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第3章 到達! 滴穿の戴天
074
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■■レオン=アインホルン ’s View■■
雨が降りしきる。
強い風のせいで時折、頬に叩きつける。
この国の気候は面白い。
夏の暑さには辟易するが、季節は様々な表情を魅せる。
こうした風雨でさえ情緒を伴っているように感じてしまう。
だが今はその情緒を感じる間がなかった。
「・・・武たちに手酷くやられて逃げてきたか」
嵐張だ。
俯いてゆらゆらと姿を現した。
だが、あそこで見た姿から随分と変わり果てていた。
頭部から血が流れている。
強打でもしたのだろう。
返り血で染まった道着はあちこちが破れ切創があった。
その表情にあのときのような気力は感じられない。
腰の刀から漂う黒い魔力。
それが彼の全身に纏わりついていた。
武の白の魔力が全身から湧き出るように揺らめくのとは対照的だ。
そして俺を見据える瞳が赤黒く光っている。
――魔物の瞳と同じ!?
この黒い魔力は『魔王の霧』と同等だというのか!?
内心の驚きを感じたところで。
俺の目の前で立ち止まった嵐張は刀に手をかけた。
【――――】
「尚、戦うか。良いだろう、相手をしてやる。――王者の剣!」
覚醒の儀でその真名を知ることができたこの俺の武器。
伝承と同じ名だったとはおこがましいが、その名に相応しくなれば良い。
そのために俺は結弦と修練を重ねた。
【――――!】
ぶつぶつと何かを呟いている。
その意味を知ることはできないが知る必要もない。
今は力で語るのみ。
嵐張は腰を落とし抜刀の構えをした。
・・・結弦と同じ天然理心流。
俺はそれを正面から受けられるか――
「ふっ!」
がぎん!
嵐張が踏み込んで抜刀するのに合わせ、俺も剣を薙ぐ。
王者の剣と正面から打ち合って互角。
なるほど重い。この力はソフィアが手を焼くわけだ。
だが。
「ぉおおお!!」
俺の得物は長い。
あの刀は1メートルくらいだが、俺の剣は倍近い。
振りの隙を余してこちらのほうが有利!
がぎん、がぎん。
打ち合う度に赤と黒の火花が飛び散る。
これだけ手酷く傷を負っていて、なお俺と互角とは。
嵐張の力か、あの刀の仕業か。
・・・今はどちらでも良い。
俺の目的は嵐張を御すること。
あの刀を打ち落とせれば良いからな。
打ち合うこと十数合。
一歩も引かず機械のように強烈な斬撃を重ねていた。
「やるな!」
がぎいぃぃぃん!!
ひときわ強く叩きつけた。
さすがに受けきれないのか、力を逃した嵐張は距離をとった。
斬撃の重さは俺のほうが強いようだな。
・・・王者の剣の魔力は強烈だ。
結弦の具現化でも気を入れていなければ支えられなかった。
それをこれだけ平然と支えている。
結弦の話では家族親族の中で、彼だけがAR値の適性があったと言っていた。
だとすればこの力はすべてあの刀から生じているということか。
「狙うはその刀か」
【――――】
ふたたび抜刀の構え。
単なる打ち合いであれば俺が有利。
だが抜刀技の速さと連撃は修練でも手を焼いた。
今の打ち合いで相手もそれを承知しているだろう。
どう出る?
【いつつ!】
いつつ――五の型か!
初撃は高速の逆袈裟斬り。
がきぃぃん!
速い!? 次だ! 切り上げだ!
がきぃぃん!
ぐっ!? 次! 大上段!
ぎいいぃぃぃん!
くそ、重い!
剣の威力で勝っている。そうした油断があった。
4撃目の斬り上げを防ぐのに無理な体制を取ってしまう。
力に押され崩された体勢。
最後に回転し迫る袈裟斬りに胴を晒していた。
「――うおおおお!!」
気合と共に飛び退く。
少しでも直撃を避けるため。
身体を逃がす。
だが容赦のない斬撃は早かった。
胸部から腰にかけて生まれる裂傷。
吹き出る鮮血。
軽く触れた程度と思ったがなんとよく斬れるものか。
これが刀!
その鋭さに戦慄した。
嵐張は距離を取ると刃の血をぺろりと舐める。
顔を歪めて恍惚とするその姿は悪魔のように思えた。
・・・傷は浅い。
止血をすれば問題はない。
だが抜刀術を受けるには危険だ。
俺の攻撃と相性が悪い。
こちらの隙が大きいからだ。
それならば。
魔力を練る。
徐々に腕が赤い帯を纏う。
・・・あの力が魔力だというなら。
それよりも強い魔力をぶつけるまで!
「――炎撃付与!」
王者の剣に炎を纏わせる。
剣自身の魔力に加え、赤の魔力を上乗せした。
対魔物の斬撃ではこれまで敵知らずの技。
魔力を主体とするモノを一撃で両断できる俺の必殺。
あの刀では受けられまい。
一歩、踏み出す。
嵐張は抜刀の構え。
間合いに入らなければどうということはない!
「飛べ!」
間合いの数歩外側から大きく振り上げる。
横薙ぎに、嵐張の足元を抉るように振り抜いた。
【――!】
それを躱すために飛び上がる嵐張。
赤い瞳で睨みつけ叫び声と共にこちらへ飛び込んで来た。
目論見どおりの動きに狙いをつけ待ち構える。
さぁ来い!
この一撃で決めてやる!
「はあぁぁぁぁ!!」
気合とともに王者の剣を叩きつける。
その姿勢では避けられまい!
嵐張は空中で抜刀し、俺の一撃を迎え撃った。
がぎいいぃぃぃん!
ばりばりばりばりばり!!
赤と黒の火花が激しく弾ける。
なに!? 受け止めただと!?
具現化でさえ貫き霧散させるというのに!
そこまで強い魔力が宿っているというのか!
地を強く踏みしめる。
全身の筋肉を膨張させ渾身の力で押し返す!
これしきで押し負ける俺ではない!
「うおぉぉぉ!!」
【キイィェェェェェ!!】
互いの咆哮が雨音をかき消す。
他力本願の・・・刀ごときの魔力で俺に勝てると思うな!
この一撃で最後だ!
王者の剣にもっと魔力を!
「おおおぉぉぉ!!」
【キイィェェェ!!】
・・・おかしい!?
これだけの力で互角だと!?
相手の力が一向に衰える様子がない。
それどころか嵐張の力が増している!?
いや・・・徐々に黒の魔力が侵食してきている!!
まるで烏が虫を啄むように黒の魔力が赤の魔力を食っていた。
そして刀の魔力はどんどん膨張していた。
「なんだと!?」
これでは餌付けだ!
あれに魔力を当ててはいけない!
俺は炎撃付与を解除した。
途端、釣り合っていた相手の斬撃が重くなり押し負ける。
「くそっ!!」
【――――!】
嵐張の一撃を横ずらし飛び退いた。
ずしんと逸した一撃が地面を叩き割る。
追撃を警戒し何度か跳躍しながら後退した。
「はっ、はっ、はっ!」
息が切れていた。
体力も魔力も相当に消費していた。
まさか加えた力のぶん、あの刀が強くなるとは!
【はぁ、はぁ、はぁ】
嵐張も息が切れていた。
ただあの刀だけが黒い魔力をより一層、炎のように滾らせていた。
・・・あの刀、魔力は禁忌だということか。
王者の剣を叩きつけるときも、もしかすると魔力を持っていかれているのかもしれない。
だから俺と互角に打ち合えているのだろう。
だが答えがわかったところで。
魔力を使わずして今の俺にあれを御する手段が思いつかない。
嵐張自身を狙えば良いが、易々と身を晒してくれることもない。
嵐張が深く腰を落とす。
俺も王者の剣を構える。
消化試合に付き合わされている気分だった。
――武なら。
あいつならこういう手詰まりのときに何か思いつくのだろう。
そう「魔力を食うんなら魔力なしで殴りゃ良いだろ」と無茶を言うかもしれない。
・・・。
・・・いや、そうか。
そうするしかない!
指針を組み立てる。
この状況からそこまで持っていくために――!
だが嵐張が動き出すのはそれが終わる前だった。
【やっつ!】
――八の型!?
