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第3章 到達! 滴穿の戴天

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■■玄鉄 結弦’s View■■

 オレは駆けた。
 水たまりを蹴って一直線に駆けた。
 目の前で好きにはさせない!

 嵐張が大きく上段に構えていた。
 今まさに、安綱の凶刃がソフィアに迫っていた!


「ソフィア!!」

「結弦様!?」


 ぎいぃぃぃん!

 間一髪で銀嶺を割り込ませる。
 少し無理な体勢だったにも関わらず、千子刀ムラマサのときよりも楽に弾けた。
 不思議な感触だった。


【キサマ・・・!】


 嵐張が赤黒い瞳を光らせて睨んでくる。
 オレは彼女を庇うように前へ出た。
 嵐張はオレが銀嶺を持っているのを見て忌々しげな表情をすると、大きく距離を取る。
 こうも警戒するとは・・・やはりこの刀に力があるのだろうか。


「ソフィア、オレに任せてくれ! 親父を頼む!」

「結弦様! 危ないところをありがとうございます! 承知いたしましたわ」


 ずしりとしたその刀は不思議と手に馴染んだ。
 あの安綱も両手持ちを主体とする大太刀だ。
 本来は抜刀術にそぐわないほどの大きさと重さだ。

 親父は抜刀術を使わなかった。
 天然理心流てんねんりしんりゅうではいけない理由があったのだろう。
 だけどオレも嵐張も天然理心流てんねんりしんりゅうしか知らない。
 あいつと同じ条件で超えてみせるしかない。


【・・・安綱。嵐張を返してもらうぞ】

【ククク、コイツヲカ? キサマヘノ シットデ クルッテイルト イウノニ】

【人であれば嫉妬するのも自然なことだ!】

【イニシエノ タタラノ オリニ ヨク コオウシテイル】

【どうであろうとお前の都合で悪し様に操るなんて許さない!】


 啖呵を切ると嵐張が腰を落として抜刀の構えをみせた。
 オレは青眼の構えをとる。
 
 抜刀術は本来、後の先となる技。
 こうして抜身で扱うなら抜刀の初撃は使えない。

 それでも親父のように闘う術はあるはずだ。
 『型』は使えなくてもやりようはあると見せてくれたのだから!


【――イツツ】


 無表情にこちらを見ていた嵐張が地を蹴って迫った。
 池のようになった庭に波紋が広がる。
 
 五の型――初撃は袈裟斬り!
 同じ動きが無理なら・・・親父を真似るんだ!
 半歩下がり相手の間合いを殺し遅らせる。
 初撃の勢いを完全に封殺するよう乱留の十文字をぶつける!

 ぎいぃぃぃぃん!

 腰を入れて刀を振り抜く。
 刀の重さも手伝い、銀嶺の一撃は安綱を留めるに十分だった。
 互いに刃こぼれもしないのが特殊な刀であることの証左だった。


【グ・・・マタ ソノ カタナカ!】


 よし! 抜刀術を使わずに型を止められた!
 連撃を止められた嵐張はふたたび距離をとる。
 嵐張は赤黒い瞳で銀嶺を睨みつけていた。


【ゲニ イマイマシキ! ムラマサノ イチゾクガ タタラヲ シラヌトハ イワセヌ!!】


 そしてオレは気付いた。
 そう、型に拘りすぎていた。
 抜刀ができないなら抜刀しない手段を使えば良い。
 抜刀術が待ちの技術なら、攻めは別の手段を使えば良い。
 相手の技量が同じなら尚更だ。

 ジャンヌに勝てなかった理由はこれだ。
 勝つために手段を選ばないと本人が言っていた。
 そう、こうあるべきという視点が彼女にはない。
 セオリーよりもその場の判断で最善手を選んでいた。
 だから型を仕上げようと動くオレでは届かなかった。
 オレは最初に嵐張と切り結んで勝てなかった理由に思い至った。

 その嵐張でも猿叫のような一撃必殺の攻めを受けるなら不利になるのは当然だ。
 後の先の技といえど条件を不利にしていれば状況は悪くなる。
 親父が他流派を使っていた理由が腑に落ちた。
 なら・・・親父に倣うまで!


【いくぞ!】

【ナニ!?】


 使い慣れない刀ならオレが受けると思っていたのか。
 嵐張の初動は僅かに遅れた。


【はあああぁぁぁぁぁ!!】


 攻めの姿勢をもって八相から刀を振り下ろす。
 抜刀で速いはずの受けが、明らかに遅かった。

 ぎいぃぃぃぃん!

