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【アイツだけがモテるなんて許せない】
二人の関係③【琉成×圭吾】(圭吾・談)
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頭ん中がまだ少しぼぉっとしながらも、何とか今日も居酒屋でのアルバイトを終えて、更衣室で着替えをしている。大学の講義室なんぞで痴態に及んだ余韻が脳髄にまで響いていて、まだ熱が消え切らないせいだ。
コレも全て琉成が変態だからだな。
俺は一切悪くないと八つ当たりに近い感情になりながら、バイト中に着ていた制服代わりのTシャツを脱いで、急いで自分の服に着替えていく。暇をみては必死に食べ続けているってのに痩せていて、脂肪がほぼ無いせいで筋トレをしても目立った効果が出ず、あばらなどの骨が浮いているせいもあるが、一番はやはり“抱かれている側の痕跡”なんぞ他人には見せたくない気持ちの方が大きい。体のそこかしこに噛み跡やキスマークが残っていては、バイト仲間からどんなツッコミが入るかなんて想像もしたくなかった。
(…… また随分とつけやがったな、アイツ)
軽く服の襟ぐりを引っ張って、自分の貧そな体を覗き見ながらそんな事を思った。胸も腹も腕にさえ、見てはいないが多分太腿にだってあるだろう。痕跡が消える前に増えていくので、全てが消える日が来るのはいつの事になるのやら…… 。
あの後、午後から授業のあった琉成とは早々に別れて、俺は一度自分の部屋に戻った。頼まれていた洗濯物をベランダから回収し、それらを畳んで片付ける。そしてシャワーを浴びてベタベタだった体を綺麗に洗い、復習を済ませてからアルバイト先へと向かって、今に至る。
幸いにしてバイト中の失敗はせずに済んだが、直前までしていた復習に関しては頭の中に残っている気が全くしなかった。
「お先に失礼しまーす」
更衣室を出て、店内にまだ残っている人達に声を掛けて外に出る。
四月も末だとはいえ、夜になるとまだ少し冷える気温のせいで体を軽く震わせ、上着を少し上げて口元を隠していると、道路側にある柵に腰掛けていた男に「圭吾!バイトお疲れ様ぁ」と声を掛けられた。声の主が誰かはすぐにわかった。琉成だ。
「…… また迎えに来たのか」
「あぁ、うん。だって危ないだろう?美味しそうな圭吾が一人で夜中に歩くなんてさ」
アホな事を言い、ふふーんと笑いながら琉成が誇らしげな顔をして俺の横に並び立つ。
身長は同じくらいでも、真横に立たれると俺の体の薄っぺらさが際立ってしまうので何だか辛い。それなのに琉成が変な事を言うもんだから、呆れ顔しか出来なかった。
「それじゃあ一緒に帰ろうか」
「当たり前だろ、同じ部屋に住んでんだから。コンビニには寄るか?」
「んー…… 俺はいいや。圭吾はまかない飯食べたんだろうけど、まだ食べたそうな顔だねぇ。でも大丈夫!夜食作ってきたから、帰ったらソレを食べてよ」と言った琉成の手にはドラッグストアのマークが印刷されたビニール袋が握られていた。
「またレジで袋買ったのかよ、勿体ない」
(部屋には夜食がある割には、随分な荷物だな。日用品か?)
