売名恋愛(別ver)

江上蒼羽

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報道後の再会

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指定された待ち合わせ場所へ行くと、彼は既に来ていた。


「お疲れ様です」


個室の扉を開けるなり、読んでいた台本と思われる冊子を閉じて優しい笑顔で迎えてくれた忍足さん。

前回会った時より、少し疲れているような印象を受けた。


「お疲れ様です。すみません、お待たせしちゃって……思いの外収録が長引いてしまって…」



約束の時間から、30分以上も経過している。

申し訳なさから縮こまる私に、彼は「いえ、大丈夫です」と目を細める。


「この業界は時間が読めませんから仕方がないですよ」

「……そう言って頂けるとありがたいです」


私が席に着くと同時に、彼は冊子をバッグに仕舞った。


「お久し振りですね。お元気でしたか?」

「はい。仕事が忙しくなってあんまり眠れてないですけど、取り敢えずは元気です」


私は私で忙しく、彼は彼で忙しくて顔を合わせるのは実に3週間振りだ。

その間の日数の経過はあっという間だった。


「取り敢えずは何か飲み物頼みましょうか?」

「そうですね」

「森川さんは生ビールですか?」


そう問われ、少し悩んだものの……


「是非、生で」


仕事後のカラカラに渇いた喉が炭酸と苦味を求めている事を察知し、生ビールの注文をお願いした。

呼び出しボタンで店員を呼び出した忍足さんは、飲み物と適当な料理をいくつか注文してくれたのだけれど、彼も私と同じく生ビールを注文していたのには意外だった。

初対面時にアルコールは弱いと言っていたから。


「忍足さんも今日は飲むんですか?」


私が聞くと、彼は笑顔で答える。


「飲みたい気分なんですよ」


程なくして、いくつかの料理と生ビールが運ばれてきた。


「乾杯しましょう」


キメ細やかな粟が乗った黄金色の飲み物が入ったグラスを手にした忍足さんに倣い、私もグラスを持ち上げる。


「お疲れ様です」

「乾杯」


グラスを軽くぶつけた後、各々泡に上唇を飛び込ませる。


「ぷはぁっ!ウマ~!」


オヤジ臭い唸りを挙げた私の正面で忍足さんが声にならない声を挙げている。

かと思えば、すぐにグラスを置いて、私に向かって右手を差し出してきた。


「売名、上手くいきましたね。森川さんには感謝してもしきれません」


子供みたいな邪気のない笑顔と弾む声。

こんな彼の顔は初めて見たかもしれない。

驚きつつも差し出された手を取ると、力強く握られる。

それにまた驚く。


「ありがとうございます。本当に」

「いえいえ、こちらこそ」


堅い握手の後、また忍足さんがグラスに口を付けた。


「記事であんな大きく取り上げられるなんて完全に予想外でしたが嬉しい悲鳴が止まりません」

「私もです。当面は仕事に困らなくて済みそうです」

「それは良かった。お互いに」


初対面時にお酒が弱いから……と烏龍茶を飲んでいた彼がアルコールを口にしている姿は何とも新鮮だ。

それだけ今回記事になった事が嬉しいらしい。


「実は、次クールの連続ドラマで準主役級の役を頂ける事になったんです」


忍足さんは、嬉しそうに語りながら隣の席に置いたバッグを漁る。


「今日頂いたばっかりの台本です」


彼のバッグから出てきたのは、私が到着する直前まで読んでいたと思われる白い冊子。


「ライトミステリーで、探偵見習い役なんです」

「へぇ、探偵見習いですか」

「先程ざっと台本に目を通してみたんですが、意外と台詞が多くて、言い回しも小難しい……ほんのりプレッシャーを感じています」


とか何とか言いながらも、その表情はとても誇らしげだ。


「いつから撮影なんですか?」

「来週辺りからです。地方での撮影になるみたいです」

「それは何だか大変そうですね」

「はい……ですが、豪華キャストの中に名を連ねられると思うと嬉しいです。誇りに思います」


今日の忍足さんのテンションはかなり高い。

こんなに生き生きと語る彼は初めてだ。

例えるなら、初対面時を50として偽装デート時は70とするなら、今日は85位といった所。


「興味があったら観て下さい……って、宣伝したりして」

「あはは、撮影もまだなのに気が早いですね」

「いや、かなり面白いドラマになると思いますよ」


既に酔いが回っているのかと疑いたくなる程、饒舌に話す忍足さん。

ずっと子供のようなキラキラした笑顔でいる。

何だか、可愛らしい。


「えっと……私も、忍足さんとの交際報道のお陰で、仕事を貰えるようになりました」

「大分お忙しいそうで……お話は窺ってます」


忍足さんの近況を聞いた後は、今度は私が近況を報告する番だ。


「はい、実は、ここへ来る前、久し振りのトークバラエティー番組の収録だったんです」

「へぇ…」

「きちんと話せるかとか、笑いを取れるかとか、本番前に色々考えちゃって……緊張で手汗、脇汗、脂汗、もう滝みたいに溢れ出ましたよ」


トークで滑ったらどうしようとか、立て直せるかとか……プレッシャーが半端なかった。


「でも、楽しかったです!放送でどれだけ私のトークが使われるか分かんないけど……頑張っていっぱい喋ったし、観客のウケもまぁまぁだったし……とにかく凄く楽しかった」

「楽しいのが一番ですね」

「はい、また出たいです」


思い出して余韻に浸る私に、忍足さんは「良かったですね」と、ニッコリ。


「ずっと真っ白だったスケジュールが、信じられない位予定で埋まっているんです 」


分かっているだけでも、半年先まではちゃんと仕事が入っている。

これが売名の一時的な効果で終わらないよう願うばかりだ。


「売名が成功して良かったですね」

「そうですね」


小鉢の中身を頬張りながら言う私に、忍足さんが同意してくれる。


「ここまですんなりと上手くいくとは思ってなかったんで、自分でも凄く驚いてます」

「逆に上手く行き過ぎて怖いくらいですよね」

「ははっ、確かに」

「お互い、これから何かと大変ですけど頑張りましょうね。あ、あと、何よりも体を壊さないよう気を付けましょうね」


人間体が資本。

売名の恩恵のある内にせっせと稼いで蓄えを作っておくのも悪くはないけれども、忙しいからといって命を削っては本末転倒。


「……だからといって、一時のもので終わらせたくはないんだけど」

「ん?」


勝手に飛び出してきた独り言に反応する忍足さんに即座に「いや、完全に独り言です」と苦笑いで取り繕う。

それはそうと……


「忍足さん、飲むペース早いですね」


忍足さんの飲むペースが思いの外早い。

グラスの中身がほぼ空になりかけている。


「おかわり頼みましょうか?」

「あ、そうですね」

「次も生で?」

「はい、お願いします」


店員を呼びつけて追加の注文をしたはいいものの、忍足さんの顔は既に赤くなり始めている。


「既に酔い始めてる感じですか?」


私が聞くと、彼はばつが悪そうにはにかむ。


「少し。まだ1杯目なんですけどね」

「本当にお酒強くないんですね」

「はは……情けない」

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