 遅れた刃を押し込むのは容易い。
 力をかけてぐっと安綱を押し下げる。
 銀嶺の切っ先が嵐張の肩に届いた。


【ギャアアァァァ!】


 嵐張の右肩が裂けた。
 悲鳴をあげ飛び退いた嵐張をオレは攻めた。
 奪う力に負けるわけにいかない!


【嵐張、安綱を離せ!】


 逃げていた嵐張はまともな受けができない。
 狙うは安綱を握る右小手!


【キサマニ! タタラノ トガヲ!】


 狙いを定めたオレの一閃を、嵐張は漆黒の刃と化した安綱で受け止めた。

 ばちばちばち・・・ぎいぃぃぃん!

 その黒の魔力をものともせず、銀嶺は安綱に届いた。
 魔力を打ち消された安綱。
 嵐張は刀身で銀嶺を滑らせるように受け、そして鍔で支えた。


【グアァァァ!!】

【はああああぁぁぁぁ!】


 両手で安綱を支える嵐張。
 だけどオレの一閃はそれで止まらなかった。

 がぎん!


【――ワガ オリガ メッセヨウトモ トガハ ツイエヌゾォォ!!】


 鈍い音がして安綱が宙を舞った。
 断末魔のようにしゃがれた声が響き渡った。
 くるくると空中で回転したその刃は、離れた場所にずぼりと刺さった。


【が、ぐ・・・あ、にき・・・】


 安綱を手放した嵐張はそのままばしゃんと崩れ落ちるように倒れた。


 ◇

■■京極 武’s View■■

 ざくん。
 回転した刃が俺の目の前に刺さった。
 ・・・おい、危なすぎんだろ。


【武さん、終わったのでしょうか】

【多分な。結弦のやつ、すげえよ】


 さくらに肩を借りて何とか戻ってきてみれば。
 まさに結弦が安綱を斬り飛ばすところだった。

 嵐張の口から怪しげな声で安綱の話が聞こえた。
 蹈鞴たたらって出雲の国で起こった鍛冶師一族だっけ?
 古事記の神様の一柱に関係してたような?
 安綱ってその時代に打たれたもんじゃねえのかな。
 それが戦国時代、伊勢に生まれた村正一族となんか関係あんのか?

 ・・・ああもう、刀剣のことなんか詳しく思い出せねぇ。
 こんな体調悪ぃときに考え事させんなよ。


「武様! まだご無理をなされては!」


 屋敷の入口にたどり着いた俺たちにソフィア嬢が駆け寄ってくる。


「俺だけ寝たきりってわけにもいかねえと思ったけど・・・終わってたな」

「ええ、結弦様が成してくださいましたわ!」


 そう、結弦だ。
 燻っていた彼があの嵐張を圧倒した。
 皆伝の儀は半端に終わってしまったけれど、それ以上の収穫があったんじゃなかろうか。


「おい、それよりレオンと爺さんは大丈夫なのか!?」

「・・・このアーティファクトがありますから」

「アーティファクト?」


 ソフィア嬢が見せてくれたアーティファクト。
 小さな置時計のような装置で歯車が露出している。
 ・・・え、これ、まさか!


「え、これ、もしかして時の歯車!?」

「はい、そうですが・・・なぜご存知なのですか!?」

「あ、いや・・・実は調べたことがあってさ・・・」

「会長のお話では先日解析が終わったばかりと聞きましたが」


 やべ! そうだよ、貴重なアーティファクトなんだよ。
 しかも未知だったものかよ。また怪しい言動をしちまった!

 時の歯車。
 使うと対象物の時間をある程度、巻き戻せるアーティファクトだ。
 絶命しても戻せるという反則級のアイテム。
 1度使うと魔力充填が必要だから、1回の遠征で1度しか使えない代物。


「と、とにかく! 早くレオンと爺さんに!」

「ええ、承知しておりますわ。向こうで処置をいたします」


 ソフィア嬢がすでにレオンと鋼玄を縁側に並べて寝かせていた。
 その隣に嵐張も。彼も満身創痍だった。
 刀を鞘に納めた結弦がソフィア嬢に寄り添った。


「ソフィア、来てくれて助かったよ」

「ふふ、お互い様ですわ。さ、先にこれを」


 ソフィア嬢が時の歯車をいじる。
 装置を起動したのか、3人の周囲が黄色い光の膜に包まれた。
 ・・・きっとあの中で時間が巻き戻っているのだろう。
 レオンも鋼玄も嵐張も、傷が塞がっていくのが見て取れる。
 彼らが静かに呼吸している様子を見て皆が安堵していた。


