いつか殺し合う君と紡ぐ恋物語

月咲やまな

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最終章

【第一話】早朝の出来事

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「おはようございます!主人さん。いやぁ、今朝はすっかり晴れてくれましたね。極寒の地と言われるだけあって、晴れていようが何だろうがそれでも十分寒いっすけども。あ、そちらはゆっくり眠れましたか?本番を前に、実は緊張して寝れなかったーとかなかったっすか?あれ?そういや今日はいつものローブ姿じゃなくって着物なんっすね。どうやって入手したんです?あぁ、元々着ていた服か。いいなぁ、自分のはもう無いんっすよねぇ。ボロボロになっちゃってもう雑巾くらいにしか出来ませんでしたわ。そういやまた顔に目隠ししたんですね。そっちの方がなんかもうすっかり馴染んじゃっててなんかシックリするっすね」
 朝になり、宿屋の出口付近に集まった五朗が、焔に会うなり開口一番ベラベラと喋り出した。
 煩い…… とは思いつつも、この騒がしさも今日までだと思い、ぐっと堪える。人見知りなんかもう自分相手にはしていないだろうに、それでもまだここまで喋るのはもう、コイツは無自覚なだけで元来お喋りなタイプなのだろうなと焔は思った。
「そうだな、きっと外は寒いんだろうな」
「あ、そっか。気温なんて、主人さんには関係の無い話でしたね。いいなぁ暑い寒いに鈍いのって。自分すぐ気温に左右されるんで、こうも寒いと正直キツイっすわ。んでも建物の中はちゃんと暖かいからありがいっすよねぇ。まぁそうじゃないと、こんな地域じゃ生活するのさえ大変か」
 一喋れば十で返ってる。
 今はとにかく我慢我慢、と焔が思っていると、ソフィアが『煩いですよ。本当にもう勘弁して下さい…… 』と言って項垂れている。洋書の姿をしていようがわかるほど疲労感が漂っており、今にも付喪神の魂が本から抜けて、床に落下してしまいそうだ。

 一体昨夜は何があったんだ…… ?

 気にはなるが訊きにくい。明らかに何かあっても焔とリアンのあれこれを一切訊いてこないでくれた二人に、自分からは『昨夜は何をしていたんだ』とは言えなかった。


 昨夜は珍しく、五朗とソフィアは同じ部屋で休んだ。
『ざいごだがらお願いでずぅぅぅ』
 ボロボロと涙をこぼし、酷いしゃがれ声になりながら嫌がるソフィアの角にしがみつき、何十分も懇願した末に叶った願いだ。冒険者ギルドには四部屋分用意してもらったので、各自別々に休む事が出来たのに。

 本気で好きなんだな、ソフィアを。

 そう感じた焔は、『休む前にリアンだけは召喚させてくれ。その後は、大変だろうがまぁ…… 勝とうが負けようが、どうせもう今夜で最後だし、五朗に付き合ってやってくれないか?』とソフィアに言った。一瞬物凄く渋い顔をしていそうな空気感を纏ったが、それでも主人に従い、焔の為にと用意された部屋でリアンを召喚した。だが再度呼び出したリアンはまだ意識を取り戻してはいなかった。魔法陣から召喚した後もずっと床でぐったりと倒れたままで、起き上がる気配がまるで無い。
『…… えっと、これは一体どうしたのでしょうね?』
『まさか、オウガが起こし忘れたまま戻ったのか?』
 二人は共に首を傾げたものの、ただただ顔を突き合わせていたって理由なんかわかるはずがない。その為リアンの体をベッドに移動させると、夜はそのまま解散となった。なので、五朗の部屋に嫌々向かったソフィアが、その後どんな目にあったのかを焔は知らない。

 気になる、でも知りたくない。

 そんな心境に焔はなっているが、実際には、一夜を共に過ごせる事が嬉し過ぎてテンションの上がった五朗がベラベラ喋り続け、そしてソフィアを胸に抱いたまま寝落ちしたというオチなのだが、リアンとはあんなことやこんな事をしている焔は無駄に深読みしていたのだった。


