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怒涛の中学3年生

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 俺はずっと走り続けていたせいで止まり方を忘れそうになっていた。
 それを心配した香さんにデートと称してあちこち連れて行かれた。
 といっても泊まりとか1日中という長いものでなく、小一時間で帰れるようなものばかり。
 甘いものを食べに行ったり、映画を見たり、綺麗な景色を見に行ったり。
 俺が答えを伝えると約束したその日まで一線を引いて待っていてくれているのだろう。
 既に俺は攻略されているというのに・・・本当に香さんは気高いと思った。

 あれから学校ではぼっち路線を突っ走っていた俺。
 リア研の後輩たちふたりだけが俺と学校で会話する相手だった。
 可愛い後輩たちの勉強を見る。それだけの毎日を過ごした。

 そんな状況なので今年は学校でクリスマスや年末年始の行事を誘われることもなかった。
 勉強漬けから脱した俺は時間を持て余すことになってしまう。
 仕方がないので入学後に備えて身体を鍛えようと、やたら土手を走り回った。
 身体を動かすとエネルギーも良い具合に消費した。
 それが気持ちよかった。

 もちろん香さんだけは、俺を冬の各イベントに誘ってくれた。


 ◇


 12月24日(日)、クリスマスイブ。
 昨年同様、香さんの家に呼ばれた。
 ふたり用の小さなケーキに少しのオードブル。
 俺の希望通り、こぢんまりとした内容だった。
 彼女の部屋で小さな机を囲んでいた。


「今年は驚かしたりしないの?」

「ん? だって、必要ないよね」

「え?」

「ほら、こうしたらドキドキするじゃない」


 正面に座っていた香さんが俺の隣に来る。
 ちょっと大きめの椅子なので詰めればふたりで座れるのだけれど・・・。
 やはりふたりで座ると身体が密着するわけで。

 共鳴を経験してから、こうやって肌が触れそうになるたびに緊張してしまう。
 だって・・・ねぇ。
 じわじわと来るのって、にじり寄られてる感じで・・・。
 ああもう、何でこんなに恥ずかしくなるんだ。


「ふふ、ほら。もう真っ赤」

「ええ・・・」


 何だろう、この甘酸っぱさ。
 キスをしたりとか、刺激的なことをしているわけでもないのに。
 あの観覧車で迫られた時のほうがよっぽど緊張するシチュエーションなのに。
 こんなに心臓が跳ねるのは反則だと思うんだ。
 経験したことのない身体の反応にドギマギしてしまう。


「か、香さんはよく平気だな」

「ん~? 私もドキドキだよ?」


 彼女は俺の腕を取って、自分の胸に抱いた。
 それだけで身体に火がついたように熱くなる。


「わっ!」

「だーめ」


 俺が飛び退こうとするのを香さんは許さない。
 ちょっと待って!
 リハビリとかで何度も触れたりしてたけどさ。
 手を繋いだりもしたけどさ。
 こう、甘い雰囲気で触れられたらなんかヤバい。
 背中まで痺れて力が抜けそうになる!


「ちょ、香さん」

「しばらく、聖夜のドキドキだよ♪」


 俺に逃げ道はなく。
 腕を抱いたまま彼女は俺の肩にこてんと頭を乗せた。
 ああ・・・じんわりと。
 身体に熱が巡る。
 共鳴によるものなのか、心理的なものなのか。
 区別がつかないから余計に翻弄される。
 次第に頭まで熱を帯びてきて。
 視界が・・・ぐるぐる回って・・・。
 あ・・・まずい。
 これ・・・は・・・。