「結弦様。嵐張様に勝ることができましたわね」

「親父のおかげだ。あの姿を見なければわからなかった」

「良いお父様ではありませんか」

「はは、親父にも嵐張にもずっと呆れられてたけどな」

「ふふ、果たしてそうでしょうか」

「・・・?」


 ソフィア嬢の笑みに結弦は意外そうな表情だった。
 確執があった様子は俺も見ていたから結弦の意図はわかる。
 とにかく彼は乗り越えたんだ。


「ところでよ、魔力傷薬ポーションといい、こんなものまでよく用意してたな」


 さくらとソフィア嬢の魔力傷薬ポーションで手当を受けた俺。
 応援に来たはずのふたりがなんで用意していたのか。
 俺が素直な感想を述べるとさくらとソフィア嬢が目配せを始めた。


「それはほら、遠足に念のため傷薬を持っていくようなものですよ!」

「そうですのよ! 高天原学園の生徒なら、外出時に必須のものですわ!」


 あからさまに慌てるふたり。
 そんなことで誤魔化されるわけねぇだろ!
 と突っ込みたかったけど、ディスティニーランドの件を思い出す。
 そうか、用意が足りなかったのは俺か、と妙に腑に落ちた。

 あれ、つーことは。
 もしかして俺を心配してこんだけ用意してくれてた?
 俺が反省して対策しとけって話かもしれねぇよな。


「ああ、うん。そうだよな。俺が何も準備してねぇってのがおかしいよな」


 うん。今回も死にかけてたわけだし。
 むしろそれで救われたんだから感謝こそすれ突っ込むことじゃねぇ。
 用意周到なこのふたりのおかげで皆が救われたのだから。


「とにかく、ほんとうに有難う。助かったよ」

「ほほほ、貸しですわよ、武様」

「ぐ・・・わかったよ」


 そう、命を救われちゃ貸しひとつだ。納得するしかねぇ。
 隣でさくらが目を丸くしてソフィア嬢を見ていたとしても!


 ◇


「あんたってほんとに波乱万丈よね」

「俺だって平穏無事に生きてぇんだよ!」

「でも、ほんとうにご無事で良かったです」


 場面は飛んで、ここは高天原学園の食堂。
 結弦の実家に一泊してから5人で戻って来た日の夕食の席。
 留守番だったジャンヌとリアム君に土産話をした感想がこれだった。


「結弦くん、無事に免許皆伝できたんだね! おめでとう!」

「はは、皆のおかげだよ。ありがとう」

「お前の努力の結果だ、胸を張ると良い」


 リアム君とレオンが祝意を表する。
 結弦は満更でもない様子で微笑んでいた。


「いきなり丁寧語でなくなると驚くよな」

「ふふ、わたくしはこのくらいのほうが好ましいですわ」


 そう、結弦が突然に丁寧語をやめた。
 確かにラリクエゲームでは親しくなった相手には丁寧語をやめていた。
 でもそれは懇意になった相手にだけ。
 こうして仲間内全員に親しげに話しているのを見ると違和感バリバリだ。


「うん、色々と割り切ったんだ。慇懃無礼っていうのかな、親しくしたいなら丁寧にしてちゃ駄目だって思って」

「それだけ相手に近付きたいって思ったって?」

「そう! 遠慮してたら届かないって」


 嵐張を倒した後からだった。
 気付けば結弦は丁寧語を使っていなかった。
 いったい何が心境の変化だったのやら。
 ジャンヌといい、攻略前後で変わる対象がおかしい気がする。


「それで、お父様と弟様とは和解できたのね」

「そうだね、これも皆のおかげだよ」


 ジャンヌが確認すると結弦は嬉しそうに頷いた。
 あの日の夜は皆がふらふらだったので後始末をしてそのまま就寝となった。
 翌日、改めて皆が顔を合わせて話をする時間を作った。

 まず結弦が「道場に戻る前に、学園を卒業して自分の役割を果たす」と宣言した。
 すると鋼玄も嵐張も意図的に結弦に冷たくしていたことを謝罪していた。
 それに驚いた結弦に鋼玄が事情を語っていた。

