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第3章 到達! 滴穿の戴天

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■■小鳥遊 美晴 ’s View■■

 悔しかった。
 橘先輩が先輩に抱きついてることが。
 先輩は嬉しそうに肩に手を回していた。
 1番なんだから当たり前。
 当たり前なのに・・・!

 私は先輩の隣で笑えてない。
 これだけ頑張っているのに先輩は私を見てくれていない。
 まるで私なんて最初から居なかったかのように。

 わかってる。
 とても綺麗なさくらさん、美人のソフィアさんだっているんだ。
 響ちゃんだって、凛花先輩だって綺麗だ。
 相変わらずおかっぱで根暗な私。
 普段、傍にいない私が先輩の眼中に入っていないことくらい、わかってる。

 告白したときに「迷惑じゃない」って言ってくれたけど。
 傍に居ても意識してもらえないっていうことの辛さが我慢できない。
 先輩が私を見てくれていないことが悔しい!


「・・・せん、ぱい・・・」


 声が震えていた。
 目頭が熱い。
 だめ、こんなんじゃ。
 先輩に、余計に嫌われちゃう・・・!


「・・・小鳥遊さん、やっぱ気分が悪ぃのか?」


 先輩は的外れなことを言った。
 体調を心配してくれているのは嬉しいけど。
 今は、そうじゃない!


「ちが、います!」


 声が上擦っていた。
 先輩は目を丸くしている。
 駄目。私、先輩にこんなこと言いたいんじゃない。


「ちょっと、武!」

「痛ぇ!?」


 橘先輩が先輩の耳を引っ張って向こうへ連れて行った。
 何やら内緒話をしている。
 聡明な橘先輩だ、鈍い先輩に私のことを教えてるのかな。

 ・・・悔しい。
 そんなので宥められても嬉しくない。
 私の気持ちが盗まれてるみたいで。

 橘先輩に何かを吹き込まれた先輩がこちらに来る。
 今は・・・先輩の話なんて聞きたくない!

 ――私を見てもらうには。
 橘先輩と同じことくらいするんだ。
 そう、あの変な装置で覚醒すれば!


「あの! 凛花さん!」

「あ~? ちっこいの、どうした?」

「私もあの装置を使わせてください」

「ん~、やめとけ、君じゃ不安定過ぎる」

「え・・・」


 断られてしまう。
 崖から突き落とされたように、ずしんと心が重くなった。

 橘先輩みたいに装置を使うことができない。
 どうやっても橘先輩との差は埋められないの?
 私、ずっと見てもらえないの?
 そんなのって・・・!


「それでも・・・やります!」

「あ、おい・・・」


 私は強引にあの黒い装置のところへ行って座った。
 橘先輩がやっていたように両手を装置に添えて。
 きっとこれで魔力を流すんだ。

 魔力・・・魔力ってどうやって操作するの?
 この、ずっと身体を蝕んでるもやもやを押し出せば良いのかな。


「ん・・・!」


 お腹に力を入れて。
 目を閉じて、とにかく腕に何かが集まるようにしてみる。
 ずっとぐわんぐわんして目が回っている。
 そこに力を入れたものだから、もうまともに体勢を維持できない。
 私は装置にしがみつくようにして座っていた。

 ・・・。
 ・・・。
 ・・・。
 何も起こらない。

 もう私は七試練の勝負のことなど頭から抜け落ちていた。
 どうにかしてこの装置を動かして先輩に見てもらう!
 きっと橘先輩みたいに覚醒して具現化リアライズできるから!
 それしか頭になかった。

 目を閉じてうんうんとひとり唸って。
 何も起こらないことに焦りだけが募る。
 このままじゃ意味がないってわかってる。
 凛花さんか、先輩に止められちゃう。
 それより前に動かさないと!

 駄目だとわかっているのに、無駄なことを続けていた。
 きっと皆には滑稽に映っている。
 だから自分が余計に惨めに思えてくる。

 もう私は辞めるタイミングがわからなかった。
 これで目を開けたら、誰かに止められたら、すべてが終わってしまう。
 この惨めな時間さえ先輩の傍で何かできる貴重な時間。
 こんなぐちゃぐちゃの自分なんて・・・。
 目を閉じていても、じわりと目頭が熱くなっているのがわかった。


お嬢さんマドモアゼル、頑張っているね。お手伝いしよう」

「・・・!?」


 そうして絶望の淵に立っていた私に向かって。
 低くて太い、でも紳士的な口調の声がした。
 その声の主は目を閉じて座っている私の両肩を後ろから掴んでいた。
 突然のことに身体に緊張が走った。


「それ、いくぞ。深淵を覗いて来るんだ」

「あの・・・!?」


 知らない誰かに何かをされる。
 さっきまで自棄になっていたというのに急に怖くなった。
 得体の知れない何かをされる恐怖にぞくりとする。
 だから目を開けて振り向いて抗議しようと思った。
 でも・・・それよりも早く、その人は私に何かをした。


「!? きゃああぁぁぁ!」


 掴まれている肩から、ずぐんと押し出されるような熱が身体に走った。
 それは一気に身体中を駆け巡り、私の身体の自由を奪う。
 電気が走ったかのようにびくんと跳ねて、それきり動かせなくなった。

 でもそれで良かった。
 結局、私にはここで目を開けて先輩と向き合う勇気がなかったから。
 変な声が聞こえたような気がしたけど、すでに私は意識を手放していた。


 ◇

■■京極 武 ’s View■■


「みーちゃん!!」

「小鳥遊さん!!」


 工藤さんと同時に俺は小鳥遊さんへ駆け寄った。
 深淵の瞳が光ると同時に悲鳴をあげた彼女は、そのまま椅子から崩れ落ちていた。
 ふたりで小鳥遊さんを抱き起こす。
 彼女の全身は燃えるように熱かった。
 まるで流行り病で高熱に冒されているかのように。


「みーちゃん、しっかり!」

「おや、彼女には刺激が強すぎたかな」

「てめぇ、何しやがった!」


 くそっ! どうやって声をかけるか迷った俺のせいだ!
 もっと早く止めさせていれば!!
 そんな俺自身への後悔に歯噛みした。
 だからその間隙につけいったこの男に怒りをぶつけていた。


「これは心外な。吾輩は彼女を手伝っただけ。高天原の学生はこうも野蛮なのか」


 俺が見上げると、高天原のものではない制服に身を包んだ男が立っていた。
 グレー地のジャケットに肩口は銀の2重ラインの入ったデザイン。
 白シャツに黒いタイをしていて、深紅のベレー帽。
 これは・・・キャメロットの制服!


「同意もなく勝手すんじゃねぇ!」

「おや? 先ほどから見ていたが、まさか君からその言葉が出るとは思わなかったよ」

「・・・!!」

「吾輩に怒鳴るとは筋違い。さすがは黄色人種イエローモンキーだ」


 図星だった。
 小鳥遊さんが俺のために無理をしていることは誰の目にも明らかだったから。
 こいつの言うとおり止められなかった俺の責任だ。
 リアルでさえ時代遅れな言葉で罵られたことも受け入れてしまうくらいに。


「・・・紳士なら淑女の取り扱いを間違えんじゃねぇよ」

「ふ、吾輩は彼女の望みを叶えただけ。それが紳士的でないと?」

「ゲルオク、この無能に付き合う必要はない」


 お高くとまった男の隣から同じ制服の女が割って入った。
 ボブカットの赤髪に鋭い翡翠色の目。彼女は見下すように俺を見ていた。
 その冷たい視線に気圧されそうになってしまうが負けてはいられない。
 ・・・いや、それよりも今は!


「・・・さくら、工藤さんと保健室へ!」

「は、はい!」

「みーちゃん・・・! 頼むよ、さくら先輩!」


 ショックを受けた小鳥遊さんをふたりで運んでもらう。
 工藤さんは動揺しているがさくらがいれば大丈夫だろう。


「行きましょうゲルオク。予選が始まるわ」

「そうだな、要らぬ時間を食った」


 そんな俺たちなど眼中にもないという態度で。
 キャメロットの男女はそのまま立ち去ろうとした。


「おい待て! 失神させてそのままとは見過ごせないね」


 凛花先輩が見兼ねて、その傲慢な男の肩に手をかけた。
 すると男は顔だけ振り返り冷たい目で凛花先輩の手に自分の手を重ねた。


「現代になっても黄色人種イエローモンキーのままというのか、無礼者め。麻痺電撃ショックボルト

「うがっ!!」


 ぴかりと凛花先輩の身体が光った。
 ばちんと弾ける音。まるで電気がショートしたかのように。
 そのまま凛花先輩がふらりと崩れ落ちていく。


「凛花先輩!?」


 まさか凛花先輩が!? 1撃で!?
 慌てて俺は駆け寄り、何とか抱きとめた。
 彼女の身体に触れると、静電気のように強い電気がぱちりと駆けた。

 ――麻痺電撃ショックボルト
 スタンガンのように相手を麻痺させる魔法。
 凛花先輩をやるなら相当な魔力が必要だと思う。

 ・・・いったいこいつは何者だ!?
 いや待て――ゲルオク、キャメロット、電撃魔法。
 こいつ、もしかして・・・!


