俺、泣いてんな。
 くそ、どうにでもなれ・・・!!


「おい武。どうした、何があった」

【あ゛あ゛!?】


 うえ!? レオン!?
 今の見られた!? 聞かれた!?

 俺は飛び起きた。
 すぐ隣にレオンがいた。
 涙でぼやけた視界にあいつの金髪碧眼が見える。

 不覚!! どうして気付かなかったんだ!
 不味い、叫んだ内容を聞かれたか!?
 いや、日本語だった。理解できないはず・・・!


「大丈夫だ」

「!?」


 思考が錯綜して大混乱していると。
 いきなり頭を引っ張られ視界が塞がれた。

 ・・・おい。レオンの胸板に抱かれてるよ俺。
 暴れようと思ったが・・・。
 今は顔を見せたくねぇ。
 ・・・どうすんだこれ。このままにすんのか。


「落ち着け。ここにお前を脅かす者はいない」


 目の前にいるんだよ。
 ああ・・・でも人の身体って暖かいよな。
 男でも不思議と落ち着く。


「武。話せないことがあるのは承知している。だがひとりで抱えるな」

「・・・」


 レオンは何だかんだ言って信用できる。
 だってゲーム中でも真っ直ぐで、いわゆる正義の味方。
 裏切ることは決して無くて、頼れる存在。
 ・・・。
 そいつがこうして俺を心配してるんだ。
 よほど不安定に見えるんだろうな。


「・・・お前らがジャンヌのこと、そこまで手を回してくれていることに驚きすぎて」


 こんな取ってつけたような理由で誤魔化しきれるとは思っていない。
 だけど事実は事実として口にする。


「無論だ。俺たちは同じところを目指しただろう、彼女も仲間だ」


 こいつの厚い胸板に額を預けたまま。
 ・・・。
 ああね、男だ女だって考えず、素直に感じるままに思えば気持ち悪さもない。
 人の身体に触れてるとどうして安心感があるんだろうな。


「・・・なぁ」

「どうした」

「どうして俺を追ってきたんだ。ジャンヌのほうが心配だろ」


 俺は顔をあげてレオンを見る。
 そのアイスブルーの瞳が俺を映していた。

 ・・・綺麗な顔だよ、男でも見惚れるくらい。
 同性でも嫌悪感を抱かないところがさすがというか何と言うか。
 こんな至近距離で見ても欠点ひとつ見当たらない。
 肌は綺麗だしすっと伸びた鼻筋も魅力的だ。


「だがお前はひとりだろう」


 さも当然と言わんばかりに微笑んで返すレオン。
 ひとりって・・・部屋でひとりなんて当たり前だろ。
 ・・・。
 ・・・何だよ、ちょっと嬉しいこと言いやがって。
 ・・・どうしてか胸がざわざわする。
 やばい、なんだこれ。
 顔が熱くなってきた。恥ずかしい。


「お、お前! そんな優しくしても何も出ねえぞ!」


 慌てて口から出た言葉。
 ・・・あれ?
 俺、ツンツンってる!?


「武、お前がいちばん皆のことを考え努力している。誇るべきだ」

「え?」

「入学してからずっと頑張りすぎて疲れているのだろう。もう少し自分を労ってやれ」


 そう言うとレオンはまた俺の頭を胸に抱く。
 ・・・。
 なぁ。
 なんで今の俺の心に響く言葉ばかり言うんだよ、お前。
 追い出せねぇじゃねぇかよ。
 目の奥が熱くなって喉が痛くなって。これじゃ喋れねえよ・・・。


 ◇


 結局、俺はそのまましばらくレオンに抱かれ、宥められて過ごした。
 ・・・そりゃね、思うところはあるんだけどさ。
 こういうの嫌じゃないって自分を発見したところに驚きなんだよ!
 
 ああ・・・俺が変わっていく。
 同性は想像≠生身だったはずなんだけどなぁ。
 ほんと、これもう共鳴しねぇように気をつけねぇと本格的にヤバいかもしれん。
 もうちょっと、物理的に距離をとろう。皆と。





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