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怒涛の中学3年生

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 5月になったと思ったらすぐに6月になっていた。
 ある日の夜、俺は悩んでいた。
 AR値問題に光明が見えたことで、先送りしていた九条さん絡みの攻略シナリオが気になり出したのだ。
 このまま行けばゲームの攻略シナリオ通りにならない。
 既に破綻していると思ったこともあったが、まだ修復できる可能性はある。
 高天原に入学した時点で関係性がフラットな状態に近いのが望ましい。
 ラリクエ攻略のために最初から俺とくっついてもらっては困るのだ。
 他主人公と同じフラットとは言わなくても、九条さんとは今より遠い関係性にしたい。
 その方がきっと九条さんと他の主人公のフラグを立てやすいから。

 俺は何度も九条さんから俺へのフラグを折ろうとして失敗した。
 告白されて応じそうにもなった。
 正直、言われて嬉しいし、あんな良い子、好きに決まってる。
 鈴を転がすような声で「武さん」なんて呼ばれて、毎回、鼻の下を伸ばしそうになるくらいだ。
 既に攻略されかけてる。
 結局、これらは俺の意志の問題で、俺の誤った選択の積み重ねだろう。
 考えれば拒絶できる場面は多数あったはずだ。
 これを今から優しい軌道修正でナシにするのは不可能だ。
 
 まだ半年以上時間はある。
 俺はどうにか九条さんフラグをへし折ろうと決心した。
 今は嫌われてでも関係をリセットしよう。
 その結果、高天原スタートで関係性がマイナスになったとしてもきっと挽回できる。
 ちょうど南極行きで3か月のブランク期間があるのだ。
 マイナスにして時間を空ければかなり拒絶効果があるだろう。
 これから1か月が勝負だ。


 ◇


 朝。
 登校して朝礼までの時間帯。
 俺はいつもこの時間は予習しながら皆と挨拶や雑談をしていた。
 今日からこの時間を朝練に使う。
 朝練って何やねん・・・要するにリア研に篭るのだ。
 「作戦α:一緒にいる時間を減らす」
 物理的距離は心理的距離を生むの法則。
 離れた恋人は破局しやすいってやつだ。

 朝のリア研に人は来ない。
 やってみると、ひとりで予習する時間は効率が良いことに気付く。
 集中できると成果も違うね!
 そうして時間ギリギリまで粘ってから教室へ戻った。


「あ、良かった、来た! おはよ!」

「おはようございます」

「おはよう、今日は遅かったね」


 御子柴君、九条さん、花栗さんがそれぞれ笑顔で挨拶してくれる。
 心地良い友達関係だけど・・・フラグを折るには全員まとめて、でないとダメだろ。
 互いにフォローされたら難しくなってしまうからだ。
 だから俺は全員に対して同様に扱うことにした。


「ん、はよ」


 「作戦β:不機嫌そうな話し方」
 寝不足なのか何なのか。
 とにかく不機嫌にして過ごす。
 ちょっと・・・いや、かなり心が痛むけど、ここは我慢だ。
 皆、何事かと俺の様子を見る。
 俺は仏頂面でテクスタントを開き、予習の続きをした。
 何か言いたそうな面々だったが、俺の雰囲気に呑まれたのか何も言ってこなかった。

 授業の合間の休憩も俺は雰囲気を変えずにいた。
 ずっとおかしい様子に、誰か何かした?と3人は互いに目配せしていた。
 うん、何もしてないよ君達。悪いのは俺だ。

 昼休み。
 チャイムと同時に俺は席を立つ。


「悪い、当面用事があるから外す」


 と宣言し、3人が反応する前に教室を後にした。
 よっし、逃亡成功☆
 追いかけられる前に早足で向かった先はリア研。
 部室に入ると直ぐに鍵を掛け、電気をつけずに端の方で待機する。
 お昼はパンを持ってきていた。
 これで飢えることもなく、ひとり飯+勉強できるぜ。
 寂しい・・・。
 だがこれは必要なことだ!
 この試練を超えなければ、俺に明日は無い!
 頑張れ俺!!

