オフィスラブは周囲の迷惑から成り立っている。

江上蒼羽

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「まぁ、そんな事があったの?あのイケメンの彼は中身もイケメンなのねぇ」


先日あった一件を佐伯さんにしたら、彼女はうっとりと目を細めた。

佐伯さんが言うイケメンの彼とは、帯刀さんの事を指している。


「いいわぁ~あんな息子欲しいわぁ~」


心の中で“佐伯さんからあんな可愛らしい顔立ちの人は生まれるわけがない”と、ほくそ笑む。


「にしても……無事で良かったわね、凪ちゃん」

「えぇ、まぁ………」


佐伯さんが切なそうに言う。


「嫁入り前なんだから、ちゃんと気を付けないと駄目よ」

「はい………親にも散々叱られました」


特に父親からかなり厳しく……

正座をさせられ、滾々と説教。

この歳になってここまで怒られるとは……と情けなくなる程怒られた。


「女の子をつけ狙う不埒な輩っているのね、全く……」


怒りを露にする佐伯さんは、私の第2の母という感じ。

私の事を心配してくれ、私をつけていた男に対して怒ってくれる。

ありがたい存在だ。


「ですね。帯刀さんが居てくれて本当に助かりました」

「凪ちゃん、彼にときめいちゃったりした?」


………けど、すぐにこういう風に茶化してくるのは頂けない。


「え……えぇ?まさか」

「あらそう?青柳さんみたいに格好良く助けてくれたんでしょ?」


何でここで青柳さんを引き合いに出すかな……


「格好良く………というか、さりげなく?」

「スマートに女性のピンチを救う………素敵じゃないの。ホホホ」


とはいえ、帯刀さんみたいなタイプはあんまりなんだよなぁ……というのが正直な感想。

だって、顔が私より綺麗過ぎるもの。




「あれ……今俺の話してました?」


その声にドキッと心臓が跳ねた。

声の方に顔を向けると、そこには青柳さんが立っていて、彼は私と目が合うとニッコリ微笑んだ。


「お疲れ様です」


いつも通り爽やかな彼に、うっかり顔がだらしなく綻んでしまいそうになる。


「お疲れ様です」

「あらぁ~青柳くん、今日も素敵ね」


佐伯さんの称賛を受け、青柳さんが照れ臭そうに「ありがとうございます」とはにかむ。

そのはにかんだ表情も素敵過ぎて、胸がキュンと音を立てた。


「おっといけない………私、ちょっと向こうの方やってくるわ。凪ちゃん、後頼むわよ~」


お世辞にも上手とは言い難い………というか、へったくそな演技で佐伯さんが捌ける。

わざとらしいなぁ………と思いながらも、その背中を目で追っていると、青柳さんが「相変わらず佐伯さんは愉快な人だね」と笑った。


「で、何の話?俺がどうかした?」


頼りになる佐伯さんの逃亡で一気に緊張の波が押し寄せる。


「あ、いや………えと、その………前に助けてくれた時、格好良かったなー……みたいな話を…」


しどろもどろに話す私が可笑しかったのか、それとも口にした内容が可笑しかったのか分からないけど、青柳さんが「プッ……」と吹き出した。


「あ、何かすみません………自分の知らない所で話題にされて気分悪いですよね」

「全然。お褒めに与り光栄です。とても嬉しいよ。貶されてたら悲しいけど」


涼しげな目元を細めて微笑む彼は、どこぞの国の王子様みたいだ。

素敵過ぎて直視出来ない。

視線を合わせては、恥ずかしさから外して………でもそれじゃ失礼かと思い、また合わせて…

自分の挙動不審さに情けなくて落ち込みそう。


「羽鳥さんの仕事って何時まで?」


思いがけない質問に「えっ?」と顔を上げると、青柳さんはうなじの辺りを掻きながら少々言いにくそうに言う。


「二人で食事でもどうかな?………なんて」


青柳さんが何を言ったのか理解出来ず、ウエスを握り締めたままポカーン。


「あ……っと、ごめん……一緒に食事したいなって思ったんだけど……突然で迷惑だった?」


申し訳なさそうに表情を曇らせる青柳さん。

耳を疑わずにはいられない。


「それとも、いきなり二人きりは駄目だったかな?」

「あ………いや、その……」


何という事だろう。

ちょっとお近付きになれただけで「ヤッター!!」とはしゃいでいたけど、それ以上のミラクルが起こるなんて。


「わ、私で良いんですか?」


今にも舞い上がりそうな気持ちを精一杯抑え込んで平静を装う。

とはいえ、上擦った声からして私の想いなど青柳さんにバレバレだろうけど。

青柳さんは「勿論」とニッコリ。


「羽鳥さんと行きたいんだよ」


握り締めていたウエスを更にぎゅっと握る。


「都合が悪いなら日を改めるけど…」


慌てて「大丈夫です!」と声を張り上げる。


「行きましょう!今日!是非、空いてます!!というか、空いてます!いつでも!」


テンパってよく分からない日本語を発する私に青柳さんは笑いを堪える素振りを見せる。

自分のテンパり具合に恥ずかしくなり、カァッ……と顔が熱くなる。


「………なんですけど、仕事が終わるのは8時で……お腹空きますよね?」

「平気だよ。じゃあ、一旦帰ってから8時に迎えに来るね」


こんな展開は完全予想外だ。

憧れの人と食事、しかも二人きり………これは期待しても良いのかな?


「嫌いな物はある?」

「何でも食べられます」

「そっか、良い店探しておくよ。それじゃ、また」


こんなやり取りをして青柳さんは業務に戻った。

去る時も爽やかで素敵過ぎる~とひっそり悶える。

さっきから握り締めたままのウエスは広げるとしわっしわ。

余程力が入っていたらしい。



「……なーぎーちゃん」


不意に背後から名前を呼ばれた。

この大企業の中で私をそう呼ぶのは佐伯さんと彼の二人。

声の質と低さからして後者だとすぐに分かった。

タイミング的に今の青柳さんとのやり取りを目撃された可能性あり。

からかわれそうで嫌だったから敢えて聞こえない振りをして業務を再開する。


「あれま………無視?」


彼が近付く気配を感じた。

その足音を数えながら彼が通り過ぎるのを待っていると


「業務中に私語多くない?凪ちゃんの会社にクレーム入れちゃうよ?」


わざとゆっくりの速度で通り過ぎる彼にボソッと耳打ちされた。

一瞬ムカッと腹が立ったものの、彼の言う事は尤もで、ぐうの音も出なかった。

確かに仕事中にも拘わらず、私語が多かった自覚がある。

社会人としての基本中の基本がなってなかった。

こればかりは反論の余地もない、完全に私が悪い………けど…


大きく伸びをしながら歩いて行く帯刀さんの背中を唇を噛みながら見送った。

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