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ハチャメチャの中学2年生

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 九条さんのフラグが折れなかったので、俺は大人しくクリスマス会に参加することにした。
 逃げてバレンタインみたいな事があったら困るし。
 橘先輩に連絡してみると「え? もう予定してると思った」そうで。
 俺達5人で開催する準備をしているとのこと。
 それならそれで連絡くれよ!
 ともかく、当日の予定を話し合った。
 去年と同じく、こぢんまりが希望と言ってみたら、
 「ハーレムしといてそれは無いんじゃない?」
 と。ぐぅの音もでねぇ。
 結果、飾り付けは昼過ぎから桜坂中学組が担当。
 ツリーは飾り無しで部屋に設置しておいてくれるそうな。
 他、料理やケーキは橘先輩のところで用意してくれると。
 お金が掛かる方を助かるぜ!
 礼を言うと、
 「何なら当日の夜に身体で払ってくれても良いんだよ?」
 と言われたので全力で断った。
 油断すると既成事実を作られそうで恐ろしい。
 JCと思っていた橘先輩もそれなりの身体つきになってきたし。
 気を付けよう・・・。


 ◇


 翌日、皆にその予定を説明した。
 御子柴君と花栗さんはあの・・橘さんとご一緒できると喜んでいた。
 飾り付けも事前に用意して、と計画を立てている。
 九条さんも嬉しかろうと思って顔を見たら、少し浮かない様子。


「あれ、どうしたの?」

「ええと・・・わたし、飾り付けをした事がなくて」


 そうだよ、お嬢様だったよ!!
 去年は飾り付けをしなかったから露見しなかったのか。


「さくらさん、私が教えてあげる!」


 すかさず花栗さんが九条さんの両手を取る。
 勢いに気圧されてたじろぐ九条さん。


「安心して。怖いことはしないから・・・」

「え・・・」


 言い方!!
 怯えてんじゃねぇかよ!
 つーか何する気だよ!


「武、俺達も頑張ろうぜ」

飾り付け・・・・を、な」


 楽しそうに肩を組んできた御子柴君に釘を刺す。
 今のところ、御子柴君に橘先輩や花栗さんのような裏のある言い方を感じたことは無い。
 だから彼には真っ当に育ってほしい。
 真っ当に・・・あれ、真っ当?


「それじゃ、24日の午前中に買い出しして、お昼食べて、午後から橘先輩のところで飾り付けで」

「はい、分かりました」

「おう」

「はーい」


 ◇


 放課後、リア研にて。
 俺は魔王の霧の入手について考えていた。
 リミットはあと1年しか無い。

 「霧」と呼ばれるのだろうから気体だ。
 遮光効果があるのだから色があるのだろう。
 微粒子かもしれない。
 今の空気中に残存はしていないか、あったとしても極微量で人体に影響はない。
 もし空気中の霧を濃縮する方法があったら入手できるか?
 でもそんな装置を探して、俺個人のために使わせてくれる、なんて現実的ではない。
 そもそも魔王の霧が空気に無い可能性もあるし。

 どこかに容器に入れて保存している可能性は?
 軍事用や研究用にあるかもしれない。
 けれどそんなに大量には無いだろう。
 放射性物質みたいなものだ、危険すぎる。
 機密情報になるくらいだ、俺が手出しできるものじゃ無い。

 そうすると・・・どこかに残っている霧を探すことになる。
 気体って残るのか?
 メタンハイドレートみたいに固体になってればあるかもしれないが・・・。
 沸点が低いから空気中に舞ったわけで。
 凝固点を考えると固体がある訳がない。

 あとは洞窟とか空気の吹き溜まりみたいな場所を探すか。
 ・・・あんのか、そんなとこ?
 リアルで過去の空気に触れるなんて聞いた事がない。
 そんな吹き溜まりがあるとしたら空気が入れ替わらないから酸素もなかろう。
 行けば死ぬ。
 
 うーん、化石とかに含まれてればなぁ。
 化石・・・過去の遺伝子を蘇らせてってあったな。映画だっけ。
 氷の中に閉じ込められた生き物を再生するってやつ。
 ああいうのって、極地の氷の中にあるんだろ?
 この世界って1度温暖化で溶けてるから消え去ってるな。
 過去生物クローン再生の夢・完。

 ・・・待て。
 今の極地の氷河はいつ出来た?
 魔王の霧が地表を覆っていた時だ。
 なら、その氷に閉じ込められているものは何だ。
 そうか、氷の中にならあるはずだ!
 また温暖化が進んで氷が溶けている南極。
 その氷から出てくる気体に混じっているかも!?
 一番可能性が高そうだ!
 南極の氷なら機密扱いにもなってないだろう。
 一か八か、可能性にかけて南極に行こう!