真っ白な袋は色合い程度しか中身が透けて見えず、何を買ったかまではわからなかった。
「そんな事ないよ、リサイクル出来る買い物袋がいくらすると思うの?色々詰め込むせいで高い割には案外壊れ易いし、好きなデザインの物を使える以外には利点が薄いと思うなぁ。あれを買うよりも、一枚数円で買えて、家ではゴミ袋としても使えるこっちの方が結果的には安上がりだと俺は思う」
「百均の買えばいいじゃん。それにアレは、利点がどうこうじゃなくって、エコだからやれって話だろ」
「まぁそこは置いておいて、さ。こだわりが無いなら百均のがいいんだろうけど、使い捨てじゃない鞄はやっぱデザインとかにも拘りたいんだよねぇ」
「…… めんどくせっ」
最近随分とオシャレになった琉成に言われると納得しか出来ない。やっぱモテたいのかねぇ、コイツも。
「圭吾はそういう拘りないもんね」
「拘ってる余裕なんか無いからなー」
実家からの仕送りなんて雀の涙だし、大学だって奨学金を借りて行っている身だ。バイトでの収入は今後の学費返済為に貯めたり、生活費に使わねば。ルームシェアのおかげで随分と安上がりに済ませられてはいるが、それにも限界があるからな。
「俺が贈ろうか?」
「は?ふざけんな。お前だって余裕ねぇだろ」
バシッと琉成の胸を叩いたが、そう言えば最近コイツが『バイトに行ってくるね』と言っていない事に気が付いた。もしかして高校時代に貯め込んだ分でしばらくはどうにかなっているんだろうか?
「まー…… うん。でも鞄くらいは贈らせてよ、ブランド物の高いやつをって話じゃないんだしさ」
「んじゃ、誕生日とかでな」
「いや、誕生日プレゼントにエコバックはないでしょ」
「いんじゃね?実用的で」
——なんてくだらない話をしながら俺達二人は、バイト先から部屋までのんびりと歩いて帰った。
◇
俺達が四人で借りているマンションの一室前に辿り着き、鍵を開けて中に入った。
此処は大学が学生支援の一環で所有している物件らしく、元々は家族向けに作られた間取りの部屋を格安で借りられている。職員家族や俺達みたいにルームシェアをする為に入居している者などが大半で、結構賑やかだ。
料理や掃除だとかは全て自分達でやらねばならないが、寮とは違ってほとんど制約が無く、自由に生活出来るメリットはかなりデカイ。なのに『男性寮みたいな部屋だ』と琉成が言ったのは、完全に合コン目的な奴等を避ける為だろう。
血気盛んな学生が住む事を前提としているおかげなのか、トラブル防止の為に全室防音を徹底しているらしく、飛んだり跳ねたりしたって何処からも苦情はこないそうだ。学科次第ではピアノやドラムセットを持ち込んでいる部屋まであるそうだが、『あぁ、あの部屋か』と気が付けた事は一度も無かった。
「そう言えば、今日は清一達帰って来ないそうだよ」
「揃って泊まりか。珍しいな」
「少し遅いけど、入学祝いだって言ってたな。四人でも行きたけど、一回目はどうしても二人で行きたいんだってさ」
「何だよそれ」
ははっ!と笑いながら居間に入る。すると四人掛けのテーブルの上には何故かご馳走が並んでいて、それらにはラップがかかっていた。
「…… 俺達も、入学祝いか?」
「あははは!違うよ、お祝いのご馳走だったら四人で前にもう食べたじゃん」
「そうだよな…… 」
(じゃあ何だ?)