 鋼玄の話をまとめるとこうだ。
 結弦のAR値が高いと判明したことを、鋼玄も嵐張も喜び誇らしく思っていた。
 天然理心流てんねんりしんりゅうの使い手が世界戦線で活躍できる、と。
 ところが結弦は免許皆伝をしたら道場を継ぐつもりだと言っていた。
 この片田舎の道場で満足してもらっては困る。
 だからふたりで、この道場に結弦の居場所がないよう画策した。

 鋼玄は免許皆伝を出し渋り嵐張を先に皆伝させた。
 嵐張は兄が邪魔だと言い切り自分が後を継ぐかのように振る舞った。
 その結果、あのような雰囲気が生まれていたという。


「ふたりともオレのためにやってくれていたから。そのおかげでここにいるわけだし」

「・・・良いご家族ですわね」

「うん。親父にも嵐張にも感謝しかない。こうやって大事な仲間ができたから」


 結弦が皆を見回すと、各々、微笑んで頷いていた。
 ・・・彼と皆の絆は順調に育ってたよ。良かった。


「ところで結弦。今回、俺は自分の未熟さを痛感した。闘神祭まで時間がないが、しばらく訓練に付き合ってくれ」

「ああ、もちろん! オレも色々試したいんだ」

「あたしも混ぜてよ。そろそろ一本、取って欲しいわ」

「はは、今度は負けないよ」


 結弦の余裕のある表情にレオンもジャンヌもにやりとしていた。
 ああ、こいつらは技術を高めるのが好きなんだな。
 戦闘狂とは言わねぇけど、もっと強くなっててほしい。
 俺が死にかけるシーンを作らないように!

 これで大団円的に終わったかな、と一息ついたところで。


「・・・武さん」

「あん? どした?」

「あのとき、助けていただいてありがとうございました」


 隣りに座っていたさくらのお礼に、そういえばそんなこともあったと思い出す。
 結弦の件で頭がいっぱいだったよ。


「ああ、うん。正直、無我夢中でさ、よく覚えてねぇんだよ。助けても死にかけたし格好悪いよな」

「そんなことは、そんなことは絶対にありません!」


 死にかけたせいか、激高しすぎたせいか。
 ほんとうによく覚えていない。
 格好がつかねぇなと思っていたけれど、さくらは俺の手を両手で取り顔を近付けてきた。


「貴方が助けてくれたのです! 他ならぬ貴方が! 身を危険に晒してまで!」

「う、うん。ドウイタシマシテ・・・」


 顔が触れそうなくらい迫ってくるのでたじたじになる。
 なんか乙女チックに銀色の目をきらきらと輝かせて来られると・・・。
 いつも、さくらがこうなると止められねぇ。


「そうです! 武様は頼りになりますわ」

「・・・俺はソフィアに助けられて貸しなんじゃねぇのか?」

「貸しは貸しですの。でもあのとき、さくら様を即座に解放できたからこその結果ですわ。そうでなければわたくしたちが斬られていましたのよ」

「お、おう」

「貴方のおかげで皆がこうして無事なのですわ!」


 いつの間にかさくらの反対側に来てたソフィア嬢が、さくらを真似てか手を持ち迫って来ていた。
 お前もお前で、なんでそんな金色の目を輝かせてんの!
 貸しじゃねえのか! 近すぎるって!


「ちょ、ちょっとふたりとも。わかったから。今は結弦を褒めてやろうぜ」

「いいえ! 武さんはもう少しご自分のことも褒めてください!」

「そのとおりですわ! ご自身の評価が低すぎますわ!」


 ・・・おかしいな、どうして俺が褒められる流れなんだ?
 今回、頑張ったのは結弦なのに。


「嵐張が強かったのは負けた俺がよく分かる。武、お前はよくやった」

「武は無手だったんだよね。丹撃だけでよく嵐張から取り戻せたなぁ」

「いや、だから死にかけてただろ」


 いつの間にかレオンと結弦が話に加わっていた。
 だからお前のほうが頑張ってただろ!
 俺がいくら否定しようと彼らからの賛辞は続いた。

 いくら褒められようと死にかけてちゃ格好悪いと思う俺は改めて決心した。
 次からは魔力傷薬ポーションみたいな対策グッズを携帯しよう、と。





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