43 / 62
怒涛の中学3年生
043
しおりを挟む
今年の卒業式は知っている先輩がいなかったこともあり、そんなに記憶に残らなかった。
仲間内の3人はそれぞれに先輩がいたので卒業式後の壮行会は盛り上がっていた様子。
こういう時、リア研のひとり具合が物寂しくなる。
それでも時間が過ぎていくんだなぁ、とおっさんっぽい感慨に耽っていた。
年度末までに俺は3回、月1ペースで日本海洋大学へ通った。
芳賀さんの指導で海洋研究のいろはを叩き込んでもらっていた。
専門用語が訳せなければ通訳として片手落ちになってしまう。
「飲み込みが早いね、これならあと2、3回で良いかも」
と回数を減らすことを検討してくれて有り難い限り。頑張ろう。
出港は7月の最初だ。
それまでに受験の準備と勉強の上積みをしておかないといけない。
あっという間に年度末を迎え、気付けば4月に入っていた。
朝、走り込んでいる土手から3度目の桜を眺めた。
この時期、桜坂中学は桜吹雪に染まる。
出会いと別れに咲く桜は期待と不安を運んでくる。
この季節を早く迎えたい、来てくれるな、そういう人の心模様に花を添える。
やはり日本人の心は桜だ。
俺も来年、4度目の桜を見納めるんだ。
そのときあの桜吹雪の中で笑っていられるよう、走り続けよう。
◇
4月最初の登校をしてクラス替えが発表された。
俺と九条さんは安定のトップクラス。
懸念だった御子柴君と花栗さんもなんとか同じクラスに留まったようだ。
クラスが表示されている電子掲示板の前で、ふたりが手を取り合って喜んでいた。
その笑顔を見て俺も口元が緩んでいた。
座席は安定の端っこ暮らし。
皆も去年と同じ配置で座った。
隙を見て御子柴君が俺の隣に座ろうとしたら、負のオーラを出した九条さんに無言で押し戻されるという一幕も。
御子柴君、こればかりは誰も擁護できねぇ。
九条さんを倒してからにしなさい。
その日の昼休み。
「俺、緑峰高校を目指そうと思う」
御子柴君がそう宣言した。
「本当は武と同じとこを目指したいんだけど、さすがに高天原は無理だ・・・」
「まぁ、な。九条さんくらいじゃないと余裕はねぇと思う」
「余裕がないながら射程に入っているレベルのお前が素直に凄い」
「でも緑峰高校も相当レベル高ぇだろ? 大した目標じゃないか」
そう、今の時期に進路を決め、皆、受験勉強を本格化するのだ。
「私も緑峰高校にするつもり。諒くん、仲間ね」
「え? 若菜さんも?」
「折角、頑張ってこのクラスの勉強についていってるんだもの。それなら頑張りたいじゃない」
至極、真っ当なご意見だった。
俺も九条さんも、そういった意味では進路について悩んでいない。
ひたすらに勉強あるのみだ。
「ところで、勉強するなら部活はどうすんだ? 今年も続けんの?」
俺は聞いてみた。香さんの例もある。
「俺は夏の大会までやる。けどレギュラーは後輩に譲るかな」
「やっぱり勉強か?」
「それもあるけど、後輩を育てたいって思うから。俺も先輩から引き継いだし」
「なるほどね」
御子柴君、立派な大人になってきた。
あの猪突が懐かしい気がするほどだよ。
「私は7月のコンテストが終わったら引退かな」
「作品を出すんだ?」
「ええ。去年はその、この時期に色々あったから。今年は出品したい」
少し遠い思い出のように語る花栗さん。
色々とはハッキング事件のことだろう。
・・・まぁ言及はしない。
でもこうやって友達になれたのだから悪いことでもないと思う。
「九条さんは?」
「わたしは日本大会までやります。部長は2年生に譲りますが」
「そっか、じゃあ自分の練習に専念できるね」
「いえ、わたしも後輩指導をやります。先輩から沢山、教えてもらいましたから」
「あ、さくらさん。その先輩って、橘さん?」
「はい」
「ああ~!! お姉様と先輩の美しき師弟愛、見たかった・・・」
「ええ・・・」
花栗さんがうっとりと妄想を膨らませると、九条さんはちょっと引いていた。
この光景が徐々に受け入れられるようになってきたあたり、俺も毒されてしまったのか。
「武はどうするんだ?」
「俺はひとりリア研だから。卒業まで辞められねぇ」
「でも誰もいないなら卒業したらお取り潰しじゃない?」
「まぁ、そうなんだけど。こればっかりは後輩が入ってくれることを祈るしかねぇ」
自分の努力で解決できるならしている。
努力・・・勧誘活動? すんのか、あの部活で?
