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第一章
旅立ち②
しおりを挟む部屋の重々しい空気とは裏腹に、窓から差し込む月明かりは清々しい程明るい。
「……それでも、サァシャ君は生きる事を選んだんだろ?」
リシューの問いかけに、ラギはのろのろと顔を上げた。どこか迷子の子供のような表情に、今日は初めて見る表情ばかりだ、とリシューは思う。
「サァシャ君はお前に抱かれる時、嫌がったのか?……泣いて抵抗されたとか」
「いや、拒否はされなかった。ただ、俺に申し訳無い、と言って泣いてはいたが」
宙を睨み、ラギはボソボソと答えた。
まぁ、そうだろうなとリシューはワインを口に含む。今日一日二人のやり取りを見るに、サァシャはラギの事が好きなのだろう。そして、ラギもサァシャに「養い子」以上の感情を持っている。そうでなければ、命を救う為とはいえ身体を重ね──まして番の契約などしないだろう。
人の命などどうでもいい節があるラギが、それこそ命懸けで繋いだ命だ。
お互いに「家族」というバイアスがかかって、拗れているのがよくわかった。
(わざわざ教えてやるつもりは無いけど)
せいぜい藻掻けばいい。こういうのは自分達で気づかない限り、外野が何を言っても無駄だ。
「……因みにだが、もしサァシャ君が人間として死ぬ事を選んでたら、お前はどうしてたんだ?」
何気なく聞いた質問に、ラギは平然ととんでもない答えを返した。
「サァシャを看取った後、俺も死ぬつもりだった」
「は?」
思わず口を開けたままラギを凝視する。さも当たり前のように言うのだから、リシューは頭を抱えた。
「俺はサァシャ以外の血を飲めない。他人の血なんて飲みたいとも思わない上に魔力の為に適当な人間を抱くのも面倒だ。だからサァシャがいなくなれば、遅かれ早かれ俺も死ぬ。それなら、一緒に逝った方が丁度良いだろ」
「丁度良いってお前な……」
やはり、自分の命は二の次なのは変わらない友人に、リシューは呆れた。
知らず命を預けられてしまっている養い子に、リシューは少し同情する。
「まぁ、サァシャ君に嫌われないようにせいぜい愛情を注ぐ事だな」
「愛情……」
リシューの言葉をオウム返しするラギの困惑した顔に、初めて人間味を感じた。
♢♢♢
ラギとサァシャが中央教会に行く話は、瞬く間に町中に広がった。
お陰で連日教会には町人が訪れ、お別れの挨拶やラギへ玉砕覚悟の告白する者など、中々に混沌とした忙しい日々を送っている。
ラギと六年暮らした小さな家は、もう殆ど荷物を纏め終え、必要最低限しかない。
明日後任の神父が来たら引き継ぎをして、三日後には中央教会がある首都ラルトスへと旅立つ。
教会の庭をいつも通り掃き掃除していると、ルルネが顔を出した。
「ルルネ、こんにちは」
「こんにちは、サァシャ。風邪はもう大丈夫かい?」
ルルネはサァシャの頭を撫で、心配そうに覗き込んで来た。
先日──サァシャとラギが二人揃って休み、かわりにリシューが教会の業務を引き受けてくれたのは、二人が風邪を引いた、という事になっていて、少しだけ罪悪感を覚える。
「……だ、大丈夫。心配かけてごめんね」
苦笑いして誤魔化したサァシャに、ルルネは微笑んで──それから眉を寄せた。
「……聞いたよ、ラルトスに行くんだってね」
「うん、ラギが中央教会に戻らなくちゃいけなくて」
手にしていた箒を壁に掛けて、サァシャはルルネを見つめた。
「ルルネ、今までありがとう。僕、ルルネが教会に来てくれるの、すっごく嬉しかった。色々な話をしてくれて、差し入れをくれたり甘やかしてくれたり……楽しい時間を沢山過ごせたのはルルネのおかげだよ」
この町に来たばかりの頃、サァシャは今よりもずっと人見知りで、町の子供たちの輪に入れずにいた。人がいる時はラギの後ろに隠れていて、いつも教会の書庫の本を読んで過ごしていた。
