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移動遊園地の怪

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 悪の組織で遊園地を建設し、そこに正義の戦隊ヒーローたちをおびき寄せ、楽しい時間を過ごさせるが実は罠で、隙だらけのところを叩き潰すというアイデアは組織の首領エックス氏の父親が若い頃に考えたのだそうだ。
 小癪な戦隊ヒーローたちを始末する罠として悪くないと、組織の女幹部は思った。しかし会計担当でもある彼女は、遊園地の建設費用が心配だった。そのためには巨額の資金が必要で、予算を絶対にオーバーする。その辺を発案者の子息エックス氏はどう考えているのか、聞いてみると「銀行から借りたらどうか」とのこと。悪の組織に金を貸してくれるところがあるだろうかと女幹部は危惧したが、何とかなった。利益が出るのなら悪の組織であろうとも金を貸す、それが銀行という悪の組織なのだ……とエックス氏はうそぶいたが、そこには多少の真理が含まれていたようである。何はともあれエックス氏の率いる悪の組織は遊園地の建設に着手した。当初の目的である正義の戦隊ヒーローたちをおびき寄せる罠というだけでなく、やってきた一般客たちが普通に楽しめるアミューズメント施設という側面も重要視された設計である。そこには融資した銀行団の意向があった。エックス氏や他の幹部も、それに異存はなかった。ここで金を稼がないと借りた金を返せない。そうなると、遊園地は取り上げられてしまう。いや、それどころか世界征服を企む悪の組織そのものが債権者の魔手で解体されてしまうかもしれない。それは嫌なら、遊園地で儲けて返済費用を稼ぎ出すしかないのだ。
 もっとも、エックス氏その他の幹部たちは、ただ金を稼ぐ施設として遊園地を活用するつもりはなかった。戦闘員を集める手段としても遊園地を利用する腹積もりだった。昔は優れた戦闘員を作り出すため優秀な人材を拉致や誘拐で確保していたのだが、そういった連中に改造手術をしても悪の組織を裏切ることが多く、今はもっぱらクローンで大量生産している。ただし、これが弱い。戦闘員なのに戦闘が弱いだけでなく、体も弱いのだ。すぐに風邪をひいて寝込んだり腹を壊すので、役に立たない。単なるただ飯喰らいだと酷評する幹部もいた。この能無しどもを厄介払いするには、まず優秀な人材の確保で、そのために遊園地を使おうと考えたのだ。
 優秀な戦闘員の確保を遊園地の完成まで待っていられないと考える者がいた。前述した女幹部である。彼女は、遊園地のような巨大施設を建設せずとも、人集めは可能だと提案した。移動遊園地で十分というのである。永続的な施設を造らず、解体して輸送できる設備で各地を移動する方がコストパフォーマンスが良い、と企画書に数値を示して幹部たちを説得したが、了承は得られなかった。ただ、エックス氏は「個人的に移動遊園地をやってみて結果を報告して。そのための金は出すから」と許可した。全額出資ではなかったが……とにかく女幹部は自らのポケットマネーと組織の金で移動遊園地を作り、巡業を開始した。これが思いのほか上手くいった。
 戦闘員の中には凄い見た目の怪人に変身できる者がいた。この早変わりが物凄く受けた。彼らが出演するステージやお化け屋敷は大人気だった。巨大な遊園地を建設するより安上がりなので、儲かった。そして戦闘員の確保も良い感じだった。トロッコに乗ってお化け屋敷に入った客は、途中で変なガスを浴びせられるのだが、そのガスには吸った者の意識を操る洗脳パワーが秘められていた。ガスを吸った人間が皆、組織に忠実な戦闘員となるのである。ガス代は安くなかったが、それを差し引いても十分な儲けと言えよう。
 実に良い感じだ……と喜ぶ女幹部は、さらなる悪だくみを思い付いた。食べ物にも一工夫しようと考えたのである。遊園地の売店や屋台で売られる料理は良心的な値段設定だったので人気だったが、そこにも人間を洗脳する添加物を混入してみた。試しにやってみて、どうなるか、見てみよう……とパレードの山車の上から客たちに可憐な笑顔で手を振りつつ(人件費削減のため、彼女はアトラクションにお姫様の役で登場したり、本業そのままに悪の女幹部として出演していた)遊園地で買った食事を食べる客たちを観察する。洗脳成功! と一目瞭然な人間はいない。それはそうである。突然「キーッ!」と奇声を上げられても困るのだ。洗脳の効果は後からジワジワ出てくる。それはガスを浴びた人間も同じなのだ。とりあえず、急に泡を吹いて倒れたりしなければ良い……と考える彼女の目に、別の気になることが映ってきた。食事の持ち込みを禁じているのに、それを無視している不届き者がいたのだ。
 うちのレストランや売店で買って食え貧乏人め、絶対に許さん! と女幹部は舌打ちした。山車の上のお姫様が怒りで顔を歪める珍しい光景に、気付いた客はいなかった。

§ § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § §

 女幹部はインカムを通じて配下の戦闘員、というか今は移動遊園地の従業員をやっている手下の男たちに指示を出した。
「外から飲食物を持ち込んでいる奴がいる。すぐに行って注意して」
「ウィー!」