 俺は南極へ行くためのの情報を集めた。
 先ずリアルにあったような南極観測基地がまだ存在するのかを確認した。
 温暖化による氷河溶解で多数の基地が水没し、観測は1度途絶えていた。
 その後、国際調査団が定期的に組織され、毎年日本から調査船を出していた。
 その中核組織は日本海洋大学。
 東京の近郊にある、海洋研究の第一人者を輩出する大学だった。
 さらに調べてみた。

 ・・・
 南極探索船、8代目しらせ。
 現在、日本から南極大陸へ調査団を派遣している。
 毎年7月に調査団を組む。
 現地まで1か月、調査1か月、帰還1か月の計3か月。
 国による調査のほか、海洋研究の研究生や他国調査団の受け入れなどをしている。
 ・・・

 ふむ。
 ここに何とか潜り込めないだろうか。
 7月から3か月なら休学しても夏休みがあるので2か月で済む。
 仮に魔王の霧を浴びるのに成功して生き残ったとして。
 身体に定着する時間が必要かもしれない。
 この辺の詳しいところは調べきれなかったからなぁ・・・。
 数か月あれば受験には間に合うか?
 ううむ、綱渡りになってきた。不安だ。
 高天原の受験は12月だ。
 多少のハンデにはなるけど、勉強は事前に貯金を作っておけば何とかなる。よな?
 8代目しらせによる、第250次観測隊に関する募集を探した。
 研究目的によるものばかりで、一般人が潜り込む隙がない。
 さすがに中学生が研究者なんて無理がある。
 ん・・・?

 ・・・
 なお、毎年、世界語通訳ボランティアを若干名募集しています。
 ・・・

 これだよ!!
 まさか世界語がここで役に立つとは!
 これに応募するしかねぇ!
 俺は募集要項を確認した。
 研究室で面接を受けて採用可否を決めるらしい。
 俺は迷わず申込の手続きをした。


 ◇


 海浦駅からさらに15分。
 日本海洋大学の校舎は東京湾に面した広い敷地にあった。
 まさかラリクエで全く関係のない大学に来ることになるとは。
 大学独特の自由な空気を浴びるのは久しぶりだ。
 この時代も学問の自由を標榜する大学の出入りは自由だ。
 中学生がひとりでなんて、補導もんだからな。

 俺は連絡を入れた研究棟を目指した。
 面接会場はこの調査隊を統括する海洋環境研究学の研究室だ。
 御子柴研の扉の前まで無事に到着。
 途中、すれ違う学生には「こんな子供が?」的な顔をされた。
 仕方がない、自立後見しているとはいえまだ14歳なのだから。
 扉をノックすると「どうぞ」と声が聞こえた。
 中に入ると壁一面に大小のモニターが設置されている部屋だった。
 椅子と机がいくつかあり数人の学生と思われる男女が談笑している。
 返事をしたのは席に座っている若い女だった。


「あれ? きみが京極くん? やっぱり若いねぇ」

「はい、京極 武です。よろしくお願いします」

「中学生だけど自立後見してるんだって?」

「はい、こちらに」


 俺は例のカード、IDsアイディスを起動させる。
 年齢の横に「自立後見者」と表示されていた。


「なるほど、確認した。ありがとう」


 これで大人として扱ってくれるだろう。


「申し遅れました。私はこの御子柴研の准教授、芳賀はがです。よろしく」


 芳賀と名乗った助教授は、丸眼鏡をした穏やかな顔つきの女性だ。
 威圧感がないので話しやすい。


「本当は教授の御子柴がお話しする予定だったんだけど、生憎、会議でね」

「そうなんですね。面接は芳賀さんが?」

「ええ。早速だけど、世界語がどの程度できるか、見せてもらえるかしら」

「ええと、どうすれば?」

「私、机上の資格とか信用してないの。ちょっと待ってね」


 そう言うと芳賀さんはモニターで画面を映した。
 世界地図が表示され、いくつかのポイントに点が表示されていた。
 おそらく協力機関か何かだろう、ポイント別に組織名が出ている。
 芳賀さんはロンドンにあるポイントを指定した。
 画面が切り替わり、ホログラムチャットの相手が表示された。
 相手は気難しそうな中年の男性だ。
 金髪に白髪が混じり、額に刻まれた皺が彼の経験を裏打ちしているようだ。


