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怒涛の中学3年生

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 4月下旬。
 俺は改めて高天原学園の受験要項を確認した。
 今年、特別に何か追加されたりしていないかを見ておく必要がある。
 受験日は2209年12月2日(土)。会場は各地のサテライト会場。
 合格発表は即日夜。補欠の発表は個別連絡となっている。
 試験範囲は広い。中学全教科の応用問題まで出題される。
 特に追加された事項はなくて安心した。
 俺は現時点で3年生の授業範囲の大半を終えている。
 これからは復習と受験問題を解く勉強が中心となる。
 あとは・・・時間との勝負だ。

 7月から9月いっぱいまで休学する手続きもした。
 担任には怪訝な顔をされたが、休学理由がボランティア活動なので止められはせず。
 成績優秀な俺が「勉強は大丈夫です」と主張すれば咎める故もない。
 無事に3か月の南極バカンスを勝ち取った。


 ◇


 数日後、リア研の部室にて。
 先日、残念先輩の生霊が憑依したせいで奇特な見学者を追い返した俺。
 もうすぐ5月だからぼっち確定かな。
 なんて思って勉強に勤しんでいたときにノック音がした。


「・・・どうぞ?」


 誰も来ないと高を括っていたところで入ってきたのは先日のおかっぱ少女。


「あれ? 何か忘れ物?」

「いえ・・・」


 あんとき彼女は鞄から何も出してねぇだろ!
 とセルフ突っ込みを浮かべているとまた怪訝な顔をされる。


「あの」

「ハイ」


 声掠れたよ、久しぶりだよ!
 つか、何でこんなに狼狽してんだ俺は。


「入部をしたいと思いまして」

「ええ!?」


 あの勧誘?のどこに入部したいと思う要素があったのか・・・。
 むしろ琴線が振れた部分を教えて欲しい。今後の参考のために。


「え、駄目ですか?」

「駄目じゃないです!」


 あまりの衝撃に動悸が激しい。
 あのとき先輩の駄目具合が酷かったのって、もしかしてこういうこと?
 憑依されなくても結果は同じだった!?


「では・・・よろしくお願いします」

「あ、うん。えっと・・・名前。教えてよ」

小鳥遊 美晴たかなし みはるです」

「小鳥遊さんね。俺は京極、唯一のリア研部員だ。小鳥遊さんで2人目」

「・・・」


 ん・・・やっぱ生霊ついてない!?
 自分で言っててデジャヴ。
 きっと「その情報は要らない」って思われてるよ、これ。


「あの」

「うん?」

「その、もう一人いまして」

「え?」


 オドオドしながら小鳥遊さんは入り口に戻って戸を開けると、廊下に待っていたであろう人物が入ってきた。


「しつれーしまーす」


 少し染めてブラウンのショートカット女子だ。
 運動が好きなのか肌が小麦色に焼けている。
 小柄なところが成長期まだな感じ。
 ようやく呼ばれた、という雰囲気で伸びをしていた。


