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第一章
友人
しおりを挟む中央教会に戻って三日が過ぎた。
戻って早々、今回の討伐の報告や事後処理など慌ただしく、漸く図書館業務に戻れたのが今朝だった。
たいした怪我もなく戻って来たサァシャを、図書館業務の先輩神父達は褒めそやした。しかし、サァシャがした事といえば精々結界を張った位で、実際に倒したのはラギだ。最終的には精気が枯渇しかけ、ラギに心配と迷惑をかけただけで、苦い初陣となった。
今後もサァシャが前線に出て戦う、というのは現実的ではない。それならもっとラギをサポートできるような魔術を覚えようと考え、業務の合間に魔導書を吟味していると、館長であるトウア神父に声を掛けられた。
「サァシャ神父、今よろしいかな」
手招きされ、棚に戻してる途中の書籍を一旦テーブルに乗せる。
「今日から図書館業務に携わるメンバーが増えるよ。サァシャ神父も先輩として、細かい指導よろしくね」
そう言って紹介された人物にサァシャは目を見開いた。
「やぁ、数日振りだな」
以前よりもだいぶ砕けた雰囲気のジャンが、片手を上げた。
「ジャン神父たっての希望でね。サァシャ神父同様、討伐のない時は図書館業務に従事してもらうんだ。今年のトップクラスの新人が二人も図書館に来てくれて私は嬉しい」
上機嫌なトウアは「そのまま二人とも休憩にいっておいでよ」と手を振ったので、好意に甘えてジャンと二人、図書館の裏庭へと向かった。
木陰のベンチに腰掛け、サァシャはぺこりとお辞儀した。
「これからよろしくお願いします、ジャン神父」
「ああ、こちらこそ──その、俺に対しては敬語じゃなくて、いい」
歳もさして変わらないだろ、と少し拗ねた表情でジャンは言ったが、サァシャの実年齢を聞いたらどう思うのだろうか、と一瞬考えた。
「じゃあ、そうする」
とりあえずややこしくなるといけないので、今は実年齢は黙っておく事にして、サァシャは微笑んだ。
「……それから、今までの事なんだが」
歯切れ悪くボソボソと呟いたジャンは、意を決したようにサァシャを見つめ、頭を下げた。
「何かにつけて嫌な態度をとっていたと思う。すまなかった」
まさか謝られるとは思っておらず、サァシャは目を見開いた。
「あ、自覚あったんだね」
思わず出た本音に、サァシャは慌てて口を抑えるが遅かった。ジャンは思いっきり眉間に皺を寄せ──その後吹き出した。
「君、本当顔に似合わず良い性格してるよな」
「顔に似合わずって……僕はどう見えてる訳?」
半目で見つめると、ジャンは腕を組んで意趣返しのつもりなのかニヤリと笑った。
「繊細そうな美少女」
「…………」
「そんな怖い顔しないでくれよ、聞かれたから忖度なしで答えただけだろう?」
女性なら喜ぶかもしれないが、生憎サァシャは男だ。思っていたよりもダメージが大きく──いや、やはり想像通りの意見で、がっくりと肩を落とした。
「最初は腹が立った。こんな弱そうな奴がラギ神父の眷属だなんて、何か裏があるんだろうと」
ジャンの言う通り、サァシャはお世辞にも戦闘に向いているようには見えない。実際、魔獣相手に生身で戦える程の技量も無い。影でお飾りだとかラギを腑抜けにした色魔だとか色々言われているのも知っている。だからこそ、自分に出来る事をやろうと、サァシャなりに努力をしている。サァシャが有能だと思われるようになれば、噂も自然と消える筈だと信じて。
「でも実際に君達と討伐に出て、噂はあくまでも噂だと知った。君はお飾りなんかじゃなかった。結界なんて高度な魔術をいとも簡単にやってのけて、危険から逃げない胆力もあって……自分の小ささに気付かされたよ」
小さくため息を吐いたジャンの顔は、今までの傲慢さや意地の悪さが無い、年頃の青年らしい顔だった。
