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第20章 魔王と勇者

扉の向こうの父親 4

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 初めての会話は、およそ会話にはなり得ないくらいにぶっきらぼうで、挨拶もろくに無いそんな冷えた空間だった。
 二度目の会話は、ただ君が話すだけ、やはり会話にもなり得ない物だった。
 三度目の会話は、ようやく俺が君の質問や話している顔が少しだけ見れるようになっただけだった。
 そうして何度か会話になるかならないかの空気を二人で重ねたある日。君は言った。

「ガルフは、素直なのね」と。

 俺は"そんなことはない!""君は俺を知らないだろ!""侵害だ"色んな言葉が君の一言から溢れ出た。だが、ひとつたりとも口からは出てこなかった。
 罵倒したい、怒りたい、消えたい、消したい…色んな感情が俺をどす黒くして行く。
 そんな感情に振り回され、俺は耐えきれなくなって口から思わず溢れかけた。

「ち、がう…ち、っ!」

 もっと色んな言葉が声が話し方があった筈だった。威厳あふれる父の様に心優しい母の様に明るく元気なあの子達の様に…だが、なれなかった。
 ラルフが縮こまる俺を他の誰よりも小さな手で優しい声で俺に言った。

「良いの、ガルフ。貴方は貴方の優しさを否定しないで、それが貴方である証拠よ。貴方は素直で優しい小さな王子様よガルフ。」

 その一言が聞きたかった。俺は嫌われてもいじめられても、阻害されても、邪気にされても、辛いなんて言えなかった。
 
「俺は次期魔王だから…強く無いと、いけなかった…」

「えぇ、でも私思うのよ」

「魔王は、何に強くなきゃ行けないのかしら?ガルフ」

 俺は、きっとこの日初めて大泣きした。とってもそれは醜く恥じるべき姿だと思っていた。だからいつも一人で庭に出て空を見上げて訓練をしていた。訓練がない日だっていつも一人だった。…情けない姿が弱い象徴になってしまいそうだったから…強くなきゃ行けないと思いたがっていたから…
 ラルフの言葉は新鮮だけど、同時に何故気づかなかったのか?と自分を笑ってしまう部分があった。

 魔王だから強い。
 勇者だから強い。
 それは正しいけど間違い。強すぎる者は居ない。みんな何処か弱くて小さい。そんな事も人間である君が言わなきゃ分からなかったなんて、それこそ情けないじゃないか。

 俺はラルフの腕の中。恥ずかしいけど暖かくて心地よいラルフの体温に身を委ね涙を流した。だが、決してその涙は隠さない。
 ガルフの弱みは、愛情なのだと刻み込む為に拭いはしなかった。

 そして、ラルフに言った。

「魔王の息子では無い、ただのガルフとして君と、いやラルフとデートがしたい。一緒に行こう!」

「あら、急に何?積極的になっちゃって」

 ラルフは、笑う。頬を瞳を顔を真っ赤にして笑う。ガルフも返す、同じ様な真っ赤な顔で。

「だって、俺みっともないくらいに男らしくないだろ?だから気軽に言えるじゃないか」

 そう、涙を見せ恥も外聞も関係ないただのガルフとしての自分を見せてしまった。いや、見てしまった君を俺は離したくない。せっかくラルフに会えたんだ、話せたんだ、時間はかかったけどもっと時間をかけてより、ガルフを知って欲しい。
 そして俺もラルフを知りたい。だからもう意地なんて張らない。
 俺はラルフに両手を差し出す。
 握手じゃない、もっと深く知る為の大事なスキンシップ。
 ラルフは、ハニカミながらゆっくりと両手をガルフの手に乗せる。
 そんなラルフの手を愛おしく感じ握る。

「ガルフ、何処に行くの?」

「何処でも、ラルフと俺はこれから沢山一緒に出掛けるんだ!この庭から初めてもっともっと遠くまで一緒に」

「ふふっ、時間かかるわよ?私も沢山行きたい所があるもの」

「あぁ、勿論だ!」

 ラルフ、君は知っていたかい?
 俺は君の名を呼ぶだけで凄く緊張していたんだよ?君と会うだけでもドキドキしてたんだよ?
 それにもっと恥ずかしいけど、知ってた?

 俺、いつも君のラルフの名前を呼びたくて仕方なくて、心の中で呼んでいたんだよ。
 な、俺って情けないだろ?笑ってくれよラルフ。

 それから褒めても欲しいな。
 君がミーラを守った様に俺も娘をミーラを守れたんだ!まだミーラも大変かもしれない…だけど君がミーラを信じた様に俺も娘を信じてるよ!だって俺と君の大切で優しい可愛いミーラだからさ!

 それにミーラを大切に思ってくれる人が居るんだ、君と同じ人間だよ?
 まるで俺達みたいだね、もっと沢山離したかったけど、君にも会いたいんだ。それに頑張った夫を褒めるのは妻の役目だろ?
 だから、あとはミーラを一緒に見守ろうラルフ。

 ガルフは、聖剣を右手に持つ勇者。
 魔王の娘であり、今や父亡き愛しい愛娘であり現魔王。
 彼らに見守られ、この世を去った。
 彼の表情は安らかで柔らかな笑顔であった。
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