39 / 42
第一章
♢閑話♢おいしいミルクティーの淹れ方
しおりを挟む「あの子に美味しいミルクティーを飲ませてあげて」
サァシャを引き取る時、彼の母親がそう言った。
「不器用すぎやしないかい」
心底呆れた声で、リタは溜息を吐いた。
手元の片手鍋は吹きこぼれて中身が殆どなくなっている。
ラギは舌打ちしたくなるのをぐっと堪え、零したお湯をとりあえず拭き取った。これで失敗したのは何度目だろう。
──やはり自分には無理だ。
料理以前に家事が全く出来ない自覚がある分、無謀な気がするが──これだけは、何としてでも出来るようにならないといけない。
そう、決意した瞬間。後頭部に衝撃を受けた。
「っ……」
「それは拭いてるんじゃなくて塗り広げてるだけだよ」
後頭部への衝撃は、リタの手刀だった。
睨むラギの手から水分を含んで濡れそぼった布巾を奪うと、きつく絞って手際良く吹きこぼれたお湯を拭いていく。
「本当に顔しか取り柄が無い男だね」
「五月蝿い」
脇腹を肘でどつかれ、地味に痛い。
「さぁ、もう一回やってみな」
もう何回失敗したかわからない。お湯すらまともに沸かせないとなれば、普通なら呆れて匙を投げる。それでもリタは諦めること無く、腰に手を当てるとニヤリと笑った。
「アタシはスパルタなんだ」
そうして、何十回と失敗して……朝から始めた特訓は、日が沈む頃にはなんとか形になり、マスターもリタからも及第点を貰えた。
「……手間、かけた。休みの日に態々ありがとう」
よくもまぁ、投げ出さずに教えてくれたものだ。自分ですら諦めかけたが、リタは「出来るまで逃がさないよ」と根気よく付き合ってくれた。
ボソリと呟いたラギに、リタは目を見開くと窓の外を見た。
「あんたが素直だなんて、明日は槍でも降るのかねぇ」
「おい」
失礼な物言いに睨めば、リタは軽やかに笑った。不貞腐れて顔をそらせば、リタが背中を叩いて来て、地味に痛い。
「冗談だっての。……別にこれくらい、どうって事ないさ」
「そうだよ、ラギさん」
それまで静かに二人のやり取りを眺めていたマスターが、静かに目を閉じた。
「私達が今元気にお店を開けるのは、貴方が命懸けで魔獣から、私達を助けてくれたからに他ならない」
「……神父だから、当然だ」
顔を逸らしたまま、ラギは答える。
神父になりたての頃ラギは、絶望的な状況と言われ、討伐を諦められた町に一人、魔獣討伐へと出向いた事がある。
そこで助けたのがこの二人だった。
その頃は死んでもいいと思っていたから、誰も引き受けない任務を敢えて引き受けてはよく怪我をしていて、リタ達を助けた時も瀕死の重傷を負った。
その事に今でも負い目を感じるのか、ラルトスへ移住してカフェを開いてからは、何かとラギの世話を焼いてくれる。
最初は煩わしいと思っていたが、何故か無下に出来ず……気づけば、安息日には顔を出すようになっていた。
「それにしてもあんたが子供引き取るなんてねぇ……不安しかないわ」
「なんとかなるだろ、多分」
手元のカップに視線を落とし、自分で淹れたミルクティーを見つめる。
引き取った半魔の子供は、魔力が安定しておらず再び眠りについている。新しい町に着く頃には目を覚ますだろう、と彼の祖父であるリーライが言っていた。
「ニルギスに着いたら、ちゃんと手紙寄越しなさいな」
リタが思いっきり背中を叩いてくる。人間の中年女性とは思えない力強さに、ラギは思わず咳き込んだ。毎回地味にダメージを受けるが、このやり取りも今日でおしまいだ。
「忘れなければ書く。……今まで世話んなった」
荷物を纏めたら明日、ラギは養い子を連れて遠い田舎の教会に出向する。
「アタシが教えたんだから、あんたの淹れるミルクティーはきっと喜んで貰えるはずさ」
ミルクティーの作り方。
水を片手鍋で沸騰させる。
沸騰したら火を止めて、茶葉を入れる。
蓋をして二分程蒸らしたら、ミルクを入れて再び加熱。沸騰する直前で火を止めたら、蓋をして数分蒸らす。
後は鍋からティーポットに移し替え、カップに注げば完成だ。
サァシャは甘いのが好きだから、角砂糖はニつ。お菓子がある時は一つ。
カップを受け取ったサァシャは、嬉しそうに口を付けた。味わう様にゆっくりと嚥下すると、頬を緩ませる。
「美味しい」
「それは良かった」
幸せそうに笑うサァシャの隣に腰掛けると、ソファが沈み彼の身体が少しだけこちらに倒れ込む。
肩に少しの重みと、首筋に柔らかい髪の感触。
「今日も美味しいミルクティーをありがとう、ラギ」
サァシャの為に、日がな一日ミルクティーを淹れる練習をした事は、ずっと内緒にしている。リタ達にも口止めしてある。
あの日からもう六年が過ぎ、サァシャの為にミルクティーを作るのが日課になっていた。ラルトスに戻ってからも、それは変わらない。
両手でカップを持ち、それはそれは幸せそうに飲むのだから、淹れ甲斐がある。
何も出来ない自分がしてやれる、愛情表現。それはほんの些細な、小さな事だ。
それでも養い子の好物を聞けば、いつも同じ答えが返ってくる。
その言葉は、いつもラギに幸福を齎した。
「ラギの淹れるミルクティーが、一番好き」
19
あなたにおすすめの小説
神父様に捧げるセレナーデ
石月煤子
BL
「ところで、そろそろ厳重に閉じられたその足を開いてくれるか」
「足を開くのですか?」
「股開かないと始められないだろうが」
「そ、そうですね、その通りです」
「魔物狩りの報酬はお前自身、そうだろう?」
「…………」
■俺様最強旅人×健気美人♂神父■
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる