ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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【第三章】

【第九話】雑貨店『月の雫』・後編

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 あれやこれやとメンシスと相談しつつ鞄を選び、カーネはその中の一つの購入を決めた。ひとまず今は全財産が入っている小さな袋とハンカチさえ入れられれば問題が無いので、両手に持って収まる程度の物に。長く使える物にしように革製の物を選び、デザインは普遍的でシンプルな手持ちタイプの鞄である。
「あとは抱き枕でしたよね」
 ハンドクリームを入れた籠の中に鞄も詰め込み、メンシスが店内を見渡した。彼女が油断している隙にこれも一緒に会計をしてしまおうという魂胆なのだが、カーネはそこまで察していない。
「そうですね。でも、このお店にありますかね?」
「向こうのぬいぐるみコーナーにだったらありそうじゃないですか?」と言い、もこもこした山のある方をメンシスが指差した。
「そうですね、見てみましょうか」

 二人が到着すると、ぬいぐるみのコーナーの中には見慣れた白猫がくつろいでいた。ララは重さが無いのでふらりと肩から消えていた事にすらカーネは気が付いていなかった。そのせいで反射的に、目の前に居るララへ『何をしてるの』と言いそうになった言葉をカーネは咄嗟に飲み込む。
 優雅にくつろぐララの姿はまるで貴族のご令嬢だ。だがその場所がぬいぐるみの上なので、どうしたって格好はつかないのが残念である。
 メンシスが側に居るので苦言も口に出来ず、商品の上に乗ってしまっているせいでカーネの額に冷や汗が滲む。だが他人には見えていないんだからいいのか、と思い至り彼女はすぐに安堵したが、ばっちりメンシスにも見えている為、流石にちょっと彼の頬が緩んでしまっていた。

「えっと、抱き枕は——」
 何かを誤魔化すみたいに大きめの声がカーネから出てしまったが、ララが欲しがっていたデザインの抱き枕はすぐに見つかった。床に置かれた大きな籠の中に縦になった状態で沢山販売している。白と黒の二色があり、カーネが黒猫の抱き枕を手に取ると、隣に立つメンシスは白猫の抱き枕を既に持っていた。

「どちらも可愛いので、二つとも買いませんか?」

 確かに可愛いとカーネも心の中で激しく同意した。黒猫の方は心なしか“ロロ”に、白猫の方は“ララ”に似ている気がする。三日月の様な瞳のラインや口元が特に。

 だが似ていて当然なのである。

 そもそもこの店自体がセレネ公爵家の傘下にあり、店員家族はヒト化しているルーナ族で、そもそも抱き枕のモデルになっている猫が“ロロ”と“ララ”なのだから。だがそれを伝える気などメンシス達には無く、今回もまた、カーネの知らぬ所で周囲をじわじわと彼ら色に染められているのだが、実害があるという程の行為でもないので店内に居る誰もがほんわかとした気持ちで温かく彼女らを見守っている。
「いいですね、そうしましょう」
『あらン、嬉しいワ』と言い、ララがふふっと笑う。
 ぬいぐるみの上でくつろいだままでいるララが喜び、カーネは少し興奮気味で瞳を輝かせて抱き枕を持ち上げている。そんな二人を前にして、メンシスは『此処は天国か?』と思ったのであった。


 ——そろそろ会計を、と思ったその時。外から雨音が聞こえてきた。最初はポツ、ポツポツと小降り程度だったのだが、雨音に誘われて窓の外に二人が視線をやった時にはもう、あれよあれよと言う間に本降りになり始めた。
「マズイな、急に降ってきましたねぇ」
「これは…… 結構すごい雨ですね」
 まるで夕立の様な雨である。この店には傘も売っているが、使ってもすぐに壊れてしまいそうな程に雨足は激しい。
『この雨ならすぐにやむかラ、少し休むと良いワ』と言い、ララがチラリと店内の一角にあるカフェスペースに顔を向けた。そうねと視線だけで応え、カーネが、「雨が落ち着くまで、少し休んでいきませんか?」と彼に声を掛ける。
「良いですね。じゃあ、先に注文しておいてもらっても良いですか?僕はまだちょっと買いたい物があるので、そちらをパッと済ませて来ますから」
「じゃあ、私の分は今のうちに自分で会計して来ますね」
 先程からずっと持ってもらってしまっていた物をカーネが受け取ろうとしたが、メンシスは渡そうとしない。
「このお店は百クラン以上の支払いの場合は配送してくれるサービスがあるので、僕の方でまとめて払ってしまいたいんですが、ダメですか?」
 そう言って、メンシスが軽く首を傾げる。高身長の男性がする可愛い仕草の破壊力の前では強い態度に出られず、「…… わ、わかりました。じゃあ、シェアハウスに戻ったら払いますね」とカーネは渋々折れた。だがメンシスはただニコッと笑うだけで、受け取るとは一言も口にはしなかったのであった。


 カフェコーナーの専用レジに並び、カーネが飲み物を二つ注文する。別れ際に『僕のは適当で』と言われていたので、メンシスの分は自分と同じ物を選び、一番近くの席についた。おまけの様なスペースだからか席数は少なく、二人掛けの席が二つの他にはベンチが一席あるだけだ。
 持ったままになっていた新聞をテーブルに置き、カーネが一息ついた頃合いで「お待たせしました。ご注文の品です」と店員から声が掛かり、テーブルの上にカップが二つ並ぶ。彼女が頼んだのはカフェラテで、上にはラテアートで猫が描かれていた。
『あラ、可愛いわネ』
 テーブルの上に乗っているララがカップを覗き込み、嬉しそうに声をあげた。

(確かに、これは可愛い!)

