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02 小さいおじさんを目指す極上α

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 「――なぁに、してぇんの?」



 天使の微笑みよろしく、小悪魔の嘲笑にしか見えない謎の笑顔で俺を見下ろすパリピαに俺は固まるしかなかった。



 どうしてこんな状況に? 俺がΩだからか? Ωであること自体が罪なのか。だったら消えたい。この世から消え去りたい。白目を向きそうになるのを堪えて俺はパリピαを見上げた。



 





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇









 「――山田君。これコピー10部ね」



 頭皮が透けている上司はポンっと俺の手に書類を渡した。



 「……は、はい」



 俺がコピー機の前に居たのは自分の仕事のコピーをするからであって、透けさんのコピーをとる為じゃないんだけどな。



 「だ、駄目だっ」



 俺ってばΩのくせに昔取った杵柄でαっぽくゾーンに入ったみたいに物事を達観した気になってしまった。調子に乗って恥ずかしい限り。



 日々謙虚に生きなければ。昔のイキった俺。消したい。



 シュパパパパ……とコピーをとると透けさんへそっと渡した。



 「おっ、おうっ。早いな。でもお前、声くらいかけろよ」



 暗いんだよ。とぼそっと言うと透けさんはお礼も言わずにパソコンに向きあった。



 「す、すいません」



 やっぱり俺はΩ。コピーも満足に出来ない男Ω。



 シュン。と気落ちして自分の席に戻ると既に終わってしまった今日の仕事をもう一度見直した。これで3回目だ。もう、コピーをとるくらいしか仕事がない。先輩に聞くべきだろうか。でもさっき聞いて仕事貰ったばかりだからな。仕事の遅すぎる先輩の仕事をとっては先輩が成長できない。会社の為には人材を育てなければ。



 「ばかっ。俺のあほっ」



 何を昔取った杵柄で経営者を気取ってるんだ。こんな片田舎の中小企業で人材が育ったからってなんだってんだ。せいぜい社員旅行が県外になるくらいだろう。Ωのくせに調子に乗るなってんだ。



 「――山田君ってストーカーっぽいわよね」



 「確かに。よく独り言言ってるし。ヌボーってしてて怖ーい。クスクス。」



 給湯室のお茶汲み要員女子の噂話が聞こえる。俺と給湯室は端から端と離れていると言うのに、俺ってばΩのくせにどうしてこんなに耳がいいんだ。バカなそんなはずはない。αの絶対身体能力を気取ってるつもりか。幻聴だ。Ωだからココロを病んでしまったのか。



 ズーン。暇だから余計な事を考えてしまう。俺はΩだから簡単な仕事しか与えてもらえない。窓際族のように肩を叩かれる日を待つしかないのか。俺がこの会社に居る意味とは。Ωの俺が生きてる意味とは。神はどうしてこんな不完全な俺を創りたもうたのか。この机はどうしてこんなに汚いんだ。床はどうしてゴミが落ちてるのか。明日からはもう少し早く来て掃除をしよう。







◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







 「――何か、最近綺麗じゃない?」



 「ほんとだ。床、ピカピカしてる。えっ、何で?」



 「深く考えちゃ駄目よ。小さいおじさんが居るのよ」



 キャキャキャ。ウフフ。と仕事中に雑談をするお茶汲み女子。



 俺の存在意義、見つけた。



 「――なーんの、はなしぃ?」



 キャーー!!フロア中に響き渡る悲鳴に皆が顔をあげた。



 「はい。皆で食べて?」



 コテン。と細い首を傾けるこの会社のエース。風早かぜはやこん。種族パリピα。



 「わぁ。総務部にまで? いいんですかぁ? ありがとうございますっ」


 わぁきゃあ言いながらお菓子をいただくお茶汲み女子。そこだけお花畑が出来上がっている。こんな田舎の片隅にαが居るなんて奇跡みたいな事があるなんて、入社した時は驚き身の危険を感じて辞めようかと思ったが、総務と営業では階も違うし、会社の花形エースと総務のド新人では接点はなく、交わる事なくズルズルと今に至っている。



 「風早さん、堀内地建の新幹線事業下請け独占の話聞きましたよ。凄いですっ」



 「あーねぇ。社長にはしこたま飲まされたけど、いつの間にか、ね。全部くれるって言うから貰っちった」



 テヘっ。



 ぎゃーー。側で話を聞いていたお茶汲み女子が失神した。自然な動作で腰を支えて抱き止めるパリピα風早。昔の俺だったらキスの流れだ。



 すぐに風早の腕の中で正気を取り戻したお茶汲み女子は、顔前に美しいαの顔があるのを認識した途端、今度は鼻血を吹いて昇天した。



 くわばらくわばら。



 あそこに近づいてはいけない。強制的にヒートにさせられて孕ませられる。いや、風早にとっては逆か。こんな男Ωのヒートにあてられて本能の限りお尻の穴に大事なαの男根を出し入れしないと正気に戻れないなんて事になったら責任の取りようがない。



 触らぬαに祟りなし。風早とは関わらないようにしなければ。そう固く誓ったというのに、どうしてこんな状況になった?