さっぱり思い浮かばずに首を傾げると、琉成が手を洗ってから椅子に座り、テーブルに置いてあったシャンパングラスの中に飲み物を注ぎ始めた。
「圭吾も手を洗っておいでよ。ご飯は温め直しておくからさ」
「まさか…… 酒か?」
「違うよ。コレはシャンパングラスに注いだだけで、中身はただのシャンメリーだよ。食材の買い物中に見付けて、面白いなーと思って買ったんだ。子供の頃とかに飲んで以来だから、懐かしさもあってさ」
「俺は年末以来だな。結構好きなんだ、ソレ」
「マジか。でも好きなんだったら、用意した甲斐があったな」
手を洗い、定位置に座る。
家だと琉成は常に俺の前を陣取っていて、いっつも『ソレが食べたい』と俺の食べかけを奪っていく。その代わり琉成の分をくれる様になったのはいいのだが、『はい、あーん』と言って寄越してきた物を奴の手から食べねばならん事だけは、何だか餌付けされているみたいだし、時間もかかるので勘弁して欲しいものだ。
「んで?何のお祝いだ。ケーキに唐揚げ、ガーリックトースト、ローストビーフやらと、夜食で食べる量じゃないよな」
「誕生日のお祝いだよ」
「…… 違うぞ?」
何を言ってんだコイツは、と思い即座に否定する。
「うん知ってる。圭吾の誕生日じゃなくて、今日は俺の誕生日」
驚き過ぎて、咄嗟に声が出なかった。なんと言っていいのか思い浮かばず、冷や汗が背中を伝う。
「…… マジかよ」
「ほらほら、お祝いしよう!」と言って、ローストビーフを俺の口元に琉成が近づけてきた。
「え…… や、何か…… すまん、その…… 知らん、かった」
気不味くて声が小さくなる。長い付き合いなのに、これでは親友失格だ。
「大丈夫だよ、知らないって知ってるからね。ほらほら食べて。味見したけど美味しかったよ。初めて作ったけど、自信作なんだ」
「えっと…… じゃあ、いただきます」
口を開けて、ローストビーフを口に入れさせる。ハーブの味がほどよくきいていて確かに美味しい。普段食べ慣れている物よりも少し薄味に感じたが、俺は空腹でさえなくなれば満足出来るタイプなので別に問題は無かった。
「美味しい?」
「ん?あぁ、美味いな」
「よかった。料理好きな圭吾にそう言ってもらえると嬉しいよ」
「料理が好きなんじゃない、死活問題だから作るだけだ」
「そうだったね、うん」と言いながら次々に俺の口元へ琉成が料理を運んでくる。
どれも美味いので嬉しいが、コレはお前のお祝いじゃないのか?
「…… ねぇ知ってた?」
「ん?」
「圭吾ってさ、俺の誕生日だけじゃなくって、血液型も、どこの小学校に行っていたかも、実家の場所も、趣味や特技、何処で今までバイトしていたとかも知らないんだよ」
「…… 」
絶句し、言葉が出ない。
そう言われてみれば…… 確かにそうだ。
受験期になるまで暗記科目が得意だなんて知らなかった。
ずっと前からロボット工学に興味があった事や、目立たないとはいえ手に火傷の跡がある事にも気が付かず、その火傷を負った理由も、この先の夢だって知ったのは不覚にも今日だった。
だけど男同士で訊くか?『誕生日は?』『血液型は何?』だなんて。
バイト先や趣味や特技にすら言及していなかった事は反省しか出来ないが、ただ一緒に居るだけで楽しかったからそんな事どうでもう良かったんだよ。
「バイト…… は?」
すんげぇ今更だが、それでも恐る恐る訊いてみる。すると琉成は嬉しそうに笑い、「別に気にしなくっていいのに」とだけ言い、また「はい。あーんは?」と次の料理を差し出してきた。
「気になるじゃん」
「今まで気にならなかったのにかい?」
痛いとこを突かれ、また声が喉で詰まった。
「ごめん、流石に意地悪だったね。でも本当に気にしてないんだ。俺が圭吾の事さえ知っていれば、ソレで満足だったからねー」
ふふっと笑い、また食べ物を俺に対して差し出してくる。半分以上皿から消えてしまったが、今日はソレを寄越せと言う気は無さそうだ。
「清一の事はさ、最初『充のストーカーかな?』って思ってたんだよ。普段は仲良く一緒に居るくせに、隙あらば充の盗撮ばっかしてニヤニヤしてたから。奴が料理を覚えたのも『充の体を構成する全てが俺の料理だとか、ゾクゾクするだろ?』とか言うし、勉強だ筋トレだとかもをするにしても充優先で、自分の事は全て二の次だ。『そんなんで楽しいのか?』って思ってたけど、俺もやってみたら楽しいのなんのってもう」
「…… は?」と俺が間抜けな声をあげたら、今度は口の中にケーキが入ってきた。
「俺を知らないクセに、俺の方は何でも知ってるとか、コレってもう快感でしか無いよねぇ」
その言葉を聞いた瞬間、初めて琉成に襲われた日の感覚を思い出した。肌がざわつき、背筋が凍り、全身がこの状況を危険だと訴えている。
逃げないと——
ケーキなんかのんびりと食ってる場合じゃない。そうは思うのに、体が固まって動かない。肉食獣を前にした子ウサギみたいな気分になってくる。
「今は何処に居て、何をしていて、どんな物を買って…… 情報化社会万歳って感じだ」
俺が何か言おうとしても、口の中にまたケーキが入ってきて「ふぐっ」としか言葉に出来ない。一体コイツは何をしてるってんだ!