 カフェラテを飲むのは初めてで、ラテアートなんて存在自体知りもしなかったカーネは、どうしたって飲むのが勿体無い!と思ってしまう。
「…… 永遠にとっておきたいくらいに可愛いね」
 二人が顔を見合わせ、カーネが小声で呟く。
『ダメダメ、冷めると勿体無いわヨ』
「確かにそうだよね」
 小声で返事をし、一口飲む。ほろ苦くも甘くて飲みやすく、水でさえも美味しいと感じる味覚では最初は衝撃が強過ぎたが、徐々に慣れてくると味を楽しむ余裕が出てきた。

 気分を切り替えるみたいにカップをソーサーに置いて新聞を手に取る。真っ先に読みたい記事はもちろん馬車の事故である。自分達が当事者となった事件だからかどうしたって真相が気になってしまう。
「…… 」

(神殿からの帰り道、聖女候補とそのの乗った馬車が転落…… 一名死亡で、聖女候補は現在も昏睡状態。犯人は…… 五大家の血縁者である神官の一人で、犯人は既に逮捕——)

 新聞にざっくりと目を通したが、何処にも“ティアン”カーネが家出をした事は書かれてはおらず、この件は徹底的に隠しているみたいだ。
 馬車の事故の犯人は五大家を生家に持つ“聖痕無し”の神官の一人で、同じく聖痕が無いのに、“聖女候補”として優遇されていたティアンに積年の恨みを持った者達の犯行だったそうだ。待機中だった護衛達に薬を飲ませて次々に昏睡状態とし、犯人の一人が馬車の御者に成り代わり、途中で飛び降りてあの事故を引き起こしたらしい。

 だが、結果は犯人がもっとも望まぬ形に終わった。

 恨み嫉みで視野が狭くなっていたのか、“聖痕無し”の“同行者”までもが馬車に乗っているとは思わずに事故を起こしてしまい、その“同行者”のみが死亡したと知った瞬間、心が折れて今は精神病棟に入院中であるとも書いてあった。

(『カーネ』の名前は何処にも書かれていない…… )

 これ幸いと思っているとカーネの前に影が出来た。顔を上げると、丁度メンシスが買い物を終えてカーネの元にやって来た所だった。
「何か気になる記事はありましたか?」
 そう訊きながら席に座り、彼も新聞に目を落とす。

(…… あぁ、やはりその記事を読んでいたか)

 納得しながらカップを手に取り、微笑ましい気持ちになりながらも一口飲む。飲み慣れた味だが、彼女と共に飲んでいるという事実だけで普段の何倍も美味しく感じられた。
「…… 馬車の事故が、少し」
「あぁ、聖女候補の乗った馬車の一件ですか。王家とセレネ公爵家が捜査に携わり、早々に解決したらしいですね。『候補』でしか無い者でも大事件には変わりないから大変ですよねぇ」
 彼の声色に冷たさを感じ、カーネは少し驚いた。てっきり街中も、皆が皆聖女信奉者で溢れ、この一件には彼も胸を痛めているものと思っていたからだ。
「神力も無いくせに、天文学的確率でたまたま髪色が聖女と同系だったというだけで『聖女候補』になれるだなんて、恨まれても当然でしょう」
 品よく優雅にカフェオレを飲む所作と、声色の差が凄い。眼鏡越しに見たメンシスの背後は普段とは違って寒色系の色に染まっており、目元まで見えていたらなきっと、瞳もひどく冷たい色をしているだろう。
「…… シスさんは、聖女様がお嫌いなんですか?」
「まさか!」とメンシスがすぐさま否定する。
「初代聖女であるカルム様の事は——」

「…… 心から、愛していますよ」

 前髪が長くて表情の半分が隠れようとも、まとう雰囲気だけで心からの敬愛っぷりが伝わってきた。その上何故か、彼の口にした『愛している』がカーネの耳で妙に残り続け、その残響が心の中でこだまする。まるで善行をした後に与えられるお礼の言葉の様に、否定せずに受け取るべき言葉を掛けられた時みたいに、すっと胸に沁みていく。

(聖女・カルム様に向けた言葉なのに…… )

 カーネはそうは思うも不思議と違和感なく、ただただふわりとした心地になった。カフェオレを飲んでも味がせず、激しい雨音すら耳に届かない。メンシスが色々とまた何か話している気がするが右から左でまともには会話が成立していないのだが、そんなカーネすらも可愛いと思えてしまうメンシスのメンタルはもはや無敵である。


「——お、雨があがったみたいですよ」
 徐々に雨音が落ち着き、窓の外を二人で見上げた。
「じゃあ、五百年以上経ってもなお美しい、聖女・カルム様が残したこの街の景観。たっぷり案内して差し上げますよ」
 彼の優しい笑顔に抗えず、カーネは彼の手を取って、二人は雨が上がったばかりの街へ飛び出して行った。
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