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第20章 魔王と勇者

扉の向こうの父親 2

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 父ガルフは、魔界最強と謳われていた程に強者であった。魔界最強は、その真の姿が紅色に輝くドラゴンであるが故の力の強さだけではない。人間サイズに調整された姿に残された二本の角は、人と魔族、そしてその二つの姿のどちらも取らない、あるいは取れない半魔族達。全てにおいて例外無く振る舞うという公平さを自ら体現した物であると全ての魔王を知るものは語る。
 そして、魔王自身も愛する妻の夢見た世界を描きたくその姿を取り続けた。
 戦は起こしたくは無いし、貧富の差などの差別を好まない妻。その姿が紅色のドラゴンでしか無かったガルフに光を与えた。
 力では無い、心の暖かさで人も魔族も救われると知った事で自らが恐怖を与えるばかりでは無いのだと幸せも与えられるのだと気づいたのだ。

「ラル…フ…君は…わた、しの…」
(…光だ、今も昔も変わらない光)

 死の間際に安らかな夢を見た。
 それは、ミーラが産まれるもっと昔。ラルフが魔界に来てから初めて出会ったその日。

「くっ!?来る、な!!」
「あ、っち、行け」
「イヤだ!い、い…」

 当時のガルフは、いつも誰かに怯えられていた。それはゴブリン族もオーク族もハーピー達も変わらない、いつもの怯えた顔。
 誰しもがガルフに向かい言う。

"近寄るな"

 その言葉は、単なる拒否でも恐怖でも無い、強者に対する服従を拒む物だと父や母は言った。だが、ガルフにとっては服従なんて堅苦しい物は要らない。それ以上に友にも仲間にもなれないと態度に言葉に空気に表されていた事が悲しかった。
 魔界ではドラゴンが、龍族が一番最強。これは鉄則だった。しかし、時折強者になり切れない子が居た。ガルフはその一人だったのだ。本当は誰かと遊びたいし話をしたい。そんな小さな幸せを感じたい。誰かと笑い合ってみたい。そんな気持ちを衝動を子供ながらに押し殺した。
 そうして毎日続く、戦いの訓練を受けていた。
 ドラゴンになる為には、絶妙な魔力操作をしなくてはいけない。力が暴走しては幼い子供では自我を失ってしまう場合があるのだ。そんな訓練を受けるガルフは、早くにコツを掴み十歳になる頃には余裕で空を飛び回れる様になっていた。
 そんな日には、必ず城にある開けた庭に出て姿を変える。その時はいつも誰か居ないか確認を欠かせなかった。

「居ない、大丈夫」

 それなのに、あの日だけは違った…
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