迫る嵐張から放たれた先制の一撃が俺の行動の自由を奪った。
◇
■玄鉄 結弦’s View■■
武門の子として生まれた。
物心がついたときには木刀を振っていた。
近所の子供と遊ぶこともなく。
来る日も来る日も道場で大人に混じって振っていた。
それがここでは当たり前だと思った。
親父は励むオレを【よく頑張っている】と褒めてくれた。
嵐張が隣で振るようになった。
ひとりで振るよりも楽しかった。
道場で、庭で、畑で、廃墟で。
振る回数、振る速さ、振り方、振る姿勢、振る場所。
ただ振るだけなのに課題は無数にあった。
兄弟で競うように取り組んだ。
ときには互いに打ち合い大人の真似事もした。
手の皮が厚くなり筋肉痛にもならなくなった。
親父はオレも嵐張も【切磋琢磨で上達も早い。素晴らしいな】と褒めてくれた。
【齢10にして組む】
師である親父にそう短く告げられ、大人の組み手に混じるようになった。
技で負け、力で負け、屈辱を重ねた。
何度も床に手をついた。
倍の年齢の大人に勝てる道理もなかった。
親父は厳しかった。
【敵は泣き言など聞かぬ。魂は戦場にあれ】
敵、とは何か。
周囲に争いもないというのに。
ただ武道精神での心構えと思っていた。
何度膝をついてもがむしゃらに取り組んでいると親父は【その意気やよし】と褒めてくれた。
やがて天然理心流の『型』を教えてもらえるようになった。
抜刀から始まる一連の流れ。
その身のこなしはこれまで素振りで鍛えた体幹により支えられた。
『型』は、今まで積み重ねた煉瓦に色をつける作業だった。
型はとても強かった。
ただ振り回すだけと違い、時代を超えて洗練された隙のない流れ。
大人との試合も型を使うと負けなくなった。
それだけこの口伝の剣技が優れている証左だった。
遅れて嵐張も型を習った。
ふたりで同じ型をぶつけ合う。
互いに外して頭に直撃し同じ位置にたんこぶを作ったり。
力を入れすぎて木刀を壊したり。
既に道場の大人たちには負けなくなっていたオレたちを親父は【儂の誇りだ】と褒めてくれた。
他の子供はいざ知らずオレたちは剣を握ることが余暇の過ごし方だった。
だから修練でさえも遊び感覚だった。
暗い場所や足元が悪い場所など場所を選ばず。
水を得た魚のようにふたりで舞い踊った。
好敵手はお互いだった。
いつでも剣を合わせたし修練も一緒。
どこまでも高みを目指していけると思っていた。
◇
風向きが変わったのはオレが中学に入ってからだった。
ちょうど煉瓦の色塗りが終わるころ。
親父はオレを褒めなくなった。
すでに道場の門下生では相手にならなくなっていた。
だから全国大会に出場して金星を飾った。
誇らしげに見せた賞状を【素人衆に勝っても意味はない】と見てくれなかった。
愕然とした。
これまで積み重ねたものの成果が、突然、意味がないと言われていたようで。
同時に嵐張もオレの相手をしてくれなくなった。
【兄貴とべったりだと馬鹿にされる】と、小学生ながら生意気なことを言うようになった。
嵐張のそれは成長の一貫だろうと暖かく見守ることにした。
それからの毎日は彩りが消えた。
嵐張との組手が無くなりひとりだけで取り組める修練ばかりになった。
道場でオレの相手ができる大人は親父だけだった。
俺と組手をすると決まって【目に頼るな】と言った。
気合や気配だけで相手がわかるなら苦労しない。
どれだけ剣を重ねても初撃は目で捉える。
そうしなければ当たるわけがない。
親父が言うことはもしかしたらほんとうにできるのかもしれない。
そう思って取り組んだ時期があった。
何度も目隠しして打っても当たらない。
成果はまったく出なかった。
アニメや漫画のように気配で斬るなどできるはずがない。
さすがに虚言だと結論付けた。
中学の間、虚無の3年を過ごしたように思う。
修練を欠かしたことはなかったけれど前進できなかった。
その極めつけは高天原入学前だ。
嵐張が皆伝の儀を親父に申し入れていた。