そんなサァシャに根気強く話しかけて、外の世界へ連れ出してくれたのはルルネだ。
自分に兄弟がいたら、ルルネのような兄がいい、といつも思っていて──やはり、離れるのは寂しくて、サァシャは俯いた。
「サァシャと離れるのは寂しいな……ねぇ、もし私が『ここに残って欲しい』と言ったら、サァシャは残ってくれる?勿論働く所も住む所も紹介してあげられるよ」
思ってもみないルルネの質問に、サァシャは顔を上げた。
この町は穏やかで、皆優しくて、聖職者とはいえよそ者だったラギやサァシャを温かく迎え入れてくれた。叶うのなら、ずっとここで生きて行きたいと思っていたけれど。
「そう、言ってくれるのは凄く嬉しい」
「それなら」
「でもね、ルルネ」
言葉を区切って、ルルネの緑色の瞳を見つめる。いつも優しい瞳が好きだった。
「……僕は、ラギと一緒に生きていくって、決めたから……ここには、残れない」
双月の夜、サァシャはラギと生きると決めたのだ。それがたとえどんな形でも、ラギを縛る事だとしても。
見つめ続けたルルネの表情から、感情は読み取れなかった。ルルネは徐に俯いて、深く息を吐き出すと顔を上げ──苦笑いしてはいるが、どこか作り物めいている気がした。
「まぁ、そう言うだろうなとは予想してたけどね」
「……ぅ、ごめん」
項垂れたサァシャの頭を撫でて、ルルネは笑った。
「いや、君が悪い訳ではないから謝らないで──ねぇ、サァシャ」
頬を、ルルネの指が撫でた。擽ったくて思わず首を竦めると、ルルネはそのまま頬に唇を寄せた。
軽いリップ音と共に離れた、柔らかな唇。突然の事にサァシャは固まり──次の瞬間には、顔が真っ赤になった。
「なっ」
「はは、顔真っ赤……可愛いね」
ニッコリ微笑んだルルネは「挨拶みたいなものじゃないか」とサァシャの頭を再び撫でた。
「実を言うと、私も春からラルトスの学校に通う事になるから、もしかしたらまた会えるかもね」
「えっそうなの!?」
予想外の報告に、今の気恥ずかしさは一瞬で消えた。ラルトスでもルルネに会えると思うだけで、サァシャは嬉しくてつい顔が緩んでしまう。
「ラルトスでも私と会ってくれるかい?」
「勿論!約束だよ!」
ルルネの手を掴み、ブンブンと振るサァシャに苦笑いし──ルルネは何かに気づいたのか、首を傾げた。
「あれ?サァシャ、チョーカーなんて着けてたかな?」
襟元から覗く黒いチョーカーに視線を向けて、ルルネは呟いた。
「あ……これはラギに貰って……」
サァシャはチョーカーの十字架に触れて、目を閉じた。
「御守り、みたいな物」
これが無ければ、もうサァシャは人間ではいられない。今サァシャが人間のようにいられるのだって、ラギが分けてくれた人間の生命力と、この抑制具のおかげだ。
そのせいでラギも人間の見た目を保てなくなってしまったのだから──サァシャは、ラギの為に何が出来るだろう、とずっと考えている。
目を開いてルルネを見つめると、彼は今まで見たことも無いような暗い目をしていた。
「ルルネ?」
「……まるで首輪だ」
ボソリと呟いたルルネの言葉が聞き取れず問いかけたが、首を振ったルルネの目はいつも通りに戻っていて「なんでもないよ」と微笑んだ。
「春まで少しの間お別れだけれど、すぐ会えるよ」
「うん、ルルネに会えるの楽しみにしてる」
慣れた土地を離れ、知らない土地に行っても、友達に会える事が堪らなく嬉しかった。
リシューに呼ばれ、礼拝堂へと戻るサァシャの背を見送り──ルルネは低く呟いた。
「……でも、私を選んではくれないんでしょう?」
暗い瞳のまま、サァシャをずっと見つめるルルネの呟きは、風に溶けて消えた。
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