 普通の従業員に扮した戦闘員たちが一斉に返答した。返事の元気だけは良いんだよな、こいつら……と女幹部は小さく肩を落とした。戦闘員たちは基本、無能とにかく役立たずなのだ。これは前段でも触れたが、女幹部の頭を悩ます問題の一つなので、しつこく書く。やたらと疲れ、すぐに休むのは、まあ目を瞑るにしても、コンディション良好な状態でも失敗が多いのはどういうことなのかと彼女は常に考えている。クローンで大量生産しているのが悪いというより、クローンのオリジナルとなっている遺伝子設計に失陥があると彼女は推測している。失敗作を量産しているのだ。これでは話にならない。この移動遊園地で新しい戦闘員を確保するとしても、すぐには必要量を補充できない。有能な戦闘員が大勢集まる日までは今の穀潰しどもを使い続けるほかない……等と考えていたら、インカムのイヤホンから戦闘員たちが「ヒー! ヒー!」と女幹部を呼ぶ声が聞こえた。
「何? どうしたのよ?」
 彼らが言うには、女幹部が言うような悪者は見当たらないとのことである。
「ちゃんと探したの? さっきまでベンチに座っていた……って、まだいるじゃない」
「ヒー?」
「どこ見てんの、そこだって!」
 女幹部の乗る山車が通り過ぎたところに置かれたベンチに、若い男が座っている。パレードを見る人垣が崩れた後なので、先程よりも男の様子が良く見えた。膝の上には弁当箱が載っており、その中には手作りのサンドイッチらしき物が入っている。そんな小さな物を、よくもまあ山車の上から見つけたものだと思わなくもないが、彼女は目ざとい性質で、しかも他人のミスや過ちは絶対に見逃さないという、凄い嫌な人間だった。
「さっさと行って注意して。いいこと、この山車がコースを一周するまでに言われた仕事を済ませなさい。さもないと承知しないわよ!」
 今回の移動遊園地は大きな運動公園を借り切っての一大興行だった。いくつもあるグラウンドに観覧車やメリーゴーランドやサーカスのテント等が設置され、それらの間を山車のパレードが進む。そのコースを何周かグルグル回る予定である。若い男が座っていたベンチに一周した山車が戻る時までに問題を処理しないならば、戦闘員たちは女幹部からお仕置きされてしまうのだ。女幹部は冷酷非道な性格なので、関係の無い者まで連帯責任で責められる。ちなみに戦闘員たちに性的倒錯者はいないので、物凄いお仕置きを誰も望んでいない。命令を遂行すべく、ベンチへ急ぐ。そして山車がもうすぐ一周するというとき、またも戦闘員たちから連絡が来た。
「ヒー! ヒー!」
「え、いない? どこを探しても見つからない? 畜生、逃げやがったか! そこら辺にいるかもしれないから、絶対に逃がすなよ!」
 遊園地内に弁当を持ち込んだだけで、大犯罪者のような扱われ方である。捕まったら何をされるか分からない感じがする。さすがは悪の組織と言えなくもない……なんて書いている間に山車がベンチの近くまでやってきた。偽りの爽やかな笑顔で女幹部は観客に手を振る。ベンチが視界に入る。若い男が、まだベンチに座っていた。その膝の上には、さっきと同じサンドイッチ入り弁当箱が入っている。
「いるやんけ! おいおいおいおいお前ら! どこに目ぇ付けてんじゃ! あの男が見えんのかい! さっさと行って注意しろって! ああ、周りにパレードを見る客がいるから、いなくなってからがいいか。おいお前ら! 聞こえたか? 他のお客さんに嫌なものを見せないよう、山車が通り過ぎて客の数が減った頃を狙って、男に近づけよ。分かったか? 分かったな!」
「ヒー!」
「ん、ベンチには誰も座っていないって? 若い男なんか座っていないって? んなわけあるか! よく見ろよ! ほら、そこ! そこにいるだろう!」
 女幹部の目には、ベンチに座って前を見ている男の姿が映っている。しかし戦闘員たちには、男が見えていないようだ。驚くべきことだった。上記のセリフを女幹部が可愛らしい笑顔を浮かべながらインカムのマイクに向かって話していることも驚きだが、ニコッと爽やかに笑いながら酷い悪態を吐く人間は往々にして存在するのも事実である。
 その点、透明人間のように人の視界から消えている男は珍しい。だが、むしろ女幹部は戦闘員が不注意で見逃しているのだと勘違いした。
「お前たち、そこだって! そこにいるだろう! なんで見えないのよッ!」
 インカムに向かってキーキー喚きつつ、他の観客への笑顔は絶やさない。正体不明の青年から目を離すわけにはいかないが、他の客の目が気になるので、両方の目玉がバラバラに動く。難しい眼球運動をそれだけ頑張っても限界が来て、男の座るベンチが視界から外れた。目を切ったのは一瞬だったが、女幹部は不安に襲われた。再びベンチの方を見る。男は消えていた。どこに? 姿を探す。いた。パレードの山車の近くに現れた。ゆっくり進むパレードと同じ速度で歩いている。戦闘員が仮装したパレードのキャストと並んでいる姿は、自分も随員だと言わんばかりの馴れ馴れしさに満ち満ちている。なんだこいつは! と女幹部は激怒した。
「パレードチーム、不審者を列に入れるな! 警備の連中は何をしている! 早く追い出せ! 事務所に連れていけ!」
 他の客がいなければ「力づくで追い出せ! 殴っても構わん!」と命じていたところだ……と思う彼女に新たな疑問が湧いてきた。この若者は、他の観客にも見えていないようだ。戦闘員だけでなく、一般人にも見えない。それは一体、どういうことなのか?