活動内容なんてあってないようなもんだからな。
何をどう説明すれば良いのか分からん。
まさか先輩のように残念勧誘するわけにもいかねぇだろうし。
託されたとはいえ、そこまで責任は持てねぇよな。
ちょっとは真面目に考えたほうが良いのか?
◇
放課後、部活の時間。
安定のぼっちリア研で先輩と話をしていた。
「後輩が来なかったら今年で最後になるな」
『うん、仕方がないよ。京極君が引き継いでくれただけで十分だよ』
「何もしてないんだけどなぁ」
『あはは、そういう部活だからね。でもまだ、誰か来るかもしれないから』
「そもそも勧誘ってどうやってたんだ?」
『えっと。ありのままを見せる?』
「・・・俺が勧誘された時は?」
『え? ビビッ!って来たから、魔法少女風にしてみたんだよ』
あの○ョ○ョ立ちは魔法少女だったよ!!
つか、何のフリだったんだよ・・・今更ながら。
『でも活動内容を取り繕っても意味がないからね』
「まぁそうだよな。誰か来たらありのままを話してみるよ」
『うん、お願い』
「ところで、先輩は今年も時間取れそうなのか?」
『あ、そうだ。私が去年、頑張っちゃったから・・・コンテストとかボランティアとか、予定が増えちゃって』
「できない日がある?」
『えっと・・・後輩の面倒を見なきゃいけない。特に1学期は時間がなさそう、かな・・・』
「そっか」
『でもね、京極君。あなたの世界語のレベル、もう十分だと思うの』
「え? だってまだ2年間しかやってねぇし」
『通訳も出来るレベルだよ。会話も違和感ないから、あとはライティングだけ』
「じゃあ、学校のテキストとか問題集をやればいい?」
『そうだね。ライティングができれば、どこの高校でも大丈夫だよ』
知らなかった、そこまでレベルが上っていたのか。
・・・リアルで社会人が英語教室に通ったとして、週に数回、1時間。
そう考えるとコンスタントに毎日1時間を約2年ほど続けた俺のレベルが高いのは当然、か?
でも先輩が言うならそうなのだろう。
「わかった。じゃあ1学期はここでライティングの自習をする時間に当てるよ」
『うん。そうしてもらえると助かる』
「夏休み明けから受験の準備をしたくて。我儘なんだけど、10月くらいから付き合ってもらえねぇかな」
『つ、付き合うだなんて、そんな・・・』
「そっちじゃねえ! なんでいきなりボケてんだ!」
『ええ? 私、これだけ京極君に尽くしてるのに・・・』
「・・・いや、それは事実だけど! 本当にお世話になってるけど!」
『だったら良いじゃない。またご飯、食べに連れてって』
「ああもう、わかったよ。今度、こっちに顔出してくれた時にな」
『わーい! 約束だよ!』
・・・「わーい」なんて素で聞いたの初めてだぞ。
先輩はそのままログアウトしたようだ。
うん、前期はひとり自習。そう割り切ろう。
受験前に調子を取り戻すため、先輩に付き合ってもらおう。
◇
4月半ば。
俺はリア研にて変わらずぼっち自習の時間を満喫していた。
誰もいないしんとした部屋での勉強は捗る。
リスニングとスピーキングを散々やってきたので、単語の綴を覚えるだけ。
あ、こういう文字を書くのか、と。
知っているフレーズにアーベーツ(世界語のアルファベット)を当てはめていく。
リアルの英語は逆だったな。
単語の綴を覚えて、文法を覚えて。
それからリスニングをして何とか理解していった。
でもネイティブの人間は今、俺がやっている方法で勉強するはずだから、こっちの方が自然なはずだ。
・・・ネイティブ?
