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【第四章】
【第三話】初めてのお仕事(カーネ・談)
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シスさんとの食事を終え、食器を洗ったり片付けといった作業を済ませると、そろそろ就業開始の時間である八時半が近くなってきた。掃除道具が仕舞っている場所も覚えているし、きっと大丈夫…… だよね?と考え始めると、つい壁掛け時計を見上げながらそわそわし始めてしまう。
「そろそろ仕事を始めますか?」
ソファーに座って本を読んでいたシスさんに訊かれ、「はい」と返す。掃除を『仕事』としてやるのは初めての経験だからちょっと緊張してきた。
「じゃあ僕は一階にある事務室で書類作業をしているので、何かわからない事や疑問点などがありましたらそちらまで来てもらえますか?」
「わかりました」
「そうそう。折を見て、お茶を淹れてもらってもいいですか?一階にあるキッチンに茶葉が多数あるので試してみたいフレーバーの缶を持って来て下さい。事務室に置いてあるティーセットを使って、淹れ方からお教えします」
「ありがとうございます。じゃあ、きりの良いタイミングで伺いますね」
「お願いします。あと、貴女の休憩時間には間に合うように料理の基礎について書かれた本を探しておきます。確か、書棚の中に僕が昔読んでいたものがあった気がするので」
「色々すみません。感謝します」
至れり尽くせりで申し訳ない気持ちになってくる。
「早速、夜ご飯は一緒に作ってみましょうか。実際にやって覚えるのが一番手っ取り早いですからね」
「わかりました。色々とお気遣いありがとうございます。よろしくお願いします」と答えて深く頷く。家族が碌でもない人達ばかりだったからか、『こんなに親切な人が世の中には居るのか』と不思議な気分になってきた。
◇
シスさんと共に一階に降りると、彼はすぐに事務室に入って行った。私は早速使いそうな掃除道具を引っ張り出し、木製のバケツに水を一杯入れて床に敷いた布の上にそれを置く。私が暮らしていた旧邸は嫌がらせで水が止まっていたから水は外の井戸から運んで来ないといけなかったが、このシェアハウスは水道が完備されているおかげでとても楽だ。
(確か、カルム様が考案して街中に配備されたんだよね。…… 五百年以上も前の設備が今尚使えるだなんて、本物の聖女様はすごいや)
無知で不出来な自分との差があまりにもあり過ぎて、やっぱり私は『聖女』なんて重荷は背負えないなと改めて思った。
「さて、まずは共有スペースから始めようかな」
シスさんは魔法で一気にやってしまっても良いと言っていたけど、『仕事』でそれをやる気は流石に無い。…… どうしても取れない汚れがあったらその時だけは使うかもだけど…… 。
だが、何よりもまずはこの爪のどうにかせねば。室内の中にあったペン立てからハサミを取り出し、出来うる範囲で短く切っていく。この体の爪はとても綺麗ではあるが掃除をするにはかなり不向きなものだ。構わず作業をしたら折れるか、最悪爪が剥がれかねないくらいに長いので、邪魔にならない様にバッサリ切っていく。爪磨きがあればもっときちんと整えられるのだが…… 。後でシスさんに持っていないか訊いてみよう。
腕捲りをし、「よし、始めよう」と呟く。
『頑張ってネ、カカ様』
大きな革製のソファーで寝転ぶララが応援してくれた。「ありがとう」と返し、窓を開けて上の方から早速掃除を始める。掃除は苦手だとシスさんは言っていたけど、思ったよりも室内は汚れていないからすぐに終わってしまいそうだ。
窓拭き、棚の拭き掃除、固く絞った布で革製のソファーを拭いたりとしているうちに疲労感がじわじわと体に溜まっていく。これも絶対に体力不足のせいだ。これは一度休憩するべきだろう。体力がつくまでの間は休み休みやっていくしかないだろう。
共有のキッチンスペースに行く。三階にあるものとは違い、一部屋丸ごと調理場になっていてゆったりと調理が出来そうだが、あまり使った形跡が無い。まだ此処の住人とは一人も会えていないし、自分達で料理をする人達ではないのかもしれない。
「宝の持ち腐れだね」
『そうねェ、確かに勿体無いワ』
いつの間にやらついて来ていたララも同意してくれる。だが私もまだ料理が出来ない側の人間なので、それ以外には何も言えなかった。
室内をぐるりと見渡す。様々な料理器具が壁に掛けられた状態で並ぶ中、硝子を使った棚の中に紅茶の缶がずらりと収められているのが見えた。扉を開け、缶を手に取ってフレーバーを確認していく。…… 残念ながらどの文字を読んでもどんな味なのかさっぱりわからない。ティアンに頼まれて、手順も知らずに淹れさせられた挙句に『美味しくない!』と顔にかけられた事はあっても、きちんと飲んだ事は無いのだから当然か。
『迷ってるわネェ。無難にアップルとかはどうかしラ?』
「アップルか。いいね」と返しはしたものの、手に取ったままになっている藤の花のフレーバーティーが気になってしまう。藤の花は大陸の東部である此処・セレネ王国では比較的ポピュラーな花らしいのだが、残念ながら私は実物を見た事がない。小さな花が沢山連なっていて綺麗らしいが、一体どんな香りがするんだろうか。
『気になるなラ、どっちも持って行ったラ?』
「…… そっか。そうだね、そうしよう」