「それ以上は見過ごせませんわね、ゲルオク=フォン=リウドルフィング閣下」

「おお、ソフィではないか!」


 ずっと俺たちを見下す態度を取っていたその男の前にソフィア嬢が立ちはだかった。
 ゲルオクと呼ばれた男の声は弾んでいる。
 だが対照的にソフィア嬢の声は冷え切っていた。


郷に入りては郷に従えAndere Länder, andere Sitten。高貴な身分であればこそ、ご自身の無礼な振る舞いくらい自覚なされてはいかがですの?」

「吾輩はその故郷を遠く離れソフィを探しに来たのだよ!」

「何度も申し上げておりますわ、クロフォードとお呼びくださいませ」


 ゲルオクは馴れ馴れしい態度を崩さずソフィア嬢に近寄る。
 だがソフィア嬢は嫌悪感を剥き出しにして後ずさった。


「それよりも吾輩との縁談を白紙に戻すとは納得がいかぬのだよ」

「・・・理由は散々に申し上げたはずですわ」

「高天原など極東の小国に過ぎぬだろう。君が見初める者などいるはずもない」

「あら。それを確かめにいらしたのではなくて?」


 話だけ聞くとソフィア嬢のおっかけ貴族様。
 ラブコメでもありそうな展開。
 さもありなん。これ、ラリクエのイベントのくだりだよ。


「武。凛花さんは大丈夫?」

「ああ。スタンガンを食らったようなもんだ。凛花先輩は丈夫だからちょっと気絶してるだけだよ」

「ん、良かった。ほら、私が看てるから」

「うん、頼むよ」


 抱えていた凛花先輩を香に任せる。
 俺はゲルオクにふたりのことを謝罪させねぇと!


「どうした武、何かトラブルか?」

「お、レオンか」


 時間だから戻って来ている道中だったのだろう。
 大声を出して騒いでいる俺たちに気付いたレオンが声をかけてきた。


「あの男が小鳥遊さんを・・・」

「ああ!! レオン様!」

「どわ!?」


 今度は女のほうが急に飛び出し、俺を突き飛ばしてレオンに駆け寄った。


「レオン様! レベッカでございます!」

「む、レベッカか。どうしてここに?」

「貴方様に会いに参ったのです!」


 先までの冷たい視線は何だったのか。
 LLLレオン・ラブ・リーグに匹敵するくらいお熱な視線をレオンに向けている、レベッカと呼ばれた女。
 完全に顔がお花畑になっていた。

 なんだよ、お前はレオンの関係者か。
 ・・・ん? レベッカ?


「あんまりです! 私がこれほどお慕いしていますのになしのつぶてなんて!」

「出立前、今は興味がないと伝えたはずだが」

「何度も連絡も差し上げています。それほど私は取るに足らぬ存在ですか!」

「それも都度、同じ返事を出しているぞ」


 ・・・。
 こっちはレオンが目的かよ。

 えーと。俺的には怒鳴って謝らせたいんだけど。
 入り乱れてそれどころじゃなくなってきた。

 つーか、ボブの赤髪でエメラルドの瞳のレベッカって。
 レベッカ=グレンヴィルだよな。
 これもラリクエのイベントじゃん。


「いい加減にしてくださいまし。わたくしはゲルオク閣下に興味はございません」

「ソフィ! 君を虜にして離さない奴がここにいるということだな!」


 向こうは向こうで盛り上がってんな。


「直接的な表現は避けていたのだがな。レベッカ、俺がお前を好くことはない」

「レオン様! 貴方様の心に棲み着いた人がこの学園にいますのね!」


 こっちもこっちで。

 両方ともストーリーどおりの展開だよ。
 問題はこれ、本来は2年生の闘神祭で起こるイベントだってことだな!


「・・・うん?」

「・・・あら?」


 ゲルオクはレオンに目を留める。
 レベッカはソフィア嬢に目を留める。


「ソフィ! 君を虜にしているのは彼だな!」

「・・・はい?」

「レオン様! 貴方様の想い人は彼女ですね!」

「・・・うん?」


 ゲルオクもレベッカも納得したように頷いて。
 そして互いに目配せして、もういちど頷いた。


「レベッカ。吾輩はソフィの目を覚まさせようと思う」

「ゲルオク。私もレオン様に現実を見据えていただこうと思うの」

「・・・」


 レオンとソフィア嬢は何が起こっているのか把握しきれていない様子。
 たぶん元のイベントを知っている俺だけが事態の展開に気付いていた。
 そして別々のイベントがまた同時に起こっているということにも!


「聞け! 吾輩とレベッカはこの闘神祭のフツヌシの部に出場する! もし吾輩たちが優勝するならば、高天原はキャメロットに比して取るに足らぬ実力しかないということの証明となる!」

「レオン様! そうなれば高天原は貴方様にふさわしくない場所です! キャメロットへの復籍・・を働きかけます!」

「ソフィ、吾輩が証明すれば、そなたがこの学園に居る意義なしとクロフォード閣下に伝えることになる!」


 そうして宣言をするふたり。
 レオンもソフィア嬢も、急な展開に目を白黒させていた。

 俺も彼らと同じく、驚きとともに焦っていた。
 時系列のずれを考慮できておらず、何の準備もしていないかったからだ。
 反省が生きていない自分に怒りさえこみ上げてくる。
 なにせAVGパートのゲームオーバールートがあるイベントでもあるのだから!




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