「・・・武君?」

「あ・・・まず・・・」


 そう。
 また目が回った。
 初めての時もそうだったんだけども。
 深くレゾナンス効果に晒されるとのぼせるのか。


「ごめん駄目・・・」

「きゃっ!? 大丈夫!?」


 椅子から体勢を崩して床に倒れ込む俺。
 ああもう、折角のクリスマスに。

 ・・・。
 気が付いたらソファーに横になっていた。
 隣に心配そうな顔をした香さんがいた。


「目、覚めた?」

「ん・・・ごめん」

「ううん。武君、感度強いのね」

「感度?」

「・・・えっとね」


 香さんはちょっと恥ずかしそうに説明してくれた。
 レゾナンス効果とは相手の身体と魔力を交換して循環させるものらしい。
 その循環をするときに共鳴が発生するとか。
 自分の身体の適合具合、つまりAR値が高いほど相手の魔力を受け入れて全身を巡らせるようになる。
 結果、AR値が高いほど感受性が高い・・・端的に言えば感じやすくなる、と。


「ええ・・・」

「武君・・・幾つになったの?」

「ええと・・・92」

「え!?」


 香さんが驚く。
 高すぎるよね、自分でも思うよ。
 つーかさ、これ。
 共鳴しちゃうと俺、相手に触れられなくなるんじゃない?
 失神しちゃうよ。


「そうだったんだ・・・」

「ごめん、言ってなくて」

「ううん。あんまり人に言うことじゃないから」


 ああ、やっぱりそうなんだ。
 ごめんよ、暴いてしまったリア研の後輩たち。


「あのね。私もちょっと高めで・・・22なの」

「そうなんだ」

「初めては貴方だから・・・その、比較はできないのだけど」

「うん」

「私もたぶん、感じやすいほう。さっきかなりぽかぽかしたの。友達の話を聞く限り、皆もう少し反応が薄いみたいだから」

「そうなんだ」

「でも・・・武君、それどころじゃないよね」

「・・・」


 うん、実際に目を回したし。
 ええー・・・もしかして俺、ラブロマンスできない?
 リアルでは雪子一筋だけど・・・。
 ラリクエの中ではようやく香さんにって思うようになったのに。
 これ、どうすりゃいいのよ。
 新たな問題が勃発だよ。


「・・・うん。優しくするね」

「・・・え?」


 それ、なんか違う場面の台詞・・・。
 ああ、香さんがにこにこ顔で迫ってくる!
 ちょ・・・される側って男としてどうなのよ!
 うわ! めっちゃ恥ずかしいぞ、これ!
 真っ赤になってる自覚ある!


「ふふ。今日はこれで、ね♪」


 香さんは俺の手を取り、優しく胸に抱いた。
 再び、じんわりと腕から熱が広がっていく。
 ああもう・・・腕から伝わる香さんの気持ちが優しすぎて。
 抵抗する気も起きねぇよ・・・好きにしてくれ。

 こうして。
 おままごとみたいなやり取りで聖夜の数時間を過ごした。
 気持ちが通じ合うという点ではとても良かった・・・。


 ◇


 年始、初詣。
 寒空の下、ふたりで近所の神社に居た。
 去年までの無作法もなく、淡々とお参りを済ませた。
 香さんが俺を見て微笑んだ。
 吊り目もすっかり穏やかになって大人びていた。
 もう4月で高3だもんな、すっかり大人だよ。美人さんだ。


「これで3回目。毎年、同じお願いしてるの」

「ん・・・今年は俺も同じかも」


 俺も香さんに笑顔を向ける。
 お互いに願掛けの内容は言わないけど・・・。
 そうして笑い合うだけで十分、内容が通じた。


「今年は甘酒、飲まないでよ・・・」

「ええー? 楽しみにしてるのに!」

「だって、香さん酔うじゃん」

「あんな弱いので酔うわけないよ!」

「去年の記憶ないのかよ! あっ・・・」


 俺の静止を振り切って、香さんは甘酒を受け取ってしまう。
 ああもう、知らねぇぞ。


「あ~、おいし! 温まるね」

「・・・お代わりは無しで頼むよ」

「え~!? これ少ないじゃん」

「毎年、神社の人を困らせないの!」

「ぶー!」


 あんた・・・子供じゃねぇんだから。
 さっき大人って思ったのにすぐにこれだよ。


「ところで香さんは大学受験すんの?」

「んー、考え中。ほら、高卒でも十分、選択肢あるからさ」


 そうなのだ。
 大惨事の影響で人口が減ったが故に、ずっと人手不足が続いている。
 どの分野でも引く手数多で、まるで高度経済成長期の様相だ。
 世界中でこれなので、大学まで進学しない人も多い。
 リアルの大学全入時代と比べるとよほど有意義に思う。


「あのね。武君がどうするのかなって思ってて。進路は考え中」

「俺?」

「うん。近くに居たいから」

「・・・」


 頬が熱い・・・嬉し恥ずかしで真っ赤になってんな、俺。
 ちょっと待て、ほんと。
 なんでこんなに精神耐性が下がってんだよ!
 四十路の俺、何処行った!?
 中学生かよ、俺! あ、中学生だった。


「ふふ。武君、反応が素直になってくれてて嬉しいな」

「ええー・・・」


 ぐ・・・否定できない。
 最近は香さんに何か言われるだけで真っ赤になってしまう。
 初な中学生の反応そのものだ。
 ・・・俺の知ってる異世界転移モノってさ。
 主人公は転移先の身体の年相応の精神状態になっていくんだよね。
 元がその歳の大人なら照れないだろ! とか思うシーンであたふたしてたり。
 あれって詐欺だと思ってたんだけど・・・。
 現に自分がそういう状態になりつつある。
 戸惑いばかりだよ、ほんと。
 もしかして死にかけたせいなのか?


「やりたい事、これって思うものが無いんだよね~」

「そうなの?」

「うん、中学からずっと弓道だけだったから。高校でも同じ」

「インターハイでも成績残したじゃん」

「あはは、それだけしかやってないからね」


 からからと笑う香さん。
 得意なもので過ごせる時間が終わったとき。
 新しい道を探さなければならない。
 子供から大人になる時に皆が通る道だ。
 彼女の前途はどこに向かうのだろう。
 

「ね、武君は何をやったら良いと思う?」


 香さん、自分探し中かな。
 香さんが得意なもの・・・。


「香さん、コーディネーターみたいな仕事が得意そう」

「コーディネーター?」

「うん。人を見るのが得意そうだから」

「ふーん、そうなのか~」


 自分のことは良く分からないもので。
 当たり前と思っていることが当たり前でなかったりする。
 俺から見て香さんは聡い。
 四十路の俺と同じレベルかそれ以上の人への接し方をしていた。
 九条さんも散々弄ばれたその聡さで人助けをしたならきっと良い仕事をする。


「俺はたぶん、高天原に行ったら・・・ほら、世界戦線に出るかもしれない」

「・・・また、危ないことになっちゃう」

「ん、そういう学校だからね」


 高天原学園。
 東亜にある新人類フューリー訓練学校。
 高度な具現化リアライズ能力の教育とそれらの応用を中心とする教育機関だ。
 卒業生は人類の尖兵たる、対魔物の戦線へと赴く世界政府の軍事機構に進むことが多い。
 リアルで言えば、防衛大学校のような位置付けの学校なのだ。


「・・・うん。武君のやることに関われるような仕事も考えてみようかな」

「はは、俺を中心に考えすぎちゃ、選択肢なくなっちゃうよ」


 進路は難しい。
 俺みたいに、やることを決めてから取り組むパターンは珍しいのだから。
 香さんにはじっくり考えてもらいたいと思った。

 ・・・ふと。
 ラリクエをクリアしたら、俺はどうなるのか、と思った。
 きっと元の世界へ戻るのだろう。あのとき雪子の姿を見た場所へ。
 そうなったらこの場にいる俺はどうなる?
 香さんは? この世界は?

 ・・・。
 そんなの誰にも分からない。
 考えても仕方のないことは考えない。
 俺はこの3年でそう学習した。
 悶々としたところで解決策など見つからないのだから。


「よし! 帰ろ? 身体、冷えちゃうからさ」

「うん」


 香さんは俺の手を握って歩き出した。
 俺もその歩調に合わせて隣を歩く。
 この先どうなるか分からなくても、今はこうやって合わせて歩くことが出来る。
 それで良いんじゃないかと、そう思えた。
 こんな怒涛のような1年を過ごしても、まだまだ先は続くのだ。



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