売名恋愛(別ver)

江上蒼羽

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売名同盟

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「売名同盟………ですか…」


譫言のように復唱する私の前に再び忍足さんの手が差し出される。

少し躊躇ったものの、嫌々ながら固く握手を交わして問う。


「………それで、名前を貸すというのは具体的に何をどうすれば良いのでしょうか?」


涙の流出で失った水分を補うようにビールを口に含む。


「俺と付き合って欲しいんですよ」

「ごふっ…」


何て事のない世間話の延長ように言われた大それた内容にビールが鼻の方へと回り込む。


「ごほっ…ごほ…」

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」


売名に協力というのは、きっとこういう事なのだろうとは思っていたけれど、いざ言われるとやっぱり驚く。


「勿論、付き合っているフリ。ヤラセの交際です」

「ヤラセの交際……」


落ち着きを取り戻し幾ばくか冷静になった私は「それなら……」と切り出す。


「女優さんが相手の方が大きな話題になるんじゃないですか?」


これに忍足さんは苦笑した。


「女優はイメージが大事です。そのイメージを守る為に事務所側はスキャンダルを嫌いますからね……残念ながら」

「あ………そう、ですよね」


「それに……」と忍足さんは続ける。


「女優とお笑い芸人の組み合わせはあっても、その逆はあまり例がない」

「………あぁ、確かに」

「俺の目的は、新聞の一面を飾る事じゃない。記事は小さくて結構。あくまでも世間に強烈なインパクトを与える事に重きを置いています」


落ち着いた口調とは違い、忍足さんの目はギラギラと猛っている。

野心に満ちているというか……


「だったら、私ではなく、間宮の方が適役じゃないですか?売れっ子だし、かなり世間も驚くかと……」

「寝る間もない程忙しい間宮さんに負担を増やせと?」


尤もな事を言われ、どうせ私は暇だしね……とヘソを曲げる。


「落ち目とはいえど、まだ十分“まんぼうライダーの森川”は使えます」

「…………」


今はっきり落ち目って言った。

初対面の人間に平気で毒を吐く辺り、この忍足という人物は腹が黒く染まっているようだ。


「偽装交際期間は、3ヶ月でいきましょう」


何も言えなくなった私に、忍足さんがどんどん話を進める。


「3ヶ月……?長くないですか?」


3ヶ月も偽装するのは正直しんどい。

その間にボロが出る可能性も無きにしもあらず…


「一月で破局した事にすると、お互いに軽薄なイメージがつくのでやめた方が良いかと。3ヶ月位が妥当だと思います」

「はぁ……」


世間の知名度を欲しがりながらも、世間体もちゃんと気にする辺り、彼は抜け目がない。

名が知れ渡れば何でも良いって訳じゃないらしい。


「まず手始めに人目のある所でデートしましょうか」


忍足さんからの提案に、思わず「え…?」と聞き返す。


「実際にそういうのするんですか?私てっきり、誰かに写真を撮らせて、スクープとして売り込むのかと……」

「信憑性のない話題は定着せず、すぐに消えていきます。今は誰もがインターネットを利用する社会です。それを使わない手はありません」


つまりは、一般の人からの呟きや画像投稿等からの拡散を狙っているという事か。


「もしそれで何の話題にならなかったら?」


人気絶頂の芸能人ならともかく、知名度の低い俳優と落ち目の女芸人が街中を闊歩していても誰も関心を持たないのではないだろうか。


「そうなる可能性は大いにありますね。その時は、保科マネがネットに情報を上げて拡散してくれる手筈になっています」

「……周到ですね」

「他にもいくらでもやりようはありますからご安心下さい」


売れる為なら手段は選ばない、やるなら徹底的にという事らしい。

承諾はしたものの、まだ完全には腑に落ちていない。

きっと今の私は見事な仏頂面を作っている事だろう。


「日にちや時間等の詳しいやり取りは、LINEでしましょうか。連絡先を交換して下さい」

「……はい」


お互いの連絡先を交換し、忍足さんの名前が友達に追加されたのを確認した所で、忍足さんのマネージャーの保科さんと間宮への連絡を終えたらしい川瀬さんが入室してきた。


「話はついた感じ?」


私と忍足さんを交互に見る川瀬さん。

忍足さんがにっこり微笑む。


「はい、快く承諾して頂けました」

「………」


心の中で、この嘘吐きめ……と毒づく。

二人の時と第三者が居る時とでは表情が全く異なる忍足さんに不信感を抱きながら睨みつけるも、彼は気にも留めていない様子。


「そういう事だから、忍足さんの指示にしっかり従って頂戴」

「これを機に双方の事務所の力が大きくなれば……と期待しています。よろしくお願いします」


川瀬さんに高圧的に言われ、保科さんには丁寧ながらも圧力のたっぷり込められた言葉を貰い、完全アウェーな私は身を縮めるしか出来なかった。
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