ひとりツッコミを入れたタイミングで。
しんとした部屋の扉ががらがらと開かれた。
「すみません」
誰か来た。うお、1年生!?
女の子だ。おかっぱ頭。
え、これ、部活見学!? だよね!?
「ああ、どうぞ」
激しく動揺しながら入室を促す俺。
えええ、ちょっと! 先輩ってこのタイミングで○ョ○ョ立ちしてたんだろ?
ビビッとくるどころの話じゃねぇぞ!?
「ありのままのリア研にようこそ!」
なんだよありのままって。
雪の魔法で城なんか作っちゃうやつか?
ほら、1年生女子が怯えてるじゃねえかよ。
あ、部室が暗いまんまだからか・・・俺、先輩の時より駄目じゃね?
「あの・・・ここ、具現化研究同好会、ですよね?」
「ああ、うん。通称、リア研だ」
「どういった活動をしてるんですか?」
彼女はきょろきょろと部屋の棚を見たりしている。
この部室にあるものは、測定器といった小道具と、先輩が作った小冊子くらい。
はっきり言って、何もなさすぎて活動内容は掴めない。
「えっと。リアライズについて絶望するところ?」
「ええ・・・」
あれ?
なんか俺、残念先輩になってない?
「ごめん、ちょっと、ちょっと待って」
「・・・はい」
落ち着け俺!
なんか残念先輩の生霊が取り付いてる気がするけど落ち着くんだ!
深呼吸だ、深呼吸。
どうせ誰も来ないと思って、来た時のシミュレートがゼロだったことが悪いのだ。
ちゃんと客観的視点を以てだな。
どういう案内があったほうが良いか考えるんだ。
・・・。
・・・。
何を案内すりゃ良いんだよ! この部活!
「・・・見せたほうが早い、かな」
「え?」
俺は小道具、AR値測定器を取り出してきた。
「これ、AR値を測定する機械」
「はい」
「まずは測ってみようか」
「え・・・?」
だよね! 脈絡なさすぎて俺も引くよ!
ごめん、俺もどうすれば良いのか分からない!
「ここに、血か、唾液をつけてもらって」
「ええ・・・」
・・・また怯えてる。
これ、もしかして通報案件?
俺、ヤバいことしてる?
テンパっていたら、少女は意を決したのか頑張って唾液をつけてくれた。
「これで、良いですか?」
「うん。それじゃ、スイッチオン」
ヴン、と独特の音がして装置が起動する。
ぼんやりと水晶玉が光ってメーターが迫り上がってくる。
「・・・8、かな」
「8、なんですね」
ふたりで感心したように結果を見つめる。
「測ったのは初めて?」
「はい。小学校の測定の時、休んでしまって」
「なるほど。平均値って知ってる?」
「えっと・・・10くらいって聞いたことがあります」
「うん、そのくらい。今は11.4らしい」
「先輩はどのくらいなんですか?」
「俺? 聞いて驚くな、ゼロだ」
「ゼロ・・・」
その絶句して憐れむような視線、悪くないぜ。
宴会の一発ネタみたいなもんだからな!
「ま、そういうこと。リアライズを実践するとこじゃなくて、調べてアレコレ考える部活かな」
「そうなんですね・・・」
どうだ、残念部活だ。
「でね。そんなので長続きするわけもないから、あとは適当に好きなことして過ごしてる」
「え?」
「俺は勉強したりとか調べ物に時間を使ってるよ」
「・・・」
「何だこの先輩」的な視線。
良いんだよ! これで余すことなく魅力を伝えられたぜ!
「まぁなんだ。この部活の魅力があるとしたら、何も強制されないことだ」
「何も?」
「うん、そう。ノルマも無いし顧問も何も言ってこない。俺も何も言うつもり無いから」
「・・・」
「それが部活動なのかどうかは置いといて。ここってそういう居場所って思ってくれれば」
「・・・」
呆然としているおかっぱ少女に饒舌に話し続ける俺。
もうここまで来たら隠すことも何もないからな!
