売名恋愛(別ver)

江上蒼羽

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回復の見込みのない心

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いつの間にか寝落ちしてしまっていたらしい私は、部屋のインターホンとけたたましい着信によって叩き起こされた。

着信の主は川瀬マネージャー。

泣き腫らした目が上手く開かない上に、鼻の下がカピカピしてる。

その上、寝起きで頭が回らない。

暫くボーッとしていると玄関のドアが乱暴に叩かれる。


「森川!森川っ!何時だと思ってんの?!早く出て来なさい!」


川瀬マネージャーの怒鳴り声にハッと我に返った。

今日はロケで四国へと飛ばなければならない。

その事を思い出し、血の気が一気に引いた。

咄嗟に時計を見上げて益々青ざめる。


「………ヤバい」


とは思ったものの、前日のショックから立ち直れていない私の体は動かない。


「仕事、行きたくないな……」


間宮のお荷物である私にお情けで仕事を回してくれている川瀬さんには感謝している反面、昨日の彼女の毒ある言葉に腹が立っている。

確かに私は事務所にとっての単なる商品だけど、それ以前に心を持った人間だ。

間宮のお荷物だなんて……

間違ってないけれど、何もあんな言い方しなくたって……って根に持ってる。

素直に彼女の言う事を聞きたくないのが本音。


「今日、休んでも良いですか?体調悪いんで」


玄関のドアを開けて直接言えば簡単に済む話をわざわざ携帯に電話をかけてする。

顔を合わせるのが恐怖でしかないから。

ドア一枚隔てた先に居る人物の表情が容易に想像出来る。

きっと般若のような顔して仁王立ちしている筈だ。


「熱はないみたいなんですけど、頭が割れる位痛くて……布団から出れないんです…」


普通の会社員なら「仕方ないよね、お大事に」で通じる欠勤理由でも、芸能界じゃほぼ通じない。

そもそも飛行機の出発時刻に間に合うか間に合わないかの瀬戸際でのドタキャンは芸人として有り得ないだろう。

だったら早く電話してこい!と激昂されるのが明白。


「す、すみません……」


川瀬さんの深い溜め息が耳に届いた。


『………分かったわ。今日の所は代わりを手配するからゆっくり休みなさい。最近無理させてるから疲れが溜まってるのかしらね、お大事に』

「あ……ありがとうございます…」

『その代わり、今後、こういった甘えは許さないからね』


玄関前に居た川瀬さんの物と思われる靴音が遠ざかって行くのと同時に、全身の力が抜けた。


「……はぁ…」


本来なら、這ってでも出て行くべき所を己の感情だけで投げ出した愚かな私。

ここで見捨てられたら仕事を与えられなくなるかもしれないというリスクを考慮しても、今日は家を出れるような状態じゃなかった。

無理して出た所でボケが空回りして盛大に滑っていただろう……と精一杯自分に言い訳する。





その日の夜、忍足さんから1時間置き位に、3度の着信があった。

多分川瀬さんが保科さんを通じて忍足さんに電話するように命じたんだと思う。

ちょっと声聞かせて元気付けてとか、忍足さんの声聞けば元気になるだろうし……みたいに言って。

もしかしたら本当に用事があっての着信かもしれないけれど、やはり勘繰ってしまう。

勿論、着信には出なかった。

その後立て続けに2、3件LINEが入ったようだけれど、こちらも未読スルー。

未読のメッセージが結構溜まっている事に少々の罪悪感を感じつつも、相手は人の気持ちを弄ぶというもっと残酷な事をしているだけに、心を鬼にするしかなかった。





丸一日休暇を頂いて、ほんの少し心のダメージは回復した。

川瀬さんから今後甘えは許さないと言われたのも相俟って、渋々ながら出演する番組の収録が行われる赤坂のスタジオに向かう。


「昨日は、ハイライトの二人にあんたの代打を頼んだわ」


ハイライトとは、事務所の同期の男性コンビだ。

同期であり、ライバルでもある彼等はまだまだ無名。


「あの二人、結構良い仕事してくれたみたいよ。番組のスポンサーが偉く気に入っちゃって、このままレギュラー交代でも良いと言ってたそうよ」

「そうですか…」

「そうですかって………仕事一本減るかもしれないのよ?ちょっとは焦んなさいよ!」


覇気のない私に見事に苛立った川瀬さんの方を敢えて見ない。

台本チェックするフリで遣り過ごそうと目論む私の横でメイク直ししている間宮が言う。


「川瀬さんからより彼氏から叱って貰った方が効くんじゃないですか~?」


何気ない一言ながら、私をドキッとさせるのに効果的だった。

事のカラクリを私が知っている事に気付いていない川瀬さんが「そうね」と、間宮に同意する。


「ちょっと最愛の彼氏に喝入れて貰おうかしら」

「………」


居たたまれなくなって、無言でその場を立つ。


「トイレ行って来ます」


不思議そうに見やる川瀬さんと間宮を後目に私は逃げるように部屋を出た。





収録が終わると、忍足さんからの着信が入っていた。

川瀬さんの差し金である事は明らかだ。

避けてばかりいる訳にはいかないけれど、出る気にもなれない。

川瀬さんを通じて私のスケジュールは筒抜けだろうから忙しいフリは通用しない。

何とか理由を作って置こうにも、適切な言い訳が全く思い浮かばない。

向こうは絶対変だと思ってる。

その内川瀬さんを通じて何か言って来るだろう。

川瀬さんと保科さんの思う壺でいれば丸く収まるし全てが上手くいくのは分かっている。

でも、私は芸人であって女優じゃない。

騙されていると知ってて騙されてやるとか……そんな演技、出来っこない。

たまにドッキリ番組でのヤラセもあるけれど、それは台本ありきだし、番組だから出来る事。

プライベートには台本なんて一切ないのだから。


「……どうしたら良いんだぁ…」


テーブルに突っ伏す私に間宮が「何が?」と突っ込んで来た。

それに「何でもない。こっちの話」と返す。 


「本当にぃ?昨日、今日と森川変だよ?ボケも滑ってばっかだし、トーク振られてもぼんやりしてるし」

「……」

「何かあった?」


流石は相方、中々鋭い。

馬鹿なフリして実は頭の切れる頼れる相方の間宮に相談すれば心は軽くなりそうな気もするけれど、誰よりも信頼している川瀬マネージャーが非情な人間だと知ったら彼女はショックを受けかねない。

目が回る程忙しい売れっ子間宮に要らぬ心配をさせたくないし。

そう考えたら今抱えている問題は間宮に知られる訳にはいかない。


「忍足さんと上手くいってないとか?」

「や、そんなんじゃない。大丈夫。問題なし」


間宮は本当に鋭い。

こういう時位、鈍感になって欲しいのが相方としての願い。

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