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第四夜:幸せへの道標【12】
しおりを挟む「そろそろ本当のお別れってやつだな…」
小さく呟き、立ち上がる司。
目を見開き、固まったままの香菜に、彼は告げる。
「俺、もう行かねーと」
「つか、さ………?」
突然、司の体が黄金色に輝き出した。
「司っ?!」
香菜の顔から、血の気が引いた。
「やだ、何これ……やだ…」
香菜は、司の体から光を遠ざけようと懸命に手を払う。
けれども、それは何の意味もなさず……
光に包まれた司の体は、細やかな粒子へと変わっていった。
「じゃあな、香菜。元気でな」
司は、光の中から笑顔で手を振る。
彼の体は、足元から静かに散り始めた。
「待ってよ、司……行かないで、一人にしないで……」
香菜の視界がぼやける。
「一人じゃねーだろ。彼氏と幸せにな」
僅かに司の声が震えている。
香菜は、それに気付くと、消えかかった司の体を両手で包んだ。
触れられなくとも構わない……
その一心で。
「司……」
彼の胸の位置に顔を埋め、涙を流す香菜。
司の体は、もう半分近く、散っていた。
「……心配すんな。来世は、俺が必ず香菜を幸せにすっからさ」
明るく言う司に、香菜が嫌味を込めて言う。
「前世とか来世とか………信じてなかったくせに」
「ははっ……そーいや、そうだった」
あっけらかんと笑う司に呆れながらも
「約束だからね…」
香菜は小さく呟いた。
拭っても拭っても、香菜の涙は止まらない。
見かねた司が悪戯っぽく笑う。
「泣き止むまじないを掛けてやるよ」
「え…」
香菜が顔を上げた瞬間、視界に司の長い睫毛が飛び込んできた。
香菜は瞼を下ろす。
重なる唇。
香菜は、僅かに……ごく僅かにだけ、司の感触を感じた。
もの悲しさを残して唇を離した司は、不安げに眉を下げる。
「これってさ、浮気になる?」
あまりに真剣に言う司が何だか可笑しくて、香菜は思わず吹き出してしまった。
「……もう………馬鹿」
屈託のない笑顔が印象的だった。
花畑に一人残され、佇む香菜は、空を見上げて囁く。
「………バイバイ、司」
その横顔は、どこか吹っ切れたように、清々しかった。
ーーーピピピッ…ピピピッ…
携帯のアラームに目を開けると、見慣れた天井が視界に入ってきた。
カーテンの隙間から朝陽が差し込み、鳥の囀りが聞こえる。
「……夢、だったのかな?」
その割りに記憶が鮮明で、感覚もはっきりしていた。
体が疲れているような感じもする。
「………司」
妙にリアルな感触が残る唇をそっとなぞると、屈託のない笑顔が思い出された。
香菜は、徐にベッドから降り、脇目も振らずにベランダに出た。
ベランダの隅には、空き缶で作った鉢植えが置かれている。
それを見るやいなや、香菜は「え……」と、小さく声を挙げた。
昨晩まで、咲いていた筈の花が見当たらない。
花だけでなく、葉も、根さえも。
まるで、初めからそこに何もなかったかのように、跡形もなく消えていた。
あるのは、乾いた土だけ。
香菜は、鉢植えを手に取ると、静かにそれを胸に抱いた。
「………司に会わせてくれてありがとう」
昨晩の出来事が、本物だったのか、まやかしだったのかは判別出来ないが、香菜には、それはどうでも良かった。
ただはっきりしているのは、自分の中で一つの区切りをつけられた事。
涙の跡をなぞるように、生温かい滴が頬を伝い、乾いた土を濡らした。
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