「そろそろ下剤も効いてくる頃だと思うんだけど、トイレは大丈夫?」
「——はぁぁぁ⁉︎」
咄嗟に後へ体を引き、琉成から椅子ごと離れた。
「げ、下剤⁉︎」
「圭吾は腸内も常に空っぽに近いとは思うんだけど、念の為にね。お互い惨事はイヤだろう?」
持っていたフォークをテーブルに置き、頬杖をついて琉成が笑った。
「…… んくっ」
少し腹に痛みを感じ、片手で押さえながら琉成を睨みつける。よく見ると奴もちょっと頰がこけていて、普段と少し様子が違った。
「…… 怒ってんのか?」
「何を?」
「誕生日とか…… そういうの」
「まさか!さっきも言ったじゃん。その件は本当に全然気にしていなんだって。今までだって、圭吾は俺にすんごく良くしてくれたし、美味しいモノ沢山飲ませてくれたしね」
顔を見る限りでは嘘には思えない。俺とは全然違う思考回路の持ち主だし、多分本心なのだろうが…… 理解不能過ぎて怖っ!『喰いたい』と言われ、トイレに連れ込まれた時並にコイツの考えが全く読み解けない。
「ワルイ。トイレ行くわ…… 」
「うん。いってらー。お風呂も沸かしてあるから一緒に入ろうね」
「はぁ⁉︎」
「誕生日だし」
「…… わ、わかった」
ここ数ヶ月間の不安定な関係は別として、その前までは長い事親友関係を営んでいたせいか、目の前の危機感よりも申し訳ない気持ちが先に立ってしまい、不覚にも合意してしまった…… 。
【続く】
コレも全て琉成が変態だからだな。
俺は一切悪くないと八つ当たりに近い感情になりながら、バイト中に着ていた制服代わりのTシャツを脱いで、急いで自分の服に着替えていく。暇をみては必死に食べ続けているってのに痩せていて、脂肪がほぼ無いせいで筋トレをしても目立った効果が出ず、あばらなどの骨が浮いているせいもあるが、一番はやはり“抱かれている側の痕跡”なんぞ他人には見せたくない気持ちの方が大きい。体のそこかしこに噛み跡やキスマークが残っていては、バイト仲間からどんなツッコミが入るかなんて想像もしたくなかった。
(…… また随分とつけやがったな、アイツ)
軽く服の襟ぐりを引っ張って、自分の貧そな体を覗き見ながらそんな事を思った。胸も腹も腕にさえ、見てはいないが多分太腿にだってあるだろう。痕跡が消える前に増えていくので、全てが消える日が来るのはいつの事になるのやら…… 。
あの後、午後から授業のあった琉成とは早々に別れて、俺は一度自分の部屋に戻った。頼まれていた洗濯物をベランダから回収し、それらを畳んで片付ける。そしてシャワーを浴びてベタベタだった体を綺麗に洗い、復習を済ませてからアルバイト先へと向かって、今に至る。
幸いにしてバイト中の失敗はせずに済んだが、直前までしていた復習に関しては頭の中に残っている気が全くしなかった。
「お先に失礼しまーす」
更衣室を出て、店内にまだ残っている人達に声を掛けて外に出る。
四月も末だとはいえ、夜になるとまだ少し冷える気温のせいで体を軽く震わせ、上着を少し上げて口元を隠していると、道路側にある柵に腰掛けていた男に「圭吾!バイトお疲れ様ぁ」と声を掛けられた。声の主が誰かはすぐにわかった。琉成だ。
「…… また迎えに来たのか」
「あぁ、うん。だって危ないだろう?美味しそうな圭吾が一人で夜中に歩くなんてさ」
アホな事を言い、ふふーんと笑いながら琉成が誇らしげな顔をして俺の横に並び立つ。
身長は同じくらいでも、真横に立たれると俺の体の薄っぺらさが際立ってしまうので何だか辛い。それなのに琉成が変な事を言うもんだから、呆れ顔しか出来なかった。
「それじゃあ一緒に帰ろうか」
「当たり前だろ、同じ部屋に住んでんだから。コンビニには寄るか?」
「んー…… 俺はいいや。圭吾はまかない飯食べたんだろうけど、まだ食べたそうな顔だねぇ。でも大丈夫!夜食作ってきたから、帰ったらソレを食べてよ」と言った琉成の手にはドラッグストアのマークが印刷されたビニール袋が握られていた。
「またレジで袋買ったのかよ、勿体ない」
(部屋には夜食がある割には、随分な荷物だな。日用品か?)