いつの間にか追い越されたと焦った。
オレも皆伝の儀を申し入れた。
そのとき親父は言った。
【まだお前には早い。身の程を知るために試してみるが良い】
そうしてオレは・・・嵐張に追い抜かれた。
◇
屋根瓦を叩く雨音は一向に弱まらない。
ひんやりとした空気に身を晒しても親父は姿勢を崩さなかった。
【父さん、せめて上着を】
【要らぬ】
つっけんどんに返される。
まるでオレが邪魔だと言わんばかりに。
【何度、言えばわかる。儂はひとりで良い、早くお嬢を助けに行け】
【・・・オレの友達なら大丈夫。それより父さんが心配だから】
【ふん、道理もわからぬか。お前は別にすべきことがある】
じろりとオレを睨みつけていた。
その気迫に萎縮してしまう。
道場の冷たい杉板の真ん中に親父は座っていた。
いつでも嵐張を迎えるために、どこからか見たこともない刀を取り出して。
出血量が相当でふらついていたから何度も休むよう諫言した。
当然のように拒否され続けていた。
そもそも親父はオレを煙たがっている。
中学に入って邪険にされた当初、心の何処かで親父は優しいと信じていた。
大人として扱ってくれているのだろうと勝手に納得をしていた。
だけどもその扱いは剣術に留まらず生活全般に及んだ。
思春期のオレにとって生活に口を出されるのは堪えた。
そこから崩れるのは早かった。
親父がオレを疎んでいると思うようになっていた。
【・・・】
【・・・】
沈黙が支配する。
オレはどうして良いかわからなかった。
きっと親父が喜ぶようなことは何もできない。
この場に居てもいらいらさせるだけかもしれない。
さっきの皆伝の儀も、渋々、受けただけかもしれない。
その後の死合の儀でオレを叩き潰すつもりで。
レオンにもさくらにもソフィアにも武にも。
こんな家の事情に巻き込んでしまい、あまつさえ生命の危険に晒してしまった。
もう呆れるを通り越して絶交されても文句は言えない。
こんなの、どんな顔をして弁解すれば許されるのか。
暗澹とした気持ちに苛まれる。
雨音がそれに拍車をかけていた。
・・・もし。
これでもし、嵐張が皆を斬って戻って来たとしたら。
オレは果たしてどうすれば良い?
後始末をして・・・。
・・・もう剣を握る気は起きないだろうな。
学園を辞めて、剣も捨てて。
・・・はは、オレにそれで何が残るんだ。
その前に嵐張に斬られて終わるかもしれないな。
悲観的になりすぎる思考はどんどん膨らんでいった。
ざあざあという音だけが時間の経過を告げていた。
その時の刻みに乗るように、びしゃり、びしゃりと聞こえて来た。
だんだんと、この道場の縁側に近づいて来ている。
誰だ、とオレは障子を開け放った。
「――レオン、さん?」
びしゃり、びしゃり。
降りしきる雨に打たれながら、レオンがゆっくりと歩いて来ていた。
でもどこか不自然な動きだった。
この違和感は・・・歩き方。
重い物を背負っているかのように、足音が重い。
なのに軽快に左右の足を動かしている。
・・・おかしい。
いつも堂々としているのに、あんな俯いた彼を見るのは初めてだ。
何かあったのか!?
「レオンさん! どうしたんですか!」
雨が強くて視界が悪い。
よく見れば・・・服が切られていて切創がある。
返り血なのか服に血を滲ませていた。
「その傷! 嵐張はどうなっ――」
2メートル近い体躯が、ゆっくりと倒れていく。
小さな湖のようになった庭に、ざばんと津波を起こした。
「――え?」
その後ろに・・・片手で吊り上げていたのだろう。
手のひらを掲げた嵐張の姿があった。
どくん。
ひときわ強く心臓が打った。
レオンが、負けた?
あのレオンが?
こいつがやったのか?
嵐張の目は薄赤く光っていた。
その口を大きく歪ませている。
見れば満身創痍なくらい傷を受けているのに平然としていた。
愕然とした。
レオンは生きているのか?
さくらはどうした?
武は、ソフィアは?