「ところでリアンさんはどうしたんっすか?」
 周囲を見渡し、五朗が不思議そうに訊いた。
 リアンを再召喚済のはずなのにその姿が何処にも無い。何でだ?今日はとうとう魔王との決戦の日なのに、と疑問に思うのは当然だろう。
 もしかして『まだ行きたくない』『いいや向かう』と口論にでもなったりしたんだろうか。あの二人が本気で喧嘩でも始めようものなら、宿屋の一軒くらい即座に廃墟と化してしまいかねない。そう思うと、どうしたって五朗はヒヤヒヤした気持ちになってしまう。
「起きないから置いてきた」
「マジっすか」
「あぁ」
 お互いに短く答えた。
 焔は全然気にしている素振りもないが、五朗の顔は青ざめている。
 範囲攻撃や肉体強化系の魔法が使え、回復魔法も覚えており、しかも前衛までこなせるリアン抜きで、魔王との対戦なんて平気なのか?と不安になった。召喚士も魔毒士も、どちらも後衛職だ。後方からの範囲攻撃が得意な魔毒士は相当打たれ弱い。前衛無しでの戦闘なんか、もういっそ隅っこに隠れて一切顔を出さないくらいした方がいいくらいに。召喚士だって本来はそれに近く、立てた作戦を召喚魔に指示してそのまま実行さてるのが本来の姿なので、五朗の心配は当然のものだった。
 だが五朗はすぐにその考えを覆す。ここ一年間でたまに見た戦闘シーンや、昨日の神殿での焔の姿を思い出したからだ。

(アレだけ拳と蹴りを駆使して単身で戦えるんならもう、格闘家に転職だって出来んじゃね?リアンさん来れなくてもいけるんじゃ?)

『リアン様に回復薬は使ってみましたか?』
「…… あ、あぁ」
 少しだけソフィアから顔を逸らして焔が頷く。
「飲ませたが、起きなかったよ」と言って、髪をくしゃりとかき上げる。頬が少し赤くなっていて、どうやって飲ませたのかを思い出すのも恥ずかしそうだった。


       ◇


 冷たい印象のある陽の光が窓から差し込み、それを合図に寝衣姿の焔が目を覚ました。ゆったりめだとはいえ、一人用のベッドに二人ですし詰め状態になって休んだせいか少し腰や肩が痛い。ついでにヒビの入った手も神殿での騒動からずっとじわじわと痛いままだ。なので早くリアンに治して欲しいのだが…… 今日こそは起きてくれるだろうか?

『——おーい、朝だぞリアン。流石に起きろ』

 昨日の神殿での一件以降一度も目を覚まさず、ベッドで横になったままになっているリアンに焔が声を掛けた。肩を揺すり、頬を軽く叩いても反応が無い。まるで屍のようだ、と言葉を続けたくなるくらいの無反応っぷりである。

『うーん。やはり反応は無し、か』

 ベッドの上であぐらをかいて座り、膝に頬杖をついてリアンの様子を伺う。規則的な吐息は聞こえるので生きている事は間違い無いのだが、何故目覚めないのかが全くわからない。もし原因があるとしたらもうオウガノミコトの起こし忘れくらいなのだが、そうだとしたら、再度この世界で会える見込みが無い以上もう手の打ちようが無い。
 だが一応は駄目元で試してみるかと思い、ベッドサイドに置かれた棚の上にある薬瓶を一つ、焔が手に取った。これは昨夜ソフィアが去り際に置いていった魔力用の回復アイテムだ。ちゃんと一番高価な大瓶なので飲めば全回復する優れ物である。もし魔力不足が原因で起きないのであれば、これを飲ませる事が出来たら目を覚ますはずだ。

『いや待て。寝ている奴に、どう飲ませろと?』

 起きないのなら俺が飲ませてやろうと思ったはいいが、元々は起きたら飲んでもらうかと思っていた物だっただけに、どう飲ませるのか想像がつかない。だがどうにか出来ないかと思いつつ蓋を開け、口元に運んではみる。指をリアンの口の中に少し押し込み、隙間を開ける。そして口内に少しずつ入れてみたが、やはり目は覚めなかった。

『…… じゃ、じゃあ俺の唾液ならどうだ?もしくは口移しで、とか』

 ソレを期待して眠ったフリをしている可能性も捨てきれない。リアンとはそういう男だ、と焔は思っている。そしてそれはあながち間違いでもないので、『仕方ないな』と呆れ声で呟くと、焔は薬瓶の中にまだ残っていた回復薬を口に含み、眠るリアンの顔に近づいていった。
 軽く開かれたままの口に唇を重ねる。そして少し口を開けて口内に含んでいた薬液に唾液を混ぜ、ゆっくりと流し入れてみた。喉元から飲み下す音は聞こえるのだが、目蓋は開かない。ならばと思い、八重歯で舌をわざと切り、唾液以外にも血液を絡ませてみる。リアンが好んでやる行為を逆に仕返してみたのだが、それでも反応はイマイチどころか無反応なままだ。飲み込んでくれるのだけが唯一の救いといった状態に対し、流石に焔の中で諦めムードが強くなる。

『このまま続けても無意味だな…… 』

 口の端から流れ出た液体を手の甲で拭い取る。そしてリアンの体にかかっている掛け布団をきっちり整え直すと、腹の奥に感じる疼きに蓋をしつつ、焔は出発準備を始めたのだった。


       ◇


「…… 顔が赤いですけど、大丈夫っすか?」
 五朗の指摘され、「何でもない、大丈夫だ!」と無駄に大きめの声で焔が返事をした。
 そうは答えつつも、絡んだリアンの舌の感触がまだ口の中に残っている気がする。毎夜求められてスルばかりで、自分から進んで口吸いをした事などあまり無かったせいか、今朝の行動がひどく恥ずかしい行為だったように感じられる。
「まぁ、何でもないならいいんっすけども。主人さんまで不調でリアンさんみたいに同行出来ないとかになったら、流石に自分だけでは出立する気なんか無いんで、ホントちゃんと正直に言って下さいね。んでもって、予定を組み直しましょう!」
「本当に大丈夫だ。体調に問題は無いし、それにリアンがいなくても勝算はある」
 五朗が前のめり気味になりながら、「それは一体⁉︎」と焔に訊く。だが彼は「わざわざ話す程のものじゃない」と受け流した。

「お話中のところ失礼いたしますニャ。おたくらは権兵衛パーティーの御一行で間違いないですかニャ?」

 突如焔の着ている着物の裾を引っ張り、一匹の猫型獣人が声を掛けてきた。真っ白いもふもふのあるフードをかぶっており、完全防寒装備を着込んでいるせいで子供のシロクマっぽい見た目になってはいるが、ちゃんと顔は猫だ。毛皮製のカバーに覆われた尻尾を揺らし、返事を待ってじっと焔を見上げている。そんな姿は愛らしくて堪らず、彼は無言のまま両手を出してモフりたい衝動に駆られた。

「おーい、主人さん主人さん。お返事なくって困ってるっすよー」

 五朗に指摘されて焔が我に返る。
 そして何事も無かった様な面で焔は、「そうだが、何か?」と返事をした。
「冒険者ギルドからの使いでやって来ましたニャ。魔王の城へ向かう前に、是非一度立ち寄って欲しいそうですニャ」
 一礼し、お使いで来た猫型獣人が焔に告げる。
「そうか、わかった。城の位置なども訊きたかったし、リアンの事も頼んでおきたいし、丁度いいな」
「場所!そう言われてみればそうっすよね。こっちの方なのは認識してますけど、正確な位置も知らんでは出発は出来ないわぁ。ってか、まさか歩きじゃないっすよね?この雪道の中…… 。何か移動手段も借りれるといいんすけど」
「そうだな。リアンが使い物にならんから、何か良い方法がないかも訊いてみるか」
「決まりっすね!んじゃまずは、冒険者ギルドに向かいましょう!」
 腕を振り上げ、五朗がまるでリーダーかの如く高らかに言った。
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