本より好きになれるなら

黒狼 リュイ

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第2話

二種類の本と嘘

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 ところで。
 彼は本を手に取り言った。
 私は本を前に少し離れ振り返った。

「さっきレミロアは、すごく困った顔をしてすぐ怒った顔をしていたよね?どうかした?」
「いえ、何も。ないわ」
「そう?ならいいけど…ふぅん。」

 私は一瞬だけどきりとした。彼が何気なく私に聞いた言葉に反し彼から溢れる雰囲気がいつもの優しい感じとは異なっていたのだ。なにか、チクチクと目や全身で刺される感じ…今日はとても居心地が悪い。
 私は軽く否定しながら、ハルーに渡す本を探す。いつも来る少数だがお客様には、店の入口側の棚から出しているのだが、ハルーには敢えて店の奥の棚から出す。
 なぜならハルーは常連も常連だからだ。
 初めてあった日からほぼ毎日のように来ている彼は身なりこそワイシャツに黒ズボンと軽装であるが、名のある貴族らしいのだ。
 ”らしい”と言うには理由がある。もうずっと通っているというのに、彼はハルーは未だに私に本名を名乗らない。何回か聞き出そうと考えたが、私自身にも隠し事というかハルーに言っていない事があるのだ。…きっと話したくないのだわ。

 私はそう思い込み一度も聞いたことはない。
 そしてハルーも一度も聞いてこない。

「ねぇ、レミロア。こないだ言ってた本はない?」
「こないだ?あぁ、『幸運の拠り所』ね。あれは…無いわ。」
「そうか、あれ『 奇跡の出逢い』を書いた人の本だよね?僕、あの本が好きなんだ。だからあの人のシリーズなら読みたくてさ。入荷したら言って!一番に読みたいんだ。」
「えぇ。分かったわ…入荷したら言うわ。」

 私は嘘を吐いた。
 ーー『幸運の拠り所』を持っている事を。
 あの本は、昔私が幼い頃金髪の彼に渡した 『奇跡の出逢い』と対になる本だ。

  ”奇跡の出逢い”
 寂しがりの女の子に寂しさを打ち消す為にずっと離れなかった男の子の話。
 それは、私が初めて触れた物語であり歳を重ねた今では”世界に一つしか無い”私の大切な本。

 ”幸運の拠り所”
 優しく思いやる心、暖かさをくれた男の子を愛し支え続け一生一緒にいた女の子の話。
 
 それは、想い出の彼とまた逢えた日に感想を語り合い交換しまた逢い感想を語り合う為の本だ。
 ーー私が幼い頃勝手にした約束を彼が覚えて居てくれたらの話しだけど…

 だからこそ、私は持って居てもハルーには渡さない。ーー”彼”か分からないから…
  ”奇跡の出逢い”は古い本だから知っている人もほとんど居ない。だから彼かもしれない。けれども確証は無いから私は嘘を吐いた。
 そうして私は、ゴソゴソと棚から本を取り出して行く。ハルーが良いと思える本を探すのも本屋の店員の仕事である。

 その為私はさっき読んでいた手紙をカウンターに置いていた事を忘れていた。
 そしてその手紙は、ハルーの目にとまってしまった。音も立てず彼は黙読して手紙を元あった様にカウンターに戻した。
 そして私がお客様の為に選んだ本を片手に持って来るのを笑顔を作り待った。
ーーレミーが気づかない様に…
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