オレは現実をすぐに受け入れられなかった。
【――――ぁぁぁぁあああああああ!!】
耳が痛くなるほど大きな声が響き渡った。
あまりに不快なその声に、今度は何が起きたとびっくりした。
そうして我に返って気付いた。
自分自身がその声をあげてしまっていたことに。
雨が降りしきる。
強い風のせいで時折、頬に叩きつける。
この国の気候は面白い。
夏の暑さには辟易するが、季節は様々な表情を魅せる。
こうした風雨でさえ情緒を伴っているように感じてしまう。
だが今はその情緒を感じる間がなかった。
「・・・武たちに手酷くやられて逃げてきたか」
嵐張だ。
俯いてゆらゆらと姿を現した。
だが、あそこで見た姿から随分と変わり果てていた。
頭部から血が流れている。
強打でもしたのだろう。
返り血で染まった道着はあちこちが破れ切創があった。
その表情にあのときのような気力は感じられない。
腰の刀から漂う黒い魔力。
それが彼の全身に纏わりついていた。
武の白の魔力が全身から湧き出るように揺らめくのとは対照的だ。
そして俺を見据える瞳が赤黒く光っている。
――魔物の瞳と同じ!?
この黒い魔力は『魔王の霧』と同等だというのか!?
内心の驚きを感じたところで。
俺の目の前で立ち止まった嵐張は刀に手をかけた。
【――――】
「尚、戦うか。良いだろう、相手をしてやる。――王者の剣!」
覚醒の儀でその真名を知ることができたこの俺の武器。
伝承と同じ名だったとはおこがましいが、その名に相応しくなれば良い。
そのために俺は結弦と修練を重ねた。
【――――!】
ぶつぶつと何かを呟いている。
その意味を知ることはできないが知る必要もない。
今は力で語るのみ。
嵐張は腰を落とし抜刀の構えをした。
・・・結弦と同じ天然理心流。
俺はそれを正面から受けられるか――
「ふっ!」
がぎん!
嵐張が踏み込んで抜刀するのに合わせ、俺も剣を薙ぐ。
王者の剣と正面から打ち合って互角。
なるほど重い。この力はソフィアが手を焼くわけだ。
だが。
「ぉおおお!!」
俺の得物は長い。
あの刀は1メートルくらいだが、俺の剣は倍近い。
振りの隙を余してこちらのほうが有利!
がぎん、がぎん。
打ち合う度に赤と黒の火花が飛び散る。
これだけ手酷く傷を負っていて、なお俺と互角とは。
嵐張の力か、あの刀の仕業か。
・・・今はどちらでも良い。
俺の目的は嵐張を御すること。
あの刀を打ち落とせれば良いからな。
打ち合うこと十数合。
一歩も引かず機械のように強烈な斬撃を重ねていた。
「やるな!」
がぎいぃぃぃん!!
ひときわ強く叩きつけた。
さすがに受けきれないのか、力を逃した嵐張は距離をとった。
斬撃の重さは俺のほうが強いようだな。
・・・王者の剣の魔力は強烈だ。
結弦の具現化でも気を入れていなければ支えられなかった。
それをこれだけ平然と支えている。
結弦の話では家族親族の中で、彼だけがAR値の適性があったと言っていた。
だとすればこの力はすべてあの刀から生じているということか。
「狙うはその刀か」
【――――】
ふたたび抜刀の構え。
単なる打ち合いであれば俺が有利。
だが抜刀技の速さと連撃は修練でも手を焼いた。
今の打ち合いで相手もそれを承知しているだろう。
どう出る?
【いつつ!】
いつつ――五の型か!
初撃は高速の逆袈裟斬り。
がきぃぃん!
速い!? 次だ! 切り上げだ!
がきぃぃん!
ぐっ!? 次! 大上段!
ぎいいぃぃぃん!
くそ、重い!
剣の威力で勝っている。そうした油断があった。
4撃目の斬り上げを防ぐのに無理な体制を取ってしまう。
力に押され崩された体勢。
最後に回転し迫る袈裟斬りに胴を晒していた。
「――うおおおお!!」
気合と共に飛び退く。
少しでも直撃を避けるため。
身体を逃がす。
だが容赦のない斬撃は早かった。
胸部から腰にかけて生まれる裂傷。
吹き出る鮮血。
軽く触れた程度と思ったがなんとよく斬れるものか。
これが刀!