「・・・検討してみます」
そう言って彼女は部室を出ていった。
・・・俺、頑張ったよね?
仲間内の3人はそれぞれに先輩がいたので卒業式後の壮行会は盛り上がっていた様子。
こういう時、リア研のひとり具合が物寂しくなる。
それでも時間が過ぎていくんだなぁ、とおっさんっぽい感慨に耽っていた。
年度末までに俺は3回、月1ペースで日本海洋大学へ通った。
芳賀さんの指導で海洋研究のいろはを叩き込んでもらっていた。
専門用語が訳せなければ通訳として片手落ちになってしまう。
「飲み込みが早いね、これならあと2、3回で良いかも」
と回数を減らすことを検討してくれて有り難い限り。頑張ろう。
出港は7月の最初だ。
それまでに受験の準備と勉強の上積みをしておかないといけない。
あっという間に年度末を迎え、気付けば4月に入っていた。
朝、走り込んでいる土手から3度目の桜を眺めた。
この時期、桜坂中学は桜吹雪に染まる。
出会いと別れに咲く桜は期待と不安を運んでくる。
この季節を早く迎えたい、来てくれるな、そういう人の心模様に花を添える。
やはり日本人の心は桜だ。
俺も来年、4度目の桜を見納めるんだ。
そのときあの桜吹雪の中で笑っていられるよう、走り続けよう。
◇
4月最初の登校をしてクラス替えが発表された。
俺と九条さんは安定のトップクラス。
懸念だった御子柴君と花栗さんもなんとか同じクラスに留まったようだ。
クラスが表示されている電子掲示板の前で、ふたりが手を取り合って喜んでいた。
その笑顔を見て俺も口元が緩んでいた。
座席は安定の端っこ暮らし。
皆も去年と同じ配置で座った。
隙を見て御子柴君が俺の隣に座ろうとしたら、負のオーラを出した九条さんに無言で押し戻されるという一幕も。
御子柴君、こればかりは誰も擁護できねぇ。
九条さんを倒してからにしなさい。
その日の昼休み。
「俺、緑峰高校を目指そうと思う」
御子柴君がそう宣言した。
「本当は武と同じとこを目指したいんだけど、さすがに高天原は無理だ・・・」
「まぁ、な。九条さんくらいじゃないと余裕はねぇと思う」
「余裕がないながら射程に入っているレベルのお前が素直に凄い」
「でも緑峰高校も相当レベル高ぇだろ? 大した目標じゃないか」
そう、今の時期に進路を決め、皆、受験勉強を本格化するのだ。
「私も緑峰高校にするつもり。諒くん、仲間ね」
「え? 若菜さんも?」
「折角、頑張ってこのクラスの勉強についていってるんだもの。それなら頑張りたいじゃない」
至極、真っ当なご意見だった。
俺も九条さんも、そういった意味では進路について悩んでいない。
ひたすらに勉強あるのみだ。
「ところで、勉強するなら部活はどうすんだ? 今年も続けんの?」
俺は聞いてみた。香さんの例もある。
「俺は夏の大会までやる。けどレギュラーは後輩に譲るかな」
「やっぱり勉強か?」
「それもあるけど、後輩を育てたいって思うから。俺も先輩から引き継いだし」
「なるほどね」
御子柴君、立派な大人になってきた。
あの猪突が懐かしい気がするほどだよ。
「私は7月のコンテストが終わったら引退かな」
「作品を出すんだ?」
「ええ。去年はその、この時期に色々あったから。今年は出品したい」
少し遠い思い出のように語る花栗さん。
色々とはハッキング事件のことだろう。
・・・まぁ言及はしない。
でもこうやって友達になれたのだから悪いことでもないと思う。
「九条さんは?」
「わたしは日本大会までやります。部長は2年生に譲りますが」
「そっか、じゃあ自分の練習に専念できるね」
「いえ、わたしも後輩指導をやります。先輩から沢山、教えてもらいましたから」
「あ、さくらさん。その先輩って、橘さん?」
「はい」
「ああ~!! お姉様と先輩の美しき師弟愛、見たかった・・・」
「ええ・・・」
花栗さんがうっとりと妄想を膨らませると、九条さんはちょっと引いていた。
この光景が徐々に受け入れられるようになってきたあたり、俺も毒されてしまったのか。
「武はどうするんだ?」
「俺はひとりリア研だから。卒業まで辞められねぇ」
「でも誰もいないなら卒業したらお取り潰しじゃない?」
「まぁ、そうなんだけど。こればっかりは後輩が入ってくれることを祈るしかねぇ」
自分の努力で解決できるならしている。
努力・・・勧誘活動? すんのか、あの部活で?