 昼休みもギリギリに席に戻り、その後もずっと仏頂面。
 ところでこの不機嫌を維持するのって難しいね。
 つい、いつもの愛想笑いとか出そうになっちまう。
 普段から不機嫌そうだったり無表情の奴、凄いと思うぜ。
 コツを教えてくれ。

 そんなこんなで極力、会話もせず過ごして放課後。
 昼休みと同じく断ったうえでリア研へ駆け込む。
 今度も鍵を・・・あ! 駄目じゃん、後輩ふたりが来るじゃん!?
 どうしよ・・・と思っていたら、小鳥遊さんと工藤さんがやってきた。


「ちわー。おっす先輩」

「おつかれさん」

「お、お疲れ様です・・・」


 ふたりが部室に入ったのを確認し・・・俺は念のため、がちゃりと鍵をかけた。
 ふう、これでよし・・・。


「え!? 何してんの先輩・・・?」

「か、鍵って・・・!?」


 ん? なんで君達、狼狽してんの?
 ・・・俺が鍵をかけたから?
 ・・・鍵・・・密室・・・。
 あ!?


「い、いやこれは! そういうわけじゃなくて!!」

「えー? 先輩、むっつりじゃん」

「違うって!! 何もしねぇから!!」

「・・・どうして鍵、かけたんですか?」

「・・・お、追われてんだよ」

「え?」


 嘘に近い事実のつもり。
 誤解を受けるくらいならこっちのほうがマシだ。


「先輩、普段から怪しいと思ってたけどー。何やらかしてんの?」

「・・・ナイショ」

「やっぱり人に言えないようなことを・・・」


 現在進行形でやらかそうとしているのは事実だけどな!
 人に言えないようなことも事実。
 あれ? 俺って不味い奴?


「・・・ごめん、鍵、開けとくよ」


 俺の尊厳が堕ちていく気がして鍵を開放した。
 なんかね、どうでも良くなってきたよ。


「え、追われてるんじゃ?」

「まぁ・・・部活中は大丈夫だろ。たぶん」


 そうして部活動という名の勉強に勤しむ。
 何やらふたりでヒソヒソ話をされているのはきっと下衆と蔑まれているんだろう。
 ・・・俺の計画って、相変わらずザルだな。
 ほぼこの部屋に引き籠もるだけじゃねぇか!
 最初から「作戦:リア研ヒッキー」で良かったんじゃ?

 アホなことを考えながら時間を過ごした俺。
 後輩ふたりは特に言及せず生暖かく見守ってくれた。
 結局、その日に誰かが訪れることはなかった。
 なんだよ、変態認定されただけじゃね?


 ◇


 それから1週間、俺は同じことを続けた。
 最初はたまたま虫の居所が悪いと思われていたようだ。
 だが、さすがに続けば看過できるわけもなく。
 御子柴君と花栗さんは腫れ物に触らぬよう目線も避けるようになった。
 けれど九条さんはめげずに声をかけてくる。


「あの・・・」


 休憩時間の開始時、俺が立ち去る前に九条さんが声をかけてくる。


「ん、忙しいから」


 それを一言で退けて感じ悪く去っていく。
 内心は「何言っちゃってんの!」「九条さんショック受けてるよ!」と罪悪感マシマシ。
 この痛みも俺が背負う覚悟をしたものだ、と割り切る。
 ・・・なかなかキツイ。俺のほうがやられそう。

 俺の態度がこれなので3人もあまり話をしなくなってしまった。
 俺が居ない間に話をしているのかもしれないが、俺の前では黙っている。
 空気が重いぜ・・・このまま南極バカンスに突入すればマイナスへ落とせるか?
 そんな算段をしていたある日、やはり事態を打開すべく動きがあった。