その鋭さに戦慄した。
嵐張は距離を取ると刃の血をぺろりと舐める。
顔を歪めて恍惚とするその姿は悪魔のように思えた。
・・・傷は浅い。
止血をすれば問題はない。
だが抜刀術を受けるには危険だ。
俺の攻撃と相性が悪い。
こちらの隙が大きいからだ。
それならば。
魔力を練る。
徐々に腕が赤い帯を纏う。
・・・あの力が魔力だというなら。
それよりも強い魔力をぶつけるまで!
「――炎撃付与!」
王者の剣に炎を纏わせる。
剣自身の魔力に加え、赤の魔力を上乗せした。
対魔物の斬撃ではこれまで敵知らずの技。
魔力を主体とするモノを一撃で両断できる俺の必殺。
あの刀では受けられまい。
一歩、踏み出す。
嵐張は抜刀の構え。
間合いに入らなければどうということはない!
「飛べ!」
間合いの数歩外側から大きく振り上げる。
横薙ぎに、嵐張の足元を抉るように振り抜いた。
【――!】
それを躱すために飛び上がる嵐張。
赤い瞳で睨みつけ叫び声と共にこちらへ飛び込んで来た。
目論見どおりの動きに狙いをつけ待ち構える。
さぁ来い!
この一撃で決めてやる!
「はあぁぁぁぁ!!」
気合とともに王者の剣を叩きつける。
その姿勢では避けられまい!
嵐張は空中で抜刀し、俺の一撃を迎え撃った。
がぎいいぃぃぃん!
ばりばりばりばりばり!!
赤と黒の火花が激しく弾ける。
なに!? 受け止めただと!?
具現化でさえ貫き霧散させるというのに!
そこまで強い魔力が宿っているというのか!
地を強く踏みしめる。
全身の筋肉を膨張させ渾身の力で押し返す!
これしきで押し負ける俺ではない!
「うおぉぉぉ!!」
【キイィェェェェェ!!】
互いの咆哮が雨音をかき消す。
他力本願の・・・刀ごときの魔力で俺に勝てると思うな!
この一撃で最後だ!
王者の剣にもっと魔力を!
「おおおぉぉぉ!!」
【キイィェェェ!!】
・・・おかしい!?
これだけの力で互角だと!?
相手の力が一向に衰える様子がない。
それどころか嵐張の力が増している!?
いや・・・徐々に黒の魔力が侵食してきている!!
まるで烏が虫を啄むように黒の魔力が赤の魔力を食っていた。
そして刀の魔力はどんどん膨張していた。
「なんだと!?」
これでは餌付けだ!
あれに魔力を当ててはいけない!
俺は炎撃付与を解除した。
途端、釣り合っていた相手の斬撃が重くなり押し負ける。
「くそっ!!」
【――――!】
嵐張の一撃を横ずらし飛び退いた。
ずしんと逸した一撃が地面を叩き割る。
追撃を警戒し何度か跳躍しながら後退した。
「はっ、はっ、はっ!」
息が切れていた。
体力も魔力も相当に消費していた。
まさか加えた力のぶん、あの刀が強くなるとは!
【はぁ、はぁ、はぁ】
嵐張も息が切れていた。
ただあの刀だけが黒い魔力をより一層、炎のように滾らせていた。
・・・あの刀、魔力は禁忌だということか。
王者の剣を叩きつけるときも、もしかすると魔力を持っていかれているのかもしれない。
だから俺と互角に打ち合えているのだろう。
だが答えがわかったところで。
魔力を使わずして今の俺にあれを御する手段が思いつかない。
嵐張自身を狙えば良いが、易々と身を晒してくれることもない。
嵐張が深く腰を落とす。
俺も王者の剣を構える。
消化試合に付き合わされている気分だった。
――武なら。
あいつならこういう手詰まりのときに何か思いつくのだろう。
そう「魔力を食うんなら魔力なしで殴りゃ良いだろ」と無茶を言うかもしれない。
・・・。
・・・いや、そうか。
そうするしかない!
指針を組み立てる。
この状況からそこまで持っていくために――!
だが嵐張が動き出すのはそれが終わる前だった。
【やっつ!】
――八の型!?