【ごきげんよう、ヘルモンド教授】

【ごきげんよう、芳賀准教授】


 ふたりは世界語で挨拶をしていた。


【教授、今度の南極観測で通訳ボランティアを志望する京極くんです】


 いきなり話を振られてびっくりするが、そこは四十路。慌てない。


【はじめまして、京極 武です】

【おお、これは前途ある若者だ。ヘルモンドだ、お見知りおきを】

【教授、貴方の研究室の学生と彼に話をさせていただけませんか】

【なるほど、そういうことか。では、観測船搭乗志望者に話をさせよう】

【ありがとうございます】


 ヘルモンド教授は画面の向こうで誰かを呼び、話をしていた。
 やがて大柄な青年が姿を現した。
 収まりの悪い癖のある金髪に整った顔つき。
 鋭い目から覗く碧眼は、若いというのに威圧感さえある。
 誰が来ても慌てない、と構えていたのに俺はその姿を見て動揺した。


【初めまして。俺はレオン=アインホルン。次回の南極観測船に搭乗予定の者だ】

【初めまして。京極 武です】

【見れば若そうじゃないか。レオンと呼んでくれ、武。敬語は不要だ】

【はい・・・それなら遠慮なく、レオン】

【ああ、それでいい。何せ、この観測隊は老人ばかり参加するからな、若い者が少なく息苦しい】

【レオン、俺は今回、通訳ボランティアとして参加予定なんだ】

【そうか。別にどういう形でも構わんさ。若い方が感性が合いそうだからな】


 俺がレオンと話をしている様子を見ている芳賀さん。
 通訳の腕試し的には全く問題がないだろう。
 何せ、いつもこうやって飯塚先輩と話をしているからな。
 もはや会話なら母国語レベルに操れる。
 だが・・・俺は内心、激しく焦っていた。

 どうしてこいつなんだよ!!
 ラリクエ主人公の1人じゃねぇか!!
 俺と同い年だぞ!? 何で大学の研究室にいるんだ!
 飛び級か!? そんな設定あった!?
 確かに出身はロンドンだったけど、この遭遇はないだろ!

 頭は大混乱。
 おかげで何を話したか全く覚えていない。
 とにかくそれっぽい会話を流しただけ。
 しばらく様子を見ていた芳賀さんが声をかけてきた。


「京極くん、そろそろいいわ」

「あ、はい」

【ごめんね、ヘルモンド教授に代わってくれる】

【了解】


 絵になる礼をしてレオンは退場し、ヘルモンド教授が映った。


【彼は優秀だね、何の遜色もない。うちで雇いたいくらいだよ】

【残念、うちが手をつけましたから。人材の引き抜きは止めてくださいね】

【ははは。どこも人材は不足しているからな、羨ましい限りだ】

【ご協力ありがとうございました】

【なに、こちらもまた世話になるだろう。それではまた】


 画面が途切れる。
 芳賀さんが俺に向き合うと、雑談していたはずの学生達が俺を囲んでいた。


「キミ、すごいな! ペラペラじゃないか!」

「外国に住んでいた事があるの? 親が国際機関の関係者?」

「通訳なんだよね! 移動中、世界語の手解きしてくれよ!」

「えっと・・・」


 無関心かと思っていたら、様子を見ていたらしい。
 逆の立場で英語がペラペラの中学生が来るって考えれば、まぁ分からなくもない。
 俺も英語は苦手だったしな。


「はいはい! 京極くんが困ってる。解散!」


 芳賀さんの一括で学生たちは元の場所へ戻った。
 若いと思ったけど准教授。生徒の統率は取れてるんだな。


「ごめんね、世界語が苦手な子が多くて。キミの実力に当てられたみたいね」

「はぁ」

「出港までに揃えて欲しい書類があるから・・・リストしてキミの端末に送っておく」

「あの・・・」

「あと、何回かここにきて欲しい。専門用語と基礎知識を覚えてもらいたいから」

「ちょっと、良いですか?」

「なに?」

「面接はパスしたってことで良いんですよね?」

「え? あ、ごめんごめん! そう、文句なし、合格!」


 少し慌て者ですかね、芳賀さん。
 俺は必要事項の説明を聞き、日程の調整を受けた。
 よし、何とか南極行きまでの算段が確保できたぞ。
 しかし・・・ここで会うのかレオン。
 既に絡まれそうな予感がするが、覚悟しておくしかない。
 なるようになるだろ。


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