 体育の着替えで男女分かれ、校庭に集合するタイミング。
 着替え終え、移動するところで御子柴君に声をかけられた。


「おい、武」

「・・・なんだ?」


 なるほどね、これなら人が少ないタイミングだ。ふたりも居ないし。
 つっけんどんに応対する俺にたじろぎながらも彼は続けた。


「お前・・・何か悩み事でもあるのか? ずっとおかしいだろ」

「何もねぇよ」

「嘘だろ。だったらその態度はなんだよ」


 九条さんフラグという悩みがあるのは本当です。
 それが解決できないから困ってるわけで。
 このまま君も騙されて解決に協力してくれ・・・。


「お前には関係ねえことだ」

「関係ないならそんなキツイ態度取るなよ」

「俺はもともとこうだぞ?」

「・・・友達同士、寂しいだろ」


 そう、友達同士ね・・・。
 思えば心地良すぎたんだ、トモダチ作戦。
 (仮)だったんだから、無かったとしても元に戻るだけだよな。


「お前も言っただろ、あれは場を収めるための嘘だ」

「・・・!?」

「お前らに構う余裕が俺に無くなっただけだ。友達は終わりだ」

「・・・!!」


 御子柴君は俯いて手を震わせている。
 前髪に隠れて表情がよく見えない。
 良い顔をしていないのは間違いない。
 ・・・俺も動悸が激しい。
 どうしてこんなに緊張してるんだ。

 間があった。御子柴君は黙ったままだ。
 ここで、言う。


「この際だから言っておく」

「・・・」

「俺の恋愛嗜好は女だけだ。男は対象外だ」

「!!」

「お前は無理だよ」


 ぎっ!! と。
 御子柴君の細い目が俺を捉えた。
 赤く潤んだその瞳で俺を一瞥する。
 一歩、俺に近づき、右手を上げる。
 ぱん、と乾いた音が教室に響いた。
 そして御子柴君は踵を返して走り去った。

 いつの間にか誰もいなくなっていた教室。
 左頬の痛みは俺の心を深く抉っていた。
 瞼が熱くなり・・・俺は声を殺して泣いた。
 誰も居なくて良かったと思った。

 俺は雉撃ちをして頬や瞼の腫れが収まってから授業に遅刻した。
 その日、御子柴君の姿を見ることは無かった。


 ◇


 数日後、リア研に駆け込む前。
 次にやってきたのは花栗さんだった。


「ちょっと、武さん」

「ん、忙しいんだ」


 話をする暇はない、と無視をしようとしたところで。
 彼女はずいっ、と俺の前に歩み出た。
 そのまま部屋には入らせない、ということか。


「どういうつもり?」


 そしていきなり切り込んできた。
 逃げる前に話をつける、ということだろう。


「どうもこうも。偽りのお友達を終わりにしただけだ」

「は? それで諒さんに酷いことを!?」

「だってお前も友達・・が場を取り繕うための嘘だって分かってただろ」


 ぎり、と歯を食いしばり、眉を吊り上げ。
 怒りを隠すこと無く俺を睨みつける花栗さん。


「時間もねぇからはっきり言うぞ。俺はお前らともう仲良くしたくねぇ」

「・・・上げて下げるなんて・・・最低のやり方!」

「そういう奴だと思えばいい」


 うん・・・俺もそう思う。
 現に今、動悸が激しいだけじゃなくてズキズキと胸が痛い。
 最低なことをしている自覚満々だぜ。


「・・・最後のよしみだ。御子柴の奴のこと頼んだぜ」

「頼まれない。貴方がケアして」

「俺にそんな趣味はねぇ」

「・・・!!」


 その目。
 おどおどしながらも、にこりと笑ってくれていたあのぱっちりとした目。
 それが涙を湛えて俺を見返していた。
 どれだけ、その勇気を絞ってそこに立っているのか。
 親しくなって内気が見えなくなったって、勇敢さなんてそう簡単に身につかない。
 身体が震えて、今にも逃げ出したいだろうに。


「・・・あ、あなた、は・・・」


 震えた声で。
 絞り出すように彼女は何かを言おうとしていた。
 俺は。
 拒絶を言葉にした。


「これ以上、俺に友達を期待すんな。友達は終わりだ」

「~~~~!!!」


 声にならない悲鳴だった。
 溢れた涙を流しながら、花栗さんは走り去って行った。
 その駆ける足音がやけに耳に残った。

 ・・・。
 そうだ、1年のふたりが来る。
 俺は鞄から紙を取り出し「用事があるから今日は帰る」と書く。
 ドアに挟んで、急いでその場を後にした。


 ◇


 その帰り道。
 足取りは重く、どこを歩いているのか自分でも分からなかった。
 いつの間にか毎朝走っている土手まで来ていた。
 夕暮れを見て。
 その夕暮れがやけに揺らめいて見えた。
 熱い何かが俺の頬を伝って落ちていった。



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