迫る嵐張から放たれた先制の一撃が俺の行動の自由を奪った。
◇
■玄鉄 結弦’s View■■
武門の子として生まれた。
物心がついたときには木刀を振っていた。
近所の子供と遊ぶこともなく。
来る日も来る日も道場で大人に混じって振っていた。
それがここでは当たり前だと思った。
親父は励むオレを【よく頑張っている】と褒めてくれた。
嵐張が隣で振るようになった。
ひとりで振るよりも楽しかった。
道場で、庭で、畑で、廃墟で。
振る回数、振る速さ、振り方、振る姿勢、振る場所。
ただ振るだけなのに課題は無数にあった。
兄弟で競うように取り組んだ。
ときには互いに打ち合い大人の真似事もした。
手の皮が厚くなり筋肉痛にもならなくなった。
親父はオレも嵐張も【切磋琢磨で上達も早い。素晴らしいな】と褒めてくれた。
【齢10にして組む】
師である親父にそう短く告げられ、大人の組み手に混じるようになった。
技で負け、力で負け、屈辱を重ねた。
何度も床に手をついた。
倍の年齢の大人に勝てる道理もなかった。
親父は厳しかった。
【敵は泣き言など聞かぬ。魂は戦場にあれ】
敵、とは何か。
周囲に争いもないというのに。
ただ武道精神での心構えと思っていた。
何度膝をついてもがむしゃらに取り組んでいると親父は【その意気やよし】と褒めてくれた。
やがて天然理心流の『型』を教えてもらえるようになった。
抜刀から始まる一連の流れ。
その身のこなしはこれまで素振りで鍛えた体幹により支えられた。
『型』は、今まで積み重ねた煉瓦に色をつける作業だった。
型はとても強かった。
ただ振り回すだけと違い、時代を超えて洗練された隙のない流れ。
大人との試合も型を使うと負けなくなった。
それだけこの口伝の剣技が優れている証左だった。
遅れて嵐張も型を習った。
ふたりで同じ型をぶつけ合う。
互いに外して頭に直撃し同じ位置にたんこぶを作ったり。
力を入れすぎて木刀を壊したり。
既に道場の大人たちには負けなくなっていたオレたちを親父は【儂の誇りだ】と褒めてくれた。
他の子供はいざ知らずオレたちは剣を握ることが余暇の過ごし方だった。
だから修練でさえも遊び感覚だった。
暗い場所や足元が悪い場所など場所を選ばず。
水を得た魚のようにふたりで舞い踊った。
好敵手はお互いだった。
いつでも剣を合わせたし修練も一緒。
どこまでも高みを目指していけると思っていた。
◇
風向きが変わったのはオレが中学に入ってからだった。
ちょうど煉瓦の色塗りが終わるころ。
親父はオレを褒めなくなった。
すでに道場の門下生では相手にならなくなっていた。
だから全国大会に出場して金星を飾った。
誇らしげに見せた賞状を【素人衆に勝っても意味はない】と見てくれなかった。
愕然とした。
これまで積み重ねたものの成果が、突然、意味がないと言われていたようで。
同時に嵐張もオレの相手をしてくれなくなった。
【兄貴とべったりだと馬鹿にされる】と、小学生ながら生意気なことを言うようになった。
嵐張のそれは成長の一貫だろうと暖かく見守ることにした。
それからの毎日は彩りが消えた。
嵐張との組手が無くなりひとりだけで取り組める修練ばかりになった。
道場でオレの相手ができる大人は親父だけだった。
俺と組手をすると決まって【目に頼るな】と言った。
気合や気配だけで相手がわかるなら苦労しない。
どれだけ剣を重ねても初撃は目で捉える。
そうしなければ当たるわけがない。
親父が言うことはもしかしたらほんとうにできるのかもしれない。
そう思って取り組んだ時期があった。
何度も目隠しして打っても当たらない。
成果はまったく出なかった。
アニメや漫画のように気配で斬るなどできるはずがない。
さすがに虚言だと結論付けた。
中学の間、虚無の3年を過ごしたように思う。
修練を欠かしたことはなかったけれど前進できなかった。
その極めつけは高天原入学前だ。
嵐張が皆伝の儀を親父に申し入れていた。
いつの間にか追い越されたと焦った。
オレも皆伝の儀を申し入れた。
そのとき親父は言った。
【まだお前には早い。身の程を知るために試してみるが良い】