真っ白な袋は色合い程度しか中身が透けて見えず、何を買ったかまではわからなかった。
「そんな事ないよ、リサイクル出来る買い物袋がいくらすると思うの?色々詰め込むせいで高い割には案外壊れ易いし、好きなデザインの物を使える以外には利点が薄いと思うなぁ。あれを買うよりも、一枚数円で買えて、家ではゴミ袋としても使えるこっちの方が結果的には安上がりだと俺は思う」
「百均の買えばいいじゃん。それにアレは、利点がどうこうじゃなくって、エコだからやれって話だろ」
「まぁそこは置いておいて、さ。こだわりが無いなら百均のがいいんだろうけど、使い捨てじゃない鞄はやっぱデザインとかにも拘りたいんだよねぇ」
「…… めんどくせっ」
最近随分とオシャレになった琉成に言われると納得しか出来ない。やっぱモテたいのかねぇ、コイツも。
「圭吾はそういう拘りないもんね」
「拘ってる余裕なんか無いからなー」
実家からの仕送りなんて雀の涙だし、大学だって奨学金を借りて行っている身だ。バイトでの収入は今後の学費返済為に貯めたり、生活費に使わねば。ルームシェアのおかげで随分と安上がりに済ませられてはいるが、それにも限界があるからな。
「俺が贈ろうか?」
「は?ふざけんな。お前だって余裕ねぇだろ」
バシッと琉成の胸を叩いたが、そう言えば最近コイツが『バイトに行ってくるね』と言っていない事に気が付いた。もしかして高校時代に貯め込んだ分でしばらくはどうにかなっているんだろうか?
「まー…… うん。でも鞄くらいは贈らせてよ、ブランド物の高いやつをって話じゃないんだしさ」
「んじゃ、誕生日とかでな」
「いや、誕生日プレゼントにエコバックはないでしょ」
「いんじゃね?実用的で」
——なんてくだらない話をしながら俺達二人は、バイト先から部屋までのんびりと歩いて帰った。
◇
俺達が四人で借りているマンションの一室前に辿り着き、鍵を開けて中に入った。
此処は大学が学生支援の一環で所有している物件らしく、元々は家族向けに作られた間取りの部屋を格安で借りられている。職員家族や俺達みたいにルームシェアをする為に入居している者などが大半で、結構賑やかだ。
料理や掃除だとかは全て自分達でやらねばならないが、寮とは違ってほとんど制約が無く、自由に生活出来るメリットはかなりデカイ。なのに『男性寮みたいな部屋だ』と琉成が言ったのは、完全に合コン目的な奴等を避ける為だろう。
血気盛んな学生が住む事を前提としているおかげなのか、トラブル防止の為に全室防音を徹底しているらしく、飛んだり跳ねたりしたって何処からも苦情はこないそうだ。学科次第ではピアノやドラムセットを持ち込んでいる部屋まであるそうだが、『あぁ、あの部屋か』と気が付けた事は一度も無かった。
「そう言えば、今日は清一達帰って来ないそうだよ」
「揃って泊まりか。珍しいな」
「少し遅いけど、入学祝いだって言ってたな。四人でも行きたけど、一回目はどうしても二人で行きたいんだってさ」
「何だよそれ」
ははっ!と笑いながら居間に入る。すると四人掛けのテーブルの上には何故かご馳走が並んでいて、それらにはラップがかかっていた。
「…… 俺達も、入学祝いか?」
「あははは!違うよ、お祝いのご馳走だったら四人で前にもう食べたじゃん」
「そうだよな…… 」
(じゃあ何だ?)