活動内容なんてあってないようなもんだからな。
何をどう説明すれば良いのか分からん。
まさか先輩のように残念勧誘するわけにもいかねぇだろうし。
託されたとはいえ、そこまで責任は持てねぇよな。
ちょっとは真面目に考えたほうが良いのか?
◇
放課後、部活の時間。
安定のぼっちリア研で先輩と話をしていた。
「後輩が来なかったら今年で最後になるな」
『うん、仕方がないよ。京極君が引き継いでくれただけで十分だよ』
「何もしてないんだけどなぁ」
『あはは、そういう部活だからね。でもまだ、誰か来るかもしれないから』
「そもそも勧誘ってどうやってたんだ?」
『えっと。ありのままを見せる?』
「・・・俺が勧誘された時は?」
『え? ビビッ!って来たから、魔法少女風にしてみたんだよ』
あの○ョ○ョ立ちは魔法少女だったよ!!
つか、何のフリだったんだよ・・・今更ながら。
『でも活動内容を取り繕っても意味がないからね』
「まぁそうだよな。誰か来たらありのままを話してみるよ」
『うん、お願い』
「ところで、先輩は今年も時間取れそうなのか?」
『あ、そうだ。私が去年、頑張っちゃったから・・・コンテストとかボランティアとか、予定が増えちゃって』
「できない日がある?」
『えっと・・・後輩の面倒を見なきゃいけない。特に1学期は時間がなさそう、かな・・・』
「そっか」
『でもね、京極君。あなたの世界語のレベル、もう十分だと思うの』
「え? だってまだ2年間しかやってねぇし」
『通訳も出来るレベルだよ。会話も違和感ないから、あとはライティングだけ』
「じゃあ、学校のテキストとか問題集をやればいい?」
『そうだね。ライティングができれば、どこの高校でも大丈夫だよ』
知らなかった、そこまでレベルが上っていたのか。
・・・リアルで社会人が英語教室に通ったとして、週に数回、1時間。
そう考えるとコンスタントに毎日1時間を約2年ほど続けた俺のレベルが高いのは当然、か?
でも先輩が言うならそうなのだろう。
「わかった。じゃあ1学期はここでライティングの自習をする時間に当てるよ」
『うん。そうしてもらえると助かる』
「夏休み明けから受験の準備をしたくて。我儘なんだけど、10月くらいから付き合ってもらえねぇかな」
『つ、付き合うだなんて、そんな・・・』
「そっちじゃねえ! なんでいきなりボケてんだ!」
『ええ? 私、これだけ京極君に尽くしてるのに・・・』
「・・・いや、それは事実だけど! 本当にお世話になってるけど!」
『だったら良いじゃない。またご飯、食べに連れてって』
「ああもう、わかったよ。今度、こっちに顔出してくれた時にな」
『わーい! 約束だよ!』
・・・「わーい」なんて素で聞いたの初めてだぞ。
先輩はそのままログアウトしたようだ。
うん、前期はひとり自習。そう割り切ろう。
受験前に調子を取り戻すため、先輩に付き合ってもらおう。
◇
4月半ば。
俺はリア研にて変わらずぼっち自習の時間を満喫していた。
誰もいないしんとした部屋での勉強は捗る。
リスニングとスピーキングを散々やってきたので、単語の綴を覚えるだけ。
あ、こういう文字を書くのか、と。
知っているフレーズにアーベーツ(世界語のアルファベット)を当てはめていく。
リアルの英語は逆だったな。
単語の綴を覚えて、文法を覚えて。
それからリスニングをして何とか理解していった。
でもネイティブの人間は今、俺がやっている方法で勉強するはずだから、こっちの方が自然なはずだ。
・・・ネイティブ?