「君を認めたくなかったんだ。俺はラギ神父に憧れて神父になったから」
おそらくそうだろうな、とサァシャは思った。彼はラギが侮辱された時、サァシャよりも怒ってくれた。ラギが戦う姿を見る目はキラキラと輝いていた。
「君がラギ神父に大切にされている姿に嫉妬して、嫌な事を沢山言ってしまった。本当にすまない」
再び頭を下げたジャンの肩に手を置いて、サァシャは微笑んだ。
「ジャン神父は凄いね。自分の非を素直に認めて、頭を下げるって中々出来ないよ」
プライドが高いのも、傲慢な話し方や態度も、育った環境を考えれば納得がいく。
きっとサァシャが想像も出来ない程のプレッシャーや柵があるのだろう。
「これから同期としてお互いに励もうね、ジャン神父」
サァシャが手を差し出すと、ジャンは少し拗ねた顔になる。
「……同期は沢山いる。俺はそんなありきたりじゃなく……その」
一度言葉を区切ったジャンは、これまで見たこたも無いくらい、真っ赤だった。
「君と友人になりたい」
勢いを付けて手を握ったジャンの提案に、サァシャは──嬉しくてその手を強く握り返した。
業務の説明があるから、とジャンは先に戻った。
気を抜くとつい、ニヤけそうになる。いくつになっても、友達が出来るのは嬉しい。
まさか苦手だと思っていた人が、中央に来て最初の友達になるとは、世の中何がおこるかわからない。
(そういえば、ルルネは元気かなぁ)
こちらに来てからというもの、バタバタしていて手紙すら出せていない。……ルルネから手紙も来ていない。
(もう、僕の事は忘れちゃったのかな)
感傷に浸りかけて、そういう自分も人の事は言えないな、と苦笑いした。
(きっと、向こうも忙しいんだよね……僕も落ち着いたら手紙出そう。それに)
春にはまた、会える。
そう思うと、少しだけ寂しさは薄れた。
そろそろ図書館に戻ろうかと、ベンチから立ち上がると、どこからか唸り声と間抜けな悲鳴が聞こえた。
「え、何?」
思わず声のした方へ駆けていくと──地面に尻餅を着くリシューと、その右腕に噛み付く小さな黒豹がいた。
「大丈夫ですか!?」
サァシャに気付くと、リシューは情けない程困った顔をして助けを求め来た。
「大丈夫じゃない……助けてサァシャ君」
腕に噛み付く黒豹は怯えていて、下手に刺激しないように、サァシャはしゃがんでそっと手を伸ばした。
「落ち着いて、何もしないから……離してあげて」
サァシャの手に怯み、益々威嚇するようにリシューに噛み付く黒豹だったが、サァシャがじっと見つめていると──ゆっくりとリシューの腕を離した。
「うん、良い子。こっちにおいで」
サァシャの指先に鼻を擦り、匂いを嗅ぐ仕草を見せると、黒豹は指先をチロリと舐めた。
そのまま擦り寄って来たので、小さな身体をそっと抱き上げる。
身体は少し汚れていて、乳離れしたばかりなのか上手く食事にありつけなかったようで痩せている。
安心させようと、ゆっくり背を撫でていると、リシューが半泣きでサァシャに縋り付いて来た。
「ありがとう~。サァシャ君が居なかったら俺腕無くなってたかも」
噛まれた右腕からは血が流れていて、傷が浅くない事が見て取れる。リシューに気付いた黒豹が再び威嚇し始めたため、リシューは慌てて距離を取った。
サァシャは神父服を脱ぐと黒豹を包み、近くの花壇の端にそっと降ろした。
「ちょっとまっててね」
黒豹の頭を撫でて、リシューの元へ戻る。
「腕、見せて貰ってもいいですか?」
止血しようと腕を抑えていたリシューに、サァシャは声をかけた。
「一体なにをしたらあんなに威嚇されるんですか」
半ば呆れているサァシャに、リシューは頬をかいて目を逸らした。
「可愛い黒豹だなぁ……って撫でようとしたら、ね」
「撫でようとしただけでこんなに噛まないと思います」