 まさか、お化けじゃないでしょうね。
 そう考えたとき、女幹部は恐怖に震えた。彼女は幽霊や呪いといったオカルトが大の苦手だった。悪の組織の幹部だろうが何だろうが、嫌なものは嫌なのだ。首に下げたロザリオだけでは心もとない。お清めの塩も持ち歩いておけばよかった! と彼女は後悔した。しかし山車のステージ上から塩を撒く姿を人様に見せるわけにもいくまいに……と書いている間にも状況が推移する。青年の姿がパレードの列から消えたのだ。
 どこなの? と女幹部は、シャア専用ザクを見失ったアムロ・レイのように目を泳がせた。
「ここです」
 インカムのイヤホンから聞き覚えの無い男の声が流れ、女幹部は小さな悲鳴を上げた。
「ひぃぃぃっ」
「あ、大きな声は出さないで。大丈夫、心配ないよ。でもお客さんが驚くので、そのまま落ち着いて僕の話を聞いて」
 驚いたのはこっちの方だ、客がどう思おうかなんて、知ったことではない! とばかりに彼女は叫ぼうとした。
〔変な奴がいます、不審者です、変態です、痴漢です……あれ?〕
 叫んだつもりなのに、声が出ていない。喉がおかしくなったのかと手を喉元へ当てようとして、自分の手が動かないことに気が付く。
〔なにこれ! 手が動かない! 力を入れても、自由に動かない!〕
 心の中で女幹部はそう考えた。そのとき、男の声が再びインカムのイヤホンから聞こえてきた。
「運動中枢を制御させてもらった。悪いけど、しばらく君の体を僕の自由にさせてもらう。悪いようにはしない」
 そう言われて「はい、そうですか。ご自由にどうぞ」と納得する者はまれだろう。女幹部も左記に同じく抗議の意味を込めて咆哮した――が、声は出てこない。体の自由も利かない。さっきまでと同様に、左手はステージの手すりをつかんだまま、右手は左右の観客へ向けて何度も振っている。そんなことをしている場合じゃないのに。笑顔のままで。
〔どういうこと? これ、どういうことなの!〕
「説明してもよろしいですか? 驚かないで下さいね。僕は今、貴女の心と体の中にいます。あ、変なことはしていません。貴女のプライバシーを守るため、個人情報や心の中は会話するための最低限しか読み取りません。それに、すぐに出て行くつもりですから。ほんの少しだけ、貴女の中にいさせて」
〔イヤ、早く出て行って!〕
「僕も早く出て行きたいんだけど、公務なもので、申し訳ない。後で感謝状を贈呈してもらうから」
〔要らない!〕
「そうか、それじゃ代わりに幸福ホルモンを出すようにするね、ぴっぴっと。すぐ効くから」
 冷たい嵐が吹き荒れていた女幹部の心の中に、急に温かな日差しが差し込み、心地好い微風が吹いてきた。怒りが静まる。優しい気持ちが満ちてくる。
〔あ、あれぇ、うん……いい気持ち、いい気分。とても落ち着く。これ、とても好き。凄く好き〕
「良かった。そう言って貰えると、僕も嬉しい」
〔あの、さっきはごめんなさい。酷いことを言っちゃって、本当にごめんなさい〕
「僕こそ悪かった」
〔えっと、あの、聞いていい?〕
「何なりと」
〔あなたは一体、誰?〕
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