 「――なぁに、してぇんの?」



 「お、おはようございます。な、何って……」



 朝のお勤めよろしく小さいおじさんをやって床に這いつくばっていると頭上から声をかけられた。流石Ωといった所か、パリピαが頭上に現れるまで気配を感じないとか人間終わってる。



 「だからぁ、こんな朝っぱらから何で床拭いてんの?俺ぇ? 終電なくなったからオールしてそのまま出勤っしょっ。ウェーイ」



 「な、何って、ち、小さいおじさんです」



 風早の事など聞いてない。早く視界から消えてくれ。



 「ぶはっ。小さい? あんた目茶目茶デカいよねぇ。」



 違う。そうじゃない。お茶汲み女子が言うには、いつの間にか職場が綺麗になってたり、物が見つかったり、ちょいピンチの時にさりげなく助けてくれる存在の事を小さいおじさんと言うらしいんだ。俺はそれを目指している。生きる目標と言ってもいい。



 「……そうデスね。失礼します」


 言ったってパリピαの風早には分かるまいよ。俺は同じ世界線では生きてはいけないパリピα風早と袂を別つべく立ち上がると、バケツを持ち立ち去ろうとした。グッバイ、パリピα風早。俺達は交わってはいけない。二人の出会いは悲劇しか生まないんだ。



 「まってよぉ。暇なんだ。もっと話そ?」



 風早はそう言うと俺の腕を掴んだ。ヒィッ。俺は妊娠したら堪らない、とその手を思いっきり振り払った。



 バッシャーーンっ。



 そう、振り払ったのはバケツを持った手だった。



 「……ぶっ。服、貸そうかぁ?」



 濡れ鼠になった俺に笑いながら救いの手を差し伸べる風早。

 

 「い、いや。もう、帰る」



 泣きたい。事故物件の気さくなお化けの居るアパートに帰りたい。



 「そんな、子供みたいな事言ったらメッ。ほらっ。おいで」



 エグエグと泣いているデカい俺の手を引き風早はロッカールームへと俺を連れ込んだ。



 「ほらぁ。服脱がせてあげるから、ね。」



 俺が絶望に咽び泣いている間にとどんどん服を脱がされていく。俺、無意識にヒートおきてるのかな。このまま犯られちゃうのかな。



 「うわっ。何この肉体美っ。ダビデなの?」



 仕方ないだろう、歩くだけで筋肉つく体質なんだから、ああ、分かってるさ。Ωのくせに宝の持ち腐れだよ。



 「ほらぁ。メガネ外して――」



 「っん」



 爆発髪をかきあげられながらメガネを外される。



 「……マスクも外し、て――」



 「んん」



 ビチョビチョになった手造りマスクを引っ張り取られた。

 

 マスクをポイした後、無言になってしまった風早にグアワッシグアワッシ、とフワフワタオルで頭を拭かれる。



 「いたっ。いたいっ。やだ。やめて」


 涙目で訴えれば、タオルを頭にかけられ、珍しく真剣な顔をした風早の顔前1㎝まで引き寄せられた。



 「何? あんた何でこんな事になってんの? 」



 いつも笑ってる垂れ目の瞳の奥にチリチリとした炎が見える。威圧一歩手前。これをやられるとΩはひとたまりもなくヒートさせられる。



 「こ、怖い。犯さないで」



 「っはぁっ!?」



 途端に凄い力で突き飛ばされた。か弱いΩに酷い。



 「俺があんた犯すとかないから」



 そんな真顔で言う?



 確かに俺はΩなのにデカいし可愛くない。



 「――ほら。これ、着て」



 笑ってない風早は俺に仕立てのよいスーツを手渡した。



 グスグスと泣きながらスーツを身に付けていけば、かつて慣れ親しんだ肌触りにうっとりとする。



 「やはり、洋服の緑川とは違うな」



 あれはあれで凄いんだけどな。スーツが1万円なんだぞ。しかも2着目は半額だ。



 いやはやしかし。顎を引き前髪をかきあげれば見た目だけは極上のαの出来上がりだった。



 「――けほっ」



 風早がむせた拍子に我に返る。しまった。久しぶりに見た鏡の中の自分に酔いしれるなんて、男のΩのくせに恥ずかしい。穴があったら入りたい。



 「……戻しちゃうんだ。」



 髪を下ろしてメガネをかければ元通りのモサ男の出来上り。マスクはデスクの中の予備をつけよう。



 「――でもさぁ。このスーツ。体の線を強調させるから魅力隠せてないよ?」



 後ろから肩に顎を乗せ腰に腕を巻き付く風早にびびって飛び上がる。



 「もう、いやだ。帰るっ」



 「あー、うん。帰った方がいいかも。ここの社員。極上αに耐性ないから仕事になんなくなる。」

 

 耳元でそっと囁かれてゾクゾクした。



 「お、俺っ。あ、αじゃありませーーんっ。」



 俺は風早の腕からから身を捩って抜け出すと泣きながら会社を後にした。



 俺はαじゃないっ。Ωだ。男のΩなんだよっ。



 その日は無断欠勤。昼頃、透けさんから電話がかかってきてことのほか心配されまた泣いた。



 透けさん曰くどうやらこれは五月病というらしい。
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