袖をまくり上げると、何度も噛みつかれた跡が痛々しい。中には抉れて貫通しかけた傷もあり、どれ程の力で噛まれたのかとゾッとした。一体何をしたのだと、ムッとした表情のサァシャに、リシューは小さくため息をつくと白状した。
「……あの子の母親、殺されてたから埋めてたんだよ」
思ってもみない返答に、サァシャは顔を上げた。
「ここ最近、教会内に迷い込んだ黒豹の親子がいたから、なんとか外に出してやろうとしてたんだけど、住み着いちゃってさ……心配で毎日様子を見に来てたんだけど、さっき母親が死んでた」
リシューは怪我してない方の手で頭をかくと、苦笑いした。
教会内の敷地は、使い魔以外の動物が入り込む事を良しとしない。それ故に、見つかると処分されてしまう。だから、リシューはなんとか逃がそうとしていたらしいのだが、上手くいかなかったそうだ。それもそうだろう。子供の豹ですら腕を噛みちぎる勢いなのだ、成体ともなれば、下手をしたら噛み殺されてしまう。
「チビの死体が近くになかったから、上手く逃げたのかと思ったんだ。このままにしておくのもどうかと思って埋めてたら、運悪くチビが戻ってきて……俺がやったと思ったんだろうねぇ。怯えながら勇猛に噛み付いて来た」
なんて事ないように笑うリシューに、サァシャは申し訳なさでいっぱいになった。
「すいません、そうとは知らず……失礼な事言いました」
項垂れたサァシャに、リシューはカラカラと笑った。
「サァシャ君が悪い訳じゃないよ、俺がタイミング悪かっただけ。……結局、助けられなかったな」
俺っていつもこうなんだよね、と笑うとリシューは立ち上がった。
「さて、と。医務室行くよ、助けてくれてありがとうね」
少し寂しそうなリシューに、サァシャは気づけば手を伸ばしていた。
「あの!……僕でよければ、治します」
サァシャの提案にリシューは目を見開き、首を振った。
「ダメだよ、人前で使うなってラギに怒られただろ」
「ラギには言いません!!それに」
言葉を区切ると、サァシャは辺りを見渡した。幸い近くに人の気配はない。
「誰も見てないし、リシューさんは僕が治癒術使えるの知ってるから知らない人の前で使う訳じゃない」
ニッコリ微笑めば、リシューは吹き出した。
「屁理屈だね」
「屁理屈も立派な理屈です。さぁ、早く治しちゃいましょう」
怪我をした腕に手を翳し、サァシャは治るように魔力を流し込んだ。
暫くすると、傷は跡形もなく消えた。
腕を曲げたり伸ばしたりして、動きを確かめたリシューは頭を下げた。
「ありがとう、サァシャ君。口では偉そうな事言ったけど、俺は痛いのが兎に角苦手だから、本当に助かった」
抱きつきそうな勢いのリシューを躱し、サァシャは花壇で大人しくしている黒豹を抱き上げる。甘えた声を出す黒豹が可愛いくて、鼻先を擽ると指を舐められる。
「治って良かったです。ラギには内緒にして下さいね……バレると面倒なんです」
「……そうだな、絶対に言わないから安心して。そのかわり今度何かお礼させてね」
お互いラギの面倒臭さは身をもって知っている。相変わらずリシューを威嚇したままの黒豹を撫でていると、リシューは首を傾げた。
「そのチビ、どうするんだい?」
「どうしたらいいか、詳しそうな人に相談しようと思って」
このままここに置いておく訳にもいかないだろう。逃がすか、あるいは保護できないか確認しよう、と腕の中の温もりを優しく抱きしめた。
手を振って、大事そうに黒豹の子供を抱えたサァシャの背中を見送る。
姿が完全に見えなくなると、リシューはそれまで張りつけていた笑顔を消して小さくため息を吐いた。
「ラギには内緒、ね……本当に、優しすぎるよ」
治った腕をそっと撫でて、リシューはもう一度ため息を吐いた。
「その優しさは、いずれ仇になる」
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