そうしてオレは・・・嵐張に追い抜かれた。
◇
屋根瓦を叩く雨音は一向に弱まらない。
ひんやりとした空気に身を晒しても親父は姿勢を崩さなかった。
【父さん、せめて上着を】
【要らぬ】
つっけんどんに返される。
まるでオレが邪魔だと言わんばかりに。
【何度、言えばわかる。儂はひとりで良い、早くお嬢を助けに行け】
【・・・オレの友達なら大丈夫。それより父さんが心配だから】
【ふん、道理もわからぬか。お前は別にすべきことがある】
じろりとオレを睨みつけていた。
その気迫に萎縮してしまう。
道場の冷たい杉板の真ん中に親父は座っていた。
いつでも嵐張を迎えるために、どこからか見たこともない刀を取り出して。
出血量が相当でふらついていたから何度も休むよう諫言した。
当然のように拒否され続けていた。
そもそも親父はオレを煙たがっている。
中学に入って邪険にされた当初、心の何処かで親父は優しいと信じていた。
大人として扱ってくれているのだろうと勝手に納得をしていた。
だけどもその扱いは剣術に留まらず生活全般に及んだ。
思春期のオレにとって生活に口を出されるのは堪えた。
そこから崩れるのは早かった。
親父がオレを疎んでいると思うようになっていた。
【・・・】
【・・・】
沈黙が支配する。
オレはどうして良いかわからなかった。
きっと親父が喜ぶようなことは何もできない。
この場に居てもいらいらさせるだけかもしれない。
さっきの皆伝の儀も、渋々、受けただけかもしれない。
その後の死合の儀でオレを叩き潰すつもりで。
レオンにもさくらにもソフィアにも武にも。
こんな家の事情に巻き込んでしまい、あまつさえ生命の危険に晒してしまった。
もう呆れるを通り越して絶交されても文句は言えない。
こんなの、どんな顔をして弁解すれば許されるのか。
暗澹とした気持ちに苛まれる。
雨音がそれに拍車をかけていた。
・・・もし。
これでもし、嵐張が皆を斬って戻って来たとしたら。
オレは果たしてどうすれば良い?
後始末をして・・・。
・・・もう剣を握る気は起きないだろうな。
学園を辞めて、剣も捨てて。
・・・はは、オレにそれで何が残るんだ。
その前に嵐張に斬られて終わるかもしれないな。
悲観的になりすぎる思考はどんどん膨らんでいった。
ざあざあという音だけが時間の経過を告げていた。
その時の刻みに乗るように、びしゃり、びしゃりと聞こえて来た。
だんだんと、この道場の縁側に近づいて来ている。
誰だ、とオレは障子を開け放った。
「――レオン、さん?」
びしゃり、びしゃり。
降りしきる雨に打たれながら、レオンがゆっくりと歩いて来ていた。
でもどこか不自然な動きだった。
この違和感は・・・歩き方。
重い物を背負っているかのように、足音が重い。
なのに軽快に左右の足を動かしている。
・・・おかしい。
いつも堂々としているのに、あんな俯いた彼を見るのは初めてだ。
何かあったのか!?
「レオンさん! どうしたんですか!」
雨が強くて視界が悪い。
よく見れば・・・服が切られていて切創がある。
返り血なのか服に血を滲ませていた。
「その傷! 嵐張はどうなっ――」
2メートル近い体躯が、ゆっくりと倒れていく。
小さな湖のようになった庭に、ざばんと津波を起こした。
「――え?」
その後ろに・・・片手で吊り上げていたのだろう。
手のひらを掲げた嵐張の姿があった。
どくん。
ひときわ強く心臓が打った。
レオンが、負けた?
あのレオンが?
こいつがやったのか?
嵐張の目は薄赤く光っていた。
その口を大きく歪ませている。
見れば満身創痍なくらい傷を受けているのに平然としていた。
愕然とした。
レオンは生きているのか?
さくらはどうした?
武は、ソフィアは?
オレは現実をすぐに受け入れられなかった。
【――――ぁぁぁぁあああああああ!!】
耳が痛くなるほど大きな声が響き渡った。
あまりに不快なその声に、今度は何が起きたとびっくりした。
そうして我に返って気付いた。
自分自身がその声をあげてしまっていたことに。
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