名前も知らない大きな木の下でキスをした

新堂茶美

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私と「私」のハッピーエンド

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私は夢を見ているの。

何度も何度もそう思った。
私も「私」も大好きなあなたが目の前にいて、私は「結末」を知っているから。「私」は「義務」だと言い聞かせながら。

あなたが遠い地に行くと聞いて、不安に揺れるあなたの瞳を見て、どうしようも無くなった時、私たちは諦めた。

だって、大好きなんだもの。愛しているんだもの。どうしようもなくて、狂ってしまいそうで私は思いを告げた。「私」が背中を向けて逃げてしまう場面であっても。



真っ直ぐに私を見つめてくるあなたの襟を思い切り引っ張って……唇を奪った。


名前も知らない大きな木の下で家族に隠れて口付けをしたの。あなたが跳ね返すことも避けることもしないから、とても長く感じたわ。



「あなたはきっとお嫁さんなんて貰えない」

私がなりたいなんて言えない。私がなるなんて言えない。あなたにはハッピーエンドが待ってるの。

「どうしてそんなこと言うの」

君は意地悪だ。ずるい。僕を弄んどいて、その表情で僕を喜ばせる。思わせぶりばっかり上手なんだ。ずるいよ。

「ふふっ、だってあなたは英雄になるんでしょ?」

きっとなれるわ。そして私から離れていくの。まだ現れてもいない「花嫁」に嫉妬してしまうこの胸の痛みが分からせる。私がバッドエンドを迎えるんだって。これはあなたのハッピーエンドへの階段なの。運命なのよ。あなたに「心臓を貫かれる」時と同じくらいの痛みがこれだったら我慢……できるのかな。

「うん。なるよ。必ず」

君が僕を信じてくれるから。どんな未来が待っていたとしても僕が「英雄」だったら君を手に入れられるから。

「魔獣ばっかり追いかけて、恋をする暇なんてなくなるの……だから、私が待っててあげる。そして1番に「おかえり」って言うわ」


『ものがたり』の中のあなたと「私」が口付けをした、なんて語りはなかった。ただ赤いリボンを巻いた紫色のアネモネを渡したの。あなたは花の意味なんて知らないから戦に向かう前に花を贈るのは不吉だって……「僕の思いなんて一生分からない」と「私」に投げたはずなのに。

これで諦めようって、そう思ってたのに。
あなたのせいよ……耳まで真っ赤にして私の頬を擽る……「花嫁」に向ける笑顔を私に見せるから……だから「私」が言えなかったことを「約束」するわ。

「約束……だから」

「……ほんとに?」

「ええ!もちろん」

君のその笑顔が僕の不安の全てをどこかに追いやってくれる。必ず帰ってくるんだって思えるんだ。だけど、少し……欲張ってもいいかな。

「帰ったらまたキス……してくれる?」

赤くなる君が堪らなく愛しい。君のせいだよ。だけど「約束」してくれるよね?

「ふふっ、そうね……あなたが「ただいま」って笑ってくれるなら」

僕は必ず1番に君のもとへ帰ると誓う。だから笑って僕を迎えてね




「勇者」は民の期待を背負い、順調に旅路を歩んだ。旅の途中、妖精との触れ合いでエルフと意気投合し、宿屋で絡まれていた魔術師を助けて酒を酌み交わし、聖女の生まれた村を救ったことで共に穢れた土地を癒し、そして出会った仲間達で力を合わせて穢れを纏った大きな竜『災厄』を倒した。


暗く太陽の見えなかった空が青々と澄み切ったものへと変わる。民は久しぶりの太陽に、青空に、涙を流し、喜んだ。人波に紛れて流した私の涙の意味なんて誰にも気づかれなかっただろう。


街中は色とりどりの花で溢れ返っている。明日の凱旋式の準備が行われていた。

太陽が眩しい。『ものがたり』であなたは眩しい陽射しから逃げ、隣町の大きな聖木の下で「聖女」と口付けをしている頃ね。そして誓うの。

「僕のお嫁さんになって。君を1人にしないと誓うよ」



チリチリと胸を焼くようなこの痛みはきっと明日の痛みに耐えるための事前準備。

抱きしめた赤いアネモネは全て枯れてしまった。

「せっかくとびきり綺麗な物を用意したのに……運命ってとことんひどいことをするのね。「結末」は分かっているわ。だけど「約束」は守ってね」

「それ、僕のセリフ」

「え?」

名前も知らない木の下で人々から隠されるように唇を奪われた。押し付けられた背中が痛くて胸を押す。

「待たせてごめんね」

「え……は、花嫁、聖女様はどうしたの?」

「聖女?知らない。置いてきた。ひどいな……おかえりって言ってくれないの?僕の花嫁様は……」

「だ、だって……ん」

溢れる涙を見せたくなくて、俯こうとする私の顎を掴んであなたは無理矢理口付けをする。


「言って……?」

「おかえり……」

「ただいま」

枯れたアネモネは色褪せず赤いまま、あなたの胸に潰されて風に飛んでいく。

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