毒にも薬にもなりたくないっ

新堂茶美

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コハクに手を離され、私は一人、暗い森の中に取り残された。
さっきまでそこにいた温かなコハクの気配が消えて、夜の静寂が急に重くのしかかってくる。

「……ひどい。置いていかれた。もふもふにもフラれた。私の人生、今、底辺すぎる……」

私は近くの木にズサーッと背中を預けて座り込んだ。
暗い? 怖い? まさか。こんなに澄んだ森の匂いがするのに、怖がる理由がどこにあるっていうの。それより今は、私の心の傷を癒やすための「もふもふ」たちが、一匹残らず「食べられるー!」とか叫んで逃げていったショックの方が一億倍も重い。

「食べないよ……。味付けして焼いたりしないよ……。ただちょっと、顔を埋めてスーハーしたかっただけなのに……っ!」

木にへばりついて「もふもふ、もふもふ……」と怨嗟の声を漏らしていると、不意に、すぐ横から服の裾を引かれた。

「すぅ、いくよ」 
「うひゃっ!? びっくりした……。コハク、どこ行ってたのよ。お散歩?」 
「ちがう。……それよりあっち、すごく『死にそう』な匂い。もう限界だよ」

コハクがどこで何をしていたのかは知らないけれど、その表情はいつになく真剣だ。
……あ、いや、いつも通り淡々としてるけど、指差す方向の「気配」が尋常じゃない。

「死にそうな匂い? ……あー、そういえばさっきのキアンさんが孤児院がどうとか言ってたっけ」

もふもふにフラれた腹いせに、そこらへんの怪我人でも片っ端から治して歩いてやる! 見てなさいよ、この有り余る治癒魔力を!!

自暴自棄に近いテンションで、私はコハクに先導されるまま全力で駆け出した。 木々の向こう側に半壊した建物が見え、そこから漏れ出しているのは、不気味に輝く「黄金色の光」だった。

「……何あれ。めっちゃ光ってるんだけど」

全力でその光の源へと滑り込む。そこで私を待ち構えていたのは、想像を絶する「物理的」な大惨事だった。







「うわああああああああ、めっちゃ串刺しじゃん……っ!」




駆け寄ってくる少女の声は、静かに死を待つ者の耳には場違いなほどにあっけらかんとしていて、それでいて生命力に満ちあふれていた。 けれども、きっと彼女は天使に違いない。これは最後の理性が私に見せてくれた、美しくも儚い夢なのだろう……。

「……ッ、痛ッ……!」

後頭部を激しく叩かれた衝撃で、私はすぐさま現実に引き戻された。夢ではない。背後を貫く柱が邪魔をして、その痛みから逃れることすらできなかったのだ。

真っ白な髪の少女が、物凄い形相で私の頭を叩いている。だが、口の中に流れ込んでくる、甘い蜜のような芳醇な血から離れることができない。それどころか、私は抗えぬ本能に突き動かされ、強くその腕を吸い上げてしまった。

「いったぁ……! 早……く……離してってば!!」

悲鳴に近いその声に顔を上げると、涙目になった天使と目が合った。彼女の体は黄金色に輝いており、照らされる場所はひどく暖かい。その心地よさに思わず口元が緩む。貪った痕がくっきりと残る彼女の腕が、ようやく私の牙から解放された。

スイレンの白い肌が青紫色に鬱血したのを見て、コハクは身動きの取れない男に向かって牙を剥き、鋭く睨みつけた。

「こいつ、コロス」
「こ、こら! 大丈夫だから!」

咄嗟にスイレンが後ろからコハクを抱きしめて止める。

「ほら、見て。大丈夫でしょ?」

スイレンがコハクの目の前に腕を差し出す。先ほどまで痛々しく鬱血していた部分は、既に治癒が始まり黄色く変化していた。コハクがそっとその腕に触れる。

「……っ……い、痛くない痛くない! 全然痛くないよー? 私の治癒力、最強なんだから。ね?」
「はぁ……しらない」

破壊され尽くし、荒れ果てた家屋の中。こんな状況で呑気に会話をしているこの少女たちは一体何者なのだ。それに――私自身の体も、驚くほど軽い。

突き刺さっている柱の根元、私が施したはずの「石化」が解かれている。試しに、自力で柱を引き抜こうとしてみる。

「あ゛っ……うわああああ痛い痛い、それ、絶対痛いって!」
「変なことしたらコロス」

ふと、柱による拘束が解けた。

体にはまだ柱が突き刺さったままだが、長く突き出ていた部分は切断され、短くなっている。今もこちらを睨みつける少女の手元が、先程、一瞬キラリと光った気がした。

断面が驚く程、綺麗に切断された柱を身体からゆっくりと引き抜くと、先ほどの暖かい光が傷口を優しく照らした。傷は瞬く間に塞がり、あれほどの眩暈や倦怠感も消え失せている。顔を上げると、治癒の光を当てる天使が、気遣わしげに微笑んでいた。

「……ああ、やはり天使様だ……」
「ひぃっ!?」

血でべったりと汚れた手のまま縋り付こうとして、私は小さな少女(コハク)に思い切り顔面を蹴り飛ばされた。

「す、すみません。あまりにも美しい魔力で……それに、暖かい。まさか私を治せる方がいるとは……貴女は命の恩人です」

満面の笑みで感謝を述べる司祭。だが、その顔面にくっきりと足跡が残っていることには気づいていないのか、あるいは痛みすら感じないほど感動しているのか。

スイレンは少し引きつった笑顔を浮かべながら、差し出されたその手を握った。

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