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逃走、暴走、迷走①
しおりを挟む高瀬さんの部屋を飛び出して、頼りない照明しかない道をひたすら駆け抜けた。
「ハッ……ハッ……ハァ……」
途中で力尽きて近くのフェンスに凭れ掛かる。
そして、そのまま崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
「ゼェ………ハァ……ッ、ハァ……ケホッ…」
喉が渇いていた上の全力疾走で、酷く咳き込む。
「ゲホッ……ケホ……うぶっ…」
消化し切れていない胃の内容物が今の疾走でシャッフルされたのか、上がってきた。
必死に耐えて押し戻したら、代わりに何かが目から流れ出て来た。
「………何これ…」
何これ……とか言いつつ、ビームを出すような特殊能力者以外、人間の目から流れ出るのは涙しかない。
だらだらと締まりなく流れる生温い液体は、凛ちゃんと高瀬さんの所為だ。
あんな過激な場面を見せられたら、ビックリして、そりゃ涙も出るでしょうよ。
高瀬さんの前で女になった凛ちゃんの姿、貪り合うような激しいキスの光景が脳裏に焼き付いたまま離れない。
部屋に響く二人分の荒々しい息遣いと、凛ちゃんの甘い声が耳からずっと離れない。
何より、普段の姿からは想像も出来ないような色気を醸し出してた高瀬さんが信じられない。
「……糸目のくせに、色っぽいって何だよ」
理不尽な怒りを近くの電柱にぶつける。
「ほっそい目の冴えない奴が、何で男になってんの?」
深夜の酔っ払い、大暴れ。
通報されたら逃亡しよう……そんな風に思いながら、電柱を何度も何度も蹴る。
衝撃で足が痛い。
「大体さ、何で私が気を遣って出て来ないといけないの?!ヤるならホテル行けってんだ!」
最後に一際大きな蹴りを入れたら、少しだけ気分が落ち着いた。
「………はぁ……何やってんだろ、私…」
頭を掻きむしりながら項垂れていると、誰かがアスファルトを蹴る音が近付いてくる。
足音は私の少し後ろ辺りでゆっくりになる。
「てるり」
私をこう呼ぶのは彼しか居ない。
「てるりってば」
返事をしない、振り返りもしない私に焦れてか、彼が私の二の腕を掴む。
そのまま強引に振り向かされると、息を切らした汗だくの高瀬さんと目が合った。
「え………泣いてるの?何で?」
驚いたように細い目を目一杯見開く高瀬さん。
気まずさから、何も言わずに目を逸らして気付く。
彼が着ているシャツが裏返しな事に。
「………高瀬さん、シャツ裏返し」
「えっ?あ……うわ、本当だ…」
慌てながら私に背を向けて服を正す彼に問う。
「………何で来たの?」
シャツに袖を通しながら振り向いた高瀬さんが不思議そうに答える。
「何でって………心配だったから。こんな夜中に女の子一人で出歩いたら危ないよ」
普段通りの高瀬さんだ。
「………別に大丈夫だよ。ちょっとコンビニ行くだけだし」
「大丈夫ってさ………そのちょっとが危険なんだって」
高瀬さんが「それに……」と笑いを堪える素振りを見せて続ける。
「コンビニ、こっちと逆方向」
「あ……」
「あと……ほら、てるり手ぶらじゃん。携帯も持って出なかったし」
「…………」
Q,財布を忘れて、愉快なサザエさん………状態な事に指摘されて初めて気付く、愚か者は誰だ?
A,………それは、私です。
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