「あたし、小鳥遊っちに頼んで連れてきてもらったんだ」

「いらっしゃい。・・・もしかして入部志望?」

「うん。小鳥遊っちが入るならあたしも入る」


 お友達とご一緒ね。良いんじゃない?
 リア研に拒絶する理由もない。


「うん。なら入部届出してもらえれば」

「おっす、よろしく先輩」

「よろしく」

「で、ここって何するとこ?」


 ・・・また先日のアレを繰り返すのか?
 というか小鳥遊さん、連れてくんなら説明しといてくれよ。


「・・・じゃ、最初にこれを」


 俺が取り出したのは例の測定器。


「なにこれ?」

「AR値測定器」

「どーすんのこれ?」

「測ってもらう」

「誰を測んの?」

「君」


 ・・・なんか頭の悪い会話してる気がしてきた。
 つい先日まで小学生だったから仕方ねぇか。
 ・・・九条さんと比べるのは酷ってもんか。


「リア研入部の儀式みたいなもんだ。このへんに唾液をつけてくれ」

「ほーい」


 軽いなこいつ。
 まぁ変に疑い深いより扱いやすそうではある。
 小鳥遊さんは感心がないのか、手持ち無沙汰に本棚を眺めていた。


「それじゃ、スイッチオン」

「おー」


 水晶玉が鈍く光り、メーターが迫り上がってくるお馴染みとなった光景。
 メーターは・・・平均値以下で止まる。


「5?」

「5だな」

「あはは、やっぱ小学校のときから変わってない」


 少し残念そうに半笑いする彼女。
 そこで陰を出すか。
 やはりAR値が低いのって何かあるんだな。


「ん。大丈夫だ、俺はゼロだから」

「え!? 先輩、あたしより低いの!?」

「ここはそういう落ちこぼれが集まるとこってこと」

「ほぇー・・・」


 俺の説明に呆気に取られた様子の彼女の肩を叩く。
 俺は他人にAR値を聞かれたことは無い。
 もしかしたらかなりセンシティブな内容なのかもしれない。
 そうだとしたら俺は無理矢理に暴露したようで、ふたりには申し訳なかった。


「ん、あたし工藤 響くどう ひびき。先輩は」

「俺は京極だ」

「あたし、入部しても良いってことか?」

「もちろん。リア研の扉は誰にでも開かれてる」


 すると気怠そうだった表情を一転、嬉しそうに工藤さんが笑った。


「はは。なるほどね、小鳥遊っちがここにするって言った意味がわかった」

「うん」


 小鳥遊さんは工藤さんに笑いかけられ、少し口角を上げていた。
 まぁ・・・ふたりのご要望にマッチしたようで良かった。


「小鳥遊さんから説明は聞いてないか。ここ、特にやることは決まってない部活なんだ」

「ん~? 先輩は普段、なにしてんの?」

「俺は勉強してんだ。俺の先輩にそうやって誘われたからな」

「えー! 真面目君なんだぁ。青春してないんだぁ」

「・・・ま、その青春が難しいとか、鬱陶しいとか、そういう人が居てもいいとこだから」

「ふーん。・・・ま、あたしらも似たようなもんだし」

「!?」


 工藤さんにぐっと肩を組まれ、ちょっとびっくりしている小鳥遊さん。
 まだ知り合って間もないのだろうけど通じるところはあるんだろう。


「お取り潰しにならない程度に、リアライズのことやAR値のこと、魔法のことなんかを調べてれば良いよ」

「えー、何も決まってないって言ったじゃん」

「それはそれ。嘘と方便ってやつ。大人の事情も理解してくれ」

「ぶー。めんどい」


 あれだな、渋谷のサボり黒ギャル(偏見)だと思えば良いんだなこいつ。
 

「それじゃ今日は入部届を書いてくれれば自由にしてくれていいから」

「あーい」


 そうして俺は自分の勉強に戻った。
 小鳥遊さんと工藤さんはしばらく本棚を眺めていたが、そのうちに適当に席に座って雑談をしていた。
 ・・・こういう、何でも無い居場所なんだよな、ここ。
 1年ぶりに誰かがいることで、先輩が俺を迎えてくれた理由を少し理解することができた。


 ◇


 帰り道。
 新入部員を送り出してから部室を後にしたのでいつもより少し遅く出た。
 この時間帯は運動部とかち合うので少しだけ昇降口が賑わう。
 靴を履き替え、外に出たところでさらりと流れる銀髪が目に入った。
 九条さんが何人かの生徒と一緒に歩いているところだった。
 あれは・・・確か大会で一緒に頑張っていたふたりだ。
 他に一緒に歩いている背の低い子は新入生かもしれない。
 仲良くやってんだな。1年の頃のあのトラブルが嘘のようだ。
 声をかけて割り込むほど無粋ではないので、さらに少しだけ間を開けて下校する。
 追いかけないよう、俺はいつもの道を外れ大回りをして帰ることにした。
 
 駅の近くへ一度出て、そこから寮へ向かう。
 距離的には倍近くになるので時間も倍かかる。
 たまには夕方の街並みを見るのも悪くない、そう考えたのだ。

 家路を急ぐ人。
 仲良く話しながら寄り道をする学生。
 預けていた子供を迎えて、手を繋いで歩く親。
 時代が変わっても変わらぬ光景。
 人間の、もっと範囲を狭めれば日本人の生活は大きく変わらない。
 俺もその夕焼けに伸びる影のひとつだったはずだ。
 だがそれを傍観者として眺める位置に立っている。
 この感覚は・・・リアルに帰るまで俺を苛み続けるのだろう。


「あれ? 武君」


 声のしたほうを振り向くと香さんが立っていた。


「あ、香さん」

「珍しいね、こっちに来るなんて。買い物? それとも私に会いに来てくれた?」

「ん・・・まぁ、なんとなく」


 そうか、この時間帯に帰るんだな。
 電車通学だからちょうど駅前を通る時間なのだろう。
 フリをスルーしたけど香さんは特に気にせず続けた。


「もう帰り?」

「うん。寮に戻るとこ」

「じゃ、うちの前まで一緒に行こうか」


 そう言うと彼女は自然と隣に並んで歩き出す。
 いつもの穏やかな笑顔を向けてくれていた。
 けれど、俺の気は少し沈んでいた。
 さっき、この現実ゲームから離れた超然的な視点で見てしまったせいか。
 頭に嫁の雪子や息子の剛、娘の楓、3人の顔が浮かんでいた。
 そう、この影にあるべきであった自分の立ち位置は、夕闇に溶けて消えてしまったかのように遠かった。
 ふわふわとこの場に存在しないかのように、足取りが覚束なかった。


「・・・」

「・・・」


 俺の妙な雰囲気を察したのか香さんも無言だった。
 しばらく歩くとすぐに香さんの家に到着する。


「送ってくれてありがと」

「通り道だし」

「・・・あのさ」

「うん?」

「少し時間あるよね。ちょっとだけ話さない?」


 物足りないと思ったかな?
 無言だった自分を反省し、肯首してその誘いに応じた。

 家に上がるわけではなく、門を入って玄関に入る前の庭先。
 徐々に暗くなる空を眺めながらふたりで佇んだ。


「たまにね。武君って大人びてるなって思う」

「大人びてる?」

「うん。おとうさんみたいって、何度か言ったことがあるじゃない?」

「ああ・・・世話焼きとかそういう意味?」

「ん~それもあるんだけど・・・ほら、子供を見守る親みたいな・・・」


 ん? リアルおとうさんって感じるって?


「えっと。子供って自分の世界で遊ぶじゃない。お友達と一緒ならその子達と」

「うん」

「親は子供と同じ世界にはいないから。そういう、遠いところにいる感じ?」


 ・・・まさに、さっき傍観者と思った自分のことだ。
 どうしてこんなに鋭いんだろう。


「俺が、別の世界の人間だって?」

「・・・ん~、そんなわけない」


 その核心を彼女自身が否定した。
 やたら、心臓がバクバクした。
 もしかしたら、彼女は俺の事情を知っていて、そうであって欲しくないということなのか。
 俺には分からなかった。


「目の前にいるしな。ま、大人びてるのは自覚してるよ」

「もう、またそうやって」


 少し咎めるような口調に釣られ、彼女の顔を見た。
 夕闇を並んで眺めていた香さんは困ったように眉根に皺を寄せていた。
 長い睫毛の下から覗くふたつの大きな黒い瞳が俺の顔を映している。
 その何かを訴えかけるような表情に・・・俺は少し気圧された。


「・・・」


 戸惑っている俺に彼女はそっと寄り添った。
 特に手を繋いだり、腕を組んだりするわけでもなく。
 軽く身体が触れ合う程度の位置。


「・・・」

「・・・」


 特に言葉も交わさず、ただ一緒にいるだけ。
 それが当たり前だと諭してくれるくらいの優しさで。
 俺はその心地良い感覚に身を委ね、ただ夕闇を眺めていた。

 しばらくして、18時を告げる時計の音がどこかから聞こえてきた。
 急に現実に引き戻されたのか。俺も香さんも互いの顔を見合わせた。


「あ、ごめん! こんな時間まで引き止めちゃった」

「え? いや・・・」


 特に話もないなら俺も帰れば良かったのだ。
 謝られる話でもない。


「ほら、早く帰って。食事の時間に遅れちゃうよ」

「・・・ん、そうする。またPEで」

「うん、それじゃ。バイバイ」


 俺が歩き出すと香さんはいつもの笑顔で手を振ってくれた。
 軽く手を振り返し、闇へと沈んでいく街並みに歩を進めた。
 不思議と地面を踏みしめる足取りはしっかりしていた。



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