不機嫌な神父様には半魔の番が必要です

emanon

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第一章

♢閑話♢おいしいミルクティーの淹れ方

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「あの子に美味しいミルクティーを飲ませてあげて」
 サァシャを引き取る時、彼の母親がそう言った。



「不器用すぎやしないかい」
 心底呆れた声で、リタは溜息をいた。
 手元の片手鍋は吹きこぼれて中身が殆どなくなっている。
 ラギは舌打ちしたくなるのをぐっと堪え、零したお湯をとりあえず拭き取った。これで失敗したのは何度目だろう。
 ──やはり自分には無理だ。
 料理以前に家事が全く出来ない自覚がある分、無謀な気がするが──これだけは、何としてでも出来るようにならないといけない。
 そう、決意した瞬間。後頭部に衝撃を受けた。
「っ……」
「それは拭いてるんじゃなくて塗り広げてるだけだよ」
 後頭部への衝撃は、リタの手刀だった。
 睨むラギの手から水分を含んで濡れそぼった布巾を奪うと、きつく絞って手際良く吹きこぼれたお湯を拭いていく。
「本当に顔しか取り柄が無い男だね」
「五月蝿い」
 脇腹を肘でどつかれ、地味に痛い。
「さぁ、もう一回やってみな」
 もう何回失敗したかわからない。お湯すらまともに沸かせないとなれば、普通なら呆れて匙を投げる。それでもリタは諦めること無く、腰に手を当てるとニヤリと笑った。
「アタシはスパルタなんだ」
 そうして、何十回と失敗して……朝から始めた特訓は、日が沈む頃にはなんとか形になり、マスターもリタからも及第点を貰えた。
「……手間、かけた。休みの日に態々ありがとう」
 よくもまぁ、投げ出さずに教えてくれたものだ。自分ですら諦めかけたが、リタは「出来るまで逃がさないよ」と根気よく付き合ってくれた。
 ボソリと呟いたラギに、リタは目を見開くと窓の外を見た。
「あんたが素直だなんて、明日は槍でも降るのかねぇ」
「おい」
 失礼な物言いに睨めば、リタは軽やかに笑った。不貞腐れて顔をそらせば、リタが背中を叩いて来て、地味に痛い。
「冗談だっての。……別にこれくらい、どうって事ないさ」
「そうだよ、ラギさん」
 それまで静かに二人のやり取りを眺めていたマスターが、静かに目を閉じた。
「私達が今元気にお店を開けるのは、貴方が命懸けで魔獣から、私達を助けてくれたからに他ならない」
「……神父だから、当然だ」
 顔を逸らしたまま、ラギは答える。
 神父になりたての頃ラギは、絶望的な状況と言われ、討伐を諦められた町に一人、魔獣討伐へと出向いた事がある。
 そこで助けたのがこの二人だった。
 その頃は死んでもいいと思っていたから、誰も引き受けない任務を敢えて引き受けてはよく怪我をしていて、リタ達を助けた時も瀕死の重傷を負った。
 その事に今でも負い目を感じるのか、ラルトスへ移住してカフェを開いてからは、何かとラギの世話を焼いてくれる。
 最初は煩わしいと思っていたが、何故か無下に出来ず……気づけば、安息日には顔を出すようになっていた。
「それにしてもあんたが子供引き取るなんてねぇ……不安しかないわ」
「なんとかなるだろ、多分」
 手元のカップに視線を落とし、自分で淹れたミルクティーを見つめる。
 引き取った半魔の子供は、魔力が安定しておらず再び眠りについている。新しい町に着く頃には目を覚ますだろう、と彼の祖父であるリーライが言っていた。
「ニルギスに着いたら、ちゃんと手紙寄越しなさいな」
 リタが思いっきり背中を叩いてくる。人間の中年女性とは思えない力強さに、ラギは思わず咳き込んだ。毎回地味にダメージを受けるが、このやり取りも今日でおしまいだ。
「忘れなければ書く。……今まで世話んなった」
 荷物を纏めたら明日、ラギは養い子を連れて遠い田舎の教会に出向する。
「アタシが教えたんだから、あんたの淹れるミルクティーはきっと喜んで貰えるはずさ」
 

 
 ミルクティーの作り方。
 水を片手鍋で沸騰させる。
 沸騰したら火を止めて、茶葉を入れる。
 蓋をして二分程蒸らしたら、ミルクを入れて再び加熱。沸騰する直前で火を止めたら、蓋をして数分蒸らす。
 後は鍋からティーポットに移し替え、カップに注げば完成だ。
 サァシャは甘いのが好きだから、角砂糖はニつ。お菓子がある時は一つ。
 カップを受け取ったサァシャは、嬉しそうに口を付けた。味わう様にゆっくりと嚥下すると、頬を緩ませる。
「美味しい」
「それは良かった」
 幸せそうに笑うサァシャの隣に腰掛けると、ソファが沈み彼の身体が少しだけこちらに倒れ込む。 
 肩に少しの重みと、首筋に柔らかい髪の感触。
「今日も美味しいミルクティーをありがとう、ラギ」
 サァシャの為に、日がな一日ミルクティーを淹れる練習をした事は、ずっと内緒にしている。リタ達にも口止めしてある。
 あの日からもう六年が過ぎ、サァシャの為にミルクティーを作るのが日課になっていた。ラルトスに戻ってからも、それは変わらない。
 両手でカップを持ち、それはそれは幸せそうに飲むのだから、淹れ甲斐がある。
 何も出来ない自分がしてやれる、愛情表現。それはほんの些細な、小さな事だ。
 それでも養い子の好物を聞けば、いつも同じ答えが返ってくる。
 その言葉は、いつもラギに幸福を齎した。

「ラギの淹れるミルクティーが、一番好き」
  

 

 
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