さっぱり思い浮かばずに首を傾げると、琉成が手を洗ってから椅子に座り、テーブルに置いてあったシャンパングラスの中に飲み物を注ぎ始めた。
「圭吾も手を洗っておいでよ。ご飯は温め直しておくからさ」
「まさか…… 酒か?」
「違うよ。コレはシャンパングラスに注いだだけで、中身はただのシャンメリーだよ。食材の買い物中に見付けて、面白いなーと思って買ったんだ。子供の頃とかに飲んで以来だから、懐かしさもあってさ」
「俺は年末以来だな。結構好きなんだ、ソレ」
「マジか。でも好きなんだったら、用意した甲斐があったな」
手を洗い、定位置に座る。
家だと琉成は常に俺の前を陣取っていて、いっつも『ソレが食べたい』と俺の食べかけを奪っていく。その代わり琉成の分をくれる様になったのはいいのだが、『はい、あーん』と言って寄越してきた物を奴の手から食べねばならん事だけは、何だか餌付けされているみたいだし、時間もかかるので勘弁して欲しいものだ。
「んで?何のお祝いだ。ケーキに唐揚げ、ガーリックトースト、ローストビーフやらと、夜食で食べる量じゃないよな」
「誕生日のお祝いだよ」
「…… 違うぞ?」
何を言ってんだコイツは、と思い即座に否定する。
「うん知ってる。圭吾の誕生日じゃなくて、今日は俺の誕生日」
驚き過ぎて、咄嗟に声が出なかった。なんと言っていいのか思い浮かばず、冷や汗が背中を伝う。
「…… マジかよ」
「ほらほら、お祝いしよう!」と言って、ローストビーフを俺の口元に琉成が近づけてきた。
「え…… や、何か…… すまん、その…… 知らん、かった」
気不味くて声が小さくなる。長い付き合いなのに、これでは親友失格だ。
「大丈夫だよ、知らないって知ってるからね。ほらほら食べて。味見したけど美味しかったよ。初めて作ったけど、自信作なんだ」
「えっと…… じゃあ、いただきます」
口を開けて、ローストビーフを口に入れさせる。ハーブの味がほどよくきいていて確かに美味しい。普段食べ慣れている物よりも少し薄味に感じたが、俺は空腹でさえなくなれば満足出来るタイプなので別に問題は無かった。
「美味しい?」
「ん?あぁ、美味いな」
「よかった。料理好きな圭吾にそう言ってもらえると嬉しいよ」
「料理が好きなんじゃない、死活問題だから作るだけだ」
「そうだったね、うん」と言いながら次々に俺の口元へ琉成が料理を運んでくる。
どれも美味いので嬉しいが、コレはお前のお祝いじゃないのか?
