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星の終わりに、君とゲームを

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 アステルは唇を噛みしめる。
 星の消滅ともなれば、さすがに彼らも力を貸してくれると思った。淡い期待は無情にも打ち砕かれて、残ったのは、彼らに対する怒りと恨み。
 彼らのやり方は卑劣だ。
 どんどん自然を破壊して、無機質な人工物で星を飾りたてていく。しかも、それを遂行しているのはこの星の人々なのだから言葉もない。
 あまりにグロテスクで、吐き気がする。

『これ以上、この星の自然を破壊してほしくなかったら、シールドを解くんだな』

 いつか、シールドの破壊を試みに来た彼らの一人がそう言った。けれど、原初の森を明け渡してしまえば、本当にこの星は終わってしまう。アステルたちに出来るのは、残された純粋なエネルギーを守ることだけ。ずっと、どうしようもない悔しさのなか、失われていくこの星の美しい姿に胸を痛めて耐えてきたのだ。

「……エネルギーを元に戻す装置は、あるんだな」

 アステルは、手の平を握り締める。

「ああ、あるとも」

 メテオシュタインは事も無げに答えてクッと口角を上げた。

「どうしても、それを使ってはくれないのか」
「メリットがない」

 星の命がかかっているのに、なんと軽い言い方だろう。

「この星がなくなってしまうんだぞ」
「そうだな。残念だ」

 彼らからすれば、この星は、征服した星の一つに過ぎないのだろう。悲しさを通り越して、いっそ虚しい。白い頬を、透明な滴がはらりと伝って落ちた。
 メテオシュタインが、ふと顎を上げる。

「ところで、君がここへ来たことを、同胞たちは知っているのか」
「……知ってる。多少の猶予をもらった。それまでに俺がどうにか出来なかったら、……」
「ほう、猶予があるのか」

 メテオシュタインは机に軽く腰掛ける。
 アステルは床に目を落としたまま、ポツリと問うた。

「どんな装置なんだ?」

 秘密の話をするような、ささやかな声である。メテオシュタインがフッと笑った。

「厳重に警備されている。君一人でどうこう出来るものじゃない」

 かすかに眉根を寄せて、睫毛の影が落ちる瞳。それでも、そこに宿る光の煌めきは失われない。それを見ていたら、メテオシュタインの脳裏に懐かしい記憶が過ぎった。かつての同僚に、侵略した星の者に心を奪われ、異なる道を選んだ者がいたのだ。

『俺はこの星に残る』
『ここで生きていけるのか?』

 ただ一人、この星に残って?

『ああ。ここで生きたいんだ』

 あのときの彼の、瞳の煌めき。
 それはメテオシュタインには理解できないことだったが、その煌めきには興味を抱いた。清々しいほどに真っ直ぐな眼差しに、魅入られたのかもしれない。

 (まだ時がある)

 ならば、この星での日々の終わりに、ちょっとした余興でも楽しもうではないか。

「試しに、私の心を奪ってみるか?」

 メテオシュタインは唐突に言って、睫毛の向こうから覗くスカイブルーに目を細めた。

「……なに?」

 美しい曲線を抱いた眉がひそめられる。
 ロイヤルパープルの瞳が、悪戯に煌めいた。

「心を奪われたら、その者のために何かしたいと、思うものなのだろう」

 征服、服従。支配に従属。奪う者と奪われる者がいて、破壊され再構築される世界。それがメテオシュタインの慣れ親しんできたものだ。

「君の存在を、私の胸中に留めさせるためにも有効だ」
「……あんたのゲームに乗らなかったら、俺のことを上に報告すると?」

 アステルは無情な相手を睨み上げる。

「そうなれば、君は無事ではいられまい」
「心は物じゃない。あんたの種族が得意とするようなものとは、わけが違うっ」

 思わず、苛立ち混じりに頭を振った。持ち出してきたゲームが、愛だの恋だの、そういったたぐいであることを、メテオシュタインは理解しているのだろうか。

「俺に、あんたを惚れさせろって言うのか」

 星の危機だというのに、いったい自分は何を言っているのだろう。あまりに倒錯的で、眩暈がする。

「言葉の表現など、どうでもいい。星の消滅まで、せいぜいあらがうことだ」

 冷徹な瞳をまえに、アステルはさまざまな思いを飲みこんで、ため息を一つ溢した。
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