ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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【第四章】

【第五話】シスさんとの時間・後編(カーネ・談)

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 シスさんはお茶の缶を開けると、ティースプーンで二杯分の茶葉を取ってよく温まっているティーポットの中にそれを入れた。そして熱いお湯をその上から注ぎ入れてポットに蓋をしてから布製のカバーを被せる。
「この茶葉の場合は二分くらいですかなぇ」と言って時計を見上げると、隅の方に置いてあった椅子の一つを持って来てシスさんがすぐ傍に座った。
「なので、もう少々お待ち下さい」
「は、はい」
 茶葉からとはまた違う、良い匂いが隣からする気がする。さっきとは違い、シスさんが尻尾をゆらゆらと揺らすたびに香るからきっと、彼自身の匂いなのだろう。甘いようなさっぱりとしているような。美味しそうな料理とも、香水ともまた違う、例え用のない不思議な匂いだ。

(こんな心地良い匂いのする人だったんだ)

 焦ったり、慌てていたり、楽しかったり。シスさんの香りが認識出来る程の距離に居る時は、他のにおいが邪魔していたり、自分の感情の起伏が激しい事が多くって今まで気が付かなかった。

「お茶を淹れる時のお湯は沸騰直後のものを使うと良いですよ。あまり長く沸騰させ過ぎたお湯や、ぬるいと香気成分が上手く出せないんです」
 なるほど、と言うみたいに頷き返す。
「じゃあ、午後の休憩時には私が淹れてみてもいいですか?」
「もちろんですよ」と言い、シスさんがニコッと優しく微笑んでくれる。もうさっきの話を聞いた事で抱いていたであろう不快感は消えてくれたみたいだ。

「——と、そろそろですね」
 カバーを外し、蓋を開けてスプーンでポットの中を軽く一混ぜすると再度蓋をし、茶漉しを経由させてカップにお茶を注ぎ入れていく。二杯分、お茶の濃さが均一になるよう配慮する所作などがとても美しい。窓から入る日差しが彼にスポットライトを当てているみたいになっているからか、まるで一枚の絵の様だ。あまりにも様になっていて、お店の人みたいでもある。

「どうぞ召し上がれ」
 シスさんがティーカップなどをそっと私の近くに差し出してくれる。シュガーポットも何もかもガラス製で、中身が一目でわかるのはありがたい。
「お茶請けにはガトーショコラを用意してみました。よかったら、こちらもどうぞ」
「ありがとうございます」
 感謝を伝え、まずはお茶を頂こうとカップを持つ。ガラスのカップは琥珀色に満ちていてとても美しく、優しくてほんのりと甘い林檎の香りが鼻腔をくすぐった。
「良い匂いですね」
「そうですね。僕も好きな香りです。林檎の香りがお好きなら、香水や洗濯石鹸なんかもあるので目立つ箇所に置いておきますね」
「…… ありがたいですが、優遇し過ぎでは?」
「優秀な人には沢山優遇しないですからね。雇用する側としては、『逃がしてなるものか』って気持ちからくる行為ですから、お気になさらず」

(あれ?優秀だと思って貰える機会は、今までに何一つとして無かった気がするんだけど…… )

 私のどの辺を指して『優秀』だと評価してくれているのかは不明だが、褒めて貰えたという事実がくすぐったい。優しくされ慣れてもいないからか、簡単に心を開いてしまっている気もする。でもまぁ、マジックアイテムでもあるこの眼鏡が一度もシスさんを相手に警戒するべきだとは知らせてこないから、このままでも問題はないか。

 お茶を一口飲み、口内にふわりと香る匂いと味とで、私はつい「——美味しい!」と大きな声をあげた。宿屋で食後に出してもらったお茶も美味しかったが、これは格段にレベルが違う。
「お店で出せますよ、これは!」
「あはは!ありがとうございます」
 照れながらシスさんが口元を緩める。髪の隙間から見える碧眼も優しい弧を描いでいて、胸の奥がじわりと温かくなった。

「お菓子も頂きますね」
「はい、どうぞどうぞ」
 用意してくれていたガトーショコラはそれぞれ一口分に切ってある。その中の一つにフォークを刺して口に入れると、上品な甘さが広がった。くどくなく、甘過ぎず。でもお茶請けとして食べるのに適した絶妙なラインを突いている。きっと有名なパティシエが作った逸品に違いないと思っていたら、「どうですか?隙間時間で作ってみたんですけど、初めてなので自信がないんですよね」と言われた。
「…… シェアハウスじゃなく、カフェを営業するべきだったのでは?」
 お茶はお金を取れるレベル、お菓子を作ればプロ並みで、料理も上手となると絶対にそうするべきだ。こんなの宝の持ち腐れ以外の何ものでも無い。

「それも楽しそうですね。その場合は、一緒にお店を切り盛りしてくれますか?」

 ニコニコと眩しい笑顔で訊かれた。
「もちろんです。今のスキルでは店内の掃除くらいしか出来ませんが、オープンまでには他も手伝える様に頑張ります」
「頼りにしてます」と返してくれた後は、しばらく二人とも何も言わず、ぼぉとしながら窓の外を見ていた。お茶を飲んだり、お菓子をつまんだりはしても、ゆったりとした時間を揃って楽しむ。

 不思議と沈黙が重たくない。

 何か話さないとと焦ることもなく、この時間を楽しめる。きっと気持ちに余裕があるからなのだろう。いつも周りに気を張って、人の目を避け、話し声に耳を傾けて情報収集をしなくても良いというだけで、溜まりに溜まった心の疲れがじわりと溶けていく気がする。

(いいな、この時間…… )

 たまに音が聞こえても、ララの欠伸の音くらいなもんだ。シスさんはカップを持ち上げる時も飲む時も、驚く程音を立てない。今は寛ぎの時間のはずなのに背筋はピンと伸びていて、脚も綺麗に揃ったままだ。きっと徹底的に礼儀作法を仕込まれたんだろう。文字以外は何もかも、見様見真似で覚えた私との差を感じる。だけどそれが嫌ではなかった。
「あの…… 」
「ん?」

「…… 今度でいいので、マナーとかも、教えてもらっても良いですか?あと、後で爪磨きも貸して欲しいです」

 そう訊くと、思った通り「えぇ、もちろんいいですよ」と優しく返してくれた。シスさんに何かを頼むのが怖くない。甘えられるのが好きな人だからとか、そういう理由ではなくきっと、私が甘えた時に見せてくれる嬉しそうな笑顔のおかげだろう。
「ありがとう、ございます。色々と、本当に…… 」とまで言って、目からポロッと何かが零れ落ちた。
「…… あれ?」
 何だろう?と思いながら顔に触れると、ボロボロと涙が溢れ出ていた。涙腺が壊れたみたいに次々と涙が頬を伝い落ちる。多分コレは、人生のほぼ全ての時間を緊張の中で過ごしてきたのに、この優しい時間で心が緩んだせいだろう。
 無言のままシスさんが私の近くに椅子をずらして寄り添い、頭を撫でてくれる。

 何も言わず、何も訊かず、慰めの言葉も無く。

 だが、それがすごくありがたかった。
 心地良かった。

 …… カタンッと、迂闊にも、彼の方へ恋心が傾く音が自分の中から聞こえた気がした。
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