ひとりツッコミを入れたタイミングで。
しんとした部屋の扉ががらがらと開かれた。
「すみません」
誰か来た。うお、1年生!?
女の子だ。おかっぱ頭。
え、これ、部活見学!? だよね!?
「ああ、どうぞ」
激しく動揺しながら入室を促す俺。
えええ、ちょっと! 先輩ってこのタイミングで○ョ○ョ立ちしてたんだろ?
ビビッとくるどころの話じゃねぇぞ!?
「ありのままのリア研にようこそ!」
なんだよありのままって。
雪の魔法で城なんか作っちゃうやつか?
ほら、1年生女子が怯えてるじゃねえかよ。
あ、部室が暗いまんまだからか・・・俺、先輩の時より駄目じゃね?
「あの・・・ここ、具現化研究同好会、ですよね?」
「ああ、うん。通称、リア研だ」
「どういった活動をしてるんですか?」
彼女はきょろきょろと部屋の棚を見たりしている。
この部室にあるものは、測定器といった小道具と、先輩が作った小冊子くらい。
はっきり言って、何もなさすぎて活動内容は掴めない。
「えっと。リアライズについて絶望するところ?」
「ええ・・・」
あれ?
なんか俺、残念先輩になってない?
「ごめん、ちょっと、ちょっと待って」
「・・・はい」
落ち着け俺!
なんか残念先輩の生霊が取り付いてる気がするけど落ち着くんだ!
深呼吸だ、深呼吸。
どうせ誰も来ないと思って、来た時のシミュレートがゼロだったことが悪いのだ。
ちゃんと客観的視点を以てだな。
どういう案内があったほうが良いか考えるんだ。
・・・。
・・・。
何を案内すりゃ良いんだよ! この部活!
「・・・見せたほうが早い、かな」
「え?」
俺は小道具、AR値測定器を取り出してきた。
「これ、AR値を測定する機械」
「はい」
「まずは測ってみようか」
「え・・・?」
だよね! 脈絡なさすぎて俺も引くよ!
ごめん、俺もどうすれば良いのか分からない!
「ここに、血か、唾液をつけてもらって」
「ええ・・・」
・・・また怯えてる。
これ、もしかして通報案件?
俺、ヤバいことしてる?
テンパっていたら、少女は意を決したのか頑張って唾液をつけてくれた。
「これで、良いですか?」
「うん。それじゃ、スイッチオン」
ヴン、と独特の音がして装置が起動する。
ぼんやりと水晶玉が光ってメーターが迫り上がってくる。
「・・・8、かな」
「8、なんですね」
ふたりで感心したように結果を見つめる。
「測ったのは初めて?」
「はい。小学校の測定の時、休んでしまって」
「なるほど。平均値って知ってる?」
「えっと・・・10くらいって聞いたことがあります」
「うん、そのくらい。今は11.4らしい」
「先輩はどのくらいなんですか?」
「俺? 聞いて驚くな、ゼロだ」
「ゼロ・・・」
その絶句して憐れむような視線、悪くないぜ。
宴会の一発ネタみたいなもんだからな!
「ま、そういうこと。リアライズを実践するとこじゃなくて、調べてアレコレ考える部活かな」
「そうなんですね・・・」
どうだ、残念部活だ。
「でね。そんなので長続きするわけもないから、あとは適当に好きなことして過ごしてる」
「え?」
「俺は勉強したりとか調べ物に時間を使ってるよ」
「・・・」
「何だこの先輩」的な視線。
良いんだよ! これで余すことなく魅力を伝えられたぜ!
「まぁなんだ。この部活の魅力があるとしたら、何も強制されないことだ」
「何も?」
「うん、そう。ノルマも無いし顧問も何も言ってこない。俺も何も言うつもり無いから」
「・・・」
「それが部活動なのかどうかは置いといて。ここってそういう居場所って思ってくれれば」
「・・・」
呆然としているおかっぱ少女に饒舌に話し続ける俺。
もうここまで来たら隠すことも何もないからな!
「・・・検討してみます」
そう言って彼女は部室を出ていった。
・・・俺、頑張ったよね?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
21
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる