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引退という二文字
しおりを挟むこの二日後、メディアはこぞって忍足さんの初主演映画の情報を解禁した。
番組ディレクターとの打ち合わせ前の楽屋にて、それを目撃した私は朝からテンション急降下。
『人気コミックが実写映画化する事がこの度正式発表されました。原作は累計売上500万部の女子高生と教師のラブストーリー』
情報番組の最新芸能ニュースのコーナーに、デカデカと顔写真で登場した忍足さん。
芸能コーナー担当のアナウンサーがやや高めのテンションで説明を続ける。
『ネット上では、早くから映画化の情報が憶測で飛び交っていましたが、関係者側からの正式な発表はこれが初。キャスティングも併せて発表されました』
うずうずと、テレビのチャンネルを変えたい衝動に駆られる。
けれども、チャンネル権はリモコンを確保している間宮にあって変えられない。
『天真爛漫な女子高生役は、1万人のオーディションを勝ち抜いた17歳のシンデレラガール。彼女が想いを寄せるクールな数学教師役に、話題性抜群の俳優忍足 慧史。その他、豪華俳優陣が脇を固めます。クランクインは今月末。映画の公開はーーー…』
「へぇ………忍足さん、大出世じゃん」
「…………」
間宮の言葉に反応しないでいる私に代わり、川瀬さんが「そうよね」と、大きく頷く。
「彼は華があるし、演技力の高さも評価されているみたいよ」
「ふぅん………単なる顔だけの役者かと思ってたけど……って、彼女の前でごめんなさい」
可愛らしくペロッと舌を出すあざとい間宮。
うっかり飛び出た失言は、彼女の本心だろう。
「クールな教師役なんて、彼にピッタリなんじゃない?」
「そうですよね、スーツに眼鏡に教鞭……似合いそう」
「あら、良いわね~女子のハート鷲掴み!」
盛り上がる間宮と川瀬さんを後目に、私は携帯のゲームアプリを立ち上げる。
チャンネルが変わるか、話題が変わるかしないと居心地悪くて居たたまれない。
「狙ってますよね~!人気漫画の実写化って大体コケるけど、今回のは期待出来るんじゃないですか?ね、そう思わない?森川」
不意に、間宮が私に話を振ってくる。
「また彼の人気上がっちゃいそうだよね」
「…………」
私にとっては複雑でしかないこの話題は、精神的にキツいものがある。
「益々会えなくなっちゃって寂しくなるわね」
私が忍足さんに決別宣言をした事を知らない様子の川瀬さんは、まだ彼の話題を引っ張る。
だからつい……
「もう彼とは恋人関係ではないので、どうでも良いです」
吐き捨てるように言ってしまった。
「嘘っ?!」
「え………森川……それ、本当に?」
間宮と川瀬さんが見事に食い付く。
テキトーにあしらう事が出来たら良いのだけれど、そういったスキルのない私は正直に語るしかない。
「………好きな人が出来たから」
「何それ?!あんたにって事?」
間宮の距離が近い。
「もしかして………前に撮られた人…?」
川瀬さんの顔も近い。
渋々「最近、付き合い始めました」と伝えると、川瀬さんは呆気に取られたような顔をする。
「へぇ~森川、やるじゃん!モテ期到来って感じ?」
「そんなんじゃないよ…」
「またまたぁ~詳しく話して話して~!」
興味津々な様子の間宮は、もっと詳しく話すよう促して来るけれど、そんな気力のない私は苦笑しながら言う。
「また今度話すよ」
今日の仕事は、世界各国から集めたハプニング映像を紹介するバラエティー番組。
不定期に放送されるものの、視聴率は結構良い。
司会の中堅芸人が番組を仕切り、グラビアアイドルと間宮が華を添える。
私とその他の芸人は完全に番組を盛り上げるガヤ要員だ。
ただ映像を見せられるだけだからといって気を抜けない。
それに見合ったリアクションを取りつつ、気の利いたコメントを言って場を沸かせなければならないから、これが結構プレッシャーだ。
ワイプ芸、何気に苦手だし。
「さぁて、今夜も始まりました。世界の面白映像100連発!嘘っ?!こんな事ありまっか?2時間スペシャル。今宵、視聴者の皆さんはテレビに釘付け間違いなし!」
チープなセットの真ん中で流暢に話す司会の横手川さん。
事務所は違うけれど、何度か仕事でご一緒した事がある。
面倒見が良くて厳しくも優しい彼を、私と間宮は横兄さんと慕っている。
「所々クイズを挟むんでお楽しみに。それではVTRスタート!」
横兄さんのフリで始まったハプニング映像のVTR 。
基本的には笑える映像ばかりだけれど、時々ちょっぴり危険映像も混ざっているから笑ったり大袈裟に悲鳴を挙げながら目を覆ったりとリアクションに忙しい。
映像の合間に横兄さんに感想をフラれ、軽くテンパりつつもネタを織り混ぜてトークする。
ウケはイマイチ。
「森川のトークは、只今のスケートの映像より遥かにキレーな滑りしました」
横兄さんの切り返しで、何とか笑って貰えた。
最早、私のボケは滑り芸になりつつある。
収録が終わった直後
「森川、ちょっと俺の楽屋へ来い」
楽屋へ戻ろうとした所を横兄さんに呼び止められた。
間宮は呼ばれず、私一人だけ。
何故に私?……と疑問に思いながらも、同時に不安もあった。
その不安は見事に的中する。
「………森川、最近ちょっとたるんどるで」
畳の上で胡座を掻く兄さんを前に正座をする私。
「何やの?あのトーク………全然おもろないで?てか、何しに俺の番組来たんやっつー話や」
「…………すみません…」
怒りにも呆れにも取れる表情をした兄さんの説教を真摯に受け止めるしかない状態。
「お前、男出来てから格段におもろなくなったで」
「…………」
「大体な、女芸人が女を意識し出したら終わりや。お前程度の芸人、ごまんとおるんやで。男に現抜かしとったら、あっちゅー間に抜かれるでアホ」
兄さんの容赦ない言葉の礫を浴び、真っ直ぐ伸びていた背筋が徐々に丸くなっていく。
「お前、一度芸能界干されて地獄見たんやろ?また干されたいんか?」
「いえ……嫌です」
「なら、ちゃんとせえや!男にかまけて本業忘れたらアカンやろ」
「すみません…」
元々私は話術に長けていなく、トーク番組では間宮の影に隠れて、ほぼ空気と化している。
それが最近更に悪化しているらしい。
「今のお前はイケメンの兄ちゃんとの熱愛っちゅー話題だけで存在しとんのや。実力もないくせに枕でのし上がったアイドルと同じやで。もてはやされるだけもてはやされて、話題が尽きたら直にポイや」
涙が出そうになるも、ぐっと奥歯を噛み締め堪える。
「もう収録は終わったからしゃーないにしろ、次あんな腑抜けたトークしよったら、ただじゃ置かんからな」
「…………はい、すみませんでした」
兄ちゃんの楽屋を出た途端、堪えていた涙が溢れ出て来た。
すぐに近場のトイレに駆け込んだ。
「うっ………」
この世界は、私には向かない世界なんだと思う。
時代の変化と共に変わっていく笑いの質に対応出来ない。
トーク力がなく、すっかり古くなった過去のネタを引っ張るしか能のない私は、もう既にこの世界から必要とされていないのだろう。
芸能デビューしてから10年、がむしゃらに頑張ってきた。
だから、もうここで頑張るのを止めても良いんじゃないかって気がしてきた。
そろそろ引き際というものを見極めた方が良いような気がする。
【引退】の二文字が脳裏に過った。
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