「…… ねぇ知ってた?」
「ん?」
「圭吾ってさ、俺の誕生日だけじゃなくって、血液型も、どこの小学校に行っていたかも、実家の場所も、趣味や特技、何処で今までバイトしていたとかも知らないんだよ」
「…… 」
絶句し、言葉が出ない。
そう言われてみれば…… 確かにそうだ。
受験期になるまで暗記科目が得意だなんて知らなかった。
ずっと前からロボット工学に興味があった事や、目立たないとはいえ手に火傷の跡がある事にも気が付かず、その火傷を負った理由も、この先の夢だって知ったのは不覚にも今日だった。
だけど男同士で訊くか?『誕生日は?』『血液型は何?』だなんて。
バイト先や趣味や特技にすら言及していなかった事は反省しか出来ないが、ただ一緒に居るだけで楽しかったからそんな事どうでもう良かったんだよ。
「バイト…… は?」
すんげぇ今更だが、それでも恐る恐る訊いてみる。すると琉成は嬉しそうに笑い、「別に気にしなくっていいのに」とだけ言い、また「はい。あーんは?」と次の料理を差し出してきた。
「気になるじゃん」
「今まで気にならなかったのにかい?」
痛いとこを突かれ、また声が喉で詰まった。
「ごめん、流石に意地悪だったね。でも本当に気にしてないんだ。俺が圭吾の事さえ知っていれば、ソレで満足だったからねー」
ふふっと笑い、また食べ物を俺に対して差し出してくる。半分以上皿から消えてしまったが、今日はソレを寄越せと言う気は無さそうだ。
「清一の事はさ、最初『充のストーカーかな?』って思ってたんだよ。普段は仲良く一緒に居るくせに、隙あらば充の盗撮ばっかしてニヤニヤしてたから。奴が料理を覚えたのも『充の体を構成する全てが俺の料理だとか、ゾクゾクするだろ?』とか言うし、勉強だ筋トレだとかもをするにしても充優先で、自分の事は全て二の次だ。『そんなんで楽しいのか?』って思ってたけど、俺もやってみたら楽しいのなんのってもう」
「…… は?」と俺が間抜けな声をあげたら、今度は口の中にケーキが入ってきた。
「俺を知らないクセに、俺の方は何でも知ってるとか、コレってもう快感でしか無いよねぇ」
その言葉を聞いた瞬間、初めて琉成に襲われた日の感覚を思い出した。肌がざわつき、背筋が凍り、全身がこの状況を危険だと訴えている。
逃げないと——
ケーキなんかのんびりと食ってる場合じゃない。そうは思うのに、体が固まって動かない。肉食獣を前にした子ウサギみたいな気分になってくる。
「今は何処に居て、何をしていて、どんな物を買って…… 情報化社会万歳って感じだ」
俺が何か言おうとしても、口の中にまたケーキが入ってきて「ふぐっ」としか言葉に出来ない。一体コイツは何をしてるってんだ!
「そろそろ下剤も効いてくる頃だと思うんだけど、トイレは大丈夫?」
「——はぁぁぁ⁉︎」
咄嗟に後へ体を引き、琉成から椅子ごと離れた。
「げ、下剤⁉︎」
「圭吾は腸内も常に空っぽに近いとは思うんだけど、念の為にね。お互い惨事はイヤだろう?」
持っていたフォークをテーブルに置き、頬杖をついて琉成が笑った。
「…… んくっ」
少し腹に痛みを感じ、片手で押さえながら琉成を睨みつける。よく見ると奴もちょっと頰がこけていて、普段と少し様子が違った。
「…… 怒ってんのか?」
「何を?」
「誕生日とか…… そういうの」
「まさか!さっきも言ったじゃん。その件は本当に全然気にしていなんだって。今までだって、圭吾は俺にすんごく良くしてくれたし、美味しいモノ沢山飲ませてくれたしね」
顔を見る限りでは嘘には思えない。俺とは全然違う思考回路の持ち主だし、多分本心なのだろうが…… 理解不能過ぎて怖っ!『喰いたい』と言われ、トイレに連れ込まれた時並にコイツの考えが全く読み解けない。
「ワルイ。トイレ行くわ…… 」
「うん。いってらー。お風呂も沸かしてあるから一緒に入ろうね」
「はぁ⁉︎」
「誕生日だし」
「…… わ、わかった」
ここ数ヶ月間の不安定な関係は別として、その前までは長い事親友関係を営んでいたせいか、目の前の危機感よりも申し訳ない気持ちが先に立ってしまい、不覚にも合意してしまった…… 。
【続く】
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