藤の花とアップルの缶を二つ持って、シスさんが仕事をする事務室に足を向ける。飢えに耐える必要もなく、仕事があるおかげで先行きの心配もせずに済み、意地悪をされるかもと悪意ある視線から逃げる必要も無いおかげか、自分の足取りがとても軽く感じられた。
「そろそろ仕事を始めますか?」
ソファーに座って本を読んでいたシスさんに訊かれ、「はい」と返す。掃除を『仕事』としてやるのは初めての経験だからちょっと緊張してきた。
「じゃあ僕は一階にある事務室で書類作業をしているので、何かわからない事や疑問点などがありましたらそちらまで来てもらえますか?」
「わかりました」
「そうそう。折を見て、お茶を淹れてもらってもいいですか?一階にあるキッチンに茶葉が多数あるので試してみたいフレーバーの缶を持って来て下さい。事務室に置いてあるティーセットを使って、淹れ方からお教えします」
「ありがとうございます。じゃあ、きりの良いタイミングで伺いますね」
「お願いします。あと、貴女の休憩時間には間に合うように料理の基礎について書かれた本を探しておきます。確か、書棚の中に僕が昔読んでいたものがあった気がするので」
「色々すみません。感謝します」
至れり尽くせりで申し訳ない気持ちになってくる。
「早速、夜ご飯は一緒に作ってみましょうか。実際にやって覚えるのが一番手っ取り早いですからね」
「わかりました。色々とお気遣いありがとうございます。よろしくお願いします」と答えて深く頷く。家族が碌でもない人達ばかりだったからか、『こんなに親切な人が世の中には居るのか』と不思議な気分になってきた。
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シスさんと共に一階に降りると、彼はすぐに事務室に入って行った。私は早速使いそうな掃除道具を引っ張り出し、木製のバケツに水を一杯入れて床に敷いた布の上にそれを置く。私が暮らしていた旧邸は嫌がらせで水が止まっていたから水は外の井戸から運んで来ないといけなかったが、このシェアハウスは水道が完備されているおかげでとても楽だ。
(確か、カルム様が考案して街中に配備されたんだよね。…… 五百年以上も前の設備が今尚使えるだなんて、本物の聖女様はすごいや)
無知で不出来な自分との差があまりにもあり過ぎて、やっぱり私は『聖女』なんて重荷は背負えないなと改めて思った。
「さて、まずは共有スペースから始めようかな」
シスさんは魔法で一気にやってしまっても良いと言っていたけど、『仕事』でそれをやる気は流石に無い。…… どうしても取れない汚れがあったらその時だけは使うかもだけど…… 。
だが、何よりもまずはこの爪のどうにかせねば。室内の中にあったペン立てからハサミを取り出し、出来うる範囲で短く切っていく。この体の爪はとても綺麗ではあるが掃除をするにはかなり不向きなものだ。構わず作業をしたら折れるか、最悪爪が剥がれかねないくらいに長いので、邪魔にならない様にバッサリ切っていく。爪磨きがあればもっときちんと整えられるのだが…… 。後でシスさんに持っていないか訊いてみよう。
腕捲りをし、「よし、始めよう」と呟く。
『頑張ってネ、カカ様』
大きな革製のソファーで寝転ぶララが応援してくれた。「ありがとう」と返し、窓を開けて上の方から早速掃除を始める。掃除は苦手だとシスさんは言っていたけど、思ったよりも室内は汚れていないからすぐに終わってしまいそうだ。
窓拭き、棚の拭き掃除、固く絞った布で革製のソファーを拭いたりとしているうちに疲労感がじわじわと体に溜まっていく。これも絶対に体力不足のせいだ。これは一度休憩するべきだろう。体力がつくまでの間は休み休みやっていくしかないだろう。
共有のキッチンスペースに行く。三階にあるものとは違い、一部屋丸ごと調理場になっていてゆったりと調理が出来そうだが、あまり使った形跡が無い。まだ此処の住人とは一人も会えていないし、自分達で料理をする人達ではないのかもしれない。
「宝の持ち腐れだね」
『そうねェ、確かに勿体無いワ』
いつの間にやらついて来ていたララも同意してくれる。だが私もまだ料理が出来ない側の人間なので、それ以外には何も言えなかった。
室内をぐるりと見渡す。様々な料理器具が壁に掛けられた状態で並ぶ中、硝子を使った棚の中に紅茶の缶がずらりと収められているのが見えた。扉を開け、缶を手に取ってフレーバーを確認していく。…… 残念ながらどの文字を読んでもどんな味なのかさっぱりわからない。ティアンに頼まれて、手順も知らずに淹れさせられた挙句に『美味しくない!』と顔にかけられた事はあっても、きちんと飲んだ事は無いのだから当然か。
『迷ってるわネェ。無難にアップルとかはどうかしラ?』
「アップルか。いいね」と返しはしたものの、手に取ったままになっている藤の花のフレーバーティーが気になってしまう。藤の花は大陸の東部である此処・セレネ王国では比較的ポピュラーな花らしいのだが、残念ながら私は実物を見た事がない。小さな花が沢山連なっていて綺麗らしいが、一体どんな香りがするんだろうか。
『気になるなラ、どっちも持って行ったラ?』
「…… そっか。そうだね、そうしよう」
藤の花とアップルの缶を二つ持って、シスさんが仕事をする事務室に足を向ける。飢えに耐える必要もなく、仕事があるおかげで先行きの心配もせずに済み、意地悪をされるかもと悪意ある視線から逃げる必要も無いおかげか、自分